第11話 「だ、誰がむっつりさんですか!」

 いやはや、今日は良い天気ですね。

 え……あの後リンダさんとはどうなったのかって?

 そんなのこうして無事に生きているんだから分かるでしょ。ほっぺを抓られて痛かったです。

 もちろんおシズさんも同じ罰を受けていましたよ。リンダさんは男女平等主義だから。

 とはいえ、俺も男の子ですよ。

 おシズさんに「フウくん助けて」と言いたげな目を向けられらならば。それがあざとさマックスだとしても助けに入ります。

 おかげで反対側の頬を抓られました。とても痛かったです。

 また同じようなことがあったらおシズさんの代わりにはなりません。そう誓うくらい痛かったです。

 ちなみにこれは仮の話だけど。

 もしもリンダさんがおシズさんにプロレス技を掛けていたならば、ですよ。

 俺はどんな助けをおシズさんが求めても助けに入らなかった。そう断言できる。

 だって女の子同士がくんずほぐれつしてるのってエッチじゃん。


「まあ……」


 本日はボッチなんですけど。

 リンダとのイチャコラやシズとの絡みを期待した人ごめんなさい。

 今日はソロで行動する日なんです。

 だって俺達オタクって人種は、人知れず買ったりしたいものもある生き物だから!

 男ならあんなものやこんなもの、女ならそんなものまで。誰だって誰にも邪魔されずに楽しみたいものがあるじゃないですか。

 身近な人物であれこれ考えると罪悪感に襲われたりすることもあるし。

 はいそこ、俺のことよく知りもしないのににチキンだとか言わない。

 まあそんなわけなんで。

 俺は今ひとりで映画館に来ております。

 見ようと思っている作品のタイトルは『君はあたしを好きになる!』。クールな主人公とサバサバ系なヒロインが織りなすラブコメです。

 彼女が居るのにラブコメ見んの?

 サバサバ系な彼女が居るのにサバサバ系なヒロインが出るラブコメ見んの?

 とか思った奴が居たら戦争です。だってリアルはリアル、二次元は二次元だから。

 俺は二次元にしかないキュンや萌えを補充したいんだ!


「…………うげぇ」


 ねぇねぇ、隣でチケット買ってた人と目が合ったらこう言われたんだけど。

 ここでクエスチョン!

 俺に対してこんな態度を取る人物はいったい誰でしょう?

 はい、そのとおり。ゲーム部の後輩である丘野雪葉さんでーす。

 こいつ、マジでイイ度胸してるよな。

 過去にケンカしたわけでもなければ、気まずい何かがあったわけでもないのに生理的に無理と言いたげな顔を出来るとか。

 まあでも俺はこのウザい後輩とは違って大人です。

 今日は互いにプライベート。優先すべきは自分の欲求。

 目の前に居る後輩の顔が癪に触らなかったわけじゃないけど、ここで見なかったことにしてやろう。

 じゃあなユッキー、お前も良い休日を過ごせよ。

 と思ってチケット売り場から移動しました。そしたら……


「どこに行くつもりですか風間先輩」


 うげぇ……。

 何でこの後輩はここで絡んでくるの?

 俺と目が合っただけでめっちゃ嫌そうな顔したじゃん。

 なのにどうして何事もなかったかのように立ち去ろうとしてあげた俺にさ、不機嫌さを隠さない顔で話しかけてくるんですか。


「……人違いです」

「そんな露骨に面倒くせぇと言いたげな顔しておいて初対面と言い張るのは無理だと思うんですが。というか、わたしにそんな顔をするのは風間先輩だけです」


 俺にこんな顔をさせるのもユッキーだけだよ。


「何か用?」

「別に用はないですけど……何でそんな嫌そうなんですか」

「そんなのお前と話したくないからに決まってるじゃん」

「面と向かってよくさらっと言えましたね! しかも笑顔で!」


 そりゃあ言えますよ。だってユッキーだもん。


「休みの日に可愛い後輩に会えたんですよ。目の前に女神と呼べるような存在が降臨したんですよ。少しくらい感謝するのが筋ってものじゃないんですかね」


 こいつ、自分のこと女神とか言い出したんだけど。

 自分で可愛いとか言っちゃうだけでもあれなのに。

 まあ……外見だけは可愛くもないから可愛いってところだけは大目に見てやらなくもないけど。

 感謝するのが筋ってところは良いのかって?

