第17話 彼女と練習の成果
【十一月二十四日 深夜一時】
半月は空高く。今日も二人と一匹で林の隙間で晩秋の寒空を過ごしながら、美夜は今日も鼻歌を歌いながら練習を続けている。
"満月……空に満月……"
以前に比べたら幾分としっかりとしたリズムと微かな声で曲を奏でる。
「そういえば、その曲はどうして知ったんだ?」
きりが良いタイミングまで返事を待つ。彼女は滑らかに滑らかに、滑るように気をつけながら演奏をしている。
「これもねー。お父さんが好きな曲!」
いつも思うが渋い曲センスだ。流行りの曲ではなく何十年以上前の曲を練習曲にしている。言うとおりに父親の影響がやはり大きいのだろう。
「子供の頃、お母さんと公園に行っていろんな曲聞かせてくれたなー。」
ジャッジャジャーン、ジャッジャジャーン。
東へ西へ月が廻って。去年、初めてこの神社を訪れたときにはこの光景は想像が出来なかった。猫と俺一人、幸せのはずの日常に少しだけ刺激が欲しくて、でもここには猫しかいなかった。何も起こらないはずだったが、いつの間にか仲間が出来た。
「うーん。よいしょー。はぁー。今日はもう終わり!」
ピンと背筋を弓のように伸ばして背伸びをする。
「今日は少し早くないか?飽きたか?」
「んー。そういうわけじゃないよ。なんとなく、終わりの気分。」
そう言ってまた伸びをする。弦の音の代わりに彼女のふぅっとため息が響く。美夜はその後とんっと立ち上がり、俺の目の前に立った。
「今日の、どう?」
「一昨日聞いた時よりも上手いよ。鳴らない音が断然減ってる、気がする。」
そこまで音を分解して聞けていないが、何度も同じフレーズを聞いているうちにだんだんと滑らかになってミュートしてしまっている音が減っていた。
「ふふーん。そうでしょー?もっと褒めて良いんだよー?」
「急に調子に乗ったな。どうしたんだ?」
「んー。褒めてもらったら嘘でも嬉しいじゃない。あ、でもそうじゃない!音のことじゃないの!」
くるりとその場でターンをする。キレイに翻るコートと髪がふわりとひろがって収まる。
正直なところ彼女が言いたいことは分かっていた。今日、彼女が現れたときから言うべきだとは思っていたが、ずっと恥ずかしくてタイミングをのがしている。
「……。似合ってるよ、その服。」
その言葉をきいた彼女は笑いながら年上っぽい表情をしてみせる。最近割と子供っぽい姿を見せる彼女だったが、こんなときだけは余裕綽々な表情だ。
「そう言ってくれるのなら、今日はバッチリ決めてきた甲斐あるね。」
この前かった白いコートを身に着け、ロング丈でチェック柄のブーツを履き、短めのパンツの隙間からは黒いタイツが見えている。ガードが硬そうに見えていつもよりずっと刺激が強い格好だ。
「これがもっとスッと言えたらモテるんだろうな。」
「それはそう。女の子から言わせるなんて、ダメだよー?」
後ろを振り向き、やったと小さく言っているのが聞こえる。それはとても子供の様で可愛らしい。
「にゃう。ふぅあ……。」
横で寝ていたみゃーこが大きくあくびをする。今日も毛玉のように丸まって俺と美夜を見守ってくれている。最近あまり毛並みを整えて上げていなかったことを思い出した俺は櫛を準備する。
「あ、私がやりたーい。貸して貸して。」
「いいよ、ほら。」
俺から櫛を受け取った彼女はスッとしゃがみ込み、軒先に寝転がるみゃーこをブラッシングしていく。櫛の刺激を受けたみゃーこはすぐに腹を見せて寝転がる。
「にゃんこ、君は今日どこを通ってきたの?こんなにゴミ付けて。」
櫛が通るたびに節に抜け毛が巻き付き、少し苦戦している。美夜の髪くらいサラサラとしていたら櫛なんて必要なさそうだ。でも、茉莉の普段の様子をみているとこういう髪を維持するのも大変な苦労がいるのだろう。まあ、茉莉は偶に面倒がって手入れについて何もかもほったらかしているのを知っているが。
