第10話 彼女との初めてのデート
【十一月十一日 午後六時】
曇り空の駅前。学校から帰宅した俺は早々に荷物を家に起き美夜との約束した場所で待っていた。改札が良く見えるロータリーにあるベンチへと座る。
他校の生徒や仕事帰りの人たちがホームに着いた電車からぞろぞろと降りてくる。夕暮れを過ぎた駅前のロータリーには人だけではなく鳥たちが群れて木や電線にたくさん留まっている。美夜がどこからやってくるかはわからないが、おそらく線路向こうにあるであろう自宅から来るのだろう。ぼぉっと空を眺める。雲に覆われた空には飛び回る鳥の影がだけが目につく。
「か・お・る、くんー。」
思っていた方向と逆側からスッと美夜が現れる。油断していた俺はビクッと跳ねてしまった。現れた彼女はケラケラと笑いながら俺の目の前に立つ。嬉しそうな表情からは、驚かせたい達成感が透けて見える。
「美夜。やめろよ!びっくりするだろ!」
「あはは、ごめんね。でも成功ー!」
今日の彼女は派手目の柄がついたモノトーンのTシャツにオーバーサイズの灰色のパーカーを羽織り、いつものギターケースを背負っていた。遠目からぱっと見ると、身長がすこし高い彼女は男と勘違いしてしまいそうだ。
「時間通り来れた!うん、よしよし。」
ロータリーの中央にある時計を見て時刻を確認しているようだ。
「五分ほど遅いけど?」
「いいじゃんね。あとでイイコトしてあげるからさ~。」
手をワキワキとさせて怪しいことを言う。言葉だけ聞くと完全にいかがわしい商売の様だ。間違っても家族や知り合いに聞かれていないでほしい。
「イイコトしてくれるなら、じゃあ、連絡先教えてくれよ?」
「私携帯持ってないよ。公衆電話からかけた方が良かった?」
あっけからんと衝撃的なことを告げられる。
「今どき持ってないのか?」
言った後に気がついたが、もしも家庭の事情なのだとしたら気が利かない言葉だったかも知れない。
「前は持ってたけどね~。ごめんね~。」
彼女は言いたくないことや嘘をつくときにはわかりやすい質だ。おそらく本当なのだろう。
「そうか…。まあ、なら次に何かあったら公衆電話でもいいから連絡してくれよ。別に五分おくれるのはしなくていいから。」
俺はスマホの電話番号を彼女に見せる。久しぶりに電話番号を人に見せたかも知れない。
「わ、ありがとう。覚えられるかなー。ちょっとメモさせてねー。」
すっと彼女はカバンのポケットから小さなメモ帳を取り出す。見たことがある神だった。この前に神社置いてあったものと同じ紙のようだ。
じっと見つめる俺の表情に気がついたのか、彼女はメモを取りながら答えてくれる。
「バイト先でもねー。偶にメモ取らないと覚えられない時あるから、持ち歩いてるんだよね。携帯、スマホがあったらそれでメモ取れるのに……。でもバイト中は出せないから一緒かな。」
彼女は画面とメモ帳を交互に見て確認を何度もする。結構真面目にメモしてくれている。
「ゆっくりでいいよ、でも、間違えてかけるって考えると怖いよな。」
「うんー。間違い電話はしたくないかな。……うん、取れた。ありがとう。」
屈託のない顔で、素直に伝えられる。どうも本心から言っている様だ。
「じゃ、行こう行こう。レッツゴー。」
ふわっと自然な流れで手を取られる。今日は彼女に驚かされてばかりだ。思っていたよりも柔らかく温かな小さなその手に自然と胸が高鳴った。
#
結局大手の楽器店が無難だろうとモールに入ったチェーン店へと向かうことにする。以前調べた情報では、調整・リペアは高くても一万~二万程度で収まるようだ。店についた彼女は店員にすぐ声をかけて奥のカウンターへと向かう。前から気がついてことだったが、自分のギターには愛着があるようだが、他の楽器には興味がそこまでないらしい。
ついてきただけの俺は暇になるので店員の説明を一緒に聞くことにする。店員の説明では弦の交換やフレッドとの高さの調整・研磨などしてもらうことになったようだ。
「わ、安いですね。早くこればよかったな~。」
彼女のニコニコ顔を見た店員は完全につられて笑顔になる。同じ男だからわかるが、営業スマイルではなく、完全に彼女の笑顔にやられれいる。
「他には何か買わなくてもいいのか?」
「いいよいいよ、父さんので大丈夫。」
