第25話 友達宣言

【十二月八日 午後八時】 

 知らない番号からのメッセージが着信する。こっちのアプリへの着信は珍しい。

“美夜です。届いてますか?”

 無事にスマホの回線は開通されて設定が出来たようだ。メッセージだからか、口調がいつもより他人行儀だ。メッセージを送り直すとすぐに返信が来る。

“五十嵐です。ちゃんと届いているよ。

”よかった。ちゃんと君に届いて。“

“アカウントの友だちにも追加させてね。”

 そのメッセージの後ろには招待コードがついてくる。タップしてメッセージアプリを起動させる。「Miya」というアカウントがポップアップに出てくる。アイコンはまだデフォルトの人型だ。追加してメッセージを送る。

“追加しておいたよ。こっちも追加してね。”

 少しだけ時間をおいてピコンと電子音が響く。「ありがとう」と表示されているスタンプが送られてくる。そのあと二呼吸くらいタイミングを遅らせて、

“今日の夜はいつもの場所行くね。”

“じゃあ、俺も行くよ。”

“わかった。風邪ひかないようにね。楽器は寒いからまたお昼に弾く。”

 時期がもう悪くなってきたのだろう。屋外で素手を長時間出しての作業はなかなかし難い。

 明日に備えて課題は終わらせておこう。その後簡単な仮眠を取って、深夜に備える。


 カイロを二枚拝借して外へと繰り出していく。今日は快晴だ。空には冬の星空が広がっている。半分になった月は少し斜めからこちらを照らしている。空気が透き通っているのかいつもよりもこころなしか明るく、目の前が見やすい気がする。すっかりと広葉樹は枯れ広がり、地面には乾いた枯れ葉がカサカサと転がっていく。坂道を登り街を見渡すとシンとした世界が広がっていた。

「はぁ……。」

 少しため息をつく。白く凍った息が街灯に照らされてきらめく。すっかりと冬になってしまったようだ。先週日曜の雨も大概凍えそうになったが、今日は風がないのにズシンと寒さが厳しい。

「ため息つくと幸せが逃げちゃうらしいよ。」

「美夜?」

 神社の入り口、参道の階段の一番手前に彼女がいた。

「薫くん迎えに来たよ~。」

「寒くなかったか?」

「寒い。でもちゃんと会えたから寒くない。」

「なら、これもあげるよ。」

 家を出たときから温めておいたカイロを彼女のコートのポケットに入れる。

「わー、あったかい。ふふ、ありがと。」

 手にとった彼女は握りながら笑顔になってくれる。今日はいつものコートにちゃんと集めのタイツを履いて温かな格好だった。でもこの寒さにはそろそろ心許なくなってくるかもしれない。

「今日は神社行かないのか?」

「みゃーこちゃん会いに行こう。その後、お散歩したいな。」

 階段を足元に気をつけて、一段一段登。転げないように彼女の手を取って登っていく。一段と静かな夜が、境内に入るとさらに音が消える。微かな灯りがぼんやりと手を繋ぐ二人の影を作る。

「ココはいつも誰もいなくて、静かだね。」

「だから。いつもココに来てたな。」

「私も、楽器弾ける場所欲しくてね、こっそり来てたなー。」

 美夜はグッと伸びをしてみせる。猫のように柔らかくしなやかに背を伸ばす。両手が俺の背を超えて夜空に伸びる。

「あの日、俺が驚かさなければどうしていたんだ?」

「うーん。」

 上に望む月をじっと見つめて、少しの間固まる。はぁっと息を吹きかけて空に還す。

「分からないかな。でも、あのときは自分で独りでいたくせして寂しくて……。今だって寂しくないわけじゃないよ。でもお母さんがいなくなって、お父さんも行っちゃって。独りだけになった。おばあちゃんはすごく優しいの、でもおばあちゃんももうすぐいなくなっちゃいそうで。怖くなって。誰かに会いたかった。」

