第8話 彼女からの置手紙

 【十一月七日 午前十時】

 急に冷え込んだ秋の日だ。日中にふと気が向いていつもの神社へ訪れた。先週は毎日のように美夜と会っていたおれは、通い詰めすぎると下心が明け透けに見える気がして控えていた。

 ただ、今週に一度彼女を探してみたことはあったが、残念ながらみゃーこがいつものようにぬっと現れただけで彼女の姿はなかった。この表現はみゃーこに失礼だったが。


 夜の神社と異なり日差しが差し込む境内は紅葉したモミジと桜の葉が散り舞う幻想的な雰囲気だった。赤黄色に染まる境内と苔けむした社とのコントラストが際立っていた。

 社のいつものポジションに回り込み、美夜が座っていた場所に向かう。風がちょうど遮られるその隙間は冷え込んだ身体が少しだけ温まる。そこには誰もいなかったが、いつも座っている場所に拳くらいの石が置いてあることに気がついた。

 退かしてみるとそこには小さな事務的なメモが置いてあった。


”八日の〇時 美夜ちゃんに会えますよ~~”


 変なもじゃもじゃとしたよくわからない絵とともに美夜からのメッセージが書いてある。そういえば彼女のSNSのアカウントなどは教えてはもらっていない。

 少し朝露に濡れて文字が読み取り難かったが、しっかりとした綺麗な字で書かれた手紙だった。


「あいつ、日曜の夜ばっかいるな。学校いってないか夜型人間か?」

 自分のことは棚に上げて心にも思っていない言葉をつぶやき、ふと笑顔になっていることに気がついた。

 まるで小説のような出会いをした彼女とその雰囲気にのめり込んでいるようだ。下心はどうにも隠せないらしい。彼女の前では気をつけておかないと、態度に出したらからかわれるに決まっていた。


 少しの間境内に留まっていたが、みゃーこはこの時間帯は寝ているのか姿を見せなかった。もしかすると近くの家など寝床がありこの時間は匿われているのかもしれない。美夜からの置き手紙をそっとポケットにしまい込み、三〇分ほど滞在した神社を後にした。



 この街には大きな楽器店はなく、三つ離れた駅前のモールに出かける必要がある。

ギターを買うほど手持ちに余裕はないが、一度楽器を見てみようと思った俺は自転車を漕ぎ向かうことにした。線路沿いに真っ直ぐな道を駆ける。風は冷たく体温を奪っていった。

 混み合った駐輪場に自転車を止める。土曜日の午後は家族連れや学生、近所の子供たちで賑わっていた。楽器店のある四階を目指して登っていく。

 楽器店についた俺は、ギターのコーナーへと向かう。きらびやかなショーケースや壁に展示されておりその値段は様々だった。一万ほどの入門用から四十万を超えるようなものまで。店員は声を金銭的に余裕がないことを見抜いているのか声をかけられることはなかった。美夜のギターに似た形をなんとなく探してみたが、明るい光の下で彼女のギターを見たことがないためピンとくるものはなかった。



 十一月八日十一時半、親父に"怪我と捕まることはするなよ" といつもどおりの挨拶をかけられながら家を後にする。

 一人で神社へと向かうときはどこかセンチメンタルな感傷に浸りながら夜の家々を眺めて進んでいたはずだ。神社へと続く坂道はどこかモノクロの世界に感じていていたが、以前と異なり鮮やかに色づいているように見えた。

「おはよ~。薫くん。」

 社の影に掛けた彼女はこちらに気が付き手を振る。

「おはよう。美夜、いや……違うだろ?」

「あはは、そうだね、うけたー?ねー?」

 若干うざ絡みにちかしい挨拶だったが、気にはならなかった。

 今日もそれはもうご機嫌で元気な様子だった。

「私からの恋文に気がついてくれたんだね。ほらほら、座って座って。」

 いつもの様に隣をポンポンとして彼女が誘ってくれる。今回は座る場所は濡れてはいなさそうだ。

「ギターは上手くなったか?」

 彼女は手元からいくつかの和音を響かせて練習をしている。

「コードが……いつもより早く抑えられるようになりました。」

 しゅっしゅと左手を動かしてみせる美夜。ただ、残念ながら本当に早くなっているのか全くわからなかった。


「今日はプロからのアドバイスをもらってきたぞ。」

「え、プロ?すごくない?」

 美夜はこちらを向き少し驚いた表情をする。クラスメイトの守野さんのことをざっくりと話しつつ、先日彼女から受けた講習をオウム返しで彼女に伝える。休み時間に復習した甲斐もあり、あまり詰まることなく彼女に説明ができた。

