第3話 ギャルゲー世界

 家に帰った後は、とりあえずただいまと言う。


 そして、返事がない事で、家に誰もいないことを確認する。


 両親は共働きなので、基本は夜にしか帰ってこない。


 今は午後1時、両親が帰ってくるまでには時間がある。


 まずは、昼飯でも食おう。そうしなければ回る頭も回らなくなるからな。


 男の料理を三分で作り上げ、三分で食べ終わり、食器を洗う。


 その後は自室に直行し、椅子に座る。そして、考える像のポーズをとりながら、熟考モードに入る。


 現実逃避したい、もうこのまま寝てしまいたい気分である。


 だが、それはまずい事なんだと思う。


 現実逃避したら結構な確率で、俺は命を落としてしまうだろう。


 何故そんなことが分かるのか。簡単だ、佐藤照人、俺自身が歩む人生を俺は知ってしまったからだ。


 超簡単に説明すると、俺は前世の記憶を持っているということなのだ。さっき学校でそんなことを理解した。


 ただし、がっつり前世の記憶を持っているというわけではない。


 俺が持っているのは、前世で学んだであろう様々な知識、そして『青春ループ』とかいうギャルゲーをプレイしていたという記憶だけだ。前世の思い出、家族についてなど、前世の自分像に迫るものは一切合切記憶に残っていない。推測できるのはギャルゲーを嗜むような男ということだ。


 前世の自分像に対する記憶は来世にお持ち帰りできない仕様なのだろうか。いるかいないか分からない神に問いだしたい気分だが、それはとりあえずおいておこう。


 結局のところ、俺がなぜそんな記憶を持っているとか、何か深い理由があってこの『青春ループ』という世界に迷いこんでしまったとか重要そうなところは一切分からないということだ。


 まあ、多分知ったとしても、だからどうしますって感じになるだけだと思うから正直気にするようなことでもないとは思っている。


 とりあえずこれで、俺が目を逸らし続けてきたデジャブとも何とも言えない謎の知識についての問題は解消されたわけだ。


 だが、解消された結果。新しい問題が出てきてしまったのである。


 俺自身もまだ意味をはっきりとは理解していないのだが、この世界は『青春ループ』というギャルゲーのストーリーに沿って進んでいると思われる。


 その登場人物の中に俺、佐藤照人はいる。主人公である寺島光大の友人として、主人公の幼馴染である清川奈々の顔見知りとして。


 『青春ループ』というゲームの中で、友人キャラである俺にスポットが当たるという機会はほとんどないと言っていい。


 まれにスポットがあたると言っても、たまに主人公に茶々を入れるくらいの、いてもいなくてもストーリーは問題なく進むであろうことしかしていない。まあ、ちょっとレベルが高いモブみたいな感じといった方が分かりやすいのかもしれない。いや、モブに序列とかそもそもよく分からないが。


 そんなしょうもない俺であるが、唯一プレイヤーが注目してしまうというかネタとしてインパクトを残すところがあるのだ。


 それはエピローグである。


 エピローグでは各登場人物の高校卒業後のエピソードが描かれる。大学進学などの説明などがあったことから、高校卒業からそこまで時間が経っていないその後のエピソードだったはずだ。


 一応ギャルゲーなので、様々なルートに分岐するのだが、その中で佐藤照人は高レベルモブらしくいっちょ前にエピローグが与えられている。まあ一つのルートを除いて、手抜き感バリバリの同じ結末を送ることになるのだが。


 『佐藤照人死亡』と一文だけ書かれるのだ。


 理由も特になく、エピローグで謎に死ぬのだ。前世のプレイ記憶では、なんで毎回こいつは死ぬんだよと笑った記憶がある。実際その立場になると全然笑えない。


 なんで死ぬんだ俺よ。


 だが、生存ルートがあるという事も忘れてはいけない。俺は多分このルートを目指さなければならないのだから。


 その生存ルートとは、幼馴染ルート、つまり寺島光大と清川奈々が結ばれるルートである。


 そのルートでは何故か俺が死なないのだ。本当に何故か死なないのだ。他のルートでは必ず死ぬくせに。


 他のルートでは俺の個人的な考察としては恋が成就せずとち狂った清川奈々にどうにかされたうえで、殺されているんじゃないかと思っている。


 例えば俺が事故死しているというのなら、幼馴染ルートでは発生しないというのはおかしいような気がするし、そもそも条件付きで発生する事故死とか考えたくもない。病死にしたって同じことが言えるだろう。もし実際に他人の恋愛云々で俺が病気にかかったり、事故死するようだったら、俺は来世で神を滅しに異世界転生でもしてやろう。


 とりあえず、清川奈々が直接的にでも間接でも俺の死に関わっている可能性が高い気はする。


 その清川奈々も俺が死ぬ場合のエピソードではと書かれて死んでいるからな。俺を殺した罪悪感で自殺してしまったというのなら辻褄もあう。



 まあ、というのが少々引っかかってしまうが。俺の死もまた謎の死なんだが、清川とは違ってただただ死亡としか書かれていなかった。その違いは何かあるのだろうか?





 まあ、ここで色々な憶測を立てても、確信の持てる答えは出ないだろう。なら理由云々は置いておいて、ただひたすらに寺島と清川をくっつけるように行動すればいいのではないだろうか。そうすれば、おのずと生存ルートに導かれるだろう。


 こんな風にポジティブに考えるだけならゲームのように簡単に見えてしまうが、ここはあくまで現実の世界なのである。簡単にいくはずがない。現実でガチガチに恋のキューピットなんてやってる奴なんか俺は知らないし見たこともない。


 とりあえず、考えるしかないので考える。


 まず、寺島と清川の恋の障害として考えられるのは他のヒロインだろう。


 結局のところ俺が生存ルートを目指していく上で、清川奈々以外のヒロインは正直邪魔な存在なのである。


 あいつらをどのように処理するか、それが重要になってくる。二次元から三次元に飛び出した寺島のイケメンっぷりを見た感じだと、ヒロイン以外の女にもモテそうな気配があるが、それはもうどうしようもない。無数にあるルートを想定しても、俺にはどうすることもできない。


 俺にできるのは、『青春ループ』をプレイし得た情報を用いて、他ヒロインをギャルゲーの舞台から引きずり落とすことだ。結局、あの美少女軍団が寺島光大と結ばれる確率が高いのには変わりないからな。


 どんなギャルゲーでもそうなのかもしれないが、基本的にヒロインは何かしらのめんどくさい事柄を抱えている。『青春ループ』に登場する各ヒロインも当然問題を抱えている。正義感の強い寺島光大は、彼女たちの問題を敏感に察知したり主人公補正で遭遇し、それを解決してしまう。そして、彼女たちは主人公に惚れるといった流れが作られるわけだ。


 『青春ループ』というゲームの始まりは高校生からである。ヒロインたちはそこまでに自分たちの中に存在する問題という名の爆弾を育てながら、成長していくのだろう。だから、極まってめんどくさなった状態のヒロインばかりだったのではないのだろうか。寺島光大の正義感をもってしても攻略できるのは一度に一人のヒロインだけだったからな。


 だが、俺は今現時点で中学生である。当然彼女たちも中学生である。それなら、彼女たちの爆弾は小さいもしくは爆弾すら生まれていない状態ではないのだろうか。


 俺の中学校にどれだけヒロインがいるのかについてはまだ把握していないが、多分いるだろう。昇降口であった黒髪の女のことを考えれば何人かいてもおかしくはない。


 そして、中学時代のうちにその何人かいるヒロインの問題を解決し、『青春ループ』が始まる高校時代のステージから追い出すことができれば、清川奈々の寺島獲得の倍率は必然的に低くなるだろう。


 寺島光大を幼馴染ルートに導くために、もっと直接的な手はないのかと、自分の脳みそをフル回転してみたが何も出てこなかった。


 それもこれも幼馴染ルートつまり清川奈々ルートに関する記憶だけぽっかりと穴が開いたようにないからだ。他のすべてのヒロインを攻略した記憶はあるのにもかかわらずだ。


 前世の俺は幼馴染以外のヒロインをすべて攻略するほどやり込んでいたくせに、残り一人でこのゲームに飽きてしまったのか。いや違うだろう。前世の記憶を思い出すきっかけになったのは確実に清川奈々のぶっきらぼうな自己紹介が引き金になっている。それは聞き覚えがあったからなのではないだろうか。


 それを思い出すことが不都合なことであるのだろうか。いや、今後を有利に進めるためにもその記憶は重要なものである。


 なぜ思い出せないのだ。さっぱり分からん。


 こういうのは思い出そうとして思い出すことはできないのだろうな。もういいや。諦めが肝心って誰かが言っていた気がするしな。一応の目標は決まったので、これでいいのだ。


 結局のところ幼馴染ルートの詳細を思い出せなくても、最終的に幼馴染ルートに到達する確率を上げることができればいいのだから。


 本当に思うだけなら簡単なんだよな。正直無理な気しかしないというのが本音ではある。


 というか普通に無理だろ。俺は百戦錬磨のヤリチンでも、下種な恋愛マスターでも何でもない。


 やばいぞ、なんかやらなくてもいいのではないかと気持ちが傾き始めている。


 というのも普通に『青春ループ』の終わりである卒業式前くらいに逃亡すれば生き残れるのではないかと思い始めているからだ。そもそもそれ以前に登場人物たちと関わる前に転校してしまうという手も考えられなくもないが、我が家のお財布事情を考えるとそれは無理そうである。


 やはり逃亡が良き選択なのだ。


 そうすれば生き残るだろう。そうでなくては困る。


 それで、飛行機墜落とかしたらもう笑うしかないけどな。まあ、そうはならないと信じている。信じてます。


 なんかやろうとすれば生き残れるのが分かると、気が楽になってきた。いけるな、これ。別にいけなくても良いのなら、いける。


 もう何言ってんのか分からないから、とりあえず今日のところは考えるのは止めておこう。脳みそもパニくっていらっしゃる。


 とりあえず、明日からは海外逃亡して長期滞在できるくらいの金を貯める計画と旅行の計画を立てよう。目標は決まった。目標が変わってしまった気がするが気にしない。


 そして、俺は目をつぶり普通に昼寝した。

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