第20話 彼女のバイト
【十一月二八日 土曜日】
昼下がりに茉莉と学校の課題を一緒に行っていた。彼女は課題を終えるた後、俺の部屋でゲームをダラダラとしながら過ごしていた。
「五時になったら今日は帰るねー。」
「どこか出かけるんだけっか?」
カーペットの上で寝転がり、クッションに頭を乗せゲームをしていた彼女はこちらに首を向ける。
「うんー。お母さんの誕生日だから皆でレストラン行くの!」
「ああ、そういえば美沙さんの誕生日だったね。おめでとうって後で言いに行こうかな。」
「そんなこと言ってくれたらお母さんも喜ぶんじゃないかなー。」
今日は家族団らんの日のようだ。夕飯はどうも父親を宛にするか自分で用意しないと行けないらしい。
「そろそろ着替えとかしておかないくて良いのか?」
「あ、たしかにー。ふぅ、この辺にしておいてあげよう。」
ゲーム機のスリープさせて立ち上がる。
「薫もちゃうんとご飯食べなよ。パスタばっかり食べてると栄養わるくて倒れちゃうよ?」
「わかったよ、なんかスーパーで栄養考えて惣菜でも買ってくるから。」
「んー。まあ、いっか。今度また料理作ってあげる。じゃ、またねー。」
茉莉は片手で軽く手を振りながら部屋を出ていく。時計を見てみると時刻は午後五時半。親父の分も合わせて買ってくることとしよう。なにもないままだとまた牛丼屋に男二人で行く羽目になってしまう。
「まあ、雨はもう降ってないか。自転車、出していくか。」
鍵はどこにしまい込んだだろうか。数分、探しこんだ後に結局コートのポケットに入っているのを見つけた。キーホルダーでも付けておけば目立ちやすくなって探す手間が減るかも知れない。
「よし、いこう。」
太陽はすでに沈み込んで、地平線の際だけが紅く光っている。街はすでに夜一色似近く週末の賑やかさに包まれようとしていた。遠くからは焼き芋売りだろうか、販売の声と賑やかな音楽が微かに聞こえる。冬特有の良い景色だった。
自転車を駅前のスーパに走らせる。出かける前に親父には飯を用意する旨をメッセージで送っておいたら"ありがとう" と表示された微妙に若々しいスタンプが返ってくる。再婚でもしないのかなと考えたりすることもあるが、このスタンプセンスを見ている限りないなさそうだ。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。」
天井の方から録音の音声が挨拶をしながら繰り返しセールを知らせる。野菜コーナなど生鮮食品をショートカットして、惣菜売り場へと向かう。揚げ物とご飯だけの弁当は安く、食べごたえがありそうだと思うが茉莉と栄養バランスの話をしたばかりなので控えておく。適当に煮物が入った五目弁当のようなものを二つ手に取りレジへと進んだ。
「いらっしゃいませ……?」
レジの店員が俺の商品を手に取り、バーコードを読み取る前に固まる。俺もその姿をよくみて固まってしまった。
「薫くんー。なに、今日も私に会いたかったのー?」
「美夜、なんで、そうかレジって言ってたな……。」
「はい、商品二点で一, 一八〇円です。お支払いはいかが致しますか?」
ばっちり仕事モードと見せかけて、マスクの隙間から見える目は機械的な冷たい目からニヤニヤとした目に変わっている。
「お支払い方法は、イロイロありますがー。どうしますか?」
少しほうけていた間に美夜は詰め寄って聞いていくる。
「現金、現金で。」
理性を少し取り戻した俺は慌てて財布から小銭と紙幣と取り出す。
「はい、ちょうどいただきました。レシートお出ししますね。お箸とおしぼりはあちらにございますのでご自由にお取りください。あ、お客様少々お待ち下さい。」
美夜はポケットからペンを取り出してさらさらとなにかを書いている。
「次回お使いになれる割引券です。ご利用は今日からご使用できますので良かったらお使いください。ありがとうございました。」
ぺこりと腰を下げて次の客の商品読み取りをはじめる。彼女を邪魔してはいけないので早々にその場を去る。
箸とおしぼりを取りながら、受け取った割引券を見てみると余白には彼女の走り書きが書いてある。
"十九時に終わるから"
手に持った弁当は早々に家に届けた後、食べることは出来ないことはすぐに想像できた。自転車にまたがり、家へと足早に駆け抜ける。地平線まで夜の帳に包まれて街は月の灯りと街灯に照らされている。冷たい空気とは違い浮足立った心は温かい。
