第9話 「てなわけでコツコツ頑張ろ♪」

 パーティープレイを行う場合、連携を取り合うために打ち合わせを行うのは普通のことだろう。初めて組む際は綿密に役割や戦術を考えてもおかしくない。

 だがしかし。

 俺とシズの間には、そのようなものはなかった。

 何となくお互いの傾向が分かっているのも理由ではある。

 でもこのゲームで一緒にやるのは初めてだし、一応大雑把にでも打ち合わせをするかと問いかけはしたよ。

 でもおシズさんは……


『フウくんは好きに動いていいよ。私が全部合わせるから』


 と言いました。

 俺より先に始めて激強モードになっているなら分かる。

 だがシズの現在のレベルは6。

 始めた時期を考えるとなかなかのハイペースな気もするが、レベル13である俺と比較すると総合的なステータスは劣る。

 にも関わらずこの発言が出来るなんてシズって凄いよね。

 まあ実際に凄いんだけど。マジでこっちの動きに寸分たがわず合わせてくるから。

 その証拠を目の前に居るコボルト2匹で証明しよう。

 ちなみに今訪れているのはアイゼンブラッドの北側。そこに広がる荒れ地だ。

 推奨レベルは10以上。

 レベルの足りていないシズはステータス的に厳しいが、前衛は俺が務める。

 そのため群れにでも襲われない限りどうにかなる。経験値的にはこのへんで稼ぐのが妥当だろう、ということでここで狩ることにした。


「まだこっちには気づいてないみたいだね」

「だな」

「それじゃあ、まず最初に……」


 魔砲で先制攻撃。

 という初動も悪くはないのだが、シズが行った行動はスキルの発動。

 そのスキルの名は《そよ風の舞》。軽やかなステップを踏み、時折ターンを交えながらスカートを揺らす。

 身長差もあるため直立した状態では、スカートの中を確認することはできない。

 あんなに動いているのに見えそうでは見えない絶妙さ。この運営の開発にはチラリズム至上主義者でもいるのではないだろうか。

 すまない、話を戻そう。

 シズのもうひとつのジョブは《踊り子》。様々な舞を踊ることで味方にはバフ、敵にはデバフを掛ける支援型のジョブだ。

 今回発動したスキルは、初期から使えるものなだけに効果は高くはない。

 が、名前からも推測できるようにパーティー全員の素早さをアップさせる。素早さ全ブリの即死特化な俺には非常にありがたい舞だ。


「さて」


 俺は俺で準備をしよう。

 シズのスカートの中は気になるが、今日の目的はシズの経験値稼ぎ。やるべきことはやっておかなければ、後日あることないことリンダ達に話されかねない。

 まずは抜刀。そこから《一刀入魂》を発動させる。

 これによって俺の次に放つ攻撃の威力とクリティカル率は上昇。加えて状態異常などの追加効果がある場合はその確率も上昇する。

 先日はここから《一閃》を放つのが主流だった。

 だがそのときを比べれば俺のレベルは上がり、使えるスキルも増えた。


「…………」


 一刀入魂によって淡く青色に輝く刀身を鞘へ納める。

 侍には居合系のスキルが存在するのだが、これらは複数ある納刀スキルを使用してからではないと発動できない。

 俺が今回使用している納刀スキルは《静寂の構え》。

 この構えは抜刀するまでの間は素早さを上昇させる。また抜刀した際の攻撃が居合系スキルだった場合、その一撃に限りクリティカル率も上昇する。

 習得したばかりなのでバフとしての効果は薄い。

 が、塵も積もれば山となる。ないよりはあった方が良いことは間違いない。


「仕掛ける」

「おけ」


 そよ風の舞の効果が発生するのと地面を蹴る。

 素早さ特化なステータスに素早さアップのバフが複数重なったことで、爆発的な加速を得て俺の身体は前へと進む。だがこれで終わりではない。


「よいしょっと」


 後方から砲撃にも似た銃声が響く。

 撃ち出された魔弾が向かう先はコボルトではなく俺。

 魔断が背中に触れると微かな衝撃を感じ、それとほぼ同時に新たな素早さのバフが発生する。

 シズが俺に向かって撃ったのは《アクセルバレット》。名前からも分かるように対象の素早さを増加させる魔弾だ。

 魔弾には多少のホーミングアシストがあるとはいえ、踊り子の舞が終了したのと同時にここまで正確な射撃を行えるプレイヤーがどれほどいるだろう。

 なんて考えている場合ではない。