 月を見上げていた目はじっと俺の目を見つめて。その目は涙を流しそうに艷やかに潤んでいる。冷たい印象の切れ目がすっと細められる。

「じゃあ、結果オーライだな。美夜にちゃんと会えた。」

「薫くんで良かったかな。怖かったの、最初話しかけた時、もしも嫌な人だったらって。でも違ったね。だから私も結果オーライ。オールオッケー。」

 柔らかく笑みを浮かべる。涙の気配は消えていった。

「電話だっていつでもかけていいよ。」

「茉莉ちゃんに怒られちゃうなあ。薫くん取り過ぎちゃうと。」

「あんまり放っておくと怒られるかもな。」

「仲良しさんだね。いいなあ。幼馴染。」

「最近引っ越したんだよね。」

 近くに落ちていた石を手慰みに、彼女はお手玉のようにぽんぽんとしている。

「そうだよー。だから前の学校の友だちは疎遠になっちゃったね……。」

 少し聞きすぎただろうか。踏み込む間はどうしても難しい。彼女すっと手を止める。

「ねえ、薫くん。」

「なんだ?」

「幼馴染にはなれないけど、友達になってほしい。」

 ぐっと手を握りしめて、また目が少しだけきらめいている。

「もう、ずっと友達じゃないのか?」

「いや、私もそう思ってるよ。でも、聞いたことなかったから……。」

「学校の友達とかにも言ったことはないなあ、たしかに。」

「良かった……。私、からかったりしてばかりだから。大丈夫かなって。」

 人の距離感を測りかねているのは誰も一緒なのかもしれない。傷つけたり、離れすぎたり。

「帰り道の、いつだったかな。」

 美夜が首をかしげる。

「手を振って別れただろう? でもその後二人共振り返って、また手を振った。いつからっていうのは正確には分からないけど、でも時からは絶対に友達だよ。」

 無言で彼女がうなずく。覚えていたのは俺だけではなかったようだ。

「心配しすぎてごめんね。あーやだ、重たい女みたいじゃん。夜はダメだねー。」

「俺だって声に出さないだけで、心のなかでは一緒みたいなものだよ。」

「あはは、じゃあお似合いだったね。」

 空気が変わったのを察してくれたのか、林の奥からみゃーこがのそのそとその姿を表した。

「みゃー。」

「君も友達になってね。」

 しゃがみこんだ美夜の腕の中へスッと入り込む。返事をするように、

「にゃぁふ。」

と、鳴き声をあげる。身体をなでて、毛並みを整えてあげる。満足気に丸まっていく。



 二十分ほどひとしきり撫でられたみゃーこはある瞬間にすっと腕から飛び降りる。

「にゃーぅ。」

 別れの挨拶だろうか。俺達を温めて去っていた。今日も気まぐれだ。

「やー。行っちゃった。」

「予定通り、散歩するか?」

「そうだね。あ、薫くんの家の方連れて行って。あっち行ったことない。」

「いいよ、案内してみる。」

 街を夜に歩くとまた違った様子に見えてくる。いつも通う駅前だって凍ってしまったように止まっている。看板は明かりを落として、二十四時間営業の店と、さっきまで開いていたであろう、居酒屋など夜の店から明かりが木漏れ日のように道へ光を差し込んでいる。

「もうちょっとしたら居酒屋でバイトしようかなー。時給高いし。」

「大変そうだけどな、客からセクハラされないか?」

「スーパーだって変なお客さん多いから変わらないよー。あ、またきてね。」

「マスクして帽子してるとわかり辛いよな。」

 以前であったときは完全防備だったはず。

「ちゃんと気がついてねー。気が付かなかったらお釣り渡す時にイタズラしちゃうかも。」

「大丈夫、もう気がつくよ。」

 一度気が付かないふりをしてみようかな。

 

