幼馴染とショッピング 1
土曜日。夢見が悪かったこともあって早朝に目を覚ました俺は、交わした約束の時間よりも三十分以上も早く、とある大型商業施設に訪れていた。
ショッピングから映画まで――もちろん、本日の本目的である眼鏡屋も施設内にある――多目的に利用できる地方民の味方である当施設は、休日だけあって、開店からそう時間も経っていない午前中だというのに、家族連れから、学生の集団、カップルなど、たくさんの客で溢れかえり、賑わっていた。
約束より早めに来たのは、別に気合が入っているとか、そういうわけではない。
動き回っても見たいものも、やることもないので、適当なフロア内のベンチに腰掛けて待つことにする。
五分前くらいになったら、着いたとでも連絡して、顔合わせやすい場所に移動するかと思って、携帯を取り出して時間だけ確認してしまったときだった。
「「あ」」
よく聞きなれた声が聞こえてきたし姿があった。というより、目が合った。
座ろうとしたベンチの一つ向こう側に、同じように少し歩いて一息つこうとしたのであろう、烏丸卯月がいた。
学校指定の制服とは全く違う姿に目を奪われる。
ホワイト系のレースをあしらったブラウスとシンプルな黒いスカート。アウターにモカ色のマウンテンパーカー。野郎目線では財布以外何が入るんだよってくらいのサイズしかない見た目以外実用性なさげなショルダーバックとか、細部はよく分からんけど、まあ似合っていた。
きっちりしっかりオシャレしてきていた。乙女の嗜みだった。
こんなのが歩いてれば、そりゃ見られるわ、という程度にはカワイイ。実際行き交う人間の何割かは彼女に視線を一度は向けていた。
対して俺はというと。
適当なシャツの上にちょっと寒いからと冬用のちょっと生地の厚いパーカー羽織って、ジーパンはいて、財布と携帯だけ持って、うん、超身軽。
い、いざという時の為に動きやすさに特化してるだけだから……。
まあ、世の中には適当なシャツ着てジーパンはくだけでなんか絵になるオシャレな奴もいるし、男なんてそんなもんでしょ。それは着ている人間が良いだけとかそういうことは言ってはいけない。
「おはよう、ロクロー。三十分も前からくるなんて、あんたにしては殊勝な心掛けじゃない。なに、もしかして楽しみだったの? 遠足の前の日に寝れない系?」
「はよ……いや、それまんま君に返ってくるんだけどね」
「私? 私は先に見ときたいものがあったから早く来ただけよ」
心外とでも言いたげな表情だ。うーんこの女。
「俺だって、早く目が覚めたから、二度寝して遅刻しても悪いし、念のため早めに出ただけだ。他意はない」
そう、他意はないのである。決してね。
昨夜、家に帰ってゲームしてる最中にふと、休日に男女で買い物ってこれ普通にデートじゃね、と気付いて、どうにも落ち着かなくて集中も出来ず、早めに就寝したりしたけど、断じて他意はない。
「ていうか、何で現地集合? 家近所だし、一緒に行けばよくない?」
「雰囲気作りってやつよ。こういうシチュの方が恋人っぽいでしょ」
「なる……ほど?」
普通にこんだけ人が居ると待ち合わせてもすれ違ったりとかありそうで面倒じゃね、と思ってしまったあたりがダメなんだろうなあ。
「じゃあ、行くわよ。眼鏡選んであげる代わりに、今日はとことん付き合ってもらうんだから。丁度身軽そうだし、頼んだわよ荷物持ち」
にっと笑って、前を歩き出す卯月。
え。なにそれ聞いてない。
とっとと眼鏡だけ見て、多少長引いたら昼飯だけ食って帰ってゲームをする予定だった俺の休日の計画は、出端から暗雲立ち込めていた。
あかん。人が、人が多いよう。
どのフロアに行っても、絶えず人が居る。大した盛況ぶりである。単純に人が多いだけでもだるいが、傍を歩くのはこの少女である。
どうあっても目立つ。移動中、すれ違う大学生だとか、高校生くらいの男性諸君からは学校でも散々おなじみの「なんであんな奴があの子の傍に?」的な視線や声が雑踏に紛れて、多くはないものの飛んでくる。
まあ、学校のそれに比べればどうということはない。
これだけ客がいれば、彼女ほどの容姿でも景色の一部になるというのは、なんというか空恐ろしいことである。
まあ、ただ歩いてるだけの人間をまじまじと見る方がおかしいと思うの。本来は。
そもそもである。
俺のようなタイプの人種は家族に連行でもされなければ、ファミリー除けば、集団や陽キャしか来ないようなこんな場所とは縁遠いのである。
別に誰に咎められるわけでもないが、この風景から浮いている少人数に入っている。自意識過剰かもだけど、そんな自覚がある。
確かにここは何でもそろっている。映画も見れるし、ゲーセンもそこそこな規模だし、小物に服、本屋にCD、甘味や食事と、何でも揃ってるし、見て回る分には面白いし、ショッピング大好きな女子なんかは訪れる頻度も高くなるのも頷ける。