 今の俺は普段よりも素早さが上昇しており、この速度での戦闘はこれで数回目。気を抜けば盛大に転倒してもおかしくない。


「……コボ?」


 魔砲の轟きに意識を惹きつけられたコボルトの1匹を視線が重なった。

 手にしている武器は、先日相手したゴブリンよりもランクが上。ステータスも高いだけに反撃への行動も迅速だ。

 だがそれでも。

 今の俺の速度には追いつかない。ここはもう俺の距離だ。

 敵はまだ得物を振り上げ切れておらず、こちらは鯉口を切る。


「そこ……!」


 青き閃光がコボルトの首目掛けて一直線に走る。

 クリティカルを知らせるライトエフェクト。それに続いて高音が敵の死を知らせる。

 今回使用したのは低確率で即死、クリティカル時は即死の確率がアップする居合系スキル《弧月》。

 スキル詳細だけ見れば《一閃》の強化版だと言える。

 ただ居合系は威力倍率が高めに設定されているだけにSP消費が激しく、また発動するために構えを必要するため準備段階でもSPを消費する。

 俺はそこに《一刀入魂》も併用するため一段とSP消費が激しい。

 故にこのコンボは現状俺にとって最大火力であり、背後から攻撃せずとも最も即死が狙えるが、短期決戦が見込める場合でしか連続使用できない諸刃の剣。

 とはいえ、残る敵はコボルト1匹。

 回復アイテムは事前に購入済みであるため、SPをケチる必要もない。


「コォボォッ!」


 仲間を倒されたコボルトが俺に敵意を向ける。

 スキル発動後は硬直時間が発生する。またスキルの攻撃速度は通常攻撃の比ではない。

 故にここでコボルトがスキルを使用してくれば、素早さが上昇している今の状態でも回避できるかは断言できない。

 使用していたのが硬直時間の短い《一閃》だったら。

 熟練度が上がり硬直時間を減少させた《弧月》だったら。

 そんな考えが脳裏を過ぎる。ひとりで戦っていた場合はだが。


「ほい」


 2回鳴り響く轟音。

 直後、コボルトの側頭部に魔弾が直撃。1発目でよろけ、2発目で完全に体勢を崩す。

 今の魔弾は通常攻撃。

 が、ここのコボルトの魔法耐性が高くないだけになかなかの削れ具合だ。

 しかし、シズのレベルはこの狩場の適性値に達していない。にも関わらずこの威力。魔砲使いと踊り子のスキルは基本的に魔力の数値に依存する。それとを考えると、多分おシズさんは魔力に全ブリしてますね。

 ゲーム部の2年生は我が道を征く。それでいてある意味噛み合う構成になっちゃうわけだから俺達って通じ合ってると思わない?


「フウくん、あとはよろ~」


 そちらの火力なら押し切れるのでは?

 とも思いますが今日の俺の仕事は、おシズさんの育成のお手伝い。依頼人が望むのであれば大人しく従うことにしましょう。

 一刀入魂を発動し、静寂の構えで納刀。

 体勢を立て直しつつあるコボルトに肉迫。がら空きになっている首へ《弧月》を撃ち込んだ。

 しかし、クリティカルエフェクトもなければ即死を伝える音もなし。

 まあそのへんのプレイヤーより確率が高いだけで確実にクリティカルや即死が入るわけじゃない。こういうこともよくある。

 それだけに俺に動揺はなく、身体を反転させながら刀を振りかぶる。


「よっと」


 上段から首元に《一閃》。

 直撃と同時に瞬くライトエフェクト。即死も入り敵のHPはゼロへ。

 本来は《弧月》の硬直時間が課せられるわけだが、ほとんどのスキルは育成することで連携技として使用することが出来る。

 故にこれまで特定のスキルしか習得せず、それらにスキルポイントを注ぎ、愛用してきた俺は早い段階から連携技が使えるというわけだ。

 ただ連携するのもメリットだけではない。一連の動作終了後、通常よりも長い硬直時間が課せられる。

 パーティーの場合、モンスターは大ダメージを受けると怯んだりするため順番に最大火力を叩き込むことで封殺ができるかもしれない。

 ただソロの場合は、大怯みや止めを刺すといったここぞというタイミングで使わなければ、逆に自分自身をピンチに貶める。

 なので連携技のご利用は計画的に。

 辺りに敵勢力がないことを確認し刀を振り払って鞘に納めていると、こちらへ近づいてくる足音が。言うまでもなくあの方です。

 ちなみに血が付いてるわけでもないのに振り払う必要があるのか、と疑問を抱いた方。そこは雰囲気だから気にしないで。


「お疲れさん♪」


 ハイタッチしようぜ!

