第14話 三人の昼休み
【十一月一九日 午前七時】
「わぁ。また薫が……。起きてる……。」
部屋に入ってきて開口一番に信じられないよなものを見た声を出される。
「おはよう。」
最近は茉莉に余計な手を煩わせずに起床出来ている。ただ、「もう大丈夫だから、こなくても良いんだぞ。」なんてプライドを見せると絶対に自爆するだけな気がするのでまだ言えていない。あとそんな事言うと茉莉が寂しがりそうだ。
「薫―んぅー……。昨日、校門であった先輩は結局どういう知り合い?」
茉莉はもごもごと口の中の物を押し込みながら聞いてくる。昨日は上の空な回答しか出来ていないのできちんと答えておく。
「先輩……。戸森先輩。なんだろ、前に言ってた神社でギター弾いてる人で、先輩だった。」
「わーぁお。そこで繋がってくるんだー。」
茉莉は驚いた顔をする。
「ふうん。夜中に美人とデートしてたんだねー。ふーん。」
口がリスみたいに膨れているのはパンを詰め込んでいるせいか、あるいは彼女に秘密にしていたことが気に入らないのか眉間にシワまで寄せている。。
「ギター弾いてるのかぁ。なら軽音部なの?」
「いや、違うと思う。放課後?かな、バイトしてるらしいし……あと別に上手くないし。」
最後の一言は別に言わなくていい理由だったが、ポロッと声から出てしまった。
「先輩は優しい人?」
たぶん、彼女は色々聞きたいことがあるんだと思う。ただその質問に色々詰め込んでそう聞いたのだと思う。
「ああ、茉莉も仲良くなれるよ。」
「良い人なんだねー。なら今度ご一緒しようね。」
優しく微笑む茉莉。学校のどこでなら会えるのだろう。二年ということは一階したのフロアに教室があるはずだ。あまりウロウロして探すのも気がひけるので本人に聞けるまではそっとしておこう。
「ああいう雰囲気が薫の好みなの?」
「いやー。まあキレイだね。そうは思うよ。」
「……。」
無言でスネを机の下で蹴られる。
「デレデレしてそー。あー。やだやだ。」
またむくれさせてしまった。茉莉だって劣らないかそれよりも可愛いとおもうのだけれど、上手く言えない。
「あ、そろそろ出ないと電車間に合わないよ~。食べて食べて~。」
「やべー。ほんとだ。」
二人してパンを詰め込みふくれっ面になりながら慌てて玄関から飛び出す。家に鍵を掛けて振り返り、マンションの柵と天井隙間から覗いて空を見上げる。今日はやや曇り空。朝の天気予報では雨は降らないそうだ。陽射しが差せばコート以外の防寒具まではいらないだろう。
「さ、いこうか。」
「うん。さあさあ、いきましょう~。」
小学生の様に元気いっぱい全身を使って進行の挨拶をして彼女が歩き出す。今日も酔い一日になる予感がする。
#
「おはよぉ。五十嵐くん。」
机に突っ伏したまま、守野さんがこちらを向き挨拶をする。彼女の普段の勤勉な態度を考えるとありえない様子で異常だった。
「守野さん……。おはよう、体調わるいの?」
「うん。最悪。ですー。」
彼女は机に突っ伏して唸り声のような声をあげる。
「早退する?保健室一緒に行こうか?」
「ううん。そういうのじゃないのよ。」
ゆっくりと上半身を持ち上げて、取り繕ったような引きつった笑顔を向けられる。
「メモ帳……。なくしただけ……。」
また、机に突っ伏すように落ちていく。これは相当ショックだったのだろう。
「昨日は家に忘れただけだと思ったのになぁ。帰って探してもないんだもん。通学路で落としたのかな。うーん。雨降ってたしもう見つかってもぐちゃぐちゃかもー。あぁー。」
その中には彼女が思いついた色々な情報であったり、一言では表せないたくさんの価値があったのは容易に想像できる。彼女をなんとか慰める言葉かける俺だったが、多分役者不足だ。茉莉に助けを求めるメッセージを送っておいた。昼休みには助けてくれるだろう。
「誰か拾っててくれないかなー。」
願いを込めるように祈りを捧げる彼女を横目に授業が始まった。
#
その願いはちゃんと神様は聞いていてくれたらしい。
「守野さんって居ますか?」
昼休み、昼食を終えて茉莉と一緒に守野さんとの談笑をしていた。なんとか失くしものをしたショックを和らげられてきたところだ。茉莉と守野さんが帰りにメモ帳を買いに行くために雑貨屋にいく計画を立てていた。
さっと凛とした声が教室の前の方からする。ハキハキとしゃべるその声は俺のよく知っている彼女のもので、間違いなく美夜のものだった。彼女は近くの生徒に席を教えてもらってまっすぐとこちらに向かってくる。守野さんの隣に座る俺を見つけるといつものにこやかな笑みを向ける。
「薫くんー。君もこのクラスだったんだね~。」
