第13話 「元お嫁さん」

 ユッキーとのデートも無事に終了し週が明けた。

 そして、迎えた放課後。

 俺は部室で平和な時間を過ごしている。

 視界に映るのは、ゲーム雑誌に必死に目を通しているリンダだけ。彼女のワンパンに掛ける想いは今日も変わらないようだ。


「フウマ」

「どした」

「言わんでも分かるだろ」


 いや言わないと分からんだろ。

 とは言いません。だって俺、さっきからリンダさんの髪の毛を触ってるから。


「何か問題でも?」

「女の子に触れるのが問題ないとでも?」

「女性から男性へのセクハラが成立する時代でその発言は問題では?」

「その問題の前に問題を起こしてる奴が目の前にいるんですが」


 と言うわりには俺の手を払う退けようとはしないんだよな。

 視線も俺じゃなくて雑誌に向いたままだし。

 であるならば……一般的な常識を口にしているだけで、別に俺に触るなと言いたいわけではないということだな。

 もしくはあたし以外の女子にはこんなことすんなよ、と言いたいだけ。

 うんうん、きっとそんな感じだろう。

 断じて俺に対して興味がないとかそんなんじゃないはず。

 今は俺よりもゲーム雑誌に興味があるだけ……冷静に考えると、それはそれで問題だよな。

 まあ俺は気にしないけど。

 だって立場が逆だったら似たような態度を取りそうだし。オタクでゲーマーな奴同士で付き合えばこんなことは日常茶飯事。気にしてたら身が持ちません。


「時にリンダよ」

「真面目な話をするつもりもないのに真面目な声を出さないでもらえますか。気が散るんで」


 そうやって勝手に決めつけるのやめてもらえますか。

 というか、俺の話はゲーム雑誌以下ですかそうですか。

 まあ今から話そうとしている話は真面目な話とも言えないし、何ならゲーム雑誌の内容よりも興味をそそられない話ではあるんだけど。


「なら適当に話すわ。うちの騒がしくて鬱陶しい後輩は今日は休みか?」


 そうやって無駄に装飾を付けるからあの子に絡まれるんだよ。

 とでも言いたげな視線を向けられております。

 ただリンダさんは認識を間違っておられる。

 騒がしいとか鬱陶しいという言葉は、あの後輩に対して無駄な装飾ではない。適切な言葉だ。

 さらにあの後輩は装飾しようとしなかろうと絡んでくる時は絡んでくる。

 故にあの後輩に対して気を遣う方が無駄だ。


「これといって何も聞いてないけど」


 あのリンダ様至上主義なユッキーがリンダ様に連絡していないだと!?

 いやまあ、別におかしいことでもない。

 あの子、俺にはスタンプや長文を連打してきたりするけどリンダには礼儀を弁えたことしかしない節があるし。

 故にあやつは、リンダに対しては頻繁にメッセージを飛ばしていないのでは?

 でもそうなると遅れるなら遅れるで一言くらい連絡を入れそうな気も……


「……事件だな」


 セクハラだの男女差別だの言っている場合ではない。

 ユッキーが何も連絡せず部室に現れない。これは事件と言ってもいいレベルの問題だ。非常事態だ。

 ちなみに最近は割と顔を出す元幽霊部員ことおシズさん。

 彼女がいないのは問題ではないのかって?

 うん、問題じゃないよ。だってあの子は、俺とリンダが教室を出る前に……


『本日は図書委員の仕事がちょこっとあるので遅れやす!』


 みたいなテンションで話しかけてきて颯爽と立ち去って行ったから。

 おシズさんって清楚な見た目なのに何であんな言動しちゃうんだろう。

 いやまあ可愛いんだけど。

 可愛く見えちゃうから別にそんな疑問がどうでも良くなるんだけど。

 でもだからこそ、俺はこう思ってしまう。

 ユッキーが同じようなことしても心が動かなそうだな、と。

 見た目の方向性が似ているのに大して可愛いとは思わないだろう、と。

 でも言っとくけど、これは別に差別とかじゃないからね。

 ふたりの可愛さが俺に刺さるかどうかの主観的な話ってだけで。


「あんた、事件とか言いつつ今は別のこと考えてるでしょ」

「否定はしない」

「先輩なら後輩の心配くらいしろ」


 さすがはリンダさん。

 一部の後輩からはお姉さまって慕われていそうなだけはあるわ。

 まあゲーム雑誌を読みながら言われても俺の心には響かないけど。


「失礼だな。俺だって心配くらいしてる……放課後に突然担任から何か運んどいてとか言われ、愛想良く返事しながらも内心では『それくらい自分で運べやこのクソ野郎』とか思ってイライラを溜め込んでそうなあいつの相手をどうするかってな」


