第22話 彼女と幼馴染との約束
【十二月五日 午前十時】
朝を過ぎて出かける人たちで人通りが盛り上がってくる時間帯だ。駅前のいつも待ち合わせに使っているベンチは家族連れに使用されていたため、近くの街灯に寄り添い待ち人待つ。
一昨日の夜八時頃にもう非通知番号から電話がかかってくる。もうこれで三度目くらいなので慣れてきた。以前までだったら非通知にまず出ることはなかったが、電話の先には美夜がいると分かっているのでさっさと出る。
「はい、もしもし。」
「薫くん。こんばんは~。美夜だよ。」
「はいはい、こんばんは。」
「もうちょっと明るい声で応対してくれてもいいんだけどなぁ?。」
向こう側はやはり駅前のようだ。ほんの少し車の音が紛れ込んでいる。電話ボックスは風を遮ってくれるだろうが、気温がもう冷えきっていいることは容易に想像できる。
「これが地なんだよ、勘弁してくれ。今日は寒くてギターが外できないか?」
「あはは、それについても連絡したいなーっておもってたけど、また別ー。おばあちゃんに携帯の契約の事話しておいたからさ。」
「薫くん私の家来てくれる?契約のお手伝いして?」
家にいくことは予期していたが、どのようにおばあさんに紹介されるのか、全く分かっていないので少し怖い。ただ、まずは約束通りのことを果たそう。
「分かった。明日でいいのか?」
「うん、明日はシフト入れてないからね。十時頃に駅前まで迎えに行くよ~。」
「じゃあ、いつものばしょで。」
「はいよー、おっけい。」
無駄にお金も余計にかかるだろうしさっさと電話を切る。明日をすぎれば彼女が公衆電話から掛ける必要もなくなるはずだ。画面をスリープさせて元々していた作業に戻ろうとすると、床に寝転がってゲームをしていた茉莉が目の前にぬっと現れる。電話の間は静かにしてくれていた。
「今の電話ー美夜先輩?」
会話の内容からバレバレのようだ。
「ああ、そうだよ。」
「一緒にどこか行くんだ?」
顔はいつもと変わらずにニコニコして優しそうだがいつもより距離が近い気がする。詰められていそうだ。
「明日、ちょっとね。手伝いというか。」
「ふーん。そうなんだ。」
じっと目を見つめたまま彼女が固まる。何やら考え込んでいるようだ。
「明後日。」
少しだけ単語だけを言われて困惑する。
「明後日?」
「明後日は私にも構ってね?美夜先輩だけと遊んでたら焼いちゃう。わがままかな?」
表情は出会った頃の、子供の頃の茉莉のように。じっと固まって寂しげな表情を浮かべていたのは、自分の言っていることがわがままではないか、言っても良いのだろうか、それを逡巡している表情だったようだ。
「ああ、もちろん。どこにいこうか。」
彼女をむやみに寂しがらせるつもりはないのでどこか彼女とも出かけよう。
「水族館。行きたいな。」
彼女がポケットから財布をとりだす。さっと、チケットのような小さな紙を出す。ここから電車で四十分程度離れた海の埋立地にある大きな水族館だ。地元では一番大きく有名な場所だ。
「じゃあ、そうしよう。別に美夜だけに構ったりしないよ。」
「いえーい。じゃあ私とも出かけだねー。
水族館の紙を両手に持って目の前突き出して俺に見せつける。チケットの内容を事細かに説明してくれる。彼女の表情はさっきとは一転して破顔していた。
「これお母さんにもらったの。会社の補助だってさ。」
小学生の頃に学校の行事だったかで訪れたことがある。大きくなった今に行ったらまた違うように感じるのかも知れない。
「六時からのナイター営業、行ってみよう。」
「そう言おうと思ってたんだよ。楽しみだね。」
夜には屋外へと続く水槽がライトアップされるらしい。目玉は熱帯魚や泳ぎ回るペンギンなどみたいだ。
「薫は明日美夜先輩とどこに行くの?」
「美夜の携帯契約に付き添うんだよ。」
約束を取り付けて気が済んだのか、クッションを床から取りゲームを再開する。俺のベッドへ移動してまた寝転がっている。両足がパタパタと嬉しそうに動いていた。
「ふふ、いってらっしゃい。」
横になって机に座った俺を見つた彼女は、俺に向かって笑顔でそう言ってくれた。
閑話休題。
昨日の茉莉との会話について思い出してしまったが、時刻が十分超えても美夜が現れる気配がなかった。いつものベンチの方角を見直してみると、先程まで座っていた家族はどこかに言っており、今は美夜が一人ベンチに座っていた。もう少し早く気がつくようにちゃんとベンチが視界に入る場所に立っておけばよかった。
この前の仕返しをしてみようかと、少し回り込んで近づいていく。あと一m。彼女の死界から声をかけようとする。
「薫くん……。まだかな。」
小さくつぶやく掠れきった声。今にも泣き出しそうだ。イタズラを止めて、彼女の横にさっと座る。
「美夜お待たせ。」
すっと、頭に両手を乗せる。昔俺の親父が母親がいなくなった後、泣きそうになっていたり泣いていた俺を慰めていたときによくこうしてくれたことを思い出したためだ。
「……ぁ。」
なにかいいたそうに口を小さく開けて、細い細い呼吸だけが喉から口へと出ていく音がする。少し首を下げて猫のようにふりふりする。
「おそーい。でもこの前は私が遅くなったもんね。おあいこかなー。」
