第7話 「前よりも進化してる!」

 放課後。

 我らゲーム部は部室に集合していた。漫研部の姿はない。今日はここでイチャコラすることなく下校したのだろう。

 ゲーム部はオンリヴしなくていいんですか?

 そう疑問を思った方、安心して欲しい。俺達は別にオンリヴに飽きたわけではない。今日は単純に即帰宅できなかった理由があるだけだ。


「風間先輩」

「どした」

「こっちを見てください」

「何故に?」

「人と話す時は目を見て話せって教わらなかったんですか?」


 教室では猫を被り、人見知りが発動すれば目線がキョどりそうな奴から言われたくない言葉だ。

 でも今以上にウザ絡みされる方が嫌だから漫画は置いてやることにしよう。

 でもそれだと後輩の尻に敷かれてる感があるから超絶ガン見もしてやろう。


「これでよろしいでしょうか、ユッキーさん」

「はい、大変よろしいです……そんなに見なくていいんですけど」

「お前が見ろって言ったんだろ」

「それは否定しませんけど。でも圧を感じるほど見ろとは言ってません」


 今日もこの後輩ちゃんはめんどくせぇ。

 見なくていいとか言うんなら最初からこっち見ろとか言うなよ。

 つうか目を見て話さなくても雑談くらい出来るでしょうが。

 マジでこの後輩めんどくせぇな。


「その顔は何ですか?」

「キョウモユッキーハカワイイトオモッテ」

「風間先輩、その言い方でわたしが納得すると思ってます?」


 いえ全然まったく。


「そんなことどうでもいいから本題に入ってくれません? つうか何でお前は俺に話しかけてくるの? お前が好きなのはリンダでしょ?」

「リンダ先輩は今読書中です。それも邪魔したら悪いじゃないですか」


 読書中って……リンダが今見てるの週間のゲーム雑誌だぞ。

 それのオンリヴの特集ページを見ながら、スマホで攻略サイトもチャックしてるだけなんですが。

 確かに真剣な顔をしているけど。

 でも……これからどういう装備を揃えてスキルを育成したらより効率良く火力を出せるか。敵をワンパンできるか考えてるだけだと思う。


「そういう気遣いは俺にはないのか?」

「は? 何でわたしが風間先輩に気を使わないといけないんですか」


 これ、ノリとかじゃなく本音なんだよな。

 先輩に向かって露骨な顔でこういうこと言えるってある意味凄いよね。

 俺が舐められてるだけ? まあそれもありそうだけど。

 でもさ、こういう奴に限って強く言い返したりすると泣きそうになったりするじゃん。女の子を泣かせたりしたらリンダさんが黙ってないじゃん。

 故にどうしようもない。ま、ユッキーの言動にはもう慣れてるんですけどね。


「そうか……なら俺もお前の会話の段取りとか都合は無視しよう。さっさと本題に入れ。入らないなら俺は漫画を読む。今日はもうお前の相手をしない」

「ぐぬぬ……相変わらず大人気ない。卑怯です汚いです反則です」

「人間ってのは年齢を重ねるほどずる賢くなるんだよ」

「それ、高校2年生で言っていいセリフじゃないと思います」


 は?

 そのとおりだよ。俺が言ったところで重みがねぇよ。デスゲームに参加したこととかもないし。参加できるとしても参加しないけど。

 だって俺、平和に生きたいもん。穏やかな時間が過ごしたいもん。

 それなら目の前に居る後輩は邪魔なんじゃないかって?

 そんなこと……いやまあ邪魔というか面倒臭いとは常々思ってるけど。

 でも無視するほどではないというか。ほら、俺って意外と心が広いから。


「……で?」


 もう茶番はいいでしょ。

 お前だってある程度満足したでしょ。

 さっさと本題に入って。ムスッとしても俺は態度変えないから。


「……風間先輩達はいつまでここに残るつもりなんですか? というか、何で残ってるんですか」

「え……フウマ、ユッキーに伝えてないの?」


 リンダさん参戦。

 何でこういうタイミングで会話に入ってくるんですかね。

 まあ分かるよ分かりますよ。だってユッキーに連絡したの俺だもんね。リンダさんが連絡したわけじゃないもんね。

 でもさ、根本的な話をすると何で部長のリンダじゃなくて副部長の俺がそういうことしてんの?

