アー・ユー・レディー 1

「で、具体的にはどうするんだよ、これで終わりってわけじゃないだろ」


 二人の間で取引が成立したその後のことである。


 舞い上がったその場の熱は急速に冷めていき、実際問題、これからどうしていくのか、具体的な内容を緑朗は欲した。


 ここで私たち付き合ってます、と内密に合意しても、なんのアクションも起こさなければ誰にも伝わらず、それは卯月の目的からも外れている。


「そうね、まず。出来れば不自然じゃない程度に私たちが付き合うことを周りに示したいわ」


「マジかよ、いきなり嫌なんだけど」


「当然じゃない、まず、誰かとーじゃなくて、あんたと卯月が付き合ってるってことを周囲に示さなくちゃ、告白させない“ふるい”になんないでしょ」


「まあ、そりゃそうだけどさ」


 既に男の子と付き合っている。これは、この先来るであろう告白を抑止する要素になる。


 ただ、それが噂話程度の信憑性しかなかったり、その場を凌ぐだけの卯月の嘘とあっては学校で築き上げた烏丸卯月という生徒の、沽券に関わる。


 なら、まずはその問題を金木緑朗と付き合ってみせることで、真実と示し、躱す大義名分を得る。


 これならば、断ったところでお高くとまるもなにもないだろう。逆に受け入れる方が蔑まれる原因になる。


「まああんたの見た目じゃ、自信家せいかくわるいやつが告白してきかねないけど、そこは幼馴染の男の子と付き合ってるからって、突っぱねる正当な理由あるし、向こうがなに仕掛けてきても、大勢を味方につける自信があるわ」


「こえーよこの子」

「天然ものじゃないなら、これくらい出来なきゃ、お話にならないわよ」


 卯月は、白い細い指をピン、とたてる。


「広めるための第一手は、ズバリ、公開告白よ。学校全体に一見して知れ渡るような大勢の前で告白なんてやり方は不自然だから、規模は小さくウチのクラスで、放課後に何人かの監視下でやろうと思う。そこから学校中に広まるってシナリオよ」


「本気?」


「本気も本気よ。放課後、人が減った段階で、教室に残ってる生徒のある程度には見てもらえるタイミングを選ぶわ。陽菜や綾峰くんたちにも見てもらう。勇気が出ないから見守ってほしい、とかなんとか言って」


 卯月の話によって、その状況が具体性を帯びてくる。

 脳内で、起きそうな情景を持ち前の妄想力でシミュレーションする緑朗。

 あわあわ、と震える彼のその顔色は冴えない。

 

「あー、想像しただけで胃がキリキリしてきた」


「これでも譲歩してるのよ。同じクラスになって舞い上がったあんたが、長年の想いを押さえきれずに告白ーってパターンも考えてたんだから」


「おいおい誰だよその金木君、健気な上に勇気あり過ぎだろ、そんな金木君俺は知らないぞ」


「ま、そんなわけだからタイミングを見て、告白自体は私の方からやるわよ。その方が陽菜たちを巻き込む理由にもなるし」


 出来るなら男子の方からするというシチュに持っていきたかったが、相手がこの男子じゃな、と卯月も断念。


 周囲を巻き込んでも違和感のない方策として、ここは自身で動くことを決意。


「そうね、その方がいいね、俺からは無理だわ愛の言葉より先に別のもの吐いちゃう……うっぷ」


「ちょっと、本番で吐かないでよ。告白の感じは今日屋上で最初にやった、みんなの烏丸卯月らしいテイストでいくから。あんた、間違ってもなんの冗談? とか言って日和るんじゃないわよ」


 あんな台詞を返された日には、全ての目論見がぱあだ。そこだけはミスるなよ、とキッっと猫目で睨みを利かせる卯月。


 そんなことを言われたところ天の助、としょうもないことを考えていた緑朗も、その視線には現実に戻される。


「分かったよ……自信ないけど」


「はあ。しっかりしてよね。いい? 決行は明日、放課後の教室で。今日は別々に帰りましょ。間違っても一緒に居るところ誰かに見られて変に勘繰られたくないし」


 不安なのはお互い様である。卯月にしても、なるべく不安要素を消して辿り着いたのがこのやり方だ。


 演技にはなれたもの。


 だが、今回は一人頑張ればいいというものではない。


 相方次第なのだが。


 卯月は眼前の少年の様子を窺い、一抹の不安を表情に覗かせざるを得ない。


 この男、既にノイローゼ直前の様相を呈している。


「はあ……てか、その割には杜撰じゃねえか? 放課後の屋上とか誰かが来て、ガチの告白とか決行してもおかしくないし」


「ふふーん、それは日ごろの行いってやつよ。抜かりはないわ」


 キラン、と瞳を輝かせて自慢げに取り出したるは、一本の鍵。おそらくは、屋上用の鍵か、学校のマスターキーだろう。


 それをドアノブに差し込んで、鍵を開けた。


 いつの間に閉めてたんだよ、と緑朗は心中ツッこむ。


 どんな理由をつけて、借りてきたのかは不明だが、教師からも評判の良い彼女の事である、なんとでも理由はこじつけられたのだろう。


 そう頭の中で整理をつける。


「お前、ほんっとよくやるよ」


 敵わないわけだ。としみじみ感じる緑朗である。


 手を、ひらひらと振って、屋上から室内に戻るその背中は、青春のど真ん中を走る先輩として非常に頼りになる。


「じゃあね、金木くん♪ 今日は楽しかったよ」


 口角からなにまで計算されているのであろう、びっくりするくらい綺麗な笑顔と、みんなの烏丸卯月の声。その変わりようは、緑朗にさきほどまでの彼女が幻覚だったのかと思わされる程。


 本当に、大したヤツだ。


 そして――明日学校行きたくない。


 金木緑朗。問題は先送りにして、夏休みの宿題は最終日目前にすべてやる羽目になるタイプの男である。今回の件も先送りに出来ないかと考える。

 熱というものは冷めてしまえば、あっけないもので、話が現実味を帯びてくれば日和たくもなる。

 

 金木緑朗とは今のクラス内での立場が証明するように、つまりは、その程度の器の男である。


 はっきり言って気が重い役回りだった。




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