第11話 家族との団欒 彼女との掛け合い
【十一月十三日 午後七時】
「お疲れ様でーす。乾杯。」
近所の居酒屋。和食をメインとしていて、名物は鳥のだしを効かせたおでんが名物だ。
「茉莉と薫くんは烏龍茶だったわね。」
はいどうぞ。店員から受け取った飲み物を俺達に受け渡してくれる。この人は茉莉の母親で高宮 美沙さん。
「いっぱい食べなよ。ほら、たこわさ。」
「食べないよー。わさび苦手だって知っててそういうの渡すんだからー。」
茉莉が父親の隆史さんにちょっかいを出されている。
「薫くんは食べるか?ほら。」
「ええ、ありがとうございます。いただきます。」
おじさんから受け取ったたこわさを食べる。俺は結構好きな味だった。大人になって酒が飲めるようになったらもっと好きになるのかも知れない。
「薫は多分酒が飲めるぞ、両親ともに酒が飲めるからな。」
「へえ、母さんも飲めるんだね。」
離婚してから母さんの話を聞くのは滅多に無いことだった。大人に近づく俺に伝えても良いことが増えてきているのかも知れない。
「茉莉はどうだろうね。私はそこまで飲めないから。」
美沙さんは最初の一杯だけ付き合い、その後は俺達といつもソフトドリンクを飲む。二、三ヶ月に一度金曜の夜に仕事が早く終わったとき、両家で食事をする。
「私も飲んでみたいな。ふふ。」
茉莉と成人を迎えたらどこか誘ってみよう。今は烏龍茶で我慢するしかない。
「二人共高校は楽しいか?」
隆史さんが茉莉と俺に問いかける。気を使ってくれているようだ。
「ええ、珍しくクラスは隣になりましたが、変わらずにやってます。」
「二人はずっと仲がいいね。昔に戻って私も男の子と仲良く登校してみたいわ。」
カクテルを飲み紅く頬を染めた美沙さんが旦那を前にして言って良いのかよくわからない発言をする。
「俺も茉莉に起こされたいな……。」
親父とわいわいと仕事の愚痴で盛り上がっていたが、耳についた俺達のやり取りに食いついてくる。
「僕も茉莉ちゃんに……。」
親父まで乗ってくるのか。
「おじさんたちは起こしてあげない~。お酒の匂いする時あるもん。」
茉莉が丁寧に食事を人数分に取り分ける。俺は皿の配膳係だった。
牛すじと大根を柚子胡椒をつけて食べる。ピリッとする刺激は唐辛子だけでは出せない独特の刺激だ。
「わさびじゃなかったらいっぱい食べられるもん。」
茉莉が対抗心なのか多すぎるくらいにつけて口に運ぶ。案の定涙目になっていたがあまりからかうと後で文句を言われるので優しく見守ることにした。
「お母さん、このおでん作れる?」
「むりよ~。普通のだしの取り方しかわかんないわ。」
「お仕事お休みの日にまた教えてね。」
「もう茉莉だってクラブでいっぱいお料理している、教えることなんて無くなっていくわ。」
両親は不在がちだが家族に包まれた茉莉は朗らかにまっすぐと育っていた。俺もまた、彼女達の庇護と親父の努力で十分幸せに育った気がする。美夜はどうなんだろう。彼女は俺の前では明るく輝いて見える。ただ時折、悲しい目をしてどこか遠くを見ている気がする。力になってあげたいと、不遜にもそう思う。
「薫。これも食べよ。」
隣の彼女はメニュー表をシェアして俺に見せてくれる。少し暗い気持ちが陰った俺の目を察したのか。人の目をよく見ているこだ。
「食べすぎてないか?」
「んぅ。ランニング復活させようかな。ご一緒しよ?」
「お手柔らかにしてくれるなら付き合うよ。」
「ん。じゃあ今度誘うね。」
金曜の夜がふけていく。賑やかな喧騒に包まれて、親たちは日頃の羽休めができているようだ。足元に気をつけながら帰ろう。
「んじゃあ、またね。」
「おやすみ、茉莉。」
「あ、今日もみゃーこちゃんに会いに行くの?」
「ああ、そうだな。」