 ジー。

 そんな音が聞こえそうなくらいリンダさんに見つめられております。

 なので俺はそっと視線を逸らしました。

 だって仕方ないじゃん。

 あの後輩、よほどテンションが上がらない限りは俺にしかウザ絡みしてこないんだから。


「あんたってこういう時に素直にあの子の心配しないから絡まれるんじゃないの?」

「性格がある程度知られた今それをやっても無駄だろ。俺が素直に心配してたって聞いたあいつは、ほぼ間違いなく『気持ち悪いんですけど』とか言うに決まってる」

「そうやって決めつけるから……って言いたいところだけど、あの子とあんたのやりとりを割と見ているだけに否定できない」


 でしょ?


「でも、あんたが変える努力をすれば少しずつでも変わるんじゃない?」


 リンダ、お前って奴は本当に……


「他人事だと思って正しいことばかり言わないでもらえますかね」

「何で急に責められる? 割と普通のことしか言っとらんだろ」

「その割と普通のことをするとするでしょ? その度に俺はあの後輩から気持ち悪いだの、何か変なものでも食ったんですかだの言われるんですよ。そうなると俺の精神はどうなりますか?」


 答えは簡単です。

 多少なりとも削れます。

 いやまあ他人よりもそういう類のことは言われ慣れてる気もするし、別にユッキーに言われてショックというほどダメージを受けるわけじゃないよ。

 でもさ、他人からそういうこと言われたら隅の方がちょっとね。

 しかも一応ユッキーも異性なわけで。異性からそういうこと言われたら効果が倍増するじゃん。

 質の悪いのことにユッキーってそういうこと言う時ってガチな顔するしさ。

 あんなガチな顔と視線で気持ち悪いだの言われたら付き合いのないそのへんの男子はへこむのでは?

 いや待て。

 あいつって基本的に猫を被ってるよな。そのへんの奴らはユッキーの口の悪さを知らない可能性が高い。

 というか、クラスや日常生活で溜め込んでるストレスを俺にぶつけているのでは?


「……ユッキーとは徹底的に罵り合うしかなさそうだな」

「こっちに質問を投げかけといて結論を出すな。てか、どうしてこの短時間でそういう結論に至る? 戦おうとする前に平和的解決を模索せんかい」

「現状ではそれは無理だ」

「何でよ」

「お前が俺の彼女で、あいつがお前に対してラブだから」


 故にどうしてもぶつかる部分があります。

 正確にはユッキーがこちらに突貫してきます。

 妬みの強いのにリア充に夢を見る非リア充って本当に質が悪いよね。


「多分俺とお前が付き合ってなかったらもう少しまともな罵り合いをしてる」

「付き合ってなくても罵り合うんかい」

「仕方ないだろ。俺はオタクだ。そして、あいつもオタク。好みが完全に一致するわけじゃない。推しが被っても推す理由が違うかもしれない。ならぶつかる可能性は常にある」


 それは少し論点がズレているような……、と言いたげだったリンダさん。

 でも何も言ってきませんでした。

 だってリンダさんもオタクだから。

 今言ったことで俺とぶつかることがあるから。

 つうかマジであの後輩は何をやってんの?

 部室に足を運ぶのって割とあいつの顔を見るためでもあるんだけど。

 あいつの顔を見ないなら正直帰っていいんだよな。本音を言えば、ゲームとかしたいし。

 なんて思っていたら部室のドアが開いた。


「やあやあやあ、遅れましたがおシズさんの登場です!」


 ……何だおシズさんか。


「ねぇねぇフウくん」


 入った瞬間はテンション高めだったのに急に素のテンション。

 今日もおシズさんはおシズさんしてんねぇ。

 でもひとつだけ気になることがあるんですよね。


「おシズさんや、何故にお前さんはちょっとオコな顔してんの?」


 部室に来る前も普通に別れましたよね?

