モブは奔走する

三宮 尚次郎

第1話 プロローグ

 

 俺はみんなとはどこか違っているのではないだろうか。物心がついたあたりからだろう、そんなことを度々感じるように場面に俺は遭遇し、そのたび考えないようにしてきた。


 そうした方が楽だと思ったからだ。


 知らなければいいことがある。知ってしまったら、理解してしまったら、自分はどうにかなってしまうんじゃないだろうか。


 意識的に、いや無意識的にもだろう、そんなことを俺は感じていたんだろう。


 だから、目が合うたびに逸らしながら無視し続けた。


 そんな俺は中学生になった。そして、俺はその考えたら負けと思っていた些細な違和感を、考えなければいけない羽目になってしまった。


 本当に勘弁してほしい。




 時は中学生の入学式に遡る。


 俺は特に緊張もせず、入学式の会場である体育館の椅子に座っていた。


 返事や起立、偉い人達のお話を聞き流すというのを繰り返しながら、式の終わりをただひたすら待つ。入学生がやることはただそれだけだ。


 ぼーっとしながら、式の終わりを待っていると、どうやら教師が俺達入学生の名前を読み上げるらしい。


 流れ作業のように入学生は元気な返事を繰り返していく。


 「清川奈々」


 「はい」


 俺の小学校からはこの中学校へ多くの生徒がなだれ込んでいるようで、知っている名前もちらほらと呼ばれる。清川奈々という名前にも聞き覚えがある。


 いや待てよ、清川奈々なんてやつ俺の小学校にいたか。いや、いなかったはずだ。


 でも、いなかったら俺なんでこの名前に聞き覚えがあるんだろうか。いつも以上に強い違和感が俺の脳をひりつかせる。


 「佐藤照人」


 「はい」


 考えるのは後にして、呼ばれたので適当に返事をしておく。聞こえる程度のボリュームの返事ならこんなものどうだっていいのだ。馬鹿みたいにでかい返事をしても変に注目を与えるし、『うぇい』みたいなちょっとイキった返事をしても注目を与える。可も不可もなくといった返事をしておけば、他のインパクトのある返事にそれはかき消されるのだ。


 俺の返事が終わっても、教師による読み上げは続いていく。


 「寺島光大」


 「はい!」


 元気の良い返事が聞こえた。この名前も何故か知っている。寺島光大という男は確実に俺の小学校にはいなかった。なぜ、知っているんだ俺よ。


 どこかで知り合ったことがあったから、覚えているということだろうか。多分、そうなんだろう。


 そうでなければ、初めて聞いた名前を知っているなんてことはおかしいのである。


 考えたくもないのに俺はひたすらに脳を回転させる。


 芸能人などの同姓同名だろうか。いや違う。たとえそうだとしても同じ違和感が清川奈々と寺島光大と続いて起こるのはおかしい。


 先生による読み上げを聞きつつ、そんなことを考えているとまたそんな違和感を感じさせる名前に出会ってしまった。


 その後にも数回、知っているはずがないのに知っている名前が読み上げられた。


 もしかしたら、俺はどこかおかしくなったのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。


 よくよく振り返ってみると、これに似た現象はこれまでにもあったのかもしれない。そう思うような出来事が俺の記憶からあふれ出してきた。


 俺は幼いころから、色々な知識を持っていた。俺は知っているはずがないものなぜか知っているという場面によく遭遇する。意味が分からないという人もいるかもしれないがこれが俺にとって当然で普通なものなのだ。


 例えば、俺は小学生の時、持ち前の不真面目さを発揮し授業などさっぱり聞いた覚えがなかった。


 だが、俺はテストでは高得点しかとらなかった。百歩譲って算数とかはまだ聞かなくても要領を掴めばできるようになるものだとは思う。


 しかし、漢字や歴史などは違ってくるのではないだろうか。どんな天才でも一度見聞きしなければ覚えることができない事柄ではないだろうか。それを何故か俺は当然のように知っていた。


 他にも俺の謎の知識が炸裂する場面はあった。勉強、スポーツのルール、料理の手順など、高度な雑学とかでないものなら基本的には最初から知っていた。


 幼いころからずっと俺はそれを経験していた。だからそれが自分にとって当たり前のことだと誤魔化すことができてきたんだろう。


 だが今日、人の名前を何故か知っているというのには、さすがの俺でも自分に対して疑問が湧いた。もはや自分自身が怖いくらいだ。知らないうちに俺の違う人格がストーカーとかやっていないだろうなと意味不明な事すら考えてしまうくらいビビってる。


 中学生初日から、完全に中二病患者みたいになっている。だが、これはマジなんだ。中二病と馬鹿にされたら、そいつをぶん殴ってしまう自信はある。

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