巨大な商業施設だけあって、内装も派手だし、色んなタイプの小さな店が入っていて、なんならこの人の賑わいも客を楽しませるエンタメの一つとなっているのも分かる。
だが、である。
俺のような日陰者は、そんなものを必要としていないのである。
欲しい食べ物があれば、近所の静かなスーパーで事足りるし、ウチの近所にはそこそこ大きな本屋もあるしゲームも買える、運の良いことに、有名なファストフード店やコンビニなども揃っていて、チャリで数分程度で通える。
それに今日日、本当に欲しいものはネットを使えば動かずして地方でも大抵のものは手に入る。
昔は知らんが、現代の基本一人での行動が多い陰キャが行くような施設ではないのだ。
眼鏡屋だって、別にウチからそう遠くないところに普通にある。まあ、学生の男女で入っていくのもあれだから、こんな所で待ち合わせする羽目になったわけだけど。
人波に乗って、少しだけ前を歩く卯月についていって向かった先のフロア。
現在、俺は少々肩身の狭い思いをしている。
小物や雑貨、アクセとかの店が多数出店しているフロアである。隣接するのも女性用の服や、下着などの所謂レディース用のフロアなこともあって、あたりを歩いているのは女性客の割合が多く、男が混じっていても大抵はカップルで仲睦まじく二人で歩いている客ばかり。
いや、まあ、傍から見れば俺達もそういった男女のペアの一つに見えるんだろうけどね。
そんな免罪符をもってしても、ここら一帯に漂う空気感、雰囲気は、俺のような人種には合わない。
脇とかから変な汗かきそうな程度には緊張している。
入った店内の一つ、でうんうんと一人で頷きながら、商品を見て回わっていた卯月。
その足が調理などに用いる、ちょっとこじゃれたエプロンの売り場で足を止めて、目下のところ、物色中だった。
隣で、ほーん色々あるんだなー、となんとなく心理的にも物理的にも一歩引いたところから眺めていた俺の顔を、卯月は何故か一度窺って、一つを手に取った。
「……これとかどんな感じ?」
そう言いながら自身にエプロンをあてがう卯月。
ピンクを基調として、縁にはチェックのフリルをあしらった、可愛らしい、悪く言えば、どうせこういうのが好みなんだろという、ちょっと狙ったのが滲み出てる露骨な萌えを意識したようなデザインのエプロンだった。
正直、あてがっているのが美少女だから許されてる感がある。
「まあ、いいんじゃないの」
本心半分。面倒くささ半分で答えた俺の物言いの、半分を見透かしたようで、むむむ、と納得いかない様子の卯月。両腕を腰のあたりにおいて言う。
「もう。あんたさっきから何見てもそればっかじゃない。ちょっとは真面目に答えてよね」
「いやだって分かんないしな。どれが良いとか、似合うとか聞かれてもな……流行とかも知らんし。そもそもお前だったらよっぽどおかしなものじゃなければ何でも似合うんじゃねーの」
「一応、誉め言葉として受け取っておくけど、それ、彼氏としてはサイテーの答えだから」
一度商品を戻して、やれやれと肩の高さほどまで手を挙げて嘆息する卯月。
卯月の不満も理解はできるし、投げやりな答えだとは思う。
とはいえ、だ。
俺は卯月のセンスを疑うくらいなら、自分のセンスを疑う。
当然だろう。
現実になんの実績もあげていない俺と、彼女とでは、選んだものに対する信頼度と説得力が違う。
ここでの口出しなど、一つの業界の先人に中途半端な知識でその業界に関する蘊蓄を語るようなもの。
素人が知った風に得意になって話すことほどみっともないことはないのだ。
俺の意見なんて余計でしかないと感じても仕方ないだろう。ならば、ひたすらイエスマンに徹するのも止む無しじゃない?
「似合うのなんてトーゼンなんだから、あんたが好きなのいくつか選んでみてよ、ほら」
「あ、おい」
大した自信だが、往々にしてその通りなのであえてなにも言わない。
そう言って、引っ張り出され、強制的に選択権を委ねられる。
はっきり言って、困るし戸惑う。
いや、こういうのはマジで男に選ばせちゃダメだろ。なにこの公開処刑、禊かなにか? なに選んでも俺の趣味バレるじゃん。
陳列された幾つものエプロンを見て、嫌だなーと後ろを振り向くと、猫目でふんす、と構える卯月。その目は、ちゃんと選ぶまで逃がさないと言外に語っている。
どうやら俺に拒否権はないらしい。
「選ぶけど、引くなよ」
「それはあんたのチョイス次第ね」
はん、と笑う卯月。
く、こいつぅ。
はあ、こっぱずかしいけど、ちょっと本気で選んでみますか。
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