 入ってきた時にもこれといって何もしなかったよね?

 俺、これいといって君に何もしてなくない?


「分かりませんか?」

「分かりません」

「少しは考えましょう」


 考えた結果、分からないという結論に至ったんですが。

 まあ考えろと言われるならもう少しだけ考えてみますけど。


「…………考えました」

「じゃあ答えましょう」

「やっぱ俺、これといって何もしてなくない?」

「自覚がないですとッ!?」


 え、そんなに驚愕するようなことを俺は無意識にしちゃってたの?


「フウくん、本当に分からないの?」

「分かりませんね。何もやった自覚がないし」

「はぁ……そっか、そうなんだ」


 何でおシズさんはそんなにしょんぼりしてるの!

 俺はいったいお前さんに何をやらかしてしまったんだ。

 でも心当たりがない。本当は自分で解決すべきなのだろうが、時は一刻を争う。故に第三者の意見を聞いてみよう。


『ねぇリンダさん、俺はおシズさんに何かしましたか?』

『さあ。これといって何もしてなかったと思うけど』


 こんな会話がリンダさんとのアイコンタクトで成立しました。

 まあ一言一句正確に合ってるかと言われたら微妙だけど。でもニュアンスは合ってると思う。

 だって俺がおシズさんに何かやらかしていたら俺を見るリンダさんの目は厳しいものになってただろうし。


「なあシズよ、俺はいったいお前に何をした? マジで何をやったか分からないんだが。俺のせいでお前の気分を害してしまったのなら謝りたいし、今後同じようなことをしないようにしたい。だから何をしでかしたのか教えてくれ」


 これだけ真摯に言えば、きっとオコ気味なおシズさんも教えてくれるはず。

 もしもこれでダメだった時は……未来の俺に託すことにしよう。世の中には時間が解決してくれることもあるだろうし。


「もう仕方ないなぁ。今後のためとその真摯な姿勢に免じて教えてあげましょう」


 わーい、ありがとうシズえもん。


「私がオコだった理由は……フウくんが私の顔を見るなりガッカリしたから!」


 ……は?

 いやまあ、確かにウザい後輩がようやく来たかと期待しただけにシズに対してそういう顔をしたかもしれん。

 でもさ……


「シズえもんはそんな理由で怒ってたんすか?」

「そんな理由とは失礼な。こちとら友達に元気よく挨拶したら『え、お前かよ……』みたいな顔をされたんですよ。普通の人は普通に傷つく内容だと思うんですが。怒ってもおかしくないと思うんですが!」

「それについては謝ります。ごめんなさい。でも何でオコな対象が俺だけなの?」


 ちゃんとは見てないけど。

 多分な話になっちゃうんだけど。

 俺よりリンダさんの方がおシズさんに向ける表情はよろしくなかったと思うんだよね。端的に言うならうるさいのが来やがった的な感じで。


「そんなの決まってるじゃん」

「リンダがあなたの親友だからですか?」

「ううん違うよ。リンダちゃんは私を顔を見て基本的に嬉しそうな表情は見せてくれないから。だから期待してないというか、ウザそうな顔をされても平常運転だなとしか思わないだけ」


 あぁそうですか。

 でもそういう関係になってしまったのは、あなたがリンダさんのお胸を定期的に揉んだりするからでは。

 というか、何でこういう時に限って笑顔とかじゃなく素の顔で淡々と言っちゃうのかな?