眼を閉じて、俺の手に美夜の手が重ねられる。少しだけ冷たくなっていたが、お互いの体温でゆっくりと暖かさを取り戻してく。
「猫か子供にすることだよこれ。」
手をギュッと重ねながら彼女は言う。
「恥ずかしいか?離そうか?」
「ダメ、もうしばらくこうしてて。」
顔をうつむかせて、一、二分ほど俺の手を振りほどく事なくそのまま猫のように首をもじもじさせていた。
「恥ずかしいことは禁止ね。いや、たまにならいいけど……。やっぱ禁止。」
美夜の家に向かいながら先程の行為について禁止理由の説明もなく、一方的な通知をされる。言い返すと余計なことなのは間違いない。
「あ、もうちょっとだからね!あの角曲がったらすぐそこ。」
景色はすっかり田舎の風景で周囲の家は木造一階建の大きな家が多い。カーブミラーが一枚設置された信号のない三叉路を曲がると、築五十年といったような立派な家が見えてくる。
「あれが美夜の家か?」
「ま、私というかおばあちゃんの家だけどね。」
立派な門をくぐると、自分の祖父母の家を思い出すような風景だ。納屋に農機具がしまわれているがその殆どは使われていないのかホコリやサビが多い。納屋の天井には収穫仕立ての野菜が干されている。庭にも手入れが少し行き届いてないようだが、立派な梅の木が植わっていた。
「ほらほら、こっちこっち。」
手招きをされて石畳を歩き玄関へと向かう。少しだけ緊張が和らいでくる。腹をくくるしかない。
「ようこそ、いらっしゃいね。」
優しい声に出迎えられる。美夜のおばあさんが玄関の奥から現れて挨拶をしてくれる。八十を超えているのだろうか、病気で倒れた関係もあるのかやせ細っていたが全体的な印象はもう元気そうだ。目がしかっりとしている。
「おばあちゃん、紹介してた五十嵐 薫くん。」
「始めまして、五十嵐です。」
腰を曲げてしっかりと挨拶をする。妙な印象を与えなかっただろうか?
「ゆっくりしていきさい。契約なんか手伝ってくれるんだろう。おばあちゃんはお昼ごはんもつくってあげるからね。美夜と二人待っといて。あとで同意書がいるのかい?またゆっくりみせてちょうだい。」
そう言っておばあさんは元の台所へ戻っていったようだ。
「とりあえず私の部屋行こっか。おいで。」
「ああ、ちょっとまって」
靴を急いで脱いで土間の角に揃える。廊下から縁側を超えて、家の奥方へ向かう美夜につい行った。
「昨日一生懸命片付けたから、見られても大丈夫!」
家の少し奥まった場所が美夜の部屋だった。和室に小さな布団が畳まれていて、ギターケースが壁に立てかけられている。茉莉としか比較はできないがそこまでものが多い方ではないようだ。衣装笥の上にはいくつかの小物が並べられている程度でしかない。あとはアウターがいくつかキャスター付きの物干しにかけられているくらいだ。
「勉強道具が……ない?」
「あ、鋭い。」
小さなちゃぶ台と筆記用具はあるが、本や辞書、参考書といった類が見当たらない。
「ま、まあそうれは良いのよ……。今はまたこんどね……。」
「どこにしまったんだ?」
おそるおそる彼女が押し入れを開けると、手前側に本が積まれている。
「あれ、おかしいなあ。私の部屋でドキドキな二人きりのイベントのはずだったのに……?」
本を眺めるとほとんど新品だ。物を丁寧に使っているのかも知れないがそんな気がする。手にとって問題の回答をみるとどうも解けてないわけではないらしい。
「美夜。ギター上手くなったら勉強な。」
「ええぇ。後輩にそんなこと言われるなんて……。」
およよと鳴き真似をする美夜。よっぽど面倒なのか苦手なのだろう。少しだけそう行っていたがすぐに気を取り直し、
「まあ、薫くんが付き合ってくれるならなんでもするよ。ちょうど、そろそろ勉強も頑張り直さないとなって。おもってたし。」
二年の美夜にできることは少ないが、このまま同学年になるのは避けたい。それは彼女も流石に避けたいだろう。
「二年の勉強はわからんから、一年の復習からだな。」
「おかしいなーおかしいなー、私、薫くんにべったり支えられちゃう?」
と言いながら机の横のビーズソファに倒れ込む。
「私がちゃんとしたらご褒美くれる?」
「なんだそれ、何がほしいんだ?」
「その時に言う。秘密。」
にっこりと笑う彼女の中ではもう決まっていることがあるんのだろう。そのしたり顔をするときは決まって何か腹つもりがあるときだ。
窓から見える中庭は梅の木がよく見える。立派な塀はこの場所をきっかりと守っているようだ。風がそよぎ、木を揺らす音が聞こえる。
カサカサ、カサカサ。
もう一ヶ月すると年が変わってしまう。このままのスピードだとすぐに大学受験を考えないと行けない。将来のことは何も決めていない。美夜や茉莉は何か思いがあるのだろうか?茉莉は昔から比べると大きく変わっている俺もなにか変わらないとダメなのかも知れない。そう思いながら美夜の教科書を眺めて苦手な分野を探していく。
「薫くーん。薫くーーん。私のお部屋だからさー。もうちょっとドキドキして?」
後ろ側では子供のようにわたわたとする美夜がそろそろしびれを切らしたようだ。元の目的にきちんと戻っておこう。
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