 どうせこの後輩は、俺に対してナチュラルに上から目線や暴言を混ぜてくるんだから気にしてても仕方がないでしょ。


「ウザさと面倒臭さだけが取り柄の後輩に会ってどう感謝しろと? むしろ休みの日に顔を合わせてごめんなさいって謝罪を要求したいわ」

「いつにもまして辛辣ッ!? 誰がウザさと面倒臭さが取り柄の後輩ですか。風間先輩がわたしの何を知ってるって言うんですか。わたし、こう見えて女子力の塊なんですけど!」


 ほんとに?

 俺の中で女子力の塊っておシズさんレベルを想像しちゃうんだけど。

 そんで俺の中でのユッキーは身長、おっぱい、お尻を始めとして料理や掃除など全てにおいておシズさんの下位互換。

 実際は勝ってる部分もあるかもしれないが。面倒臭さといった部分だけ切り取れば圧勝しているが。でも女子力って括りで考えると……いくら考えてもおシズさんよりも上というイメージを持てない。

 故にこの状況で自分は女子力あります! って言われても全然信じられない。


「何ですかその疑いしかない目は」

「自分の何を知っているんだって言ったのはどこの誰ですか? これといって知りもしない相手の言うことを信じろとか無理な話だと思うんですが」

「そうやってすぐ正論でいじめる、すぐ揚げ足を取るような言い方をする! わたしは同じ学校で同じ部活動の後輩ですよ。先輩なら少しくらい信じても良いんじゃないですかね。というか、まずは信じてみるのが先輩ってもんじゃないんですかね!」


 まあ一理ないこともない意見だ。

 だがなユッキー……


「世の中そんな良い人間ばかりじゃないんだよ」


 みんなもそう思うでしょ?

 でも目の前にいる後輩からは「高校2年生が何言ってんだ?」みたいな目を向けられております。

 そんでユッキーの愉快な妄想力が発揮されたのか、どことなく……


『この人って過去に何かあったのかな……』


 と言いたげな目に変わってきております。

 安心しろユッキー。

 他人とケンカをしたことがないとは言わんが、いじめと呼べるような経験をした覚えはない。

 まあオタクだからってことで仲良くなれなった奴はいるけど。

 でも人類全てに好かれるとか無理な話。どうやっても合わないって人間は絶対に存在する。ならば卑屈になる必要はない。

 というわけでユッキー、お前もそのうち良い人と巡り合えるって。

 お前の超絶と言いたくなる面倒臭さが良いって言ってくれる人がきっと現れる。

 多分だけど。

 だからその日を夢見て胸を膨らませておきなさい。


「風間先輩」

「今度は何だ」

「どうして途中からわたしに対して生温かい目を向け始めたんですか?」

「後輩に対してあれこれと思いを馳せるのが先輩ってもんだろ」

「よくもまあこの流れで良い人ぶることが出来ますね。そんな胡散臭い笑顔付きで」


 バカだなユッキー。


「胡散臭くしないとただの良い笑顔になっちゃうじゃないか。それともユッキーは俺にあざとい笑顔をやれとでも?」

「誰もそんなこと言ってませんよ。よくもまあアイドルでもなければイケメンでもない背の高さとオタクであること以外これといって取り柄のない平凡男子のくせにそういうことを恥ずかしげもなく言えますね」


 お前もよくろくに息継ぎせずペラペラとしゃべれるね。

 ちょっとだけど思わず感心しちゃったわ。

 よし、決めた。今度からユッキーの取柄にウザさと面倒臭さ以外に肺活量と活舌の良さも入れておいてやろう。


「そりゃあ相手がお前だからな」

「どういう意味ですか!」


 そういう意味です!


