第3話 クラスメイトとの日常
【十月二十五日 午前八時】
茉莉と一緒に登校したのち、クラスへとたどり着いた俺達は別れ合った。
「おす~。おはよ~。」
クラスメイト達に挨拶をしつつ自分の席へ向かう。ふわっと少し小さなあくびが出てしまう。やはり寝不足は響いているようだ。
「
「おはよっす。」
隣の席の
「人肌で温めておいたよ~。約得でしょ?」
隣のクラスの志木さんだっただろうか。数回しか話したことがないのでうろ覚えだ。
「はいはい。ありがとありがと。」
「いつもつれないな~。五十嵐くん。」
クールな態度を取りながら、内心ではそのとおりだと思う。時刻は八時二十分だった。朝のホームルームがもうすぐ始まる。
二限目の授業をぼんやりと終えて、休み時間に入った俺は昨日神社で拾い上げたプラスチックの板をポケットから取り出した。涙形をしたそれは、落ち着いた赤色で色だった。明るい教室でよく見ると少し年季が入ったように細やかなキラキラとした傷が入っていた。金色の装飾文字が入ったそれは手に持ってみるとギタリストになった気分に浸りたくなる。
「五十嵐くん、ギター始めたの?」
休み時間、女子同士の話を終えて戻ってきた守野さんから問いかけられる。ちょうど俺が手に持っていたこれが目に入ったのだろう。
守野さんは一見とても落ち着いた容姿からは意外なことに軽音部に所属している。この前の文化祭では一年生ながら壇上に上がり一部の演目ではギターのソロパートを華麗に演奏していた。彼女はそのショートカット髪と身体全体大きく揺らしながら鮮やかに演奏をしていた。滑らかに素早く動く左手、切れよく刻んでいく右手はさながら俺から見るとプロのように思えるほどの腕前だった。
「やっぱりこれギターのなんだ。」
「え~知らないのにもってるの?なんだぁー。」
不思議そうにはにかみ、くすくすと身体が揺れる。次の授業の準備をしながらこちらに向かって座る。
「ピックだよ、こうやってね、ギターをじゃーんって弾くんですよ。見たことはあるでしょ?」
慣れた手付きでエアーでギターを披露してくれる。彼女が足や全身でリズムを取る。その様子はあの文化祭で見た演奏のような上手さの片鱗を感じる。
「実は昨日拾ったんだよね。高いのこれ?」
「んんー。ものによるけど百円しないくらい。」
「あ、そうなんだ。」
プラスチックでできているので、高いとは思ってはいなかっったが念の為、確認ができた。落とし物としてわざわざ警察に届け出る必要があるものではなさそうだ。
「ピックにも色々種類があってね。こうオニギリの形をしたり……。」
守野さんはバンド関係や楽器の話になるととても饒舌になると以前に茉莉から聞いたことがある。急に饒舌になた彼女に多少びっくりしたものの、その話に相槌をうちつつ休み時間を過ごした。
#
茉莉のクラスは早めに授業を終えたようだ。終わりのホームルームと挨拶を終えた担任と入れ違いに彼女はそそくさとクラスに入ってきた。
「薫ー。かえーろ。」
「今日は部活ないのか?」
「料理部は本日はお休みでーす。だからー、一緒に帰ろ?」
「いいよっと、よっこいせ。」
わざとらしくゆっくりと椅子から立ち上がる。
「おじさんみたいじゃない?え~まだ十六なのにさー。」
「へーへー。すいませんすいません。」
授業を終えた老体をいたわる真似をする。くすくすと笑われる。
「あ、
「茉莉、また明日ね~。」
茉莉と守野さんが仲良く挨拶をする。彼女らはたまに昼食を一緒に食べている。友達グループの中でもひときわと仲が良いようだった。
教室を出て三階から階段を降りていき、たどり着いた下駄箱でそれぞれの靴を出して建物から出ていく。すると彼女は俺の前を歩きながら振り返りこちらに向かって話しかけてくる。
「晩ご飯どうする?何か食べたい?作ってあげようか?」
とても良い提案をしてくれた。
「お、作ってくれるの。やったね。」
茉莉は料理部に入っているだけあって美味しい料理を作ってくれる。彼女の母親もずいぶんと料理が上手い。いつも親父とレンジで温めて惣菜を食べていることが多い身だったので、誰かの手料理が食べられると心が豊かになる。
「親二人とも今日もまた遅くなるみたい。お弁当でも買ってきて食べて言われけど、なにか作ろうなって。」
「なら、部活の成果を披露していただこうかな。」
「料理部っていいつつ、いつもお菓子ばっかりつくってるけどね。」
確かに偶に部室を前を通りがかると甘い香りがすることが多い。やはり女の子しかいない部活となると作るものの傾向が偏るのかもしれない。
二人で献立を考えつつ電車に乗り込む。帰りは朝ほどはこんでいない。これが部活終わりなど、午後六時が近づいてくると会社帰りの社会人ともろにかぶるので一変して満員電車になってしまう。
