第19話 幼馴染との寄り道2
ウォールナットだろうか。焦げ茶色の床に木材の温かみを感じる。店の中央には大きな柱がそびえており、天井は打ちっぱなしの状態で、梁には橙色の電球が裸で巻き付けられている。四人がけの机が並んでおり、アロマキャンドルが一つ一つ灯されている。水の流れる音と、静かなピアノの旋律が店内にかかっており外の世界と隔絶された異世界感が味わえた。
「二名様でしょうか。こちらへお願いします。」
ウエイターに案内されて柱の陰に隠れる机に案内される。店内の客足は落ち着いており静かな様子だ。
「何にしようかなー!」
茉莉は早速メニューを取り、楽しそうにページをめくる。
「ね、薫も選んで?」
見せられたページにはデザートが並んでおり、パンケーキやクレープの写真が並んでいる。
「どうしよう。茉莉はパンケーキが食べたいんじゃないのか?」
「うん!でもいっぱいあるからな~。」
ふと目についた写真を指差す。
「これ食べたいかな。」
「バナナか~、いいね。飲み物はどうする?」
「ホットのレモンティーにしておこうかな。」
「はーい。あ、お願いしまーす。」
茉莉は近くにいたウエイトレスに呼びかけてメニューを指差し注文をしていく。そんな彼女を眺めながら流れる音を聞き入っていた。
現国の演習問題を取り出した彼女はペンを持ち、流れる髪を抑えて肘をついている。
「ねえ、この問題分かる?」
彼女から問いかけられた俺は問題を確認していく。
「こっちの、この文章が選択肢の二と違ってる。」
「ああ、そうなんだ。たしかにね。ありがう。」
サラサラと文字がノートに記されていく。茉莉のノートはいつもキレイに整理されている。
「お待たせ致しました。」
注文をしたパンケーキが届く、バナナは縦半分に切られて断面に少し焦げ目のついている。周囲に独特な甘い香りが充満する。広げていたノートを片付けてテーブルへと置かれる。
「ごゆっくりどうぞ。」
配膳を終えたウイエトレスは伝票を丁寧に折りたたみ、筒へと入れ込み下がっていく。
「ね、写真取っていい?」
茉莉はスマホを取り出し構図を試行錯誤しているようだ。小さなシャッター音が鳴り響く。蒼い四角形の陶器に二枚のケーキが並べられている。シロップが染み込んだケーキは艷やかに光っていた。
「おまたせしました!さ、一緒に食べよ?」
小さなナイフとフォーク両手で丁寧に操作して、小さく切り取っていく。
「んん、美味しー。薫も。」
もう一つのフォークを使って、彼女が切り分けてくれた断片を口に運ぶ。甘いバナナの香りに加えてメープルシュガーの香りと生クリームの口溶けを感じる。見た目よりもよっぽど繊細な構成な味だった。
「ああ、やっぱり美味しいね、この店のケーキ。」
「ん。来てよかった~。」
揺れるキャンドルが彼女の瞳の端に映り込んでいる。ふと、思いたった俺はカメラを起動して茉莉に声をかける。
「茉莉。」
「んんぅ?何ぃ?」
口に含んだ物を飲み込みながら、彼女はこちらに目線を向ける。カシャっと茉莉を撮る。
「あーなんで撮ってるの?」
「なんとなく記録?ダメだったか?」
「もう?誰かに見せちゃダメだからね。」
思い返すと特別な日以外にはあまり以外写真を撮ったりはしていなかった。彼女と過ごす日々もちゃんと覚えておこうと思い保z存した。
「薫の寝てる写真今度撮っちゃおうかなー。」
口を開けてアホズラをさらさいないようにするか、ちゃんと起きないといけないことになりそうだ。
#
子供っぽい態度を取りすぎただろうか。戸森先輩と仲良く話す彼を見ているとどうにも余裕がなくなってしまう。優しい薫はそんな態度をとった私に冷たく当たることなく気を使ってくれた。
注文した商品を待つ間、現国の演習問題に取り掛かる。選択肢に自信のなかった私は薫に聞いてみる。
「ねえ、この問題分かる?」
「ああ、どれ?」
薫は現代文の読み取りがいつも早い。伏し目がちの目が素早く滑り、問題を読み取っている。いつもの眠たげな目とは違い、真面目な姿が見られる。去年までは同じクラスで近くの席になることもあった。久しぶりに見る彼の姿はどこか知らない男性のように変わっていっていることに気がつく。
「茉莉?」
呼びかけられた私は少しびっくりとしてしまう。
「こっちの、この文章が選択肢の二と違ってる。」
「ああ、そうなんだ。たしかにね。ありがう。」
上ずった声にならなかっただろうか。落ち着いた振りをして問題の答えをノートに記載していく。その直後に商品が運ばれてきてごまかせた気がする。安心してしまった。。
「茉莉。」
呼びかけられた私は急いで飲み込み、薫の方を確認する。
カシャ。ケーキを食べているところに、急に音が響く。薫が私にスマホを向けて写真を撮ったようだ。彼が写真を撮るのは珍しい。変な顔してない?ていうかなんで今?髪の毛崩れてない?口元が汚れてない?いろいろな思いが溢れだす私をよそに薫はしれっとダメか聞いてくる。ぐちゃぐちゃとした思いの中、彼の急な行動に照れた私はまた口調が少しつよくなってしまう。
「もう?誰かに見せちゃダメだからね。」
彼に見られるだけだっったら構わないのは間違いない。後から思い返せば、少し嬉しい。私も薫の写真を撮るようにしてみようか。彼に問いかけておく。
帰り道、久しぶりに彼の手をとってみる。なんとなく中学生くらいからは気恥ずかしさに勝てず遠慮をしていた。少し大人になった今、ようやく行動に移すことができた。薫は少し驚いていたがちゃんと握り返してくれる。手をつなぎ並んで歩く小学生の帰り道を思い出しす。
カフェに入る前に見えていた夕日はビルの隙間に隠れている。少し暗くなった空気が私達の姿をほんの少し隠してくれていた。
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