 君とリンダさんって結構長い付き合いがあるよね。

 良いところも悪いところも互いに知ってます、みたいな深めの友人関係を築いてるはずだよね。

 それを疑いたくなるような真似は、俺の立場からするとやめて欲しいんだけど。


「なのでリンダちゃんには私への対応の改善を要求します!」

「鬱陶しいテンションでこっちに絡まないで来るな。つうか改善して欲しいならまずそっちがあたしへの対応を改善せい」

「誠に申し訳ございませんがそれは無理な相談です。私はこれからもリンダちゃんのおっぱいを揉み続けます」


 綺麗なお辞儀をしながら我が友人は何を言っているのだろう。

 そう思う一方でちょっとだけ憧れも抱いちゃう。俺、おシズさんみたいなムーブは出来ないもん。

 だって俺がしたらリンダさんに超絶冷たい目で「ハ?」って言われるだろうし。

 まあ似たような目を現在進行形でリンダさんはおシズさんに向けているんですが。

 でもおシズさんにそれを気にする素振りはなし。この子のハートの強度はダイヤモンドですわ。


「……はぁ。あんたの相手してると真面目に対応するのがバカらしくなってくる」

「それはつまりおっぱい揉んでもオーケー的な!」

「自分の都合の良いように解釈すんな」


 リンダさん、頬杖着くのは行儀が悪いですよ。

 その姿勢だとオパーイが強調される感じになっちゃうので、もうひとりの俺にも非常に悪いです。効果抜群です。

 何で俺の彼女ってこんなにも良いおっぱいをお持ちなんだろう。

 あのおっぱいを自由に揉めるおシズさんが憎い。おっぱいを揉んでも許される我が友が死ぬほど羨ましい。

 でもおシズさんがいないと俺の知らない時に繰り広げられるエッチぃ写真とかも見たりできない。故に俺はおシズさんに負の感情を長時間抱くことができない。


「つうかさっきの話を聞いてて思ったけど。シズ、あんたはフウマの何? オコな理由が完全に彼女とかそういう立場で言うやつなんだけど」

「それはほら、あれですよ。リンダちゃんってリンダちゃんだし」


 そうだね、リンダちゃんはリンダちゃんだね。

 でもねおシズちゃん。俺は君と付き合いがあるし、リンダちゃんとお付き合いしているから何となく言おうとしていることは分かるよ。

 だけどこれといって関わりがない人達はその説明だと分からないと思うの。

 それ以上にリンダという愛称を悪い例えみたいに言われたリンダちゃんがオコです。


「それで説明になってると思ってんの?」

「機嫌が悪くなってるあたり私の言いたいことは分かってそうなのに。それなのに詳しく聞きたいとか……もしやリンダちゃん割とM」


 え、何それ。

 リンダさんがM? その可能性は個人的に大いに有りです!

 それがマジなら意地悪したくなっちゃいます。


「わざとそういう言い回しをして、あたしから罵倒されたがってるあんたの方がドの付くMだと思うんですが」

「それは否定できないかも。可愛い女の子からそういうことされると沸き上がるものがあるし」


 この大和撫子、日に日に変態になってきてない?

 俺もオタクだからそれなりに推しとか性癖はあります。でもこの子ほど幅広くはないんだよな。

 心の友と呼べそうなほど好みが被ったりするけど、この子の進化に俺は付いていけないかもしれない。これが凡人と天才の差というやつなのか……。


「まあその話はまた今度するとして話の続きですが……私は日頃からフウくんはリンダちゃんから精神的な彼女成分をあまり得ることが出来ていない、と思っておりまして」


 真面目な顔なおシズさんに対してリンダさんは呆れ顔。

 こいつはいったい何を言っているんだ、とでも思っているに違いない。

 ちなみに俺もリンダさんの半分くらいは思っている。

 だっておシズさんの言う精神的彼女成分の内訳とか分からないから。

 漫研のカップルと比較した場合、イチャコラが足りていないのでは? と思わなくはないから。

 でもそれ以上にこう思ってしまう。

 その言い方だと肉体的な彼女成分は補給出来てるみたいじゃないですか! と。

 まあ口にはしませんけど。下手したら何言ってんだてめぇってなりかねないし。

 なのでみんなもこの手の話をする際は、時と場所をきちんと選びましょう。


「なのでリンダちゃんの代わりにそのへんを補充できれば、と。私はリンダちゃんの親友だし、フウくんの友達だから」


 シズ、お前……


「何で良い感じ風を装ってるんですか。はたから見た場合、親友の彼氏にちょっかいかけてるだけですから。一般的に悪女というか、あなたがそんなことするからそこのふたりの空気感がたまに『本当にこのふたり付き合ってる?』みたいになるんじゃないですかねッ!」