 と言いたげにおシズさんは手を掲げている。

 小さくて白いその手にタッチするのではなく指でツンツンしたい。

 そんな気持ちが過ぎったが、おシズさんのノリ次第では指を掴まれてグギギとされかねない。

 なのでおシズさんがタッチしやすいように肩くらいの位置に手を上げる。


「いぇーい!」


 テンション高いなぁ。

 でもそれ以上に……


「おシズさん、思いっきり叩かれるとクソ痛いんだけど」

「大丈夫。私も痛い」

「それは大丈夫って言わない」

「ノリと勢いに身を任せ過ぎました。反省してます」


 何か形だけの謝罪にも思える。

 ただ俺の手がジンジンしているのだから、同じ衝撃をう受けたおシズさんの手もジンジンしている。それは間違いない。

 そこが間違いなければ反省している部分はあるはず。

 故に追求するのはやめておこう。人のことを疑ってばかりいては疲れるだけだ。というか、信じてこそ友達だよね。


「そうかそうか。ならお前にはSPポーションをやろう」


 お互いに戦闘でSP使いまくりだからね。

 それにきちんと謝れる偉い子には褒美をあげても罰は当たらないだろう。


「え、持ってるよ?」


 あなたのものなんか要りません。

 そう言われてる気分になる顔だわ。断るにしてももう少し違った顔で言うべきだと思うな。

 だってもし俺がおシズさんに恋する男子だったらきっと涙目だもん。

 まあ実際はおシズさんに恋はしてないのでダメージはゼロですが。


「あっそ」

「何故引っ込める?」

「持ってるから要らないって言ったじゃん」

「持ってるとは言った。でも要らないとは言ってない」


 確かに言ってはない。

 でも欲しいという顔ではなかった。


「何か今日のおシズさん面倒臭い」

「うわぁ、女の子に面と向かって面倒臭いって言うとかフウくんサイテー」

「面倒臭い方向に持って行こうとしているのにサイテーとか言う方がサイテーなのでは?」

「まあね」


 肯定されてしまった。

 そんで早くポーションちょうだいって手で催促もされた。

 渡さない方が面倒臭そうだし、別に怒ってるわけでもないからさっさと渡してしまおう。


「あざーす」


 ポーションの蓋を開け、空いている手は腰に。

 そこから天井を仰ぐように一気飲み。

 HPポーションとSPポーションとでは味が違う。ただ低ランクの味は、お世辞にも美味しいものではない。

 なのでシズが一気飲みするのも理解は出来る。風呂上りのコーヒー牛乳を彷彿とさせるスタイルで飲む理由までは理解できないが。

 ちなみにHPポーションはエナジードリンク、SPポーションはブルーハワイみたいな味わいです。

 まあ今飲んでるのは低ランクなので雑味が混じってどことなく薬っぽい後味もあるんだけど。ランクが上がったらジュース感覚で飲めるくらい良い味わいになって欲しいものだ。


「ぷはぁ! 不味い、もう1本!」

「おシズさんってそんなキャラだっけ?」

「こんなキャラではないけど、こんなキャラが出来なくもない……と思ったり思わなかったり」

「どっちやねん」

「いやね、新しいおシズさんも見せていかないとフウくんに飽きられるかなって」


 別に俺はあなたに新たな一面とか望んでいないんですが。

 それで面倒臭さを強調されても困るだけだし。ぶっちゃけ、そのへんはウザ可愛い後輩で間に合ってるから。


「そういう努力は友人である俺ではなく、将来確実に出来る恋人のために取っておきなさい」

「フウくん、人生に確実なことってないんだよ。なのに何で私に恋人が出来るって言い切れるのかな?」


 もしかしてフウくんが私のこともらってくれんの?

 みたいな顔をされたらウザさのあまりデコピンしていたかもしれない。

 しかし、この問いに答えてみなよ! って感じな挑戦的な顔だったから普通に返答したいと思います。


「おシズさんは男子から人気がある。きっとおシズさんに気がある奴もいる。そいつが告っておシズさんが承諾すれば確実だからですが?」

「承諾しないから無理ですな」

「そういう否定の仕方はずるくね?」

「仕方ないよ。そのパターンで告ってくる人って基本的によく知らない人が多いし。よく知りもしない相手と私は付き合う気は起きないもん」


 さすがはリアリスト。

 そう言われてしまってはこれ以上は何も言えない。

 いや言えなくもないが、これ以上この話題を引っ張るのは得策ではない。

 何故ならおシズさんが少しでも面倒臭いと思ってしまうと、手痛い目に遭ってしまう可能性が高いからだ。

 今日それが行われるならまだしも……忘れた頃にリンダにあることないこと言われたら堪ったものじゃない。


「さいですか……何だよその顔は」

「いやー別に。ただフウくんは手堅い選択をするなぁ~と思っただけで」

「そりゃあそうでしょ。このタイミングで『ということは俺にはおシズさんと付き合える可能性があるの?』みたいなこと聞いたらアウトじゃん」


 おシズさんのことは好きだよ。好きですよ。可愛いなって思いますよ。

 でもさ、俺にはリンダさんっていう彼女がいるわけ。

 おシズさんとリンダさんに対する好きや可愛いは別物ですよ。

 すみません、嘘を吐きました。

 好きに関しては断固として別物だと言い切れます。でも可愛いに関してはふたりとも違った可愛さがあるわけで。それにうちの彼女さんは、可愛さだけでなくカッコ良さもある人だから。

 こう考えると、心にグッと来る回数ならともかく可愛いと思う回数はおシズさんも負けていないのでは?