”弁当買っておいたから、ちょっと俺はでかけてくる”
リビングに弁当を置き去り、早々にまたスーパへ向かう途中に親父にメッセージを送っておく。すぐに返答があった。
"ガーン"
キャラクターがショックを受けているスタンプを送り返される。申し訳ないと思いった心は画面を閉じた三秒後に消えていた。
駅前のいつものベンチに掛けて美夜を待つ。広場の時計はすでに一九時五分をさしている。部活帰りの学生や飲み会に向かう男女の姿で溢れている。改札からは陽気な声が響く。今にも踊りだしそうな陽気な雰囲気だ。
「やーやー。待ってくれたー。」
美夜がスーパの裏側の方角から嬉しそうに駆けてくる。スニーカー姿の彼女は軽やかに近づき俺の横に座る。
「あのメッセージはそういうことだろう?」
「あはは、そうかも。」
月のような眼、冷たくキリッとした眼と優しげな笑顔。今日も変わらず元気で良かった。
「お弁当食べた?」
「いや、食べてない。あれは家においてきた。」
「え、なんで!」
驚いた彼女は両手を広げて大げさにリアクションとる。
「美夜と何か食べようかなって。どうせ、家で親父と食べるだけだったし。」
「!」
オーバーリアクションをとったまま、美夜は少し固まっている。すぐに頬が紅くなる照れているようだ。
「やや~。私と一緒に食べたかったんだねー。」
いつもなら肩をぽしぽしと叩かれそうだったが、今日は手を両手に添えて首をかしげながら上目遣いで優しく言われる。
「そうだな、そういうこと。」
あはは。今日もクールだねー。彼女は楽しそうにそう言いながら立ち上がる。
「じゃあ、駅の反対の方に行こう。向こうにいっぱいお店あるでしょ。」
「あっちがわはあんまり行かないな。おすすめ案内してもらうかな。」
「はーい。お姉さんが薫くん連れていってあげるね。」
「姉じゃねー。」
じゃれ合いながら踏切を超え駅の反対側へと向かう。踏切が背後で警告音を出しながら下がる。ガタンガタンと電車がすぎさる音が響く。ちょうどいいタイミングで渡りきれたようだ。ガタンガタン、ガタンガタン、遠ざかっていく。
「スマホ。もう一回契約しようかなー。」
「持ってなかったんじゃないのか?」
「留年したときに、もういらないってやけになって契約止めたの。」
そういえばそうだった。そう言っているが、彼女なりに家計など考えてそうしていたのかも知れない。
「今どきやっぱいるじゃない?あと、ね。友達増えたし。」
すっと指をさされる。人に指をさされるとドキリとしていまう。
「薫くん、付いてきて。」
「いいよ、先輩の言うとおりにします。」
「あー、先輩って言った。名前よんでよー。」
「はいはい、美夜行こうか。」
「よろしい。薫くん。」
カフェで簡単なディナーセットを食べた俺達は、彼女の提案通り駅前の携帯ショップへと向かう。時刻はギリギリだったが、どうせ今日は未成年だけなので契約が出来ないはずだ。機種を適当にみて書類を持って変えることにする。
「どんなのが好みなんだ?」
携帯ショップはすぐそこだ、交差点を超えた先にはすでに煌々と光る看板が見えている。信号を待ちながら流れる車の影、二人並んでいる。
「あー、なんだろう。派手すぎるのは嫌だよね。」
「スニーカーとか普段の服結構色使いが派手じゃないか?」
「それはそれ、これはこれなの!わからないかなー?」
彼女なりのセンスがあるようだ。派手すぎないとなると白か黒を基本としたモノになるだろう。
「たしにかに、その服装はいい感じだったな。」
「およ、ありがとう。キミはなんでも褒めてくれるねー。」
信号機が青に変わる。待っていた人が流れて行くので身を任せて進んで行く。
「これだよなー。高い?高くない?」
ちょうどいいデザインを探して悩み込んでいた見つけた彼女はようやく一つに絞り込んだようだ。店の中の雰囲気を診ているとあと一〇分もすれば閉店の曲が流れそうだ。店員は最後の契約を結んでいるのか、追い出されるようなアナウンスはまだないが時間の問題だった。
「ああ、だめだ。これは高い……。買えない……。」
悩み抜いた美夜は絶望した声を出して結論が出ててしまったようだ。
「中古とかで買うか?」
「なになに、それでもいいの?」