そうはいいつつも、どうもそこまで詳しくないことを悟られたようで、美夜は次々と現れた他の店員から保存用のスプレーやあれやこれやを進められいく。結局入門キットのような物を買うことになった。あとから聞いたが家にも同じ様なものが合ったようだが、古く使えるかわからないのでいい機会だと交換しておくことにした様子だ。
「思ったより安いから大丈夫だよ~。」
まあ、彼女の財布に余裕があるのであれば俺がとやかく言うことではない。守野さんがココにいたら助かったのだろう。
「今日はもう遅いので、明日の午前以降にお引き取りとなりますが、よろしいです?」
「ええ、それでいいです。お願いします。」
美夜はそう応え、店員から引換券を受け取っていた。入門セットが入った紙袋も合わせて受け取る。
「ミッションクリアかな?薫くん、付いてきてくれてありがとう。」
「俺は何もしていないよ。今日はどうするんだ?」
全くの本心だ。もう少し詳しくなっておけば彼女の役に立っただろう。
「せっかくだしー、もうちょっとデートしよ。ね。」
首をかしげた彼女はそう言いながら、また手を取られる。そんな表情で女の子から言わたら断れるはずがなかった。
「じゃあ、服でも見に行こうか?」
「うん。行こう。でも、照れてくれても良いんだよ?せっかく手握ってるのにー。」
やはり狙い通りのようだ。彼女の思惑のままだと少し癪だったが、上手く返す余裕はなかった。
「照れてるよ、分かってるだろ!」
「あははー。知ってるよ。」
今日のどこかで彼女を驚かせる事はできないだろうか。近くにいた大人っぽい男女、恋人同士だろうか夫婦だろうか。彼らに微笑ましく見守られていた。
#
「ね、どっちが似合うかな。」
手近にあったセレクトショップに入った彼女は、手に二つのコートを取り鏡の前であてがいながら俺に尋ねてくる。ブラウンのショート丈のトレンチコートとウールのついたキレイ目の白のダッフルコートを選んでいた。
「薫くんの好み教えてくれる?」
ちょっと困る質問だった。茉莉以外の女の子の服なんて選んだことがない。選ぶセンスに自信がなかった。ただ、彼女の少し冷たいキリッとした印象と対比になりそうな後者のコートが良いように思えた。トレンチコートを着てスラッとしても似合うのは間違いないが。
「冬の今からだとそっちのほうが温かいでしょ。」
素直に似合いそうだからとは言わず、別の視点で答えてしまう。
「君はこっちが好き?」
簡単には逃げさせてくれないようだ。綺麗な真っ直ぐな目でじっと見つめられる。
「ああ、そっちが好きだ。」
目線を外して頭を抑えながら答える。美夜の目の奥がすっと笑い満足そうにする。
「じゃあーこっちにする。」
彼女はブラウンのコートをもとにあったハンガーに掛けて、一つだけを残す。
「他に見なくても良いのか?」
「んー一期一会だし、たぶんこれが一番いい。……ううん、これが良い。君が選んでくれたから。」
そう言って彼女は会計のためにレジへと向かう。もう面食らうのにも慣れてしまった。ここまでされてしまうと勘違いしてしまいそうだ。明け透けな好意に受け取れる言葉をど真ん中に投げ込まれるとどうしようもない。
レジに並ぶ彼女を見送り店の前で待つ。時間がもう少し立つとお腹が空いてきそうだ。多分彼女も夕飯は食べていないはずなので後少ししたら食事に誘おう。そう考えていると彼女が戻ってきた。
「片方持つよ。貸して。」
会計を終えた彼女から荷物を片方受け取ろうとする。俺が手ぶらで彼女に二つとももたせるのは忍びない。
「ありがと!イケメン~!」
今買ったコートが入った紙袋のほうが重そうなのでそちらを受け取る。
また店の散策を続けようとして、数学の参考書が欲しかったことを思い出した俺は彼女に伝える。いいよ、と答えた彼女と大きめの書店に入る。
参考書を選ぶ俺の横から覗き込見ながら彼女は言う。
「ふーん。真面目だね薫くん。数学好き?」
「いや、別に好きじゃないけど、でも解くのは楽しいかもね。」
「へえ。私、勉強も本も好きじゃないからなー。」
適当な本の背表紙を指で突きながら、唇を尖らせている。本を出しては戻してを繰り返して手慰みしているようだ。
「数学苦手なのか?」
「んー。そうだね。わかんないね。あは。昔はもう少し成績良かったんだけどね。」
彼女の手紙の字はとてもきれいだった。字がきれいな人は勉強ができるイメージがあったが、彼女はそうではないようだ。
