名前は「手紙」
「名前は親からもらう初めてのラブレター」という表現がある。
私はその表現に、赤で修正を加えたい。「ラブレター」ではなく「手紙」である。
私の本名は、21年前にはさほどメジャーではない所謂「男女どっちでもいける名前」である。読み方は女子によくある名前だが、漢字の組み合わせは男子によくあるもの。この名前には、特に性自認が激しく揺れていた時期に大変助けられた。今でも、性別を間違えられることは私にとってむしろうれしいことなので気にしない。
小学校の授業で、名前の由来を聞いてこいという宿題はなかっただろうか。最近は名づけでひと悶着あった家庭や、名づけ親と同居していない子どもに配慮して廃止したところもあるらしいが、そんな配慮をする必要はないと考えられていたときの話である。
私の本名の由来は、よくある抽象的な願いを漢字に込めたというもの。そこで不都合があったわけではない。問題は、そのあとである。
「姉ちゃんたちには、名前に同じルールがあるんだよ」
そして、私の名前にはそのルールの適用がなかった。
我が家は姉が複数名いて、末っ子の私も女性という女子ばかりの家族である。姉たち同士の歳は近いが、私は少し離れた。
「一応、ルールに合わせた名前も考えてたんだけどね。姉ちゃんがどうしてもそっちがいいって聞かなくて」
そのときは、幼いのもあってふうん、ぐらいで済んだ。
「お父さんにはもう愛想尽きてるけど、まだあなたがいるから我慢してお父さんと暮らさないとね」
「女の子ばっかりだし、男の子がいたらなって考えたことはあるよ」
「一番下の姉ちゃんで、子どもは終わりだと思っていたの」
「あんた本当に姉ちゃんの誰にも似てないね」
「姉ちゃんたちで進路の話はこりごりだから、あんたが自分で決めなさい」
その後積み重なった、居心地の悪い言葉たち。
仲の悪い両親は、しばしば私の進路や学習で感情的な口論を展開していた。一軒家だったが2階の自室から口論の内容は筒抜けだった。
姉たちはなぜか私と一定以上距離を縮めない。
自他ともに認める鈍感も、ここまでくるとある程度察するものはあった。
名前の「手紙」にはこう書いてあった。
「もともとあなたを産むつもりはなかったけど、この歳で堕ろす方が危険だと思ったので産みました。本当は男の子がよかったけど、選べないので仕方ありません。名前も男の子のものを用意していました。幸い、あなたの姉が気に入っているのでそのままつけますね。もう私も歳なので、手のかからない方が助かります」
考えすぎだろうか。名前に包含しすぎだ、と言われれば正直そこまでである。
しかし、甥が生まれることが分かったとき、両親は誰よりも喜んだ。これが21年早く来ていたなら、両親はもう少し仲良く過ごしていたかもしれない。もう少し穏やかな家庭だったかもしれない。
今日、両親が些細なことで大ゲンカになり、父が母のいないところで私にこう言った。
「これから面白くない日々が続くと思うけど、まあ頑張ってくれ。お父さんはもう線が切れた。お母さんの目の敵にされないようにな。」
仲の悪い両親は、かすがいにしていた私を自分側につけようとし始めている。
名前の「手紙」のとおり、手がかからない楽な子をずっとやってきたのに、誰も幸せになってくれない。
赤で修正を加えたところ大変申し訳ないのですが、この「手紙」の廃棄方法はどこを探せば見つかるでしょうか。
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