「恥ずかしがって、きちんと音がなるように左手で弦を抑えることを意識するよりも、流れに沿ってリズム通りに音を出すほうがいい……らしい。」

 ドヤ顔で受け売りの説明をしていく。

「やっぱりそうなんだ~。父さんと同じこと言っているね。」

 アドバイスをそのとおりに意識したのか、音がでない状態でも気にしないで音を出していく。

「美夜の親父さんもギターを弾くのか?」

「そうなのそうなの。弾いてた……かな。」

 消え入るような細い声で彼女が言う。もしかして、聞いてはいけないのかと思い少し焦ってしまう。

「このギターはね、父さんのギターなの。ピックも、ケースも。全部。」

「だから古いギターなんだな。」

 ギターケースの肩に掛ける紐や本体の細部に年季が入っている理由に納得が言った。

「うん古いけど、大事なものなの。」

 そっと抱き寄せるように美夜はつぶやいた。その声音からきっと父親はもういないんだろうと読み取れた。彼女は名言はしていないが、柔らかで寂しいその言葉はしんみりと夜の空気にすこまれた。

「ずっとホコリをかぶってたのを引っ張り出したからね、ちゃんと調整し直したほうがいいって前に楽器屋さんに言われたの。あはは。」

 空気ををかき消すようにじゃっじゃっと音を出して練習を再開していく。一定のリズムで音が鳴ったり鳴らなかったりしているが進んでいる気がする。

 そっと時が流れていく。


「バイトしてるから、お金溜まってきたしそろそろ行こうかな。いくら掛かるのか怖くて聞いてないけど。」

「今度一緒にいこうか?」

じゃん。っと不協和音が響く。

「あれ、デートのお誘い?照れるね~。」

「そんな恥ずかしい言い方しなくてもいいだろ。」

「あはは。いいよ……一緒にいこ。」

 小さく彼女は囁いた。彼女のリズムが若干ずれている。誘いを断られず安心した俺はそのこと気がつくまで時間がかかった。

「どこがいいかな~。なんか髭面の渋いおじさんがいるような楽器店だと強そうだよね。」

「強そうってなんだよ、まあ、言いたいことは分かるけど。」

 スマホでネットの評判を地図を見ながら検索して、他愛のない会話をつづけていく。今日も少しづつ夜がさらに深まっていく。


 

 色々と話した結果、彼女のバイトの予定を鑑みて来週の水曜日に駅前で待ち合わせるようにした。

「そういえば薫くんは、学校どこなの?」

「灯沢高校だよ。隣の駅前の。」

カッ。

ギターからは不協和音どころか、音が派手につっかえた音がした。

「美夜はどこなんだ?」

「あー秘密、だめ、秘密。」

 彼女は被せられるように少し大きい声で答える。

「ええー、こっちは教えたのに。」

「もう少し仲良くなってからかな~。」

 少し動揺しているは手にとるようにわかったが、引き下がることにしよう。彼女の言う通りもう少し親愛度を上げて再度聞くことにした。



「今日はそろそろ帰ろうか。」

 深夜二時を前にして切り上げる旨を伝える。さすがにこれ以上は明日がつらすぎる。

「あ~。そうだね。うん。帰ろう。」

 若干名残惜しそうに聞こえる返事だった。せっせと片付けを始める。

「よし、よいしょ。」

 肩にギターケースを背負い、彼女が立ち上がり、参道の階段をゆっくりと二人で降りていく。少し肌寒い風が吹くなか、坂道を歩いていく。道すがらは口をあまり聞くことなく歩いていく。なんとなく、彼女がそういった雰囲気だった。

 駅前へとたどり着いた俺達は今日の別れを互いに告げる。

「じゃ、またね~。」

「ああ、またな。」

元気よく手をふる彼女は線路の反対向へ進んでいく。俺の家と逆側の方角だ。手をそっとあげ挨拶をした俺は家へと向かう。

 

 ふと振り返ると線路の向こう側、遠く離れた彼女もこちらを向いており目線が合った。街灯の下のお互いの姿がはっきりと見える。俺たちは苦笑しながらお互い再度手を上げて帰っていった。

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