第5話 幼馴染との休日
【十月三十一日 土曜日】
「雌猫ちゃんの匂いがします。」
今日は休みなので、朝の二度寝を堪能しようとしてスマホのアラームを十時にセットしたが、虚しく茉莉に部屋に入り込まれて起こされてしまった。彼女は寝起きの俺に浮気をした旦那へ向けたセリフのようなことを言ってくる。寝起きの頭をフルで働かせるもウェットに富んだセリフは湧いてこない。
「この服からむんむんに匂うもんね。また、みゃーこちゃんのとこにいってたんでしょ~。……くしゅんっ。」
彼女の悲しいセンサーが作動した様子だった。渋い顔でくしゃみを我慢しながら、床へと脱ぎ散らかした服をハンガーにかけてくれる。一仕事終えてた茉莉はふぅっと一息ついておれの枕元に座ってくる。
「ああ、わるい。ありがとう。服にコロコロかけておくべきだったな。」
「良いんだよ。勝手に薫の世話してるだけだし。」
枕元から俺を覗き込む彼女はにこやかに表情を変え笑顔でやさしい言葉をかけてくる。なにか言いたげにじぃっと見つめてくる。
「今日は一段と寝不足だねえ。眼に隈できてるよ。ま、ふぁ……。私も夜ふかししてたから人のこと言えないんだけどね。」
茉莉はあくびをしながらベッド脇に座り込み、ポチポチと携帯ゲームを始めた。今日の彼女は学校ではないので髪を下ろし比較的楽な格好をしていた。中央に淡いパステルの柄模様があしらわれたオーバ気味のTシャツ。ハーフパンツを履いて、いかにも寝起きのままのようだ。
「格好がラフだな……。」
「んー。今は薫だけしかいないからいいの。」
ベッドから落ちそうになりながら彼女のゲーム画面を覗き込む。ゲーム画面の中の彼女は木を叩いて木の実を集めたり、虫をとったりしている。
「茉莉が本気だしたらどんな格好になるんだ?」
「あー。ちょっとバカにしてるねー。私が本気だしたら、薫だって照れ照れになっちゃうんだから。」
「じゃあ、いつか見せてくれ。」
「見ておけよ~。」
むーっと膨れて、こちらを睨みつけてくる。可愛らしいその様子に迫力はまったくない。
「そういえばさ、燿ちゃんが薫がギター始めるかもって嬉しそうに話してたけどホントなの?」
守野 燿さんは昨日話していた隣の席のクラスメイトだ。
「守野さんが勝手にオーバヒートしてるだけだよ、止まらないんだな……。」
「やっぱ~?ふふ、薫には似合わないと思ってたんだよね。燿は誰でも誘いたがるからなー。私も何度も言われるし。」
辛辣な一言を添えた感想を伝えられる。まあ、守野さんやギタリストを想像すると憧れはあるが、似合わないのは間違いなさそうだ。しかし、一応足掻いてみせる。
「そんなに似合わか?楽器。」
「ギターではないよねー。薫はなんだろうなぁ。髭はやしてベースでもしてみる?」
「俺は髭全然生えないからなー。」
「えへへ。髭はやしてるの見てみたい。」
ケラケラと笑われながらお互いにバンドマンなるにはどんな格好をすればいいか話し合う。
「茉莉はキーボードかなー。」
「ホント?じゃあ燿にもそう言ってギターは諦めてもらおう。」
そんな話を彼女にすればキーボードを進められてしまうだけで、誘うこと自体を諦めてくれるとは思えなかった。
「でもなんで、ギターの話なんて今更薫にしたんだろう?」
首をちょんっとかしげて、ゲーム画面から目を外してこちらを見てくる。
「たまたまピックを拾って持ってたのを見られただけなんだよ。」
「ふ~ん。ピックなんか持ってみせちゃったんだ。そりゃ勘違いされるね。」
そこまでその話題に興味がなくなったのか、眠気が再び襲ってきたのか、薄いあくびをまたしながら茉莉はポチポチとボタンを押す。その音だけが部屋に響く。曲にあるテンポが一段と落ち着いて行くようなパートのように静かだ。微妙な仲の二人でそれが起こると大変気を使うが、茉莉とはもう遠慮しない間柄なのでその微妙な間も悪い感じはしない。
「今日は午後から皆でモールに買い物に行くの。薫も一緒する?」
間があけて、彼女から声をかけられる。
「行かないよ。また女子ばっかりで行くんだろう?」
「ええ~。皆気ににしないよ。ふふ、一緒しないの~。」
一度前についていったことはあるが、話題にも困るし何かと茉莉との間柄をかわれるわ、ひどく疲れた思い出がある。せっかくの土曜の午後には勿体のない時間になってしまう。
「茉莉とだけ出かけるのならならいいよ。」
「ふふ。いつも一緒にいるのに。そんなの言われたら照れちゃうな~。」
まんざらでもない声で彼女が応える。太陽が昇ってからまだ時間はそこまで立っていなさそうだが、部屋は暖房なしで暖かく過ごしやすい日だった。朗らかな陽に当てられて身体が暖まった俺はスキを見て布団へと再び潜り込んだ。
「あ!布団干さないとね。」
二度寝をしようとしたタイミングを見計らわれ、今思い出した様な振りをしながら布団を剥ぎ取られる。してやったりと言った顔をする茉莉はイタズラな笑みをしていた。茉莉に軽い文句を言いながら一緒に布団カバーを洗濯にかけ、布団をベランダに干し健康的な一日を始めた。
「じゃあね。おじさん、お邪魔しました~。」
玄関先で靴を履き替えながら茉莉が挨拶をする。
「茉莉ちゃんいつもありがとうね。またおいで。」
親父はリビングで新聞を読みながら家を出た茉莉に声をかける。
「まだ付き合ってないのか。娘ができるなら俺はいつでもいいぞ。」
「何度も言ってるだろ。付き合ってないよ。」
そうか……。残念そうな顔をした親父につれなく言う。
「昼飯はどうするんだ?」
八年前、母親と離婚した親父は男手一つで俺を育ててくれている。多少思春期の息子に接する方法がピンと来ないのか、口煩く言わずに干渉しすぎないよう干渉しなさすぎないよう気をつけてくれているようだ。口に出しては言わないが、とても良い親だと思う。
「素麺余ってるよ。」
「もう食べ飽きたな……。まだ余っているのか。」
「まあ、たしか最後だからさ、我慢しよう。」
祖父母から毎年送られる素麺を持て余していた。親父と俺は紅葉が始まった季節にも関わらず昼を素麺で過ごすことになっていた。せめてもの悪あがきとして薬味をふんだんに使用して味を変えて凌ぐ。
「今は天気はいいけど夕方過ぎには雨みたいだな。」
「ああ、そうなんだ。」
親父から得た情報を茉莉に伝えようとスマホを取り出した。きっと傘を持っていない。
”傘持ってない!”
顔面蒼白な絵文字をつけて予想通りの返事が帰ってきた。必要なら駅まで迎えに行くと伝える。
”やった!!”
一転して笑顔の顔文字を付けて返信がやってくる。今の様子を見ていると雨が降るような気配はない。本当に降るだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます