第18話 三人と一人の昼食


 【十一月二五日 午後十二時】

 天気は昨日の快晴が信じられないほどの雨。朝方からは風が強く、吹き晒す雨は傘をさしても身体を濡らしてきた。繁華街のある方角からは遠くから雷の音が聞こえてくる。どうせ予定はなかったが今晩は神社には行けそうにない。

 そんな天気を窓向こうに鑑賞している俺の心の中も空も夜と同じで、曇天か雨模様に近かった。美夜が昨晩の宣言通り昼休みに俺のクラスへとやってきた。彼女が来たときに感じたクラスメイトのいぶかしむ視線や態度はもう仕方ない。横で盛り上がっている三人をみながら少し状況を俯瞰してみていた。


 ちょうど最近学校でのイメージを変えて明るい雰囲気になった美夜は、授業態度も改め始めたことも影響して特に下級生の男子生徒たちでも噂になるほどだ。以前はわりとつっけんどんな対応だったようで、その彼女が見た目もすっきりさせて対応も明るくなったとあればそれはもういい評判になるのはあたりまえだ。

そんな彼女が下級生の教室にまたやってきて、親しげに男子生徒の下の名前を呼び後ろからくすぐるようなイタズラをしてきゃっきゃとしていたら、何事かと勘ぐるような態度になるのはそれもまた仕方がなかった。そのタイミングでは守野さんがちょうど席を外していてよかった。もしも見られていたら彼女にどんな顔されたかわからない。まあ、どうせ隠したところでどこからかの風のうわさで知ることになると思うけれども。



「薫くんー。やっほー。」

 急に背中をなぞられる。

「うわっ! なんだ、美夜。びっくりするからさぁ。」

「そりゃびっくりさせたんだもん。知ってるよ?」

 なにがわるいの?といった顔をした美夜が後ろにちょこんと立っている。

「怒っちゃったー?お詫び欲しい?」

「やめろやめろ。怒ってなんていないからさ!」

あまり言い合っても恋人同士の乳繰り合いにしか見えない。早々に引き下がり白旗をあげることにした。

「あ、戸森先輩。こんにちは。」

その後丁度に守野さんが帰ってきて挨拶をする。

「うん、こんにちは~。お邪魔してるよ~。」

ひとしきり楽しんだ美夜は俺の前の席を陣取った。守野さんからの挨拶には爽やかに軽やかに応じる。

「茉莉も、もうちょっとしたら来るみたいですよ。」

茉莉から守野さんに向けてメッセージが事前に来ていたのだろう。今朝、茉莉には昨日美夜が言っていたことを伝えている。

「燿、おまたせ。戸森先輩もおまたせしました。」

「私はお邪魔してるだけだよ、そんなかしこまらなくても良いんだから。」

 美夜はその人懐っこい笑顔でニコニコと二人に挨拶をしている。

「茉莉―。俺もココにいるよ?」

 茉莉はなぜかちょっと冷たい目でこちらを見てくる。

「薫には挨拶いらないの。今朝も起こしたときに、おはよって言ってあげたでしょ。」

つれない返事をされて心が少し傷つくが致し方ない。俺の机に弁当を広げ始めた美夜がその言葉に食いつく。

「え、うそ……。同衾……?」

先輩からの変な誤解をされるのを恐れてか、今回は珍しく顔を紅くして否定する。茉莉はいつも同級生にからかわれても気に留めていないのだ。

「ち、違います……。そ、そんなちょっと、言い方が卑猥すぎです……。」

「昨日も夜遅かったから起きれなかった俺の面倒を見てくれただけだよ。」

なんとも情けない理由だったが、真っ赤にした茉莉に助け舟を出さないと可哀想だ。

「あはは、分かってるよ。言われ慣れてると思ってさ、そんなに真っ赤になるとは思ってなかった。ごめんねー。」

「戸森先輩じゃなくて、薫が悪い。もう。」

ふんっと向こうを向いて弁当を食べ始める。あとでご機嫌を取っておかないと。

「守野さんも高宮さんもお弁当きれいで美味しそうだね。自分で作ったの?」

「私のはお母さんが作ってくれてますー。」

守野さんはいつも可愛らしいデコレーションが添えられたお弁当を食べていた。

「私は、今日はお母さんと自分で作ってみました。」

茉莉は美沙さんと一緒に作ったようだ。守野さんのお弁当みたいに飾り気があるわけではないが、お弁当といえばこれ!といったような定番なおかずだ。卵焼きや小さな肉団子などとてもいい。