「ダメだ……この先輩、真面目に話す気がない」


 よく分かったね。偉いね。

 でも……ここまで人の気持ちを理解できるならさ、最初から話しかけてこないで欲しかったなぁ。

 だって今日の俺が求めるのは、騒がしい時間じゃなくひとり静かに趣味へ没頭する時間だから。


「まあいいですけど。ところで……ちょちょちょちょちょっ!?」


 黙って去ろうとしたら気づかれてしまった。


「おいこら、そんなに引っ張ると服が伸びるだろうが」

「断りも入れず去ろうとした人がよくそんな返しが出来ますね。せめて去ろうとした理由を説明するべきでは!」

「映画館で映画を見る時はLサイズのジュースをお供にすると決めているからです。それを買いに行こうとしていました」

「それってわたしという存在はLサイズのジュース以下ってことですか!?」


 いや以下ではないよ。

 今回の場合、ユッキーはLサイズのジュースより優先度は下。

 なので以下ではなく未満という言葉が適切です。


「ユッキー、ここ公共の場だから。もう少し声を抑えないと周りの人に迷惑」

「わたしが声を荒げているのは半分は先輩のせいでしょうが」


 は?

 あなたが絡んできてなければこんなことになっていないんですが。

 ただ……その言い分は認めてやろう。わざと煽るような言い回しをしていた自覚はあるし。

 でもでも、そうやって小声で怒れるなら最初からそうして欲しかったな。

 むしろ今日以降いや今からずっとそのボリュームで怒って欲しいな。その方が俺の耳に優しいから。


「で、去ろうとした俺を強引に止めてまで話したいことって何?」

「何かわたしの扱いが雑になってきてません?」

「雑に扱いたい気分だもの」

「最低の気分ッ!?」

「そんなことより本題に入れ」

「どんだけ今日はせっかちなんですか!」


 だって俺はお前と話すためにここに来たんじゃないんだもの。

 映画を見るためにここに来ているんだもの。

 ならこんな不毛な会話はさっさと終わらせて、これから見る作品に意識を割きたいと思うのは当然じゃないですか。ワクワク感って生活を豊かにする上で必要なものじゃないですか!


「周囲からの『こんなところで騒ぐなよな、あのバカップル』みたいな視線をいつまでも浴びたいのならゆったりと聞いてやるが?」

「早急に話を進めましょう」


 こういうときだけこの後輩は素直だよね。

 まあ彼女が居る身分で変な噂が立つと俺も困るから別にいいんだけど。


「リンダ先輩はどこですか?」


 はい?


「あなたの彼女さんはどちらにいらっしゃるんでしょうか?」


 一度で聞き取れよこの野郎。つうかリア充は死ね!

 とでも言いたげな笑顔を向けられてるんだけど、これって俺が悪いんですかね?


