第12話 幼馴染とのランニング
「わー。薫……なんで起きてるの?」
「俺が起きてちゃわるいのか……。」
昨日に決めた心意気通りに起きることはできたが、ベッドの上でボサボサの頭をそのままに座っているだけだ。
「ふふー。えらいえらいー。」
以前のモールでの美夜のように頭を撫でてくる。
「今日ももじゃもじゃだねー。わしゃわしゃー。」
茉莉は撫でると言うか遊んでいるだけかも知れない。
昼前、俺の部屋でゴロゴロとしていた茉莉は俺に向かってランニングをすると伝えてきた。
「運動がしやすい格好に着替えて来るね。薫ももちろんいくよね?」
そう俺に伝えて部屋を出ていった。特に返答を聞く前に出ていってしまった。
「じゃあ俺も着替えるか。」
彼女のランニングに付き合うのはひさしぶりだ。彼女が陸上部に入ったばかりの頃は自主練として一緒に走っていた。ただ、今日の目的はみゃーこに会いに行くことだろう。そこまでは激しい運動にはならないはずだ。
「じゃーん。完全防御だよ。」
顔にはマスク、加えて薄い綿の手袋姿。日焼けを気にする女性か、芸能人がお忍びでランニングするような格好で茉莉が現れた。
「まだそこまで付けなくてよくない?」
「まぁまぁそうなんですけど?」
どうも俺に見せたかっただけらしい。ポケットに防具をしまい込み玄関へと向かう。
「いってきま~すおじさん。」
「いってらっしゃーい。」
酒のせいか喉がしわがれた親父は姿を見せることなく部屋の奥から声を絞り出して俺達を送り出した。
茉莉は長距離走を中心にしていたことがあって、走るリズムを乱さずにトットットと俺の前を駆けていく。
「だめだめだよ~。やばいかも。」
「全然息上がってないんじゃない、か……はぁ…はぁ…?」
情けないことに段々と引き離されていく。簡単には追いつけない。
「そこまで鈍ってないでしょ。はぁ…はぁ…。」
「ふぅ…。ほらほら~。いくよ~。ふふ。」
優しく笑いながら俺にペースを合わせて駆けて登って行く。目的地はもう少し。冬の気配がする空気の中、熱く上気した体温と呼吸を感じながら二人走っていく。
「ねっこ、ねっこ、いっるかな、ねっこねっこ。」
楽しみなのか茉莉は元気いっぱいの様子だ。長い髪は後ろにまとめられて馬の尾のように跳ね動く。空は雲ひとつなく秋の陽射しが俺達を優しく包み込む。時折吹く風が心地いい。
「あとちょっとだな……。」
息切れした声で茉莉にそう答える。またランニングに付き合って体力を取り戻さないと行けないらしい。
#
やっとの思いで神社の前へ到着する。
「はい、お疲れさま。ふふ、前は私のほうがへばってたのにー。」
「茉莉に、長距離の才能があったんだよ……。」
「薫が付き合ってくれるからだよ。薫のおかげ。」
神社の階段を一段一段といつもよりもずっと重く踏み進む。足元が危うくならないように進んでいく。
「茉莉、危ないよ。」
崩れかけた石段の手前で彼女の手を取る。
「わ。確かにここ危ないね。えへへ、ありがとう。」
そこで夜中に転げかけた事があるのでよく覚えている。いつかの台風で壊れてしまったようだ。
境内へと到着する。陽射しに照らされた広葉樹が様々な形の影を作って敷地に模様を作っている。手水舎からは水の流れる音がちゅろちゅろとなっている。二人並んで今日はきちんと身を清める。夜中だとまず何も見えないので割愛しているが神様は許してくれているだろうか。
「あぁー。冷たい。」
「冬になったらもっと冷たいな。いつも初詣が冷たすぎる。」
「だから身がしまるのかもねえ。」
ピンク色の可愛らしいハンカチを受け取って水滴を拭き払う。
「あー。いる~。」
防具を装着した茉莉は猫を見つける。みゃーこだけではなく別の猫もいるようだ。
「こんにちは。」
境内では落ち葉を清掃する宮司さんが居たので挨拶を済ませておいた。
「なでなで、ああ、かわいい。」
アレルギーが出ないように素肌には触れないよう手袋越しに猫を撫でて堪能している。もう茉莉には周りの目なんて見えていない。
「最近は昼も夜もお客さんが着てくれて、神様も喜んでくれているかも知れません。」
宮司さんはにこやかな笑顔でそう伝えてくれる。夜のお客さんは俺と美夜に違いなかった。バレてる。
「薫。夜も来てもんね~。あーお腹かわいい。」
「おや、そうでしたか。自由にしていってくださいね。周りに家もないので騒ぎ過ぎなければいつでも使ってください。彼女にもお伝え下さい。」
美夜のことだろう。コソコソと使っていたが、優しい宮司さんで良かった。無理に隠れる必要もないようだ。そう伝えてくれた宮司さんは別の場所の清掃に移っていった。
「彼女?私?」
「いや、多分違う。」