 登場と同時に後輩のマシンガントークが炸裂。

 まあでも俺やリンダの気持ちを代弁している部分もあるのでそれは許そう。

 ただ、部屋に入る時はドアはゆっくりと開きましょう。

 勢い良く開けると大きな音が鳴っちゃうから。


「丘野さん、お疲れ~」

「あ、どうもお疲れ様です……って何で平然と挨拶してくるんですか!」

「何でって丘野さんはゲーム部の一員だし、仲良しにはなれてないけど後輩だから挨拶くらいしてもおかしくないのでは?」

「それはそうですけど、そういうことを聞いてるんじゃない!」


 そうだぞおシズ。

 その構ってちゃんな後輩は、突然の登場に何も反応を示さず普通に話しかけられたことに腹を立てているんだ。

 まあおシズさんのことだから分かっててやってそうだけど。


「あ、なるほど。部室の前でいつ入ろうか聞き耳を立ててた丘野さんをあえて無視してたことを聞きたいんだね」

「そうですそうです、ようやく分かりまし……」


 ユッキーが硬直。

 そして、ゆっくりと俺やリンダに視線を移して訴えかけてくる。


『先輩達はわたしの存在に気づいてました?』


 その問いかけに俺とリンダは首を横に振る。

 だって気が付いていたらリンダは話しかけてるだろうし。

 俺は……無視をする場合もあるとは思う。でもそれだったらユッキーが入ってきた時に驚きはしないんだよね。

 ただ俺の感じた驚きが顔にまで出ていたかは怪しいところ。故に第三者からは平然としていたように見えたかもしれない。

 まあそれは置いておくとして。

 話を戻しますが……怒りに満ちていたユッキーの顔が若干青ざめつつあります。あれはおシズさんに恐怖に似た感情を抱いておりますな。


「大丈夫だよ丘野さん」

「何が大丈夫なんですか!? 何も大丈夫じゃないでしょ。あなたは自分が何を言ったのか分かってるんですか!」

「それはもちろん分かってます」

「ならどこをどう取れば大丈夫なんて言葉が出てくるんですかね」

「丘野さんならそういうこともありえるかなって適当に言っただけだからです」


 少しの沈黙。

 震えるユッキーの肩。

 この後の展開は考えるまでもないよね。

 両手で耳を塞ごう……と思ったけど、周囲に配慮をするならユッキーの口を塞ぐほうが賢明か。よし、ならば即実行。善は急げ。

 うわぁ、凄いモゴモゴ言ってる。

 手の平に唾液が付いてもおかしくないくらいフゴフゴ言ってる。

 あ、ユッキーがこっちを見てきた。むっちゃ睨んどる。このままだと噛まれるかもしれないし、ユッキーの口から手を放そう。


「いきなり何するんですか!」

「大声を出すと思ったので近所迷惑にならないように努力しようかと」

「だからって普通女の子の口を塞ぎますかね? 風間先輩はバカなんですか変態なんですか!」


 別にバカでも変態でもありません。

 ただ状況によってはバカかもしれないし、変態かもしれない。

 ケースバイケースだと言っておくことにしよう。


「目で訴えかけないで言葉にしてもらえます? わたしは風間先輩の考えを完璧に読めるわけじゃないんで。それ以上に何かバカにされてる気分になるんで!」

「なら今度からは心音内には留めないで全て口に出すことにするわ」

「マイナス方向に改善するのやめいッ!」


 マイナスって言っているのに改善って言うのやめい。

 より良い方向に改めるから改善って言うんだぞ。マイナス方向に持って行くのは改悪って言うんだ。

 だからこの場合は端的に改悪するのやめいにしとけ。


「……すまん、全て口にするって言った傍から心の中でお前のことバカにしてた」

「まったく謝る気ないですね! むしろそれを言うことでさらにバカにしてますよね。先輩は後輩をバカにして楽しいんですか? 年下をいじめて喜ぶ変態なんですか。回復できる時間をくれないとわたしだっていつか泣きますよ!」


 え、泣くの? マジで?