「それは……どこなんでしょうね」

「何で分からないんですか」

「常に彼女の居場所を把握している彼氏って怖くね?」

「それは否定しませんが……風間先輩は映画を見に来てるんですよね?」


 そうです。


「それで今日は休みですよね?」


 そうですね休みですね。


「なら今現在リンダ先輩とデートの真っ最中なんですよね?」

「いや全然まったく」

「淡々と即答ッ!?」


 だってデートなんてしてないもん。


「何でデートしてないんですか!」

「そういう約束をしてないからですが」

「何でそういう約束をしてないんですか。それでも平凡なオタクのくせに美人な彼女が居るリア充ですか!」


 リア充=毎日デートしたい。

 とかこの後輩ちゃんは思ってるんですかね。


「リア充だからって常にデートしてると思うな。今日はひとりの日だ」

「わたしが知る限り、風間先輩は休みの日は大体ひとりのように思えるんですが。本当にリンダ先輩と交際してます? まだ続いてます?」


 リア充死すべし、とか平気で考える奴なのに俺達の仲は心配してくれるんだ。

 こういうところがあるからこの後輩を可愛いと思うんだろうな。妬みや嫉みを向けてこなければさらに可愛いと思えるんだけど。

 それがあるせいでどうしても頭にウザいだの面倒臭いだの付けたくなるし。


「安心しろ。お前の知らないところでちゃんとイチャコラはしてる」


 先日もほっぺを抓られはしたがおっぱいの感触を十分に味わったしな。

 まあ本音を言えば、背中とかで感じるんじゃなく手の平で揉みたかったけど。


「そうですか。わたしの知らないところではイチャコラしてるんですか。なら安心ですね」

「安心したのならその敵意のある笑顔を向けるのやめて欲しいんだが」

「そこは甘んじて受けてください。わたしの知らないところでわたしのリンダ先輩が風間先輩の毒牙に掛かっていたかと思うとはらわたが煮えくり返ってるんで。むしろこの感情を風間先輩にぶつけていないわたしを褒めるべきですね」


 何で勝手にマイナスの感情を抱いて、俺に八つ当たりしてぇって考えてる奴を褒めなくちゃならん。

 もし俺に手を出してみろ。そのときは容赦はせんぞ。

 お前のほっぺを両手で引っ張って弄んでやる。痛くするかどうかはお前の攻撃力によるがな。


「お前の相手をするのこのへんで良い?」

「またそうやって打ち切ろうとする! いやまあ別にいいですけど。リンダ先輩と一緒じゃない風間先輩とか利用価値もないですし」


 この後輩が俺以外の先輩に利用価値だとか言ってないか不安だわ。

 別に俺はそれくらいの言葉で怒ったりしないけど。今日もユッキーはユッキーしてんなって思うくらいだけど。

 普通の人は多分怒るか嫌悪感を持つ。だからユッキー、気を付けろよ。

 もし揉め事になっても俺は助けないから。目の前に居たりしたら別だけど。


「ところで先輩」


 終わっていいみたいな空気出しといて続けますかそうですか。

 まあ映画までまだ時間はあるから聞いてあげましょう。

 故に俺はこう思う。

 この子の相手してると自分が凄く先輩してるなって。

 みんなはそう思わない? 思うよね?


「先輩はひとり寂しく何の映画を見るつもりなんですか?」

「ひとり寂しく見るのはそっちだって同じだろ。俺よりも友達少なそうなくせに」

「ううううるさいですよ。先輩と一緒にしないでください。わたしこう見えて友達多いですから。先輩と違ってボッチじゃありませんから」


 動揺しながらつらつらと言葉を並べられると信じられる要素ゼロなんですが。

 ただそこを突くと話が進まないのでやめておくけど。


「というか、話を逸らすのやめてもらっていいですか。それともあれですか、本当はわたしに構って欲しかったんですか? もしかしてさっきさっさと立ち去ろうとしていたのもわたしに構ってもらうための作戦だったんですか?」

「お前の頭ってどんだけ自分に都合の良いように出来てるの? まあいいけどさ。俺が見るのは『あた好き』だ」

「え……」


 ねぇねぇ。

 何で俺の目の前に居るウザい後輩ちゃんは、俺に対して「何言ってんのこの人」みたいな顔をしてるのかな?


「何か文句でもあんのか」

「いや別に文句はないですけど……ただ」

「んだよ」

「男ひとりでラブコメ映画を見るのはどうなのかなっと」


 はい、たった今こいつは全国のラブコメ好きなオタク男子にケンカを売りました。

 何なの何がいけないの?

 男がひとりでラブコメ見ちゃいけない法律でもあるんですか?


「ユッキー、お前ケンカ売ってる? 売ってるよね? お前の自慢の黒髪をクシャクシャするぞ」

「そんなことしたらセクハラで訴えますよ! そういうのはあの憎たらしい女狐にでもしてください」


 女狐?