「守野さんのは可愛いすぎ。食べちゃうのもったいないくらい。高宮さんのお弁当は初デートのピクニックに持ってこられたら男子は落ちちゃうやつだね。」

彼女の言いたいことは分かる。家庭的な一面に弱い男はポロッといきそうだ。

「戸森先輩のお弁当は……。シンプル?」

「あはは。いつもおばあちゃんが作ってくれるけど、今日は自分で作ったからね。料理苦手。」

美夜はごまかすようにくすくすと笑いながら頭をいじっている。少しだけ気恥ずかしい様だ。ぱっとみても下手というわけではないが慣れないながら苦戦して結果シンプルに落ち着いたのだろう。

「茉莉……高宮さんは料理部なんだたっけ?」

「茉莉って呼んでください。ええ、一応そうですやよ。薫から聞いたんですか?」

「うん。薫くんから教えてもらった。じゃあ、茉莉ちゃんって呼ぶねー。ありがとう。かわいい名前。どんな字書くの?」

「えっと、書きづらいんですけど、ジャスミンの茉莉です。わ、なんかコードネームみたい?」

「薫くん。スマホで漢字みせて。」

「へいへい。」と言いながら、茉莉の漢字を見せてやる。

「私も、燿って呼んでください!難しい方の燿でーす。」

 守野さんの燿も合わせて美夜に見せておく。

「やー。二人共いい子だね。さすが薫くんの友達だねー。私は美夜って呼んでねー。」

いつもにくらべて少し明るすぎるか、偶にちょっと硬いかなと思っていた美夜の表情が、最初に比べて柔らかく自然に表情が変わるようになった。彼女の魅力的な側面がよく見えてとてもいいと思う。


「薫って絶対女の子の髪と目フェチですから、美夜先輩気をつけてね。」

「やっぱり?そうだと思ったんだよねー。じっと見てる時あるよね。」

「えー、五十嵐くん、ちょっと授業中たまにこっち見てるのそれなの……?」

「茉莉さん、やめてください。だめ。ここでそんなのいっちゃだめ。」

トイレに立つふりをして抜け出そうか思うが、もしもいないところで何かまた苑なことを言われるかと思うとたまらなくなる。

美夜と茉莉にいまさらどう思われても良いが、このあとの授業も一緒に受ける守野さんやクラスメイトにつれない態度でも取られようものなら、さらに傷つくことは必死だった。

 賑やかに昼休みを過ごしていく。雨模様は相変わらずだったが、激しい雨の中傘をさしていても全身が濡れてしまうのなら、傘なんて捨ててしまって全身濡れれば良いと思う。どういった始まりでも三人が仲良くなってくれるのなら何だって良い。何気ない会話が積み重なっていけばそれで良い。



帰りの電車、茉莉から話しかけられる。

「うん。美夜先輩と薫が仲良くしている理由わかったかも。不思議な人だね。ちょっと、明け透けすぎかなって最初思ったけど。すごい良く皆のこと見ているねあの人。」

彼女の総評は概ね俺と同じだった。三人で仲良くしてくれる分には喜ばしい限りだ。

「だろ、最初は変なやつかなって思ったこともないことはない。」

「そうだねー。お買い物とか一緒に行ってみたいなー。立ち振舞がカッコいい時あるし。」

 それはどうなのだろう。仲良くなればなるほど猫が剥がれていって子供っぽさが見えてくるとおもったが、それは俺も茉莉も同じだろう。

「でも、薫、美夜先輩にだけ構っていたら嫌だからね?」

茉莉は急にしおらしくそう告げる。ないがしろになんてするつもりはなかったが、どうも彼女も不安があるようだ。

「……いまから一駅向こうまで一緒に行こうか?」

向こう側に彼女の好きなカフェがあることはしっかり覚えている。今日、急に言うつもりはなかった。近々天気の良い日にでも誘おうかと思っていた。

「……! うん。ご一緒するね。」

やっぱり茉莉にはこの笑顔が一番だ。余計な不安を与えないようにもう少し気をつけていこう。

あれほど強かった雨は少し弱まったようだ。車窓から見える景色、遠くの空には夕日が差し込んでいるのが見える。じきにこの辺も晴れて来るだろう。月はまだ見えない。でもきっともうしばらくすれば雲の上から俺達を照らしてくれる。

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