「んー、キミの毛はどれだけでも取れますねー。ずるずるっと剥げちゃわないよね?」
剥げてしまったらそこにはぶよぶよとした可愛くない猫が現れるだけだと思う。ブラッシングしすぎも気をつけないと。
「多分、抜け毛の季節なんだろ。大丈夫大丈夫。」
「君の毛は長いなあ。暖かそうー。……私も髪の毛伸ばそうかなー?男の子は女の子の髪、長いほうが好きでしょ?」
「どうだろう、美夜の髪ちょうどいい思うよ。」
割と本心のつもりだったけど、細かく言うと顔の造形によって似合う髪型違うからなんとも言えない。ただ、美夜の今の髪型は彼女に似合っていることは本当だ。
「あーうそだ。茉莉ちゃん、長いよねー。薫くんの好みに合わせてくれているんじゃないの?」
「そういうわけじゃないよ……。あいつは初めて合った頃からずっと長かった。」
「ふーん。」
唇を尖らせて疑わしそうにこちらを見つけてくる。ブラッシングを一旦終えて、後ろに手をくんで俺を覗き込むように周りこんでくる。
「出会ったのは何歳の時?」
「八歳だな、2年生の夏。」
「あー。やっぱずっとなかよしさんだねー。いいなぁ。そういう関係。」
「憧れるのか?幼馴染。」
「いいじゃんねー。漫画でも小説でも定番なやつじゃない。」
彼女は止めていたブラッシングを再開する。みゃーこの横には毛玉が野球ボール大にまで膨らみ積み上がっていた。
「茉莉が今度、戸森先輩の事もっと知りたいって言ってたよ。」
「うーん。私も仲良くしたいな! でも……かもなぁ。」
またブラッシングの手が止まる。みゃーこは訝しげにその手を見つめて再開する度に目をつむり堪能した表情をする。
「いやあ。薫くんとっちゃうと怒られるかなって。」
「茉莉はそうだあな、偶に構わないと拗ねるけど、美夜にそこまで怒ったりしないと思うよ。」
「……。鈍感。」
彼女がぼそっと言う。
「最後なんて言ったんだ?」
「鈍感って言ったの!ちゃんと構ってあげないとダメだよ。」
「ああ、分かったよ。そこまで怒らなくっても……。」
少しびっくりする剣幕だった。
「ああ、うーん。ごめんね。言い過ぎだった。でも、ちゃんとしてあげてね。」
そういいながら彼女はギターの片付けをし始める。
「でも、偶には……偶でいいから……。」
ため息のようにかき消えそうな声だった。
「偶に?」
「ううん。何でもないよ! さ、帰ろ帰ろ!」
「おいおい、急だな。待ってくれよ。」
ギターケースを背負って彼女は、猫が柵の隙間をすり抜けるように軽々と俺の横をすっとすり抜けていく。
「みゃーこ、またな。」
挨拶をするとこちらを見ずに尻尾だけを振り返される。俺も急いで荷物をまとめて、さっさと帰ろうとする彼女を慌てて追いかける。
「ふふ、どこにも行かないよ? 寂しくなっちゃった? 大丈夫だよ~。一緒に帰ろ?」
彼女に手を取られてんで歩く。また子供扱いされている気がする。気まぐれな猫を相手にしている気分になる。
「また年上ぶりやがって。」
「まあ、お姉さんだからね~。手を繋いでてあげるから迷子になららないでね?」
こんな会話誰かに聞かれていたら恥ずかしくて死んでしまいそうだ。親父か茉莉に聞かれたら一週間は会いたくないだろう。
境内を出ると、木々の遮りがなくなり恥ずかしさで上気した頬を夜風が撫でて冷ましてくれる。二人亜嵐で階段を一歩一歩、二人並んで降りていく。
「明日は茉莉ちゃんと守野さんと一緒にお昼ごはん食べようかな~。薫くん、ちゃんと誤解がないように間取り持ってね?」
「ギターの話をしていたら気まずくはならないと思うよ。」
「はぁ、やっぱりわかってないなー。」
今日の彼女はみゃーこよりも猫のようで気難しい。秋はもう終わりかけているのに、秋の空模様のように彼女は気まぐれだ。
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