 ユッキーが憎たらしいと思うってことは……あぁ、おシズさんのことか。


「残念だがその女狐には過去にすでに実践済みだ」

「女の子の髪の毛を痛めつけるとか最低ですし、どういう経緯でそういうことになったのか分かりませんが、あの女狐の黒髪はわたしからしても憎たらしいのでナイスと言ってあげましょう」

「ちなみにまたやりたくなったらいつでもいいよって言われました。何なら一緒にお風呂入って髪を洗う? って言われちゃいました」

「マジで先輩達って距離感近いですよね。彼女が居るリア充のくせに他の女ともイチャコラしてサイテーですよね。ふたりまとめて死ねばいいのに」


 面と向かって死ねって言う奴の方がサイテーじゃん。

 ほんとお前はシズに対してヘイトが高いね。俺に対しても高いけど。

 でもシズへのヘイトもまとめて俺にぶつけられてる気がする。他人のヘイトをぶつけるのはマジでやめて。


「そういうユッキーは何を見んの?」

「それは……まあ別に何でもいいじゃないですか」


 人に聞いておいて自分はとぼけるとか本当この後輩イイ度胸してるわ。

 だがしかし、俺はこの後輩の先輩である。

 付き合いはまだまだ短い部類に入るだろうが、接した時間だけで見ればそれなりに濃い内容でもある。

 故に分かってしまう。

 この後輩のどことなく気まずさの混じった顔が何を意味しているのか、を。


「さてはユッキー、お前がこれから見ようとしている映画は俺と同じで『あた好き』だな?」

「う……」

「加えてこの時間帯に来て見るということは、映画を鑑賞後にコラボが行われているカフェに行って昼飯を食べるつもりだな?」

「なっ……!?」

「そして……そのあと本屋に寄って『あた好き』の原作の最新刊を買って帰るつもりと見た」

「どこまでわたしの今日のスケジュールを把握してるんですか!? そこまで把握されてると率直に言って気持ち悪いです。恐怖すら覚えるレベルです!」


 そうだね、そのとおりだね。

 でもこちらとしては、ただ単純にユッキーもオタクだから俺と同じスケジュールなんじゃね? くらいの軽い気持ちで言っただけなんだよな。


「もしかして……先輩はわたしのことが大好きで仕方がないストーカーだったんですか」

「大好きの部分とか要らなくね? つうか公共の場でストーカーとか言わないでくれる? それ以上に俺がお前のストーカーなんてするわけないじゃん。お前のストーカーするくらいならシズのストーカーするし」

「ストーカー言うなとか言っておきながらそっちの方がストーカーって言ってるじゃないですか! それ以上に何でここで出てくるのがあの女狐なんですか。普通はリンダ先輩でしょう。どうして先輩は彼女よりも先に別の女の名前を出すんですか!」


 そんなの決まってるじゃないか。


「シズを出す方がユッキーにダメージ与えられるから。ユッキーってシズと比較されるの嫌いじゃん」

「思っていた以上にクズな解答ッ!?」


 ユッキーよりはクズな考えは持ってないつもりなんだけどな。

 意味もなく他人を罵倒したりしないし。

 しかし、ユッキーも同じスケジュールなのか……。

 そこでふと目に入る売店のカップル割り引き。

 脳裏に蘇るコラボカフェで配布されるというカップル限定の特典。

 ぶっちゃけ特典に関しては後日リンダかシズあたりに協力を仰いでもらえばいい、と思っていた。

 でも目の前に自分と同じスケジュールを組んでるオタク女子が居て、尚且つ一緒に行動することで少しとはいえ出費を抑えられるものがある。

 ならばここは交流を深めると思って一緒に行動するのが良いのでは?