「何でもう少しいじめようかなって顔になるんですか!」

「は? 別にそんな顔してませんけど」

「してました!」

「してません。というか、何でユッキーは今日遅れたんですか? 先輩を待たせるとか舐めてんの?」

「そ、それは……」


 俺の言葉にちょっと後退るユッキー。

 この子、ゲスな発言とかする割に根っこは真面目というか真っ当な感じだからこういうこと言われると弱いんだろうな。

 俺はただ流れで言っただけで怒ってもないし。

 待っていたかと言われたら待ってもいなかったし。他人で溜まった鬱憤を俺に八つ当たりしてこないか不安だっただけで。


「わ、わたしだって先輩達より早く部室に来たかったですよ。でも仕方ないじゃないですか。担任から転校生の案内を頼まれたんですから」


 あのクソ担任、わたしのリンダ先輩との時間が奪いやがってガルルル……!

 みたいな顔を最後にしなければもう少し可愛げもあるんだけどな。

 しかし、こんな時期に転校生とは……親御さんが急に転勤とかになったのかな。いやはや大変なことで……


「時にユッキー」

「今度は何ですか。まだわたしのこといじめるんですか」

「人聞きの悪いこと言うんじゃありません。あなたの目の前に居る先輩は、あなたが案内していたという転校生が今どうしているのか気になっただけです」


 あ……、って顔をするんじゃありません。

 担任から言われて嫌々引き受けたのかもしれないけど、一度請け負った仕事は最後まできちんとやり遂げなさい。

 まったくどんだけお前は俺達のことが好きやねん。

 まあ出会ったばかりの転校生の方が上とか言われるのも何か癪……とも言えないか。別に俺はユッキーに慕われてるわけでもないし。


「まあ遅れてきた理由は分かった。そして、我がゲーム部に転校生を歓迎できる要素は皆無。なので案内に戻れ。俺は帰る」

「最後の一言が凄く余計です! そういうところが風間先輩はダメなんですよ。わたしが案内を終わるまで待ってて、ジュースの1本くらいおごってくれてもいいと思うんですが!」


 えー、何で俺がユッキーにそんなことしてあげないといけないの。

 俺、ユッキーの彼氏とかでもないんだけど。


「というか、転校生がゲーム部を見学したいって言ったから連れてきたんです。なので帰らないでください。てか絶対に帰しません!」


 女の子から「お前のこと帰さないから」って言われちゃった。

 ……すみません、ふざけるのはここまでにします。転校生相手に雑な言動をするわけにもいかないので。

 さすがに俺もそれは良心が痛んじゃう。

 なんてことを考えていたら部室に転校生と思われる人物が入ってきました。


「失礼します」


 声量があるわけではないが鈴の音のように聞きとりやすい。

 背丈はユッキーとさほど変わらず、髪は肩に触れそうなくらいで整えられている。

 ただ落ち着いた表情と肌が白いせいかユッキーとは印象とは真逆で儚げだ。

 発育面に関しては……見た目のまま受け取っていいのだろうか。

 言っておくが別に残念だから濁しているわけではない。

 他人からもらったものなのか、成長を見込んでなのか彼女の着ている制服が少しブカブカだからだ。


「今日転校してきた空乃氷華……」


 丁寧に挨拶していると思ったら不意に転校生の動きが止まる。

 別に怪しい発言はなかったというか、まだ名前くらいしか名乗っていないと思うんだが。そして、俺達も名乗ったりした覚えはないのだが。

 なのに……

 どうして空乃さんっていう子はジッと俺のことを見ていらっしゃるのでしょう?

 あ、何か近づいてきたんだけど。

 ねぇねぇ、何でそんなに俺の顔を見てるの?

 俺の顔に何か付いてる? ユッキーに何かいたずらでもされてた?

 何か急に顔にタッチしてきたんですけど!? 特殊メイクとかしているわけでもないのに何か探るようにペタペタされちゃってるんですけど!

 こういう時ってどう対応するのが正解? 誰か教えて。


「……もしかして……フウさん?」


 フウさん? いえ僕は風間です。愛称はフウマですが。

 もしも愛称からの派生でそう呼んでいるのだとしたら……あなたはどこかで会ったことがある人ですか?