「それにするの?」
俺が一冊の本を手に持ち荷物を持ち直したのを確認した彼女からそう聞かれる。
「ああ、これにする。」
適度に難しすぎず、安易すぎない適当と思える書籍に決めた。もしもわからないときは茉莉にも教えてもらおう。
「まじめまじめ。えらいえらい。」
すっと頭を撫でられる。俺の周りには人としてだめにする女子しかいないのか。こんなことで褒められていたら人生が楽になりそうだ。
「恥ずかしいからやめなさい。」
「あはは。かわいいかわいい。」
撫でる手は振り払おうとしても何度も撫でられる。振り払うことを諦めてさっさとレジへと向かう。周りの客から見られているような気恥ずかしさで必死だった。
#
「夕飯食べるか?家にあるか?」
「いやー、今日はいらないって言ってきた。」
腹が減った俺たちはフードコートへと向かい、学生らしくハンバーガで安く済ませることにした。二人でセットをそれぞれ注文する。美夜は野菜が多めに入ったハンバーガを頼んでいた。
「食べにくくないそれ?」
彼女の口と比べてとても縦に大きいのに必死に口を開けてほうばっている。
「んー。食べにくい!でも美味しい。」
美夜はこぼれないように気をつけて食べ進めていくが、油断したのか口の端にソースが付いたままになっていた。とても大人っぽい表情だが急に子供っぽく見える。これはさっきの仕返しと、俺は紙ナプキンを使い口元を拭いてやる。
「んぅ。なになに!」
口に含んだ物を急いで飲み込み、彼女から抗議される。
「ソース。拭いておいたぞ。」
先程まではまるで姉のように振る舞っていた彼女の顔はさっと崩れて、もうっといいながら頬を紅潮させた。
「あほ。ばか。」
急に語彙力が低下して子供みたいな罵倒され肩を小突かれる。彼女を照れさせることができた。今日のことを考えるとまだまだ彼女をからかいたかったが、やりすぎは良くない。
「子供じゃないんだよ。もう。」
「スキを見せるのがだめだったな。」
「うるさい!」
笑いながら見つめる俺をよそ目に食べ進めていく彼女だったが、食べ終わりかけに、いいすぎた?と小声で聞いてくる。イタズラを咎められた子供のようだ。
どうも彼女にはまだ知らない一面をもっているようだ。
「気にしてないよ。こっちも悪かった。仕返しだったんだ。」
「ふーん。ならまあ、仕方ないか!」
とても楽しい時間だったと思う。茉莉以外にここまで素に近い自分を見せられるのはとても特別だと思う。
#
午後八時半。駅の改札を出て、俺たちは今日出会った場所で二人立ち止まる。
「今日はギターは練習できないな。」
「そだね。明日の夜に取りに行っておくよ。でも明日は神社にはいけないかな。」
なにか予定があるのだろう。バイトだろうか?
「そうか、なら次はいつ会える?」
「十三日の金曜日だね。練習しても次の日バイトもないからいっぱい寝られるし。」
曇り空の切れ間から弓のようにしなった月が覗く。街はまだ賑わいを失っておらず街はまだ明るい。
「じゃあ、行くよ。」
「私も絶対行くね。」
じっと見つめ合って一呼吸、隙間があく。
「上手くなって、私の曲を聞かせたい人がいるの。練習、薫くんにも聞いてほしい。」
月明かりと街灯に照らされて彼女が浮き上がって見える。周りには人が大勢居るはずなのに、二人きりのように思える。
「ああ、もちろん。クラスメイトからまた色々聞いておくよ。誰に聞かせたいんだ?」
「お婆ちゃん。私のお父さんのお母さん。」
徐々にお互いのことを知れていく。彼女から教えてもらっていない秘密もまだあるが、少しづつ知れていけば良いんだろう。むしろこの二週間ほどを考えると、急激に近づいていると思う。
「薫くんのこともまた教えてね。遅くなりすぎるとダメだよね、まあ深夜出歩いてるから説得力ないけど。……じゃあ、また。」
「コート忘れてるぞ、ほら。」
「ややや、危ない。忘れてた。……これはもう少し寒くなったら着てくるね。」
俺達は手を振り別れていく。深夜の駅前とは違い、彼女の後姿はすぐに人混みに紛れて見えなくなる。
雑踏の音の中、先程の意識が引きずっているのか、余韻が残っているのか彼女が弾くギターの弦の音が、聞こえるはずがないのに聞こえた気がした。
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