「なあユッキー」

「今度は何ですか」

「これから俺とデートをしよう」

「へ……」


 ……。

 …………何か固まってるんだけど。


「……ななななな何を急に言い出すんですか!?」

「デートをしよう」

「それは聞こえてます! わたしが言いたいのはそういうことじゃなくて。先輩にはリンダ先輩って彼女が居るでしょう。それなのに別の女の子を平然とデートに誘うとかバカなんじゃないですか!」


 言われてることはもっともなのだが、普段あんなやりとりをしているのにどうして俺が本気でデートしたいと考えていると思えるのだろう。

 もしかして……この後輩、俺が思っている以上に純粋だったりする?


「ま、まああんな美人な彼女が居るのに誘ってくれるのは嬉しく思わなくもないですけど。イケボで言われたのでちょっとばかりキュンとしなかったわけでもないですし。何よりわたしは可愛いですからね。デートに誘いたくなる気持ちも分からなくもないです……けど、だけども!」


 モジモジしたり頭を抱えたり忙しい奴。


「あのさユッキー」

「な、何ですか。いくら部活の先輩でもこんな場所で急に迫ってきたら助けを呼びますよ。キスとかしようとしたら平手打ちですよ!?」

「お前にそんなことしたいとか思わないから安心しろ」


 それはそれでどうかと思うんですが。

 みたいな顔をされたんだけど。そういうところが面倒臭いと思わせる要因になっていると何故気づかない。


「俺はただそこの売店のものを安く買える。コラボカフェで限定グッズを手に入れられるから一緒に行動しないかって言ってるだけだ」

「……だったら最初からそう言ってくださいよ! デートとか言われたらあれこれ考えちゃうじゃないですか!」

「日頃あれだけ俺を罵倒しているのに考えちゃったのか」


 あ、目を背けた。

 そんでちょっと顔が赤い。

 平凡だのイケメンじゃないだの言ってくる割にこういう態度。

 リア充に憧れているが故に妄想力が優れていると言ってしまえば終わりではある。が、ちょっとばかり可愛いと思えなくもない。


「ユッキーってむっつりさんだったんだな」

「だ、誰がむっつりさんですか! 誰も先輩とお、おお大人の階段を上るところとか考えてません」

「今考えたろ」

「考えてないって言ってるでしょうが!」


 あーはいはい、分かりました。

 分かったから声のボリュームを下げてね。痴話げんかなら他所でやれ、リア充爆発しろって視線が凄いから。


「そろそろ映画の時間だし、さっさと飲み物やら買いに行くぞ」

「そうやってまたすぐ話を逸らす。まあいいですけど。時間も迫ってますし。だけどこれだけは言わせてもらいます」

「トイレか?」

「違いますよ!」


 先輩にはデリカシーってものがないんですか。

 少しは真面目に話を聞いてください。

 といった意味合いの小言を大量に言われたので、これくらいで割愛させていただきます。真面目に聞いてたらキリがないんで。


「言っておきますけど、1日デートしてあげるんですからジュースとかは先輩のおごりですよ」

「ユッキーとのデートにそんな価値があるとは心底思えないが……限定グッズのために必要経費として我慢するか」

「いちいち癪に障る言い方してくれますね! そういうところがあるから風間先輩のことは嫌いです」


 そうかそうか。

 でも盛大にブーメランだと思うのは俺だけ?


「嫌いなら問題ないな。好きの反対は嫌いじゃなくて無関心と言うし」

「何でこういうとこだけはそんなに前向きなんですか。もしかして罵倒されて喜ぶ変態さんなんですか」

「それはユッキーの方だろ」

「誰が変態ですか! わたしは罵倒されて喜んだり……喜んだりしません」


 絶対今自分が罵倒されるところを考えたな。

 それで良いなって思ってる人からされたらちょっとありとか思ったな。

 ま、そこにツッコみを入れると面倒臭そうだからやめておくけど。

 だってもうすぐ映画の時間だから。ユッキーよりもやっぱ映画でしょ。



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