 でも俺の記憶には彼女の存在はない。

 こんな可愛い子と面識があるなら忘れないよな。

 もしかして……外見や性別を弄れるゲームで知り合った人とか? 

 それなら可能性も……

 あの部員の皆さん、気持ちは分かるんですが。

 でも人を疑うようなジト~とした目や俺とその子の関係に興味津々みたいな輝いた目を向けるのはやめてもらっていいですか。


「フウさん……だよね?」

「まあフウマではあるんですが……えっと……」


 やめて!

 そんな「わたしのこと分からない?」みたいな目で見ないで。

 何か罪悪感で押し潰されそうになるから。

 それ以上に周囲からの視線に耐えかねて走り出しそうになるから。

 考えろ、考えるんだ俺。何かしら答えを出さなければ活路も見い出せない。

 高校に入ってからはゲームは基本的にソロかリンダ達とやってきた。今年に入ってからはユッキーも加わったが、それ以外に深く関わった人物はいない。

 となると必然的にこの子との出会いは高校入学以前になるわけで……

 必死に脳みそを回転させていると、不意にとあるプレイヤーのことを思い出した。

 そのプレイヤーと目の前に居る少女は背丈も違うし、髪型にも違いがある。

 ただそのプレイヤーの身長を伸ばし、髪の毛を綺麗に整えて前髪をさっぱりとさせたならば……


「もしかして……クー?」

「うん♪」


 ギャップ萌えを感じざるを得ないとびっきりの笑顔。

 それに少し遅れて感じる身体の痛み。

 何で痛みを覚えたのかって?

 そんなの目の前の子が勢い良く抱き着いてきたからに決まってるじゃないですか。

 もう少し位置がずれていたらみぞおちに入ってグヘってました。

 何ならグフッ!? って声を漏らしてました。

 何よりタックルに等しい抱き着きに倒れなかった自分を褒めてやりたい。


「フウマ」


 いつもと変わらないようでどこか冷ややかな響きを感じさせる声に身体が凍る。

 首だけ回して意識を向けると……にこやかなリンダさんがいました。

 いやまあ、うん、分かるよ。

 リンダさんは俺の彼女だし、現在進行形でお付き合いしている方ですから。

 おシズさんやユッキーとじゃれ合う分には割とドライな人ではあるけど。

 よく知りもしない女子が満面の笑みを浮かべて抱き着いてくるの見たら色々と考えるし思いますよね。

 むしろ、そうならない方が彼氏彼女して問題があるというか。

 ちゃんとこういう反応をしてくれたことに安心すべきなのかもしれない。


「おい」


 あ、はい、すみません。

 安心するとこじゃないですよね。


「その子はいったい誰なのかな? あんたとはどういう関係なのかな?」


 にこやかだけどにこやかじゃない顔って怖いね。

 こういう時に限っては汚らわしいみたいな顔してるユッキーの方がマシに思えちゃう。

 ちなみにおシズさんは修羅場を楽しむ視聴者みたいな顔をしてます。

 友達ならそんな顔してないで助けてください。いややっぱり助けないでください。その笑顔の下で何を考えているか分からないし、自分が楽しむために状況を悪化させるかもしれないから。

 

「どういう関係と言われましても」


 昔に一緒にゲームをしていた間柄ってだけなんだよね。

 リアルで会ったの今日が初めてだし。

 でも今の空気感的にこれだけ言っても納得してくれなさそうな気がする。

 だけど……現状で最も困ってるのは俺なんだよね。

 だって俺の知っているクーってプレイヤーは人前でこんなことをする子じゃなかったから!

 どのへんから説明すれば納得してもらえるだろう。

 つうか制服がブカブカしてたから分からなかったけど、この子それなりにおっぱい大きいな。多分だけどユッキーよりも大きいわ。リンダさんは確実に劣るし、おシズさんのにも劣ってそうではあるけど。

 ってそんなことを考えてる場合じゃなくて……


「クーとフウさんの関係? それなら簡単。クーはフウさんの……」


 クー。

 いや空乃氷華は俺から離れると同時にフラットな状態で。

 でもどことなくドヤった様子でこう言葉を紡ぐ。


「元お嫁さん」



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