恋人っぽいことをやってみた 1


 昼休みのことである。


「この裏切り者め」


 友人からの嫉妬が最近凄い。ごごごと負のオーラをまき散らしながらこちらを窺うさまは亡霊もかくやである。


「学校で評判の美少女が幼馴染とか死ねばいいのに。お前を殺して俺も死ぬ」

「どこのヤンデレだよ」

「はあ、ロクローさんよお。教えてほしいねえ、リアルの美少女と幼馴染になる秘訣をよお。俺は人生何回リセマラすりゃいんだ? ええ?」


「勘弁してくれよ」

「今度ラーメン奢れ。それかランクマでキャリーしろ」

「おーけーおーけー奢る奢る、奢るから」

「いえーい言質取ったー。ちな大盛な」

「いやテンションの高低差!?」

「こうもなるだろうよ。一年小さな日陰を共に守ってきた戦友が、ある日突然、眩い神々の仲間入りだぞ! 陰キャの風上にもおけん! けしからん! 羨ましい!」


「眩い神々の仲間入り果たしてたら俺はお前とこうして話してねーよ」


 手をブラインドにする樫本。顔を寄せて、その声量を抑える。


「てゆーか、ぶっちゃけどうなの?」

「どうとは?」

「いやお前、そりゃ彼女だよ。しかもそんじょそこらの石ころとは別格、あの烏丸さんだぞ、俺みたいな陰キャには一生さん付けが外せないあの学校のアイドルが彼女なんだぞ。お前みたいな性欲の獣のことだ、もうあんなことやこんなこ――ッ、あいったー!」


 全部言い終わる前に、頭にチョップを差し込む。


「やってねーよ。……ん」


 性欲の獣なのは……まあ否定しないが、そんなもの、男子高校生の標準装備である。なんなら男という生き物には一生ついて回るものだと考えてる。

 そんな、ここ数日何度続いたか分からない問答を繰り返す俺達に、携帯の通知が割って入る。


 画面に表示される文字は短く。

『昼食行くわよ』

 差出人は、語るまでも無い。

「わり、行くわ」

「あいよ。おっけー、いってら」


 あんだけ恨み節を語っておいて、あっさりしたものである。まあつまりは、揶揄いであって本気ではないということ。

 行きがけに買って、持ってきたコンビニ袋を持って立ち上がって、卯月の席へ寄って、適当な言葉を交わして二人で席を立つ。


 周りの視線や、友人の恨めし気な視線には未だ慣れないものの、やること自体は単純だ。


 卯月と俺は連れだって教室から出ようとする。その足が廊下へと通じる扉の前に行く道中。


「お、卯月と金木君、また二人でどっか行くん? たまにはウチらと食わね? よければだけど」


 そう声をかけてきたのは清川である。

 机を合わせて、食事をとろうとしているのであろう面子は、彼と綾峰、そしてクラスメイトの女子二人と、鶴見陽菜。

 流石に想定外だったろうに、呆ける俺に対して、すぐさま対応する卯月。


「私はそれでもいいけど……ロクローどうする?」

「え……っと」


 あくまで主導権は彼氏に譲る甲斐甲斐しい彼女風の台詞のチョイス。まあ素の卯月でも、ここは言い方は違えど似たようなことを言うだろうけれども、どちらにせよ俺には荷が勝ちる状況だ。


 俺の返答次第とは。正直、ちょっとキャラがぶれても、卯月に何とかしてほしかった。

 清川の視線が、彼らの視線が一挙にこちらへ向く。一言で言って、凄く断りづらい。

 陽キャの誘いを断るなんて陰キャにあるまじき行為なのだ。

 だが、本音を言わせてもらえば同席したくない。

 正直嫌だ。

 断じて嫌である。

 彼とその仲間たちをちら、と一望する。


 うん。無理。


 この空間で食事とか、持参した菓子パンどころかお粥すら喉を通らない自信がある。

 ていうか、二人で教室出ようとする男女相手にそんな誘いするかよ普通。距離感の詰め方おかしくない?

 どうしたものかと思っていると、横からフォロー。

 

「野暮だぞ樹。卯月と金木君は付き合いたてなんだし、流石にしばらくは二人きりにさせてやれよ」


 固まる俺を見かねたのか、綾峰が助け舟を出してくれた。空気が悪くなりかねない寸前の事だ。朗らかにつっこむ綾峰によって、場は保たれる。


「っべー、もしかして俺、今大分空気読めてなかった系?」

「そうだよ、空気読めって、このこの」

「やっべー、ごめんなー二人とも」

「全然いいよ。誘ってくれてありがとう。でも、今回はやめとくね清川くん」


 清川の態度に、クラスメイトの女子二人が、綾峰に続いて茶化したりつっこみをいれることで、笑い話としてその場は事なきを得る。

 綾峰きゅん、すき……。

 これは出来る男過ぎだろ。俺の股にぶら下がるものがなければ惚れるところだった。嘘だけど。


「じゃ、じゃあそういうわけで」

「あ、金木君」


 愛想笑いをしながらトンズラする背中に俺を呼ぶ声。本来ならなんだよ、まだ何か用、と内心では声を荒げるところだが、その声の主に俺はむしろにっこり。

 実際には、にっこりどころか出来の悪い愛想笑いが、動揺で崩れるわけだけども。


 意外にも俺を呼び止めたのは、鶴見である。

 まともに声をかけられたのも、ちゃんと顔を突き合わせて視線を合わせたのも、おそらく初めてだった。


 対外的には彼女がいる身分であれだけども、やっぱりいつもの調子でっていうわけにはいかない。


 少し心臓は早鐘を打っているし、もしかしたら顔も赤いかもしれない。


 ゆったり目のグレーのカーディガンが良く似合っている。改造されて、もはやミニスカートになってる短いスカートや、すらっとした脚なんて魅力的すぎるし、少し手が袖に隠れて白い細い指だけが出てるところなんてあざと過ぎて、でもかわいい。


 ザ・イマドキ女子高生といった感じの茶髪や身なりも、素材の良さもあって凄く映えて見える。


「卯月のこと、大事にしてあげてね。聞いてると思うけど、ずっと昔からキミのことめちゃ好きで高校二年で、やっと付き合えたんだから。お願いね」


 小首を傾げて、乞われる。

 その世界線の卯月ちゃんどこだよ、とこんな状況になっていなければ言いたいところだが、その真剣な眼差しに、きゅっと胸が締め付けられた。

 騙してることに対する罪悪感か、それとも――。

 はあ、なんかちょっとつらい。


「……うん」

「もう陽菜、ロクローも。大袈裟だよう、嬉しいけど」

「そんなことないよー、この前の話聞いてから、私、二人のことすっごい応援したくなったもん」

「ありがと」

「じゃ、二人とも、ごゆっくりー」

 

 鶴見、および綾峰グループに見送られて教室を出る。廊下も廊下で、生徒たちの視線が痛いので、少し早めに歩く。

 目的地は多数の人目を避けられ、高確率で二人になれる屋上である。

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