 なんて思ったり思わなかったり。

 優柔不断な野郎だ、と思った人。仕方ないだろ。俺達の業界じゃ可愛いは正義なんだから。

 だがこれだけは言っておく。俺が最も可愛いと思っているのはリンダさんです。


「どうアウトなの?」

「俺はリンダの彼氏ですから。言うにしても本人の前だけだ」

「フウくん、一般的に考えると本人の前で言う方がアウトだよ」

「一般的にはな。だがここで言う方が俺達的にはアウトだ」

「その心は?」

「本人の前なら冗談で済む。睨まれるかもしれないし、小言を言われるかもしれない」


 だがしかし、考えを変えればそれだけだ。


「でもこの場で言ってしまうと、後日おシズさんに俺がいないところで盛られて話されたら鉄拳すら覚悟しないといけないかもしれない」

「自分の彼女を暴力女扱いするだけでなく、今こうして目の前で話している友人を悪人発言するとかサイテーだね」

「仮に俺がこの場でおシズさんに浮気するような発言をしていた場合、そういう未来が訪れることはないって言えますか?」

「それは言えません。だって私も人の子だから」


 ここでちょっとドヤるあたりがおシズさんである。

 でももしも今目の前に居るのがユッキーだったとしてもきっとドヤる。そして俺は絶対と言っていいほどウザいと思う。

 何でおシズさんにはそういう感情を抱かないのだろう。

 そんな疑問が脳裏を過ぎる。

 が、外見及び内面のスペックで考えればおシズさんはユッキーの上位互換。故に他人がウザさを感じない絶妙なドヤを披露しているのだろう。即行で疑問が解決するとかさすがおシズさん。


「ねぇフウくん、今どうでもいいこと考えてない?」

「考えてませんが」

「ほんとに?」

「イエス。だっておシズさんって存在ハンパねぇって思ってただけだもの」

「ここに至るまでの会話にハンパないって思う要素あったかな?」


 ハンパない人っていうのは得てして自分では気づかないものだよ。だってその人にとっては当たり前のことだったりするから。


「そういうわけなんで納得してください」

「何がそういうわけなのかな? それが通用するのがアニメやゲームの中だけだよ」

「なら問題ないな。だってここゲームの中だし」

「確かに」


 ここでこちらの流れに乗って大人しく引き下がるところが素晴らしいよね。

 後輩ちゃんなら揚げ足を取るなってピーピー喚き出してるだろうし。

 というか、戦闘の比べて雑談時間長くない?


「時におシズ」

「何ぞやフウくん」

「こんなところでずっと駄弁ってて良いの?」

「良いか悪いかで言えば悪いね。フウくんには私をリンダちゃんよりも強くしてもらわないといけないし」


 ですよね。


「……って待て待て」


 俺ってあなたをリンダよりも強くしないといけないの?

 単純に考えるとリンダよりもレベルを高くしないといけないってことだよね。


「どうかした?」

「お前の理不尽な要求に絶句してるの。今のマジで言ってる?」

「マジだと言ったら?」

「まず課金してブーストを発動させてって要求するね」

「高校生に課金を促して心が痛まない?」

「何日も徹夜を覚悟しないと実現できない要求してる奴が何を言うか」


 というか、衝動買いなんてほぼしないであろうおシズさんなら多少の課金を痛いとは思わんだろ。


「フウくん」

「んだよ」

「私とフウくんはゲーマーだよね?」

「そのへんの一般人よりはな」

「なら分かるでしょ。楽せず妥協せず強くなってこそ価値がある強さだって!」


 いやまあそれは分かるんだけど。

 でも俺達って高校生じゃん。ゲームをするのが仕事な人種ではないじゃん。それなのに睡眠時間を極端に削ってプレイするのは違うと思う。


「てなわけでコツコツ頑張ろ♪」

「それで済ませようとするとは強引過ぎでは?」

「ダメかな?」

「ダメではない。お前さんの可愛さに免じて許そう」


 今日はおシズさんに付き合うって約束だし。

 今後再びハードレベリングに付き合わせるってなったらそのときは徹底的に話し合えばいい。

 そんなわけで今日という日を頑張りたいと思います。



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