第6話 「さっさと壊れた方が良いよ」
静かだ。
聞こえるのは外で降り落ちている雨粒の音だけ。
イチャコラ担当の漫研部もいない。
よく絡んでくる後輩も今日は漫画に夢中。
こんなにも穏やかな時間が部室に流れるのは、今年に入って初めてかもしれない。実にラノベを読むのにはちょうどいい日だ。
「……フウマ先……風間先輩」
「どした?」
「何で先輩は帰らないんですか?」
「雨が降ってるからだ」
「傘持ってきてないんですか? 準備悪いですね」
「予報だと1日中晴れだったからな……まあ徐々に弱まってきてるし、そのうち止むだろ。止んだら帰るから安心しろ」
つうかお前も傘持ってきてないんだろ。
俺と同じで雨宿りしてるんだろ。自分のことを棚に上げてよく言うもんだ。
「フウ……じゃなくて風間先輩」
「今度は何だ?」
「何でリンダ先輩はいないんですか? 何で風間先輩だけ居るんですか?」
「俺は掃除当番、あいつは何もなかった。だからあいつは俺を待つことなく即行で帰宅。帰り道で濡れたかもしれないが、今頃ゲームでもしてるだろうよ」
濡れたのあたりでリンダのシャワーシーン想像した人、素直に手を上げなさい。
はいッ、俺です!
でも顔には出していません。
出すと目の前に座っている後輩から罵詈雑言が飛んでくるから。
「……何だよその微妙な顔は」
「フ……風間先輩達は定期的に本気で付き合ってるの? って疑われる言動しないと気が済まないのかな、と思っただけです。ちゃんと今も付き合ってます?」
「少なくとも俺にはあいつと別れた記憶はないな。つうかフウマで良いぞ」
「いえ遠慮しておきます」
何故に?
さっきから何度も呼びそうになってるじゃん。最初に関しては先輩のところで気づいて言い直してたじゃん。
「オンリヴでは呼んでただろ」
「それは風間先輩がプレイヤーネームをフウマにしていたからです。ゲーム内で現実の名前を持ち出すとかマナー違反じゃないですか」
散々人のことを振り回したり罵倒したりするこいつがマナー?
そんな常識を考えられるならもう少し普段の言動がどうにかならないものか。
「何ですかその顔は」
「いや別に。今日もユッキーは可愛いなと思っただけだ」
「は? そんなの当たり前じゃないですか。というか、今ゲームと現実は別だって話をしましたよね? なのに何でわたしのことユッキーとか呼んでるんですか? リンダ先輩からいただいた愛称を気軽に呼ばないでください」
見た目は大和撫子を感じらせるくせに奥ゆかしさもなければ謙虚さもない。
それ以上にリンダへの愛が重い。
昔からの後輩なら理解も出来るんだが……ユッキーがリンダと出会ったのってこの学校に入ってからなんだよな。
人見知りだとも言ってたくせに短時間で好感度上げ過ぎじゃね?
俺に対する好感度だけ低過ぎじゃね?
何より……やっぱ今日も面倒臭いこの後輩。
「そうか。そいつは悪かったな丘野、いやユッキー」
「あはは、その言い回し完全にわたしのことおちょっくってますよね? わたしに対してケンカ売ってますよね! いいですよ買いますよ、掛かってこいや!」
「テーブルに乗ろうとするな。パンツ見えるぞ」
「――っ!? 変態、変態、変態、風間先輩のド変態ッ!」
自分が見せるように足を上げたくせに何て言い草だ。
俺は見える前に止めたやったというのに。本来は罵倒じゃなくて感謝するところだろ。照れ顔かつ小声で言われていたら可愛いと思えたかもしれないが。
まったく……
何でこいつは俺と同じオタクのくせに、人前で猫被ってるって言ってたくせにこういう時にはあざとさを出さないんだ。あざとくてもいいから俺に可愛いって思わせてみろよ。今のままじゃそのうち愛想尽かすぞ。
「俺がド変態なら俺にパンツを見せようとしたお前は超ド級の変態になるな」
「人を痴女みたいに言わないでもらえます! というか、今のもさっきのもセクハラですからね。それ以上わたしを辱めるつもりなら、何か言おうものなら訴えますよ!」
だったら俺はお前を名誉棄損で訴えるぞ。
と言おうかと思ったが言い返したらヒートアップしていくだけな気がするし、ここはラノベの続きでも読むとするか。触らぬ神に祟りなし。
「……」
「……」
「…………」
「…………何で無視するんですか!」
「何でって……何か言ったら訴えるって言ったのお前だろ」
「そうですけど、それはそういう意味であってそういう意味じゃないんです! 風間先輩だって分かってますよね?」
いやいや、そういう意味ってだけじゃ伝わらないだろ。
とは言いません。
最初のそういう意味が辱めるようなことを言ったら、という意味。
次のそういう意味が何も言葉を発するな、という意味だったことは分かってます。
俺もバカじゃないから。
「分かってるのに返事しないとか軽いいじめです。先輩として最低の行為です。そんな態度を取り続けるならリンダ先輩にあることないこと言いつけますよ!」
「最低なのはお前だろ。せめてそこはあることだけにしろ」
「ならちゃんとわたしの相手をしてください」
大人しく漫画でも読んでろ!