美夜のことは彼女に話せていない。いつまでも伏せておくのは不自然だったが、秘密の共有みたいなのを楽しんでいたのか言えずにいる。
「明日明後日に一緒に会いに行くか?」
「マスク!探さないと。ご一緒するね!」
猫、猫~。鼻歌を歌いながら家の中に消えていく。
「薫。入らないのか?」
親父が見送る俺の姿を見て問いかける。寒い空気が部屋に入りすぎてしまう。急いで扉を締めることとする。
「おやすみ。」
もう聞こえないはずだが、もう一度彼女に挨拶をしておく。風呂に入り、着替えたら約束通り美夜に会いに行こう。みゃーこのことも忘れずに、櫛やタオルも用意してカバンの中身を確認した。時刻は午後一〇時。親父は早々に寝室に倒れ込み寝てしまったのかイビキが聞こえてくる。風呂が貯まるまでは以前出ていた課題でも解いておこうと自分の部屋へ向う。月はもう線の様に細くなり空から俺達を覗いていた。
#
同日午前〇時半。神社で美夜を待つ俺は毛玉のみゃーこと戯れていた。
「にゃぁお」
今日も彼女/彼?はごきげんだ。猫の性別の確かめ方はよくわからない、膝上に寝っ転がり変わらず俺のお腹を押してくる。爪先が尖っているので偶に痛い。
「爪研ぎ石でも買ってやろうか。」
「にゃぅ。ぐるぐる。」
俺の腹を爪研ぎに使わないでほしい。服がボロボロになりそうだ。一張羅のコートは着てこれそうにない。昨年茉莉に付いてきてもらって買ったコートがまだ衣装ケースの中で役目を果たすのを待っている。
「ふう。ふぅ。」
遊びあきたのかみゃーこは膝上ですやすやと寝息を立てて丸々となる。暖かくて心地良それを撫でて美夜を更に待つことにした。
ヴーヴー。
マナーモードのスマホがポケットの中で震える。"不明"とディスプレイに表示される着信。いつもなら出ないそれは美夜からのものに違いなかった。
「はい、もしもし。」
名前は告げずに応答する。
「薫くん?」
「美夜?」
「うん。よかった、つながった。」
「どうかしたのか?」
「ごめんね、家出るのが遅くなってさ駅から、連絡しておこうかなって。まだ三〇分くらい掛かりそう。遅すぎるなら、もう帰っててもいいよ。」
申し訳なさそうな暗い表情が電話越しに見えた。
「待ってるよ、猫暖房もあるしね。」
「ホント?うん。じゃあすぐ行く。」
「転けたりするなよ、ギター返ってきたんだろう?」
「転けないよ!待ってて!」
明るい声になったようで良かった。彼女からの通話を終えて猫撫に戻る。ふーふー。規則的な音が聞こえてくる。
「おまたせ。だよ。えへホントに居てくれた。」
「美夜、こんばんは。」
「こんばんは~。よいしょ。」
隣の指定席に彼女が座る。寒かったよね?手を頬に当ててくる。
「そこまでじゃないよ。夕飯いっぱい温かいの食べたしね。」
「わ、いいな~。」
ギターを取り出しながら羨ましそうに声を上げる。リペアを終えたそれはつややかな見た目を取り戻したのか、キラリと光沢印象的になっていた。
「じゃーん。かっこよくなったでしょ。」
「いいね。弾きやすくなった?」
「本格的には今からだけど、サラッと触ってみたら全然違った。指が疲れにくくなってたね。」
弦を変えて、プロに調整してもらった甲斐は合ったようだ。無駄にならず安心した。
チットットットチットットット
「えー。便利~。何そのサイト。そんなのあるんだね。」
メトロノームをかけてあげて練習を横で見守る。
「ん~。ふーんぅー。」
鼻歌を歌いながら、以前よりも安定したリズムを保ちつつ歌う。風の音が時折強くなる。びゅう、びゅう。紅葉した葉の殆どは落ちてしまい境内をカサカサと駆け巡る。
鈴虫のような虫の声もする。自然の音とセッションをする彼女の音は今日もキレイだった。
「バイトは何してるんだ?」
「ん~。レジ。ぴっぴぴっていつもしてるよ~。」
「へえ、偉いな。でも、似合わないね。」
「ええ~。じゃあ何が似合ってるのさ。」
