第4話 彼女との出会い
【十月二十七日、深夜〇時】
空にはもう満月に見える大きな月が浮かんでいる。気温はかなり肌寒くなってきた。夜の家々からこぼれ出る灯りを背にしていつもの神社へと向かう。
峠の途中なので行き道はずっと上り坂だ。自転車を漕ぎ続けるには少ししんどいので押して歩く。寒い夜になってきたが猫を膝の上に乗せれば暖かくなるだろう。自転車を木の影に停める。参道の階段をコツコツと登り始める。自分の足音が周りの木々と反響してふわりふわりと音が広がる。20mほどだろうか、階段を登りきり、鳥居をくぐり境内を歩いていく。社の裏へ回ろうとするとその手前側でふと脚を止める。人の気配がする。そっと影から社の裏側を覗くと暗闇の小さな明かりが見え女の子の声がかすかに聞こえた。
「あぁ、やっぱないなぁ、うーん。えぇ、ここだと思ったんだけどな。」
少し寒そうな様子と、それなりの期間さがして辟易としたのだろうか。その声からは面倒さと疲れが滲んでいた。彼女はかなり大きなカバンを背負っている。懐中電灯のようなもので足元を照らしながら何かを探しているようだ。先客がいることを想定していなかった俺はそのまま根が生えたように立ち止まってしまった。
「わ、誰かいるの?」
気配に気がついた彼女がこちらを向く。懐中電灯の明かりを向けられた俺は眩しくて目をつむってしまった。
「驚かせてすいませんっ。」
反射的に敬語になって謝ってしまう。逆光となってしまいあまり姿が見えなくなる。
「あ、こちらこそすいません……。私も怪しい者では……。」
あたふたと驚いた彼女は手に持った明かりを振る。夜の闇の中チラチラと彼女の姿が垣間見える。
「あのー、もしかして神社の方、ですか?」
恐る恐る伺うように質問される。俺と同じく補導などはされたくないのだろうか。
「いや、違います。散歩……中の一般人です。」
落ち着きを取り戻したのか、彼女は俺がひどく眩しがっていることん気が付きスッと懐中電灯を地面に向けて消灯した。逆光が消えたことでじわりじわりと彼女の姿が鮮明に見え始める。
「あぁー良かった。怒られるかと思った。」
帽子からこぼれる黒い髪は肩まで伸び、キリッとした切れ目が印象的だ。一見冷たいその目と髪が月明かりしか届かない暗がりでサラサラと流れ、月明かりに反射して透明な印象を受ける。水のような凛とした佇まいに目が吸い付いた。かなりの間見とれていた気もするが黙りこくるといけないので慌てて問いかける。
「えっと、何か探しています?」
こちらの返答を聞き警戒を解いたであろう彼女の声はふっと軽やかになった。伸びやかな声でこちらの質問に答えてくれる。
「えっとそう、探しものをしててね……。」
「そう、ですか……。すいませんお邪魔して。」
「ううん、こっちこそ変な時間に……あ、もしかしてなんだけど、君はこの前猫を撫でてた男の子?」
申し訳無さそうな返事の後に、ドキッとすることを言われる。みゃーこを撫でているのを以前に見られたようだ。誰も見ていないはずだっただけに驚いてしまう。
「一昨日、そう確かに撫でてましたけど。え、見てました……?」
独り言を聞かれたのかと顔が紅葉しそうだ。まずいことは言ってないはずけども。
「あーその、ね、覗き見していたわけではーないよ?」
彼女は帽子をかぶり直しながらバツが悪そうに話す。少しだけ目の前で両手を振り否定するエモーションを取りながら、
「私もたまにこの神社で、お散歩というか、その……、これの、ギターの練習しててね。」
背負ったカバンをぽんぽんと叩かれ納得がいった。大きなカバンはギターケースのようだ。その答えと行動からある推測が導き出された。
「もしかして、探しているのは赤い……えっと、ピックですか?」
守野さんから教えてもらった単語を思い出し彼女に伝える。単語は間違っていないはずだ。
「そう、それ!」
急に快活な声へと代わり前のめりになりながら近づいてくる。社の影で月明かりだけを浴びていた彼女が街の灯りが届く目の前の領域まですっと近づいてくる。
「もしかして拾ってくれた?ありがとう!」
明るい光の中へとやってきた彼女の格好が更にはっきりと見える。
「え、えと今は持ってないんですけど家にありますよ。ごめんなさい拾って持って帰っちゃいました。」
「いいのいいの。ありがとう。うんうん。いい人だ。」
何度もお礼を言う彼女は嬉しそうな顔で笑顔を振りまく。
「猫の世話を今日もしにきたのかなぁ?」
