第27話 彼女との昼食
学校の校舎と比較すると、小さな食堂には大勢の学生が昼食を食べるために集まっている。がやがやと賑わう人の隙間を美夜とすり抜けていく。雨音がまた強くなってきた。雨が窓に叩きつけられている。人の声と雨音と、食器がこすれる音など、自分勝手で賑やかなセッションだ。
「席座っておいて、ちょっと買ってくる。」
「はーい。待ってるねー。」
通路側にたまたま空いていた四人がけのテーブルに美夜がちょこんと座る。彼女は投稿する途中でサンドイッチを買ってきていたようだ。男の俺からすると大変少なく思える量だが、彼女には十分なのだろう。
食券機は時間が立っているのですでに空いている。代わりに人気のメニューは殆どが売り切れとなっていた。本当はカツ丼など多めのメニューを食べたかったが、しかたがないのでかき揚げうどんを選ぶことにした。
「よろしくおねがいしまーす。」
「はい、ちょっとまっててね。」
食堂のお姉さんが券を受け取って調理に戻る。うどんなのですぐに出てくるだろう。ふと、美夜の方を見てみると。彼女はこっちの様子を見ていて目があった。にこっと笑い、小さくテーブルの上で手を振られる。そっとこちらも手を振り返す。彼女との距離は10mほど。間に入っていた学生が誰に向けてかと振り返り、俺を見るが知らないふりをする。
「はい、おまたせしました。」
うどんの乗ったトレイを受け取り、席へと戻る。人にぶつからないようにゆっくりと運ぶ。
「こっちじっと見ててどうしたんだ?」
トレイを席に置き、彼女に聞いてみる。
「薫くんもこっちみてたでしょ。だからお互い様。いただきまーす。」
美夜はサンドイッチの封をあけて、食べ始める。俺も倣って割り箸をとって食べ始める。
「美夜、ずっと前に学校で見かけたときより雰囲気かえたんだな。」
「えー今更だよー。前にも一緒にご飯食べたでしょう?」
「あのときは言えなかった。」
女子三人に囲まれていてとても聞ける勇気はなかった。
「学校では地味に過ごそうかなって思ってたけど、まぁ、もう良いかなって。昔みたいにというか薫くんにとってはいつもみたいに戻しましたー。」
伊達のメガネは外されて、前髪はピンで軽く止められている。髪の毛もしっかりとブローされているのかサラサラだ。もしかすると、薄い化粧もしているのかも知れない。
「そっちのほうがいいよ。」
「あはは。ありがとう。君に言われるのならそうしておくよ。」
これだけはっきりと喋り、元気があってハキハキとしているのならさぞモテるだろう。少なくとも俺がクラスメイトなら意識しないわけはなかった。
「ね。また今度二人で出かけよう?」
美夜から遊びの誘いを受ける。行き先に一つ心当りがあった、
「隣駅の音楽教室の部屋をレンタルできるらしいよ。カラオケよりも静かに練習できるんじゃないか?」
「へぇー。カラオケより安い?」
「どうだったかな、少し安かったと思う。ただ、ドリンクバーとかはないぞ。」
「あはは。そりゃそうだね。」
美夜はくすくすと笑い肩が揺れる。
「いつ行こうか?」
「今日は大雨だからー。明日かな?」
たしかにこの天気で外に出たらギターケースだけではなくて下手したら服も濡れてしまいそうだ。
「天気予報だと明日は晴れだね。」
「なら、そうしよっか。予定あけておいてね。先約とかないよね?」
「明日は特にないよ。今日の昼はあったけど。」
「ちょっと強引に割り込んじゃったね。ごめんねー。でも、一緒に食べたくってね。」
首を傾けて目元がお願いをする子供のように柔らかく下がる。切れ目がふっと和らぎ綺麗というよりも可愛くなる。
「あざとい。その言い方は。」
「ふふ、そうだね。でもホント。」
それは知っている。たぶん先週のバイト続きで疲れていたのかも知れない。正式に宣言をして友達になったのだから、これくらいは何でもない。というよりも、そんな宣言なくても彼女になら問題はない。
「あー。薫と美夜先輩一緒にご飯食べてる!」
友達と連れ歩く茉莉に見つかってしまった。今日は隣の教室ではなく食堂だったようだ。奥にいた彼女には気がつけていなかった。
「茉莉ちゃん、こんにちはー。」
「美夜先輩、こんにちはー。えへへ。あ、私もうちょっと話していくねー。」
友達に手を降って茉莉は同じテーブルの美夜の隣へ座る。二対一の面接のようになってきた。隣に誰かが欲しい。
「美夜先輩は部活とかしていないんですか?」
「今はしてないよー。中学はバドミントンだったね。」
その話は初めて聞くことだった。
「だからそんなにほっそりして背が高いんですか?」
「あはは、細いかなー?もっと食べないとね。」
すらりとした体躯はたしかに着痩せしているわけではなく本当に細いのか。
「いいなぁー。いっぱいカッコいい服切れるじゃないですか。」
「茉莉ちゃんの料理を私も毎日食べてたら薫くんくらいにはしっかりした体格になるよー。たぶんね。」
「薫は料理下手だから。こんどまた、お弁当もってきたら交換しましょうね。」
「わかった。今度はまた一緒に食べようね。」
「はーい。楽しみにしてますね。あ、薫もう行かないと時間ないよー。私体育だから先行くね。」
「また後でな。」
茉莉は風のようにきて風のように帰っていた。
「あはは、茉莉ちゃんも楽しいねー。」
「昔から良い子だからね。」
首を縦にふってうんうんとうなずいている。二人も仲が良くなってくれたら嬉しい。
「薫くんもそろそろ戻る?」
ちょうど食べ終えて、始業まであと十分もないくらいだ。
「そろそろ戻ろうか、美夜は次の授業は?」
トレイを返却口へ返して、二人並んで歩き始める。人の流れは先程に比べたら緩やかになっていた。
「すーがく。のテストが返ってくる。」
がっくりと肩を落として気の抜けた返事をしてくる。おそらく手応えがないのだろう。
「俺は国語の結果が返ってくるかな。」
「国語は結構好きだよ。うん、本は読まないけどねー。教科書の問題はなんかわかりやすいね。」
「じゃ、数学中心に勉強しないとな。」
「ハーイ。」
お互いの教室へと続く道がもうそろそろ分かれそうだ。
「あっちの階段からいこ?」
彼女が指差すのは少し奥の階段だった。どちらでも教室へは続いている。
「まあいいけど?」
ゆっくりと階段を登り、二年のエリアへとさしかかる。
「じゃあ、またな美夜。また明日。」
彼女は一年への階段を少し登り、なぜか俺の隣に立つ。
「薫くん。皆一緒で食べるのもしよ。私も茉莉ちゃんも守野さんも好き。多分、薫くんの友達はみんな良い子だと思う。」
「でもまた、いやじゃなかったら“二人“で食べようね。」
雨音に包まれる中、手を伸ばせばすぐに届く距離、その言葉はしっかりと聞こえた。
「わかった。次はメッセージ気がつけるようにしておくよ。」
今はそう伝えるだけしか出来なかった。
このとき芽生えを過ぎて子葉が開いたのだろう。花が咲くのはもう少し先だ。
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