昨日していた髪留めを外し、メガネも外した姿の彼女は、地味めな印象をさっと脱ぎ捨てていつもの魅力を隠すことなく振りまいている。有り体にいえばクラスで一番可愛いのは私ですけど?みたいなオーラが全力で出ている。
「美夜……。」
惚けて先輩を付けて呼ぶのを完全に忘れていた。
「美夜?え、呼び捨て?」
茉莉がショックを受けた顔をしている。昨日そういえば呼んでいたような……。小さい声でこわばったむっとした表情をする。守野さんは自分への突然の訪問者に驚きつつも茉莉と美夜を交互に見た後に俺を見て固まっている。
「守野さん。始めまして。二年の戸森です。」
元の凛とした声に戻して、守野さんへと話しかける。
「ええ、はい、始めまして。……あの?私がなにか……致しましたでしょうか…?」
守野さんは立ち上がってうろたえる。突然知らない先輩がくればこうなるのは仕方ない。
「はい、これ。昨日の朝、学校の駐輪場で拾ったの。ごめんね、返すのが遅くなって。あと、名前わからないかなって中は見ちゃった。」
すっと取り出したメモ帳は雨に濡れることなく元の通りだった。
「あああー。ありがとうございます!ありがたい……です!神様……?」
感謝を全身で表すようにぴょんぴょん跳ねながら受け取ったノートを片手に握手をしている。今にも入信でもしそうな雰囲気だ。
「いいのよ、今気がついたけど、私も守野さんにお世話になってるいの、だからおあいこね。あなたにお返しできてよかった。」
守野さんはなぜ?といわないばかりに停止して首をかしげる。
「薫くんへギターの練習方法を教えてくれてるでしょう。下手な私達にいっぱい教えてくれていつもありがとう。」
彼女は腰を折り守野さんへお礼する。そのついでに俺の頭を手で押してきて一緒にペコリとお礼する。
「ええ、ああそういう……。五十嵐くんの指導相手って戸森先輩なの……。こちらこそ生意気にしてすいません!」
「いいのいいの。ありがとう。また教えてね?」
「ええ、いつでも、入部お待ちしてます……。」
恍惚とした顔は天使の降臨にでも立ち会わせたような顔だ。
「燿!目がやばいよ。恋でもしたの?大丈夫―?」
茉莉が守野さんの手を振って問題がないか確認している。
美夜は俺の前の席に座りながらこちらの方に向き直す。
「薫くんの席見つけた。今度お昼ごはん食べに来ようかな。」
肉食獣が獲物を見つけたような笑みで目を見つめられる。茉莉と俺は完全にあっけに顔で見守ることしかできていない。
「ふふ、それは邪魔しすぎだね。嘘だよー。またねー。」
すっと目を細めて立ち上がり、美夜は立ち去ろうとする。
「戸森先輩。今度ご一緒しましょう。」
茉莉が美夜の手をすっと取り呼び止める。
「是非、こちらからもお願いします。」
守野さんも彼女を呼び止める。
「わ、いいの?えっと薫の幼馴染の……。」
「高宮 茉莉です。先輩は薫の友達なんでしょう?なら、私達も仲良くさせてください。」
邪険にするような気持ちは読み取れない屈折のない笑顔で美夜に伝える。茉莉と守野さんは美夜とも良くやってくれるかもしれない。
「なら、今度お弁当の日にお邪魔しようかな……?薫くんもいいよね?」
少しだけ困惑した顔でこちらに聞いてくる。この様子だと猫を何枚か剥がさないと彼女のことは分からないだろうから、じっくりと時間をかけて仲良くならないとだめそうだ。
「いつでもいいよ。何より二人がそう言うなら俺はダメなんて言わない。」
「あはは、ありがとう。また来るね。またね。」
二人にも手を振りながら美夜は教室を後にする。
#
「戸森先輩美人だったなぁ。昨日もっと地味な格好してなかった?すごーい。」
「あれでギター弾いたらバンドの華に……。素敵。」
二人が残ったご飯を食べつつ美夜の感想を言う。
「あれだけ美人だったら男子の噂にもなってそうなのにね。全く聞かないや。」
多分、あまり学校に来ていない彼女は元々噂にし難いのかもしれない。あと地味になるような格好にしていたのも効果があったのだろう。昨日見たときは髪のセットだってほとんど最低限だった。今日は何か吹っ切れたのか休日にみた彼女と変わらない姿だ。俺にとってはいつもみる美夜だった。
「戸森先輩のこと、美夜って呼び捨てだったねぇ。五十嵐くんは年上キラーの要素まで会ったんですねぇ。」
守野さんがまた余計なことをつぶやいている。
「薫は……誰にでも優しいからねー。」
茉莉もフォローになるような微妙なことを、少し嫌味が入った様な声で言う。
空は朝に引き続いて曇り空だったが、切れ間から太陽が覗いている。暖かな光が窓から入り込み俺達を照らしてくれている。きっと美夜も同じ空を見上げている。彼女にも届いているだろう。
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