 リンダに何か用があるならどうこう言わないけど。

 だけど今日は何もなかったじゃん。と言っても悪い方向にしか話は進まないので、ここは冷静に対処しましょう。


「ちゃんと伝えた。俺とリンダは今日用事があって部室に残る。お前はいなくていいから帰っていいぞってな。なのに何でユッキーここに居んの?」

「お前だけ帰っていい、とか言われたら逆に帰りづらいからでしょうが! 部室にふたりっきりとか、わたしのリンダ先輩が風間先輩に何をされるか分かったものじゃありません」

「最初のは分からなくもないけど、あたしはユッキーのものじゃないんだけど」

「そこは言葉の綾です。気にしないでください」


 気にして欲しくないなら言うなよ。

 まだ勢いに任せて本音が出ましたって言われた方が気にならないぞ。俺もリンダも多少なりともユッキーがどんな人間が知っているし。

 というか、何でユッキーの中での俺はそんなにもクズ人間なの?

 それにリンダに何かするって……俺はそのへんの奴よりリンダに何かしても良い人間のはずでは? だって俺、リンダの彼氏ですよ。


「それで何で先輩達は残ってるんですか?」

「それは……」


 リンダが具体的な説明をしようとした矢先。

 部室の扉が開く音がした。

 この場に居るメンバー以外でノックもなしに入ってくるのは、漫研部を除けばあの人物だけである。


「おっはー」


 気さくで人の好さそうな声。

 だがユッキーだけは露骨に嫌な顔をした。

 何故なら入ってきたのは、ユッキーの上位互換のような存在である新海静香。おシズさんだったからだ。


「お待たせリンダちゃんにフウくん……あれ、丘野さんも居たんだ」

「何ですか、わたしが居たらダメなんですか」

「ううん、ダメってわけじゃないよ」


 ただちょっと意外だっただけ。だって丘野さん、私のこと嫌いみたいだし。

 と言ってもおかしくはなかったが、さすがに露骨にケンカを売るような真似はしないらしい。

 俺ならばユッキーが相手ならいっか、と口に出していた可能性があるだけにおシズさんは大人だ。

 なんて思っていたらスマホが振動しましたよ。

 振動の長さからして誰からのメッセージが来たんでしょう。まあこのタイミングで送る相手なんて限られてるけど。


『ちょっと風間先輩、何でこの人が来るんですか! 聞いてないんですけど!』


 視線をあまり下げず、シズが入室してからのわずかな時間で的確に文章を打ち込めるとはユッキーは天才なのでは?

 少なくとも俺は出来ない。そもそも、やろうと思わない。

 だって俺は別にシズのこと嫌ってないし。むしろ好きな方だし。


『そりゃあ詳しくは言ってなかったし』

『何で言ってくれなかったんですか! この人が来るって分かってたら』

『来なかったのか?』


 そこから返事がなかった。

 だが顔を見れば一目瞭然。シズが来ると分かった方がユッキーは部室に足を運んだだろう。

 何故ならユッキーはリンダが大好き。

 俺はともかくリンダだけはシズに取られたくはないのだ。

 まあ付き合いの長さから考えてリンダとシズの間には、ユッキーが割って入れない領域があるのは確実だが。


「ちょっとフウくん」

「どした?」

「うわぁ、顔すら見てくれないんだ。そりゃあ悪いのは予定よりも遅れた私ですよ。でもだからってずっとスマホばかり見るのはひどくない? もしや……リンダちゃんに隠れてエッチな画像でも見てた?」


 うわぁ、って言いたいのは俺の方だわ。

 何でこいつはに明るい笑顔でとんでもないこと言ってんの?

 いやまあ、たまにシズとはこのおっぱいがエロいだの、このお尻が良いだの話したりはしますよ。だって俺らオタクだから。

 でもさ、このタイミングでそれはないでしょ。

 わざわざリンダ……はまあいいか。別にこういうことでどうこう言う奴でもないし。問題なのは目の前でジト目になってる後輩なんだよな。


「サイテーです」

「おい待て、何で俺がエッチな画像を見ていた前提になってる? このタイミングで見るわけないだろ」


 大体そんなものを見なくても良いおっぱいがこの場にはある!

 と言おうかと思ったが、言ったら確実にセクハラ扱いされるのでやめておくことにした。


「ま、そうだよね。だってそんなの見なくてもおっぱいやお尻はこの場にあるし」


 うんうん、そうそう。そうなのよ。

 いや~さすがはおシズさん分かってるぅ。

 なんて言うと思うなよ。リンダだけならともかく、ユッキーの前でその発言は面倒臭い方向に進むだけだ。

 おシズさんよ、お前それが分かってて言ったよな? 言いやがったよな!

 たかがスマホを見ていただけでここまでしますかね普通!