手に持っていた荷物に目線を向けながら彼女が俺に問いかけてくる。
「そうだね、一匹よく懐いてくれる猫がいて。」
「なら、また会えるかな?」
背中側で両手を組み、すっと前のめりで上目遣いでまっすぐとこちらの顔を覗き込んでくる。
「また今度合ってくれるならそのときに返してくれると嬉しいな~って。あ、敬語いらないよ。年一緒くらいだよね。」
少しマシンガントーク気味な彼女に気圧されつつ、情けないことに少し声が出なかった。やっと出てきた声も上ずった声で恥ずかしい。
「わかりました。今度返します。あぁ、そうだね、わかった。かえしに来るよ。」
せっかくだからもう少し格好良く喋りたい。
「ありがとう!また私も来るね~。実はね、一昨日も見かけてね。あ、先に別の人がいるなーどうしようかなー。声をかけよかなーって思ったんだけど……。」
なにやら言い難そうにもぞもぞとつぶやく。さっきまでの余裕な表情からうってかわり言いづらそうな恥ずかしそうな表情になり、
「ちょっとびっくりしちゃってね。さっと逃げちゃった。」
帽子をいじるのが彼女の癖のようだ。つばの部分を触りながらこちらを伺う。
「何か驚かせるようなことしたかな?」
「みゃーこって、猫ちゃんの名前なんだよね。」
「…ああそうだよ。声にだしてたかな、ちょと恥ずかしいな……」
やっぱりよく聞かれていたようだ。今度からは音量を絞るか声に出さないようにしないと。
「あはは、自分の名前を呼ばれたと思ってびっくりしちゃって逃げちゃった。
彼女の名前を呼んだ?そんな記憶はない。
「ミヤ。私はミヤっていうの。……私とあの猫、似てるの名前。」
理由を照れくさそうに彼女が教えてくれる。その理由ならたしかに納得した。みゃーことは良く声がけしていた気がする。
「ああ、それは、偶然が過ぎるような……。」
「あはは、だよねー。そんなわけ無いって分かってたのに急いで隠れちゃった。」
それは大変申し訳無いことをした。あの日響いた音は彼女の足音と気配だったようだ。割とすぐに覗いた気がしたが、猫のようにすっと隠れられたのだろう。
「お名前、教えてくれる?」
ミヤと名乗ってくれた彼女に名乗らないのは失礼だろうと自分の名前を答える。
「薫です。五十嵐 薫。」
「イガラシ カオルくんね。下の名前の漢字は薫製のクンでいいの?あ、あれ、言い方悪い?かな?」
人懐っこい笑顔でぐいぐいと踏み込まれる。よく知らない他人にされると不快なはずだが、ただ彼女の場合は、不思議と心地よかった。透明感があり凛とし目に覗き込まれると意識が吸い込まれるようだ。何でも答えてしまうような不思議な感覚に陥る。
「そうです。ミヤ……さんはどういう字を書くの?」
「ミヤって呼んでいいよ。…呼び捨てのほうが好きかな。」
一呼吸置いて横を向き照れくさそうに言う。
「美しい夜って書いて美夜なの。この説明は照れちゃうね。」
とても初対面では言えなかったが、彼女の名前はまちがいなく今日の月夜と相まっていて、そのたたずまいに似合っていた。二の句をつくのに開いてしまう。
「よろしく、また、返しにくるから。」
「うん。まってるよ、君が嫌じゃなければココで練習もさせてほしいな。」
ギタケースを目の前にかけ直し。ぽんっと見せつけてくる。
「別に俺だけの場所でもないから、猫見に来てるだけだし。」
「なら良かった。うんうん。」
「時間、結構遅いけどいつもこんな時間なのか?」
「んー。まあこんなものかな。あ、でも今何時?」
時刻を確認すると〇時半になっている。もう少しなら残っても大丈夫だ。
「いつもはね一時とか二時近くまで居ることが多いけど、そろそろ遅刻減らさないと行けなくってさ。今日は探しものしに来ただからもう帰るね。」
俺と彼女がすれ違う。身長は俺よりも少しだけ低いが、女の子の中では結構でかい。
「ああ、今度は必ず持ってくるよ。」
「今度は時間があったらもっと話そうね。君とは友達になりたいな。」
「夜友か?」
「あはは、夜限定なんだ。違うよ普通の昼夜友だよ。またね。」
彼女は手を振りながら鳥居の向こう側、参道の階段を降りていく。
今日は月がとても明るい。足元がはっきりと見え影が作られるほどしっかりとみんなを照らしてくれる。美夜か、いい名前だと思う。あそこまでグイグイと仲良くなろうとしてくるのも珍しい。猫に会いに来る理由に加えて、彼女に会いに来る理由が追加された。
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