第2話 違和感
入学式を終えた生徒諸君はこれから青春を日々を送る教室へそれぞれ散らばっていった。例にもれず俺も教室に足を踏み入れ、自席に座っていた。
俺の違和感を呼び起こす原因となった寺島光大と清川奈々も同じクラスのようだ。二人の顔をチラ見してみたが、寺島光大の方は普通にモデルとかにいても何ら不自然じゃないというか逆に目立つかもしれないくらいイケメンだ。『なにあれ殴って俺レベル顔に作り直してあげたいって思う』レベルの顔立ちだ、つまり殴りたい。
清川奈々もまたとんでもない美少女で、僅かに茶色が混じった特徴的な黒髪を揺らしている。なんだろう妙に個性が強い二人だな。
教室の雰囲気はまだ固く、こそこそと会話が聞こえるだけで、二人に話しかけれる雰囲気でもない。というかイケメンと美少女に話しかける勇気は持っていない。
そんなことを考えていると、不意に俺に話しかけてくる人間がいた。隣の席のやつである。
「あ、照人君だ」
「どうも」
俺と同じ小学校で何度かクラスも同じになったことがある女子、倉橋香澄である。
この女子もとんでもなく可愛い。俺の小学校ではマドンナ的存在だった。
ゆるふわで茶色がかった髪とくりっとした大きな瞳、全体的にぽわぽわした暖かさを感じさせるのが彼女の第一印象だ。
普通な顔かそれ以下の顔だったら、何の躊躇もなくベラベラと話すことができるのだが、ここまで可愛いと俺はどもってしまう。話すだけならブスは最強の会話相手である。
小学生のころから倉橋は俺みたいなのにも話しかけてくれたが、そのすべてまともに会話できたためしがない。別に憧れてるのか惚れているとかはない。可愛い女に免疫がないだけである。結婚するならもう少し控えめでエッチな女の子が良い。
「結構、私達一緒のクラスになるよね」
「確かにそうかもしれない」
「腐れ縁ってやつかな」
「……確かにそうかもしれない」
落ち着け同じ言葉しか発していないぞ。間を作るか作らないかの違いしかないぞ。
というか俺たちの縁は腐っているようだ。まあ、それは別にいいか。
せっかくだし、会話をひねり出してみようと思う。倉橋は顔も広そうだし、色々な情報を知っているかもしれないしな。俺は誤魔化しきれなくなった違和感を解決するために一歩踏み出すことにした。
「……あのイケメンってなんか有名だったりする?」
俺は悟られないように目線を寺島の方へ向け、倉橋に問いかけた。
「おー。確かにイケメンだね。有名なのかな?少なくとも私は知らないけど」
「そうなの。じゃあ、あの可愛い女の子は」
少しだけ前に座っている清川奈々に目線を送り、倉橋に問いかける。
「ああいう女の子がタイプなんだ」
「いやいや、そういうんじゃないですって」
そういう話しにしたかったわけではないのだが、倉橋はそんな話の方が好みなのかもしれない。じっと顔を見つめられる。
「タイプじゃないの?」
「普通かな」
ここは嘘を言っておこう。ここで、とりあえず可愛いならどんな女でもイケますみたいな本音を言ってしまったら、ガチどん引き不可避である。
「ふーん、そうなんだ」
「それで話しに戻るんだけど、あの子について何か知ってる?」
「分かんないよ」
「そうかぁ」
ということは、自分で調べるしかないということである。この違和感が何なのかを確かめるためには自分で解決しろという神からの試練なのだろう。良いだろう。何がイケメンと美少女だ、俺にかかればいちころなんだよ。
「なんか、深刻そうな顔してるけど具合悪かったりする?」
「いや全然深刻な顔してないよ。これが平常時の顔」
「いや、完全に虚空に向かってガン飛ばしてたでしょ」
おっと滅茶苦茶恥ずかしいぞ。完全に中二病患者一歩手前だと思われたな。いや中二病という言葉を知らなそうだから、普通に頭おかしい奴だと思われてるのかもしれない。
何と言い訳したらいいか、そんなことを考えていると。色々入学に対応していたであろう、担任だと思われる先生が教室に入ってきた。
ナイスだ先生。これによって完全に会話は終了した。SNSアプリのようにスタンプで強制的に会話終了感を出すことが現実ではできないので、まじで助かった。
先生の登場は自己紹介から始まり、俺達生徒の自己紹介へと繋がっていた。