「どうしたのフウくん? そんな熱烈に私の方を見つめて……あ、もしかして私のおっぱいを揉みたくなっちゃった?」

「おシズさん、それはフリなのかな?」

「さあ、それはどうでしょう」

「それ以上おちょくるなら割とマジで揉むぞ」


 だって俺も男の子だし。

 揉んでもいいおっぱいがあるなら揉みますとも。


「うーん……まあ減るものでもないし、フウくんなら別に良いかな。よし来い!」


 マジかよ。

 こいつ、にこやかな顔で両手を広げたんだけど。揉んでもいいって口にしちゃったんだけど。

 据え膳食わぬは男の恥とも言うし……ここは揉んでおくか。


「いやいやいやいやいやいやいやいや何でそうなるんですか!」


 ユッキー、吠える。

 羞恥と驚愕の混じった何とも言い難い顔をしている。


「え、フウくんが揉みたそうだから?」

「おシズさんが揉んでいいって言ったから」

「それで話が進んでいいのは恋人や夫婦だけです! リンダ先輩が相手なら見ていてとても不愉快にはなりますが納得はします。でもリンダ先輩の前でおふたりがそういうことするのは違うでしょ! 浮気ですよ浮気!」


 な……んだと。


「何で意外そうな顔をしてるんですか!? というか、何でリンダ先輩は目の前で浮気されてるのに黙ってるんですか!」

「え、いやだって割といつものじゃれ合いだし。フウマはおっぱい好きだし。シズが良いんなら別に良いかなって」

「それはもう寛容を通り越してドライですよ!?」


 ドライというか、単純に俺とシズのやりとりに興味がないだけでは?


「リンダ先輩、本当に風間先輩と付き合ってます? 風間先輩の彼女だって自覚あります?」

「付き合ってはいる。彼女としての自覚は……自覚? 自覚……どういう心持ちをしてたら彼女としての自覚になるんだろう」


 哲学のように言われてもな。

 いやいや、こっちを見んなよ。俺は男だ。女じゃない。彼氏としての自覚に関しては何か言え……言え……言えるかな?

 でもこれだけは言えるぞ。男なので彼女としての自覚に関しては何も言えない。

 世の中の彼氏彼女の皆さん、どういう心持ちだったら自覚があるって胸を張って言えるんでしょうか? 教えてください。


「ま、でも大丈夫でしょ」

「軽ッ!?」

「そうかな?」

「そうですよ!」

「でもさユッキー、前にも言ったけど人って慣れる生き物なんだよ。今みたいなやりとりは去年から何度もあるというか、周囲の人目がなくなると割とやってるし」


 だからって俺がシズのおっぱいやお尻を触ったことは一度もない。

 故にふたりの気が済むまでやらせとけばいい。

 それがリンダさんの言い分のようです。

 いやはや、俺達のことを身近で見てきた人は言うことが違いますな。

 一般的にはユッキーの言ってることが正しいんだろうけど。まあそれもケースバイケース。俺らには俺らの距離とやりとりがあるということですよ。

 ただ……これは俺の考え過ぎかな。

 暗にフウマはヘタレだからあれこれ言っても実行できないって言われてる気分。

 気のせい、それは気のせいでしょう。そんなことを言われたわけじゃないんだから悪い方に考えるのは良くないよね。


「さすがはリンダちゃん、分かってるぅ~♪」

「あぁあッ!? ちょっ何でリンダ先輩に抱き着いてるんですか!」

「友情のハグです!」


 全力のドヤ顔!

 ただ見てる俺からすれば、おシズさんってそういう顔にも可愛げがあるよねってくらいで終わる。

 でもユッキーからすると……言わんでも分かるよね。ぐぬぬとガルルが混じったような顔してますわ。


「シズ、邪魔」

「リンダちゃんは長年の友人に対してもバッサリだね」

「あんたが引っ付かなければ何も言ってないから。いいから早く離れて。ユッキーもうるさいし」


 何気ない言葉がユッキーに炸裂。ユッキーは露骨に気落ちする!

 ……こっち見てもフォローとかしませんよ。だってうるさいのは事実だし。

 まあリンダの悪気がない一言にお前が傷ついたという事実だけは知っておいてやるよ。

 強く生きろユッキー……いや大人しくなれ。そうすれば全員が幸せだ。


「仕方がない……ならば最後に!」

「ひゃあッ!?」


 可愛い悲鳴。

 それを発したのはユッキーでもなければおシズさんでもない。

 つまりリンダさんである。

 どうしてリンダさんがそんな声を漏らしたのか。

 それは……おシズさんが思いっきりリンダさんのお胸を鷲掴みにしたから。その勢いのまま何度もモミモミしちゃってるから。

 親しい同性でのみ許されるこの秘奥義。率直に言おう。死ぬほど羨ましい!


「こ、これは……フウくんやばいよ!」


 一般的にやばいのはあなたの行動では?

 とユッキーは言いたげな顔だが、それよりもシズの次の言葉の方が早かった。


「リンダちゃんのおっぱい、前よりも進化してる!」


 マジですか!?

 あなたほどがっつり堪能したことがないからあれだけど。

 前よりもリンダさんのおっぱい大きくなってるんですか。

 そいつはやばい、やばすぎる!


「ちょっ、やめ……!」

「何を食べたらこんな速度で成長するんだろう」

「それは非常に気になりますけど、それよりも先にリンダ先輩から手を放してください。リンダ先輩のおっぱいはあなたのものじゃないんですよ! そんな自分勝手にリンダ先輩のおっぱいを揉みしだくとか羨ましい妬ましい忌々しい!」


 ユッキー、最後の本心が駄々洩れだぞ。

 お前もリンダのおっぱいを揉みまくりたいって言ってるようなものだぞ。

 まあ彼氏であっても男である俺は、あなた方のように気軽に揉んだりは出来ないんですがね。最低でも鉄拳は覚悟しないと。

 でも人前でなければワンチャン……あると信じたい。


「いい加減にやめい!」


 リンダさん、半ば強引におシズさんを振り払う。

 両手で揉みしだかれたお胸をガード。息遣いも荒く、顔も赤面していることもあって……率直に言って何かエロい。


「定期的に人の胸を揉みよってからに。このセクハラ魔人」

「その言い方は少し語弊が生まれるんじゃないかな。私はリンダちゃんの胸しか揉んでない」

「あたしだけだろうとセクハラはセクハラでしょうが!」


 ごもっとも。


「そんなにおっぱいが揉みたいなら自分の揉んどけ。あんただってそれなりのもの持ってんだから」

「いやいや、私が揉みたいのはリンダちゃんのおっぱいだから。私のより大きいし。人って自分にないものを求める生き物だし。何より自分のを揉むのは欲求発散の時だけで十分」


 おシズさん、今の発言の方が語弊が生まれませんか?

 何かおシズさんがムラムラした時、マスターなベーションでフィーバーしてるみたいに聞こえちゃったんですけど。

 いや別に良いんですよ。

 そういう欲求は人間の三大欲求のひとつですし。女性だってそういう気持ちになる時はあると思うから。

 でもさ……俺、男子なんですわ。

 生々しい部分が垣間見えちゃう話をされると、罪悪感を覚えながらも妄想しちゃうんですわ。


「そう……ならあたしがあんたのおっぱい揉んでやろうじゃない。フウマ、そのバカ押さえて」

「お前らのセクハラ大戦争に俺を巻き込むな」

「は? あんた、あたしの彼氏でしょ。彼氏だったら彼女が困ってたら助けなさいよ。つうか何でさっき助けなかった? 何で傍観してた?」


 何かこっちへのヘイトが急上昇したんだけど。

 どうしてくれんのおシズさん。あなたのせいで俺達の中に亀裂が生まれつつあるんですが。さっさとどうにかしてくれませんかね。


「リンダちゃん、私のおっぱいが揉みたいなら好きなだけ揉めばいい。だからフウくんを巻き込まないで」


 まさかまさかの俺が望んだヒロインムーブ!?

 魔王リンダに勇者シズが挑むなんて。俺も守る意思を前面に出して立ち向かうなんて誰が予想したよ!

 それだけに会話内容を度外視して展開だけ見れば、まるで俺の彼女がリンダではなくシズになっているように思えなくもない。

 でも絶対に口には出さない。ラノベの読み過ぎ、ゲームのやり過ぎだってバカにされるだけだから。


「ほぅ……良い度胸じゃない」

「当然だよ。だって……」

「何? 悪いのは自分だけとか言うつも」

「だって、揉んでいいのは揉まれる覚悟のある人だけだから!」


 この勇者、最高にカッコ良い顔で最低にも等しいセリフを言い放ちやがった!