って声を大にして言いたい。だってこいつ、凄く面倒臭いから。でも面倒臭いって言った方が面倒臭くなるだけにマジで面倒臭い。
「相手をしろって言ったもな……何を話せと?」
「それを考えるのは風間先輩の仕事です」
デートプランを考えるのは男の仕事、みたいに言うんじゃありません。
今は男女平等の時代でしょうが。
相手をして欲しいのはそっちでしょうが。
ならそっちが話題を提供するのが筋というものでは?
そんなんだと将来ろくな女にならないぞ。今でも怪しいところではあるけど。
「お前と話したいことは……ないな」
「あるでしょ! 多少間を置いて考えたフリしてましたけど、今絶対何も考えてませんでしたよね。言うことすでに決めてましたよね!」
「よく分かってんじゃん。さすがは可愛い後輩ちゃん」
「おちょくってるようにしか聞こえない!」
失礼だな。
そういう気持ちがないわけではないけど、こういう形で相手をしているじゃないか。そこは罵声を浴びせるのではなく感謝の言葉を述べるべきだぞ。
「風間先輩、真面目に相手する気あります?」
「ない」
「即答ッ!? わたしは可愛い後輩なんですよね? なら普通は相手したくなるんじゃないですかね。可愛い後輩ってのは嘘なんですか!」
「はぁ……あのなユッキー」
「何ですか!」
「俺はラノベが読みたいんだよ」
雨宿りもしてるけど、早くこれの続きが読みたかったんだよ。
ぶっちゃけお前のこと無視したい気持ちもあるの。
集中して読破したいって思ってるの。
それに蓋をして俺はお前の相手をしているわけ。
ユッキーもバカじゃないし、オタクなんだから俺の内面理解できるよね?
理解できるからちょっと怯んだような顔を浮かべているんだよね?
「ラ……ラノベくらいか、帰ってからでも読めるじゃないですか」
「帰れるまでに時間が掛かるから読んでるんですが?」
「か、可愛い後輩の相手は今しかできないと思うんですが」
「電話とか使えばいつでも出来るのでは?」
「そんなにわたし相手するの嫌なんですか?」
しょぼん、って効果音が似合いそうな顔をしてるな。
しかも……これは演技じゃなくてガチなやつだ。
そういう顔をされると心を鬼に出来ないのが俺という男。
だってラノベはあとでも読めるし。しょんぼりする後輩を放ってはおけないし。
というわけで、手に持っているラノベはテーブルの上に置きましょう。
「やれやれ、今日のユッキーはいつも以上に甘えん坊だな」
「だ、誰が甘えん坊ですか。というか、ユッキーって呼ばないでください。特別感がなくなるじゃないですか」
特別感?