これで彼ら二人のことを知ることができるじゃないか。これまたナイスである。
他のクラスメイトの名前をすべて聞き流し、二人だけに集中する。
「清川奈々です。S小学校出身。よろしく」
ぶっきらぼうな自己紹介だなと思った。聞き覚えがあるセリフだとも思った。
その瞬間、俺の知らない記憶が押し寄せてきた。
元々の俺の中にあったであろう氷のように固まっていた記憶、そのすべて一瞬で解凍されていくような、なんと表せばいいのか分からない、とにかくとんでもない感覚だ。
その結果、俺は自分が何者であるのか理解することができた。なぜ俺が知るはずもない知識を最初から知っているのか、なぜ清川奈々や寺島光大が妙な違和感を呼び起こすきっかけとなりえたのか。そのすべての疑問が解決した。
そして、新たに理解してしまった最悪の事実に俺は驚愕とともに絶望した。
叫ばなかった俺をほめてほしいくらいだ。
意識して吸わなければ止まってしまうんじゃないかと思ってしまうほど、呼吸は荒くなっている。
目の前が暗くなるというのはこういう感覚のことを言うんだと理解した。
「照人君の自己紹介の番だよ。あの、大丈夫?」
倉橋からそんな声を掛けられ、はっと我に返る。
ばっと立ち上がり、周りを見渡す。寺島光大と清川奈々は俺を見ていた。
少しだけ自分の膝が震えているのが分かる。これは多分緊張ではない、彼らを恐れているんだろう。
小さく深呼吸し、自己紹介を始める。
「佐藤照人です。趣味はゲーム。好きな食べ物はカレー。よろしくお願いします」
とりあえず、頭に浮かんだテンプレをクラスメイトにぶつける。こんなのは適当でいいのである。カレーってガキかよという言葉が聞こえたが、とりあえずいったん落ち着こう。後で殺せばいい話である。
寺島光大の自己紹介も聞き終えたが、清川奈々の時と違ってピンとくるものは何もなかった。
すべての生徒の自己紹介が終わり、今度は事務的なことを先生は俺達に説明した。
その時間のおかげで何とか冷静になることはできたが、正直それどころではないので、早く帰りたいというのが本音である。
「ねえ、照人君。大丈夫?」
「平気平気」
倉橋が異様に心配してくるので、親指を立てて大丈夫アピールをする。
「ならいいんだけど。ダメそうな時は言ってね」
確かにソワソワしているのは間違いないが、そこまで心配してもらわなくても大丈夫だ。
これは俺と奴らの問題だ。
様々なプリントや教科書を貰い、ようやく帰りの時間になった。
教科書は机にぶち込み、重要そうなプリントだけをバッグに詰める。
よし、早く帰ろうではないか。
バッグを背負い、誰よりも早く教室を抜け出す。
他のクラスメイト達は、早く学校が終わったということで何やら交流しあっているようだが、俺はそれどころじゃないのだ。
早く家に帰って、シャワーを浴び、ベッドで胡坐をかいて集中して考えたい。
下駄箱まで走り、上履きをぶち込み、その場で外靴に履き替える。土足とか気にするのも面倒くさかった。
昇降口から出ようとすると、どうやら先客がいたようである。
この時間に学校が終わるのは入学生だけだろうし、同級生で間違いないだろう。
急いで出てきた俺より早く昇降口にたどり着くとは只者ではないな。
なんとなく顔をチラ見してみたいと思った。
顔を動かさず、目線だけを彼女に向ける。
これまたとんでもない美少女だった。背中まで伸びている絹のような黒髪が、溢れ出る美少女感をさらに向上させている。
思わず、天を仰ぎたくなった。
こいつもまた、俺が知るはずもないのに知っている女子生徒なんだろうとなんとなく理解した。体育館で清川や寺島以外にも名前で違和感を感じる奴はいたからな。
名前を聞けば確実に理解できるんだろうが、もはやそれが億劫だった。どうせいつかは自然に分かることだ。それなら無理に聞き出さなくてもいいだろう。
早く自分の心を整理したいのだ。正直、もう自分自身についていけない。
彼女が昇降口を出たのを確認して、俺も外に出る。
彼女を走って追い抜き、俺は自分の帰路につく。
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