 でもあまりのドヤさ加減に怒り心頭だったリンダさんも呆気に取られている。魔王リンダに効果絶大。

 もしもそうなることを見越しての発言ならば……新海静香、恐ろしいほど頭のキレる奴だ。


「……何か急に相手するの疲れてきた。あんた、あたしらに何か頼みたくて今日は来たんでしょ? さっさと本題に入ってくんない?」

「リンダちゃん、私が悪ノリし過ぎたのは謝るよ。でもさ、そこまで露骨に嫌そうな顔をしなくてもいいんじゃないかな? そういうことされると私だって傷つくんだけど」

「だったら最初から悪ノリするな。悪ノリしたいならフウマとだけやってろ」


 ねぇみんな、俺たった今彼女から売られちゃったんだけど。

 自分は面倒な奴の相手したくないからって彼女の友人を押し付けられちゃったんですけど。


「というわけで、さっさと本題に入って。入らないならあたしは帰る」

「フウくんとふたりっきりにしちゃったら浮気されちゃうかもよ」

「そんなのありえない」


 ねぇみんな、俺とても感動してるんだけど。

 彼女からあたしの彼氏は浮気するような奴じゃないって超絶信頼されちゃってるんですけど!


「あんたが本気でフウマのこと落とそうとすれば別だろうけど」


 すみません、前言撤回します。

 どうやら清楚系美少女のおシズさんに本気で誘惑されたら、俺みたいな背が高いだけの平凡野郎は浮気するって思われてるみたいです。

 浮気なんかするか! 俺はお前一筋だよ!

 なんて言えたらカッコ良いんだけどね。でもさすがに言えませんわ。

 だっておシズさんの本気の誘惑とか見たことないし。本気の誘惑がどれだけの破壊力を持つのか分からないし。分からないものに対して絶対どうたらとか言う方が嘘っぽいでしょ。


「ただ現状あんたはフウマに対して友人以上の感情は持ってない」

「はっきりと断定するんだね」

「そりゃあ長い付き合いだしね」


 前に聞いた話だが、リンダとシズはこれまでに何度かケンカをしたことがあるらしい。

 あ、これはさっきみたいなコントじみたケンカじゃなくガチめなやつな。

 その経験をもとにリンダが言っていたのは、シズは敵だと思った相手には手段とか選ばずとことん追い込む。だが身内相手に何かするときは、ご丁寧に宣戦布告した挙句、真正面から勝ち取ろうとするそうだ。


「あたしはあんたからフウマをいただくなんて宣言はされてない。ならあんたは本気でフウマとどうこうなろうとは思ってない。それなのに浮気だとか考えるのは時間の無駄。だからいい加減本題に入れ。話を逸らそうとするな」


 いやはや、このふたりの間には親友という言葉だけでなくライバルって言葉もありそうですな。

 まあ実際に実力は拮抗してるんですけど。

 リンダって苦手科目はあれど赤点はまず取らないし、スポーツは基本的に万能。シズは学力で言えばまず平均点を下回るようなことはないし、運動も苦手なものもあるが得意なものならリンダにも負けていない。

 ふたりは見た目も中身もハイスペック……え、俺?

 そんなの男子の中では平凡ですよ。得意なものもあれば苦手なものもあるから。

 だから学業面では、リンダやシズがいなければ赤点取ってる自信があるね。理数系ならふたりよりも点数は上だけど。

 運動は苦手ってほどではないけど、得意と言えるほどでもない。軒並み平均レベルです。だからゲーム部に入ってるの。人並み以上に出来るものはゲームくらいなの。

 ……何かスマホが振動したぞ。


『ねぇフウくん、リンダちゃん話を逸らすなとか言ってるけどさ』

『私って別にそこまで話を逸らそうとしてなかったよね』

『というか、リンダちゃんの方が長々と話してて話を逸らしてるような』


 顔と体は一切こっちを見てないのに愚痴られた。

 リンダに愚痴ってることを悟られないようスマホを出さず、またスマホを見てないのに愚痴られた。

 何でその状態でこんなにも正確な文章が入力できるんですか。

 何でそんなパッシブスキルが備わってるんですか。

 おシズさん、そういうところが他人を怖がらせると何故気づかない。


「……どうしたユッキー」

「別にどうもしてません」


 いやいや、どうもしてないなら何で俺の方にちょっとずつ近寄って来てんの?

 ぐぬぬガルルって顔してるってことは、リンダとシズの関係性にジェラってるんでしょ。ならこっちに来ないで割って入れば……

 そういやこいつ、特別感みたいなものを大切にしてたっけ。

 だから嫉妬で狂いそうだけどふたりの間に入れない的……むっちゃスマホが振動してるんですが。

 うわ……ユッキーが超絶スタンプ連打してる。外に出せない感情をここで爆発させちゃってるよ。何てはた迷惑な奴。ただ一生懸命スタンプ連打してる姿はちょっとだけウザ可愛い。


「で?」

「えっと、まあ私の頼みというのは……」



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