「商店街を超えて見たことはなかったなー。」

「あっちが俺の家だな。」

 T字路の右側を指す。

「ふうん。あっちはなにがあるの?」

 反対側、左側の方角を指される。

「うーん。小学校かな。それくらい。」

「薫くんの小学校?行ってみていい?」

「ああ、いいけど見てもなにもないぞ?」

 住宅街へと進んでいく。もうすっかり家の灯りは消え始めている。庭先に植えられた木々がそよそよと揺れて葉が擦れた音がする。あまり煩くすると迷惑なので控えめな声を出す。

「あれが公園だな。放課後に良く遊んでた。」

「ブランコちっちゃいな~。もう乗れないかな~。」

 じっと遊具を見つめて通り過ぎる。公園の中央には小高い山のような場所があり、すべり台が三方向に伸びている。比較的大きめの公園だ。

「あれが学校?」

 公園に生えた欅の向こう側、住宅街に目立つ直方体の建物が見える。

「ああ、そうだよ。大分キレイになったな。卒業する頃に工事してたからだと思う。」

 正門まで二人で歩く。門の向こう側には運動用に整えられた芝生の校庭が広がる。深夜に来るのはもしかしたら初めてかも知れない。校舎は明日を静かに待っているようだ。

「へぇ。キレイだね。芝生の校庭なんて始めてみた……。」

「美夜はどんな子供だった?」

「そうだね。今よりは明るかったとは思う。外で遊ぶのが好きだったよ。男の子と一緒に鬼ごっことかねー。」

 公園で遊ぶ彼女の姿が思い浮かぶ。きっと活発な子供だったのだろう。今でも少し面影はある。

「お家まで薫くんを送り届けて今日は帰ろうかな。」

「普通逆じゃない?」

「今日もいっぱい良くしてもらったからねー。お姉さんが変な子に襲われないように薫くんを送ってあげる。」

 急に大人ぶってくる。元のペースを戻してきたのだろうか?無理をしていないか気になる。

「変にテンション上げてないか?」

「少し。でも、ちょっとダウナーな私も薫くんの前で元気な私もどっちも本当。」

 確かにどっちだって良いのかも知れない。

「元気ないときはまた連絡していいから。」

「じゃあ、そういうときは甘えるかな。薫くん、ちょっと私のお父さんに似てるね。顔は全然違うけど。」

「似てるんだ?でも、ギターは弾けないぞ。」

 首をふるふると振り、美夜は言葉を紡ぐ。

「優しいところとか、その、少し達観したところも似てる。年下の癖に生意気だけどねー。」

 あまり生意気になり過ぎないようにしないと。でも、不安定な一面を見ると気になる。

「多分、茉莉ちゃんとかもそんな君が好きなんだと思うよ。」

「そう思ってくれていると良いな……。」

 


夜の散歩も、もうすぐ終わりになる。今日が終わってもまた明日がやってくる。次は何を彼女としようか。

「ギター、また練習聞かせてよ。」

 しばらくタイミングが合わずに練習を見ることが出来ていない。

「温かいところがいいなー。カラオケ?」

 「それも良いかも知れないね。」

いい場所がないか守野さんに相談してみようか。そう話していると家がもう目の前だった。立ち止まり、彼女と向かい合う。

「またね。美夜。今度は俺が送るよ。」

「またね。薫くん。次はお願いしようかなー。あはは。」

 前と同じ様に手を上げあって別れていく。角を曲がり姿が見えなくなるまでエントランス先で彼女を見送る。夜は十二分に更けていっていた。家へとたどり着き、自分の部屋向かう。シャワーを浴びて、ベッドに転がり窓の外を見る。ぼわっと浮かび上がる夜空の雲を眺めてカーテンを締め切る。寝る前にアラームをセットしようとして、スマホを確認すると美夜からメッセージ届いていた。

“おやすみなさい、言い忘れてた”

“おやすみ。”

 前と違って電話をかける必要はもうない。部屋の常夜灯を落としてアラームをセットして明日に備えるため眠りにつき始めた。

 

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