「気にならないんだったらそっちのほうが安いだろ?」
「じゃあ、そっちで見てみよっか。」
仕事明けで体力を使い切っていないのだろうか。俺が逆の立場ならすでにへばっていそうだ。有り余る彼女に今日も月が高くなるまで付き合うことを決めた。
「電車で繁華街に行けば大きい店あると。」
「じゃあ、レッツゴー!」
終わりがけの店で冷やかしになってしまった。お詫びではないが、数枚パンフレットを手に選び手にとっておく。
「ああ、行こう。」
俺の心も有り余っているのかも知れない。浮足立っているのはなにも彼女だけではなかった。
「ほんとだねえ、さっきより全然安い。」
ショーケースに並ぶスマートフォン達。二、三年前の型落ち機種となると一万円を下回る価格で並んでいる。店内は人影はまばらで静かな音楽がかかっている。この時間帯になると流石にこの様な雰囲気だろう。
「これー、いいかなー。さっきのやつ値段似てるし、キレイじゃん。」
先程は結構悩んでいたがこちらではサクッと決まったようだ。おそらくデザインの検討は終わっていたからだろう。
「じゃあ、店員さんに出してもらわないとな。」
「およ、そうだね。じゃあちょっと行ってくるー。」
今日は一段と子供っぽい。雰囲気がまた変わっている。ふと、茉莉のことを思い出した。さっき電車に乗っているときに写真がおくられてきたはずだ。
開いてみると家族三人中が良さそうに映っている。少し洒落たドレスのような服装で髪もゆるく巻かれている。大人びて見える茉莉は、昼間ゴロゴロしていた彼女hとは打って変わって大人の女性に感じる。雰囲気がかわっているのはなにも美夜だけではないようだ。
"いい店だな、美味しかったか?"
メッセージを送っておく。美夜はお目当てに物を店員に出してらって状態を確認しているようだ。グッと手を上げてこちらにサインを送ってくる。どうやら問題ない様だ。
ブブッとスマホが震える。
"でしょー!"
目の前にいたら元気よくポーズを取りながら言われそうだ。彼女の今の服装でいつものポーズを取られたらせっかくの服装が台無しになりそうだ。ふと想像してしまった俺はくすっと含み笑いをして、周りの客に見られてなかったか心配にってしまった。
「お待たせー。あとは回線契約だけだね。」
「ああ、それも調べておいた。未成年だから親御さん、おばあちゃんの許可があればできるよ。」
「紙持って帰らないとダメかな?」
「オンラインでできるからな、でもどれかネットが見れないとだめか……。」
うーん、と美夜と俺で悩む。手間だが社会的な身分が低い俺達はしかたないか結論が付いたところで、彼女があっと声を上げる。
「オンラインで同意できるんだよね。スマホさえあれば。」
「ああ、そうだな。」
「じゃあ、薫くんは今度私の家に来て。なにかお礼はするからさ!」
彼女のアイデアは契約上問題はなさそうだが、俺がすぐに思いつくことではなかった。
「お家、デートだね……。」
美夜は嘘くさそうに照れた振りをしてくる。少なくとも断る事はできなさそうだ。
「おばあちゃん、男連れてきたらどうなるかなー。」
「退院したんだよな?」
「うん!経過観察だけど、最近は元気に家でお友達とでかけたり、ジグソーパズルしてたよ。挨拶考えといてね。」
お孫さんと仲良くさせていただいています。なんていえば結婚でもするのかと感違いされそうだ。小学生の頃だったら親御さんへの挨拶なんて気にもとめなかったが、高校生になった今に親と面識のない異性の家にいく想定なんてしていない。今日の夜は眠るまでに時間が掛かりそうだ。
ちょうどよく来た電車に二人並んで電車に飛び乗る。元の駅に帰る道すがら。二人がけの席にいる美夜の頭が俺の肩に当たる。さっきまで元気いっぱいに子供のような彼女だったが、疲れて眠ってしまったようだ。子供のような行動ではあったが、その表情は元のようにすっとしており、目が伏せられある種刃物のような切れ目に見える。電車の振動で髪は流れて顔を隠してしまう。
「お疲れさま。」
聞こえていないだろうが小さく声をかけてそのままにしておく。ゆらゆらと揺れる車体に身を任せる。一〇分少ししかない道のりを惜しみながら過ごしていった。
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