確かに現実世界ではリンダくらいしか呼んでなかった。それだけに特別感があったと言える。
ただ俺が増えたところでユッキー呼びはゲーム部だけ。特別感がそこまで薄れるとは思えない。
だが俺とリンダのユッキーからの好感度を比較した場合、このような対応になるのも理解は出来る。納得は出来ないが。
というか……
「なあユッキー」
「だからユッキーって呼ばないでください。で何ですか?」
「もしかしてだけど……お前が俺のことフウマって呼ぼうとしないのってリンダへの気遣いというか、特別感ってのを大切にしたいからか?」
あ、顔を背けた。
それにちょっと顔が赤い。っていうことは図星か。
「へぇ……」
「何ですか」
「いや別に」
うわ、不服そうな顔してるよ。
でもユッキーはリア充に対して妬みや嫉みが激しいのに、リア充に対して夢を見ているんだな……とか言ったら絶対怒るじゃん。
予想になるけど。こいつって恋人が出来たら色々とやりたいことが他人よりも多いんだろうな。だから人一倍リア充に対して厳しいんだろう。将来こいつと付き合う奴は大変だろうな。
などと考えていると不意にドアが開いた。
リンダや漫研部はすでに帰宅。ならば顧問の先生かと一般的には考えそうなところだが、あいにくうちの顧問はきちんとノックをする人だ。
それならば他の部活動や新入生が……と考えたくなるだろうが、新年度が始まる前が直後なら部室の移動や体験入部といった形でありえただろう。
だがすでに安定期に入っている。そもそも、そういったメンツならば常識に考えればノックをするはず。ノックもなしに入ってくるということはありえない。
以上の理由から消去法でこの部室に入ってきた人物はあいつしかいない。
「おっひさ~」
この陽気な声の主の名前は、
大和撫子のような清楚さを体現した黒髪美少女であり、優しく気遣いの出来る性格をしている。
リンダが頼れる姉貴分とするならば、彼女は一緒に居てくれる安心する縁の下の力持ちタイプだ。
ちなみに身長はリンダよりも低いが小柄と呼ぶほどではなく、胸やお尻といった女性的な部分も人並み以上に育っている。見た目や性格含め、単純にユッキーの上位互換。
それだけに男子からは安定した人気を誇る……らしい。
何故『らしい』かって?
学内の美少女ランキングとかにそこまで興味がないからだよ。
興味持ってるならもっと日頃から彼女とどうイチャコラするか考えてるだろうし。これが仮定の話でしかないってことはそういうことだ。
最後に補足だ。俺は黒髪美少女だと説明したが、あいにく黒髪ロングではない。昔は伸ばしていたようだが、今は肩に触れるくらいで整えている。
つまりシズさんは、黒髪セミロング美少女ということだ。
「あれ……リンダちゃんはいない感じ?」
「あいつなら即行で帰った。今頃家でゲームだ」
「あーなるほど。掃除当番で遅くなったフウくんは置いて行かれて、雨が降って来たから止むまでここで時間を潰していると」
そこまで読むとは貴様もしやエスパーかッ!?
とツッコむのはさすがに無理があるな。シズはリンダとは長い付き合いだし、俺も去年は同じクラスだった。今年は別クラスだが交流はある。状況から推測するのは容易だろう。
「ねぇフウくん」
「ん?」
「そこにあるラノベってもう読み終わったの?」
読み終わってるなら貸して欲しい、と言いたげな顔だ。
そんな顔でこちらに迫ってくる。俺とラノベを交互に見ている。
シズさん、相変わらず距離感が近いね。そんなんじゃ男子は勘違いしちゃうぞ。まあ誰にでもするわけじゃないけど。相手ごとに適切な距離で。それがシズさんのスタイルだから。
あとこのシズさん、パッと見た感じでは二次元に疎そうに見える。
でもね、下手をすればリンダよりも濃いオタクなんです。それだけにラノベの新刊に興味を持つのは仕方がないと言えば仕方がない。いやはや、人って見た目に寄りませんな。
「まだ読み終わってない」
「そっか」
「が、今日は後輩の相手をすると決めたから特別に貸してやろう」
と言ってラノベはシズに手渡さず、彼女の頭の上に乗っけた。
それに対してシズは文句を言うのではなく、待ってましたと言わんばかりにバランスを取り始める。こういうノリの良さがあるからこそ同性からも好かれやすいのだろう。
「あ、あの!」
「どしたユッキー、急に大声を出したくなる病にでも掛かったか?」
「そんな病気は発症してません」
「ならどうした?」
「どうしたもこうしたも……その……その人は誰なんですか?」
あ。
そういえばこの後輩、シズに会ったことなかったっけ。
いや会ったことないのか。何か人見知りしてるような顔をしているし。ユッキーのこういう顔を見たのは、初めてここを訪れた時以来だな。すぐ別の顔が現れていたけど。
「そういえば言っていなかったな。こいつはリンダの友人で名前は新海静香。通称おシズさん。大和撫子の革を被った隠れオタクであり、レアモンスター並みに低確率でここを訪れては増加した二次元を物色する我が部の幽霊部員だ」
「うわーお、ここまで悪意に満ちた紹介をされたのは生まれて初めてだよ。私はオタクを隠しているつもりはないし、部活も図書委員やってるから来れてないだけなんだけどな。というか、去年名前を貸すだけでもいいとか言われたような……そもそも、これといって何かするわけでもない部室に来る意味ってある?」
目には目を、歯には歯を、悪意には悪意を!
って返しをされちまったぜ。それにしてもイイ笑顔。女子って高校生にもなるとこういう表情はデフォルトの装備なっているのかな。そういう顔で近づかれると男の子は恐怖心を覚えちゃうんですが。
「近い近い近い近い近い近い近い近い近い近ーいッ!」
「「え?」」
「え? じゃないですよ! どういう距離感で話してるんですか。その距離は一般的にアウトです!」
ユッキーの言葉に俺はシズの方を見る。
シズもこちらを見ていたので自然と見つめ合う形に。
あぁうん、確かにこの距離は近いわな。事故でも起きれば唇と唇が重なるかも。事故が起きればの話だが。
「確かにシズに頭突きでもされたら危険な距離だ」
「フウくん、それって暗に私のこと石頭だってバカにしてる? そもそも何で私から頭突きする前提なのかな? むしろ今の発言は頭突きしろっていうフリ?」
「やめろ。別にフリじゃない。お前に頭突きなんかされたら血が出る」
「やっぱ石頭だって言ってるよね。フウくんの頭が軟弱なだけなのに」
お前はお前で俺のことバカにしてるよな。
笑顔を崩さずに毒を吐くあたりさすがはユッキーの上位互換。というか、うちの学校の清楚系女子はこういうのしかいないのかな。
「だ・か・ら、近いって言ってるんです! 風間先輩、あなたリンダ先輩の彼氏でしょう。なのに他の女とそんな至近距離でイチャコラするとか最低ですよ。浮気ですよ浮気!」
「だってさフウくん。サイテーだね」
「あなたもですよ!」
お~。
ユッキーがシズにも噛みついた。今日が初対面のはずなのに被ってた猫を脱ぎ捨てて大丈夫なのだろうか。
突然噛みつかれたシズはというと、小首を傾げていらっしゃる。
美少女ってこういう仕草が映えるから不思議だよね。別の生き物だって感じちゃうよね。リンダの場合……キャラじゃねぇな。あいつの仕草って割かし男勝りだし。
「何で訳が分からないような顔をするんですか!? 距離感とか話し方からしてあなたは風間先輩達と親しいんですよね? ふたりが付き合ってるって知ってるはずですよね? なのに何でそんな距離感で接することが出来るんですか! 何でフウくんとか特別感のある呼び方出来るんですか? もももももしかして風間先輩みたいな背が高いだけのオタクが好みなんですか狙ってるんですか!?」
なるほどなるほど。
確かに俺とシズの普段のやりとりを知らない人間ならばもっともな発言だ。
ただ……何で最後に俺をディスった?
背が高いこと以外に取り柄のない人間だとディスるようなことを言った?
ここで言う必要あった? ないよね!
「えっと……」
「今年入部した丘野雪葉です! 新海先輩とは違ってちゃんと毎日顔を出してます。リンダ先輩にはユッキーって呼ばれてます!」
ふんす!
って言葉が似合いそうな勢いですわ。
でもなユッキー、俺もお前のことユッキーって呼んでるぞ。お前の俺に対する扱いちょっと悪すぎないか。
これがお前と俺の関係だというのなら仕方ないけど。それはつまり俺も今お前にしている言動を変えないってことだからな。
「あーうん、ふたりから話は聞いてるよ。改めまして私は新海静香、よろしくね。フウくん達みたいにシズって呼んでくれて構わないよ」
「結構です」
「そっか。まあ今日は初めてだし、慣れてきて気が向いたら呼んで欲しいな。私の方は……ユッキーって呼んでいいのかな?」
「ダメです!」
先輩の申し出を一刀両断。
ユッキー、今日は一段と荒ぶってるな。何か俺にあれこれ言う時の顔ともちょっと違うし……もしやシズさんのことがお気に召してない?
「あはは……何か嫌われちゃってるね。私、丘野さんから嫌われるようなことしちゃったかな?」
「してますよ、さっき色々と言いましたよ。新海先輩はおバカさんなんですか」
「さっき……あぁフウくんの呼び方とか距離感がって話のこと」
特に気にしてませんでした。
と言いたげなシズの態度にユッキーは青筋を浮かべる。ただユッキーが口を開く前にシズが言葉を紡ぎ始めた。
「まあ丘野さんの言いたいことは分かるよ」
「なら」
「けど、丘野さんは私達の何を知ってるのかな?」
「――っ」
微かにユッキーの口から漏れたのは悲鳴か。
声にもならなかったそれを確認する術はない。ただ言えることはひとつ。
シズの表情からは笑顔が消え、フラットな顔で冷たい目をユッキーに向けている。それだけだ。
「私とフウくん達の間にはこの1年色々あった。リンダちゃんだけに限れば高校に入る前からの付き合いだし、お互いのことあれこれ知ってる」
「で、でも……呼び方はまだしもさっきみたいな距離感はやっぱりおかしいです」
「まあそうだね。ノリでしてる部分はあるけど、一般的に考えれば丘野さんが正しいよ。でもさ……」
シズはユッキーから視線を外したかと思うと俺の背後へ。
ちょっとごめんね、と詫びを入れながら両腕を回して俺を抱き締めてきた。
それを見たユッキーは驚愕と発狂が混じったような顔をしている。
「これくらいで壊れる関係ならさ……さっさと壊れた方が良いよ。その方がふたりのためだろうし」
優しく気遣いのできる黒髪の美少女。
リンダのように引っ張るタイプではないが、相談すれば的確な答えをくれる。縁の下の力持ち。
これが新海静香という人物への周囲のイメージ。
このイメージは間違ってはいない。ただひとつ情報が抜けているだけ。
新海静香は、この部で……下手をすれば学内の誰よりも現実主義者だ。必要とあれば切り捨てる。敵だと判断すれば容赦はしない。
だからこそ、新海静香を舐めるような輩は存在しない。存在したとしてもちょっかいを出せば、徹底的にやられて噛みつくことをやめる。
もしくは……現実主義者の一面を見た時、ユッキーのように怯えるのがオチだ。
「まあ安心してよ。別にふたりの関係を壊すつもりとかないから。私はふたりの友達だしね。ただ……フウくんが、ううんリンダちゃんも含めてかな。どちらかを一方的に傷つけるだけの最低の別れ方なんてしたら容赦しない」
親しさに違いはあれど、人として間違ったことをすれば許さない。
間違ったことは正す。友達であるならなおさら正す。許すことだけが優しさではない。現実主義者ということ以上にこういう芯の強さが新海静香という人物の強さなのだろう。
「だからね丘野さん」
「ッ……」
「私はあなたの入部を歓迎してるよ。間違いだと思ったことを間違いだって言えるあなたのことを。私がもしフウくん達を本当に傷つけるようなことをしたなら……」
「…………」
「そのときは……容赦なく私の心がズタボロになるまで罵声を浴びせていいから」
貶される覚悟もない人間が、正しくもない人間が他人を非難してはならない。
そういう心持ちが伝わってくる声だった。
直後。
シズに纏っていた冷たい雰囲気は消え失せ、普段周囲に見せる温かな笑顔が浮かぶ。
「顔も見せたし、雨も止んできてるみたいだから私はこのへんでお暇するね」
「ああ」
「それと最後にご報告。学期替わりでバタバタしてた図書委員の仕事も落ち着いてきたし、1年生に任される日も増えてきたからこれからちょくちょく顔を出すから。というわけで、今年もよろしく」
笑顔で手を振りながら出て行くシズ。
そんな彼女に俺は手を振り返していたが、ユッキーはというと俯いたまま。
これは今以上に荒れるフラグだろうか。
「……風間先輩」
「ん」
「わたし、あの先輩嫌いです……見た目の方向性被ってるし」
そこかい!
あれだけ噛みついてたのって俺やリンダのことを心配していた以上に同族嫌悪か何かですか!
と、あれこれ言いたい気持ちがあったがそっと蓋をしておくことにした。
だって雨が上がったから。さっさと帰る方が平和だ。
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