この幼馴染と付き合うということ 2
隣に座る、卯月からみんなの烏丸卯月の声で呼びかけられる。少し甘えたような、色のある声は、男子生徒をドギマギさせるに十分だ。
「ところで、ロクロー。今日ってお昼どうするつもり?」
「どうせ朝時間あるし、購買かコンビニ寄ってなんか買っていくかな、なんで?」
「じゃあ、今日私弁当作ってきたから、ちょっとあげようか」
「え? いやいいわ」
きっと睨まれる。その目は言葉より雄弁に、いや、そこはありがたく受けろよと、語る。
思わず素で答えてしまった。
俺は菓子パンとかの方が好きなので、言えば弁当くらいついでに母が用意してくれるだろうが、大抵購買、コンビニで済ませている。
校内には食堂もあるが、共に向かう仲間の少ない俺には肩身が狭く、利用しづらいため頻度は低い。
「わー、嬉しいなー」
「……。それじゃあ、お昼、楽しみにしててね」
わずかな沈黙の間に、いや下手くそか、と言わんばかりのジト目視線。
こんなのも傍から聞けば、独り身の者たちからは死ねよこのバカップルとでも思われてるんだろうか。
まさか俺に、リア充爆発しろと、無差別に爆発できなくなる日が来るとは。
「ていうか、料理できんだな」
普通に感心である。
周囲に俺たち以外の生徒がいなければ、なめんじゃないわよ、この程度は女子の嗜みよ、とか返ってきそうなところ。
「小学校で家庭科の授業でやった時に面白くって、ずっと練習してるから結構自信あるよ。それに……今日はロクローに喜んでほしくて早起きして頑張っちゃった」
「……ッ」
お前それズルいだろ。不意打ちです。反則でしょ。イエローカード出すよ?
いくら、裏で考えていることは別だとしても、それはそれとして、烏丸卯月という少女は可愛いのである。
その学校での立ち振る舞いが俺にとっては虚像であっても、多くの男子が騙されて、やられちゃうくらいには、思春期の陰キャ男子には刺激が強いのが烏丸卯月というキャラだ。
「どうしたの?」
ふっ、と声に出さず卯月が小馬鹿にするように薄く笑ったのが分かった。その表情をこの場で見れるのは俺だけである。
「なんでもない」
直視できずに、卯月の向こう側の窓を見やる。
バスに揺られて、流れていく景色を見る。
今までなら、眠気でうとうとしながら、半ば無意識に学校近くで降りて、あくびの一つでもかましながら、既に下校後のゲームの予定とか考えつつ、通学路を歩くというのが俺の朝だった。
しかし、烏丸卯月と付き合いはじめてからというものの、土日挟んでいるので、まだ登校自体は三日目だが、落ち着く余地が無い。
女生徒が隣に座ってくるだけでも正直居心地が悪いというのに、まして、現在隣に座るのはこの可愛い生き物である。学校でも指折りの可愛い女の子なのである。
隣席はそれなりに窮屈で、距離感も近くなり密着度は増すし、そのせいというかおかげというべきか、可愛い女の子特有の仄かな甘い香りが鼻孔をくすぐり続け、新境地開いちゃいそう。
どんなものでも会話が無ければ、とても耐えられない空間である。
距離が近い、視線は彷徨って、向けなくていいところに目が向きまくる。
スカートとソックスの間でのぞく白い綺麗な脚だとか、制服の上からでもちゃんとあることが分かる程度には育っていることが分かる強調しすぎない胸だとか、背丈の差から、わずかにその制服の内側が覗き見えそうで見えない首もととか。
それでいて、顔の方も出来過ぎなくらいに整っているのだから、どこに視線を向ければ落ち着いていられるのか分からないのが烏丸卯月なのだ。
そして、落ち着かず眠れない理由はもう一つある。
周囲の視線である。
ほら、また来るぞ。
バスが停車すると共に、俺と同じブレザーの制服を着た二人の男子生徒が入ってくる。通路を通ったときに、おそらく窓際に座る卯月を見たのだろう。
空いた席に座った彼らは言う。
「おい、あそこに座ってるのあれって……」
「てことはあいつが例の金木かよ」
「こんなこと言っちゃあれだけどさ、普通過ぎね」
「はー、あんなんがあの烏丸に告白されるとか、マジ納得いかねえわー」
今日も今日とて、ひそひそとそんな声が各所から聞こえる。女子からは落胆の声と、男子からは妬みの声。
別に悪口ってほどでもない。不都合が起きるような絡まれ方もまだされてない。
噂の中心にある。ただそれだけだ。
他人の声に敏感な俺は、それでもひどく委縮する。
学校のアイドルの心を射止めたのがこんな冴えない男なら、その失望はごく普通のものだ。
学校中を騒がせる、噂の人の正体が、こんなのでは何を言われても仕方ないとは言え、豆腐メンタルの俺には効く。
卯月に対する悪口は聞こえてこないのが救いと言ったところだろうか。
彼らの失望の声は、総じて、烏丸卯月の隣に座る俺へと向けられたものだ。
なんであんなやつが? と。
卯月はそういう奴らに何も言わない。そりゃそうだ。
学校での烏丸卯月は、ここで声を荒げて言い返すようなキャラではない。
そもそも彼女はそういう注目を浴びて、その中でなお輝いて、今の立場を築いてきたに違いない。
不躾な視線など、一々相手をしてやる必要も無い、といった様子。
この幼馴染と付き合うということは、つまりはそういうことなのだ。
「そういえばさ――――」
ごまかすように話題を卯月に投げかける。
そうして仲良さげにやっていれば、周りは勝手に黙る。
ただ朝から少し疲れるんだなー、これが。
まあ、俺みたいな陰キャに可愛い彼女がいる代償と思えば、当然のことのような気がする。
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