「お菓子はねー。作っても自分だけで食べちゃうからねー。たまには薫と一緒に食べたいなって。」
「わりと一緒に食べてないか?」
「そーいうことじゃないの。いつも食べてるのは違うのー。」
電車を降りて商店街の途中にあるスーパーへ向かう。入り口を通り過ぎたところにあるかごを取り彼女の言うとおりの商品を詰めていく。
「ハンバーグにしようか。玉ねぎは家にあったよね~。ひき肉……パン粉、卵もいいよね。ソースは何がいいかな?」
昨日の冷蔵庫を思い出しながら答える。
「卵ないかもな。ソースおろし、デミグラス……」
「じゃあ卵も買っておこうか。トマト煮込みとかもいいよね~」
ぐるぐるとコーナーを回りながら俺達は議論を重ねて、今日のソースはデミグラスにすることとした。
「定番が一番。いつもどおり、良いじゃない~。あ、こっちも寄ってこ?」
お菓子コーナに寄り道もして行く。彼女がいくつかのお菓子を放り込み、献立から不足していないかを再確認した俺達は買いものかごを持ちレジへと向かった。
「次のお客様どうぞ。」
前の客が支払いを終えて次の俺達が呼ばれる。
「お金は後で払うよ。ちょうどいい感じに小銭がなくて。」
「はいはい~。いつでもいいよ~。」
ふとレジで品物を読み取る店員さんを見る。俺達と同年代の女の子のようだった。マスク姿で帽子に髪をまとめた彼女はスッとした目が印象的だった。かごの中から商品を取り出しバーコードの読み取りを淡々とこなしていく。
「1,240円です。お支払い方法はいかがいたしますか?」
「現金でおねがいしまーす。」
支払いを済ませる茉莉がこちらに気がついた。じっと店員を眺める俺をふと軽く睨みつける。
「ちょうどいただきます。では、こちらレシートと次回ご利用いただける割引券です。ありがとうございました。」
丁寧にお辞儀をした店員さんから目を離し、品物を入れたかごを持ち運ぶ。レジ袋へと買ったものを詰め込む。
「薫。店員さんの女の子をジロジロみちゃだめだよ?」
お腹をぐりぐりと指で抑えられる。どうやらご機嫌斜めになってしまったようだ。
「見ていない。見ていない。同い年くらいなのにアルバイトして偉いなって見てただけです。」
へこへこと情けない旦那のように茉莉に言い訳をする。
「ほんとかなー。キレイだったもんねー。」
彼女はすねた態度を隠しもしない。が、ちゃんと荷詰めは手伝ってくれる。
「すいません、少し見とれてました。」
あまり嘘をついてもしょうがない。茉莉に正直に告白する。
「正直でよろしい。ま、いいけどさ。あーハンバーグ薫の分だけ焦がしそー。」
食事を盾にとられた俺は何も武器はなかった。彼女をなだめながらスーパーを後にした。
マンションについた俺達は茉莉の家へと向かう。両親はまだ帰ってきてはいないようだ。二人でキッチンに並んで料理を始める。
「あー。薫違うよー。卵の割り方ー。」
「割り方?」
卵に割り方があるのか、初耳だった。
「角で割っちゃダメだよ?」
「ええ……。一緒じゃないの?」
「食い込んで殻のかけらが入っちゃうの。こうするのよ~。」
彼女は平らな場所で卵を割っていく。手付きがサクサクとしている。いつの間にかまた上手くなったみたいだ。
「さ、お肉入れて捏ねて~。整形はしてあげるから」
「お前、冷たくて辛い工程だけやらせる気だな。」
「う、そんなことないんだよ~。気の所為気の所為。」
意を決して捏ね始めるが、やはり持ってきている間にある程度常温に戻ったとはいえとても冷たい。
「はい、頑張って~。ほいっ。」
彼女はこっそりと用意していたのか、マグカップから氷水をかけてくる。
「あー冷てえー!氷じゃないのかそれー?」
タネがまとわりついた手では彼女に言葉で抗議することしか出来ない。
「この前の部活で先生が言ってたからさー、ほんとほんと。」
「まじかよ、上手くなるんだろうな……。」
「ほんと、ほんと。がんばれー!」
可愛く応援をしながら見守られる。ギブアップしたかったが後少しだ。頑張ろう。
そして出来上がったハンバーグは確かに美味しかった。お店の物とまでは行かないがしっとりとして肉汁がしっかりと閉じ込められていて、良い口どけになっている。
「ね?言ったとおりでしょ?」
「茉莉の料理手伝うときはもう口答えしないわ。」
「あはは、私の勝ちー?」
二人での夕食は子供の頃から度々してきたが、最近は茉莉が料理を覚えてきてできることが増えた。なので随分と楽しさが増したと思う。彼女の両親が帰ってくるまでTVなどを見ながら仲良く過ごした。いつもどおり彼女と仲が良い家族のように過ごす、とても良い一日になったと思う。
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