「む。むむ。薫もしかして女の子と会ってるの?」
猫に夢中だった彼女の目線は俺をロックオンしている。あの目は二人で一緒のゲームを買った時に、俺が内緒で先に進んだことがバレた時の目だ。
「ギターを弾いてる女の子が偶にいるんだよ。」
「へー。ふーん。ほー。君は女たらしの薫くんを見てますか~?」
猫にヒアリングが入る。
「みゃーやー。」
そんなのしらんから餌をくれとみゃーみゃー鳴いている。いや、もしかしたら美夜と鳴いているふうに聞こえなくもない。
「薫、私に教えてくれないこと増えたんじゃない?」
「言うタイミングがなかったんだよ、ごめんごめん。」
「ふーん。ま、いいや。別に束縛したいわけじゃないし。」
彼女がよいしょと立ち上がる。
「あぁ、ふぅぁ……くしゃみでそう、そろそろ限界かも……。」
薄くアレルギーが出てきたのだろう。少し離れて彼女の服や防具を預かり払ってやる。
「猫かわいかった。また来ようね?」
ちょっとだけ涙目になっている。目元についた涙をそっと拭う。
「いいよ、一応効果はありそうだなこれ。」
マスクと手袋を仕舞い、そう伝える。猫の毛が紛れて家に持ち込まないようにしておこう。
「ギター弾く女の子かー、アコースティック?シンガーソングライター?語り引きとかカッコいいね。」
「残念ながら上手くはないんだな。」
「えーじゃあ、まだ将来の有望株だね。サインもらっとく?」
「くれるかなー。」
そういえばメモに書いてあった絵が下手だったのを思い出して書けないかもなとひ、どい感想を心のなかでつぶやいた。
「今度ご一緒してみたいなー?」
「会えたら言っておくよ。でもスマホも持ってない変な子だからな。出会うには運がいるぞ。」
「ええー。嘘でしょ。薫、無理やり聞いてかわされてるんじゃない?だめだよストーカーとか。」
「してねえ!しねえ!」
「ふふ、うそだよ。でも、そんな子いるんだねえ。」
帰り道は下り坂を二人でのんびりと歩いていく。急ぐ必要もない俺達はゆっくりとゆっくりと駅へ向かう。
「実はおんなじ学校にいたりしてね。」
美夜のことが気になるようだ。学校を教えてくれないことを伝えるとそんな感想を言われる。
「同学年にはいないよな。さすがにわかるはずだ。」
「じゃあ先輩だね~。」
茉莉はそう言った。たしかに彼女の第一印象は年上だった。でもその後の子供っぽい彼女の姿を思い出してわからなくなった。
峠を降りて街の中へ戻ってくる。
「じゃっじゃじゃーん。」
街中で恥ずかしげもなくギター弾く真似をしながら歩く茉莉はとてもご機嫌だ。
「守野さん目指して弾いていくか?」
「弾くのはいいけど、燿のスイッチいれちゃだめだよー。この前の幼馴染ソングのクランクインが近いって不穏なメッセきたんだから。」
前に茉莉とみた映画みたいなすれ違いの恋を唄う歌だろうか。彼女の話を聞き続けるのは少々骨が折れる。でも唄う姿はまた見てみたいと思った。軽音部の練習風景を今度茉莉と見に行こう。彼女の話の矛先を二人に分散すればまだ大丈夫なはずだ。
「あーアイス食べたい。」
「相変わらず甘いものの食い気が多いな。運動したから仕方ないか。」
「そうなの。だからいっぱい食べても問題ないの。ゼロカロリーなの。」
売れている芸人がよく使う理論武装を真似して茉莉は戦ってくる。
「なら帰りにサーティーフォー寄るか。」
「ほんと?ダブル?なら四種類選べるね~。」
俺の分まで選んでくれる彼女は優しいな。ほんとうに。
土曜日の昼過ぎ。陽射しは優しく俺達を包み込んでくれる。看板のメニューを見て手招きする彼女に近づいていき、俺は姫様のご希望の商品を覚える作業に入った。
【今朝のこと】
薫の寝顔は本当にかわいい。家族のように一緒に育った彼の世話をするのは全く苦ではなく、むしろ喜びに近かった。どんなわがままをいっても、女の子しか行きたがらないような店でも仕方ないなと一言余計なことは偶に言うが付いてきてくれる。昔引っ越してきた彼は背が今と同じ私よりもずっと大きくて、欲しがっていた兄のように優しくしてくれた。おじさんも私達に優しくしてくれる。
そんなことを考えながら今日も最低限の身支度を整えた私は隣の家の扉をそっと開けてどんなふうに起こすか考えながら入っていく。おじさんは昨日の酒宴を終えて疲れて眠っているようだ。さて、今日はどんな風に起こそうか。自然と笑みが溢れる。
「おはよう……。」
「わぁ。薫…なんで起きてるの?」
珍しさに驚いてしまったが、彼のボサボサ頭を見てまた笑う。とてもいい日になる気がする。
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