じゃれ合う二人。彼女に似合うのはなんだろうか。
「スタイルがいいし、服屋の店員とかいいんじゃないか?」
「イラッシャイマセ~。対象の商品がお買い得です。」
店員特有の声真似を急にぶち込んでくる。けたけたと笑う俺を見て気に入ったのか何度もしてくる。
「ズボン・スカート二着目がお得となっておりますー。」
「やめい、遊びすぎでしょ。」
あはは、似てた?彼女も大きく笑う。
「なんで服屋の店員が似合うの?」
落ち着いた彼女が少し残った笑い声の中聞いてくる。
「この前コートとか選んでる時、足とか長いなって気がついてさ。何でも似合うんじゃない?」
「ええー。ホント?褒め過ぎだなー。ワンちゃんあるかな。」
「レジでピッピしてるよりは絶対合うよ。」
お、じゃあ今度変えるときは検討しよ。そう言いながら目を瞑り、頭をメトロノームに合わせて揺れ動かす。肩まで伸びた彼女の黒髪は揺れ動きながらギターと同じ様に光を反射していく。よく見ると組んだ足先もぴょこぴょこと動いていた。
「薫くん。」
「なんだ?」
「なんでもない。呼んだだけ。」
「ラブラブカップルか!」
あはは。と何でも笑ってくれる。
「薫くんはバイトしないの?」
「俺はやったことないな。学校があんまり推奨はしていないね。」
「ああ、そうだよね。うんうん。」
他愛のない話をして、ゆっくりとした間が偶に開く。お互い無理に埋めようとはせず、茉莉と話すときのように落ちつた空気があった。
「んー。疲れた。」
「お疲れさま。」
「今日は集合が遅かったしな。こんなもんにしとくか。」
ああ。そうだね~。よいしょっと。彼女が片付けを進めていく。だいぶ手慣れてきた。
「みゃーこ。おはよう。」
「にゃぅ。」
目を覚ましたみゃーこをぽんっと地面に開放する。ふぅあ。っと大きなあくびをして伸びをする。しっぽをフリフリとしてこちらを伺う。
「またな。」
「んにゃ。」
人語を理解するのかよくわからないがみゃーこは座り込んでしっぽを手のように振る。
「美夜。準備できた?」
「うん。できたよ~。」
「おやすみ。」
二人でみゃーこに声をかけて社を後にする。暗がりから出た俺達を街の灯りが出迎えてくれる。静まりきった街。今日も冷たく包み込んでくれる。階段を降りた俺達は坂道を下る。
「薫くんの家はどのへん?」
坂の上から見える家の方角をさしてみせる。
「あっちのほうかな。ちょっともう見えないけど。」
「へぇ。私はこっち。」
駅を挟んで反対側。学校に近い方角かも知れない。
「俺の学校の方だね。」
「んーそうだね。近いかもかも。」
下り終わった俺達は駅に近づく。最近はこのベンチの辺で別れるのだった。
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
声を掛け合って別れていく。少しづつ彼女との日常も生活の中に組み込まれて行くようだ。明日の朝は寝過ぎて茉莉に迷惑をかけないようにアラームを多重にセットしておこう。スマホを取り出し設定していく。
"明日お邪魔するよ!" 茉莉から寝る前にメッセージが来ていた。返信をしておく。
美夜は薫と別れて自宅へと向かっていた。この前に目があった場所で彼を振り返る。残念なことに彼とは目線が合わなかった。後ろ姿だけが見える。
「ちぇー。」
彼と彼との時間が自分の中でウェイトが大きくなっていくのは自覚していた。背中に背負った荷物をかけ直し、前を向き直す。
「はぁー明日もバイトか。面倒。」
どうせ誰も聞いてない夜道。一人歩きながら大きめの一人言をつぶやく。コツコツと一人分の音を響かせて。
いつか並んで帰るイメージが彼女の頭の中ふわっと描かれ、美夜は少し心が浮ついた。
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