校内一の不均整カップル誕生! 3
放課後の屋上。学校にもよるが、もっぱら事故防止の為という名目で立ち入り禁止になりがちな場所だが、当校、中環高校では基本的には開放されている。
昼休みならともかくとして、放課後にわざわざ訪れる者は基本的におらず、人目を忍ぶ場所として充分に機能としていた。
青春とは程遠い高校生活を送る金木緑朗にとって、この屋上を訪れるのは入学してはじめてのことだった。
屋上に、二人の男女。
春の陽光が暖かい。
校庭やグラウンドから運動部の者たちのものであろう掛け声。
校内のそういった喧騒はどこか遠く、切り離されたような空間。
少年、金木緑朗の正面には、学校でも有名人の美少女、烏丸卯月。
黒いストレートの髪が、風で靡いている。白磁のように滑らかな肌。大きくて綺麗な目、澄んだ瞳。柔らかそうで形の良い唇が、言葉を紡ぐ。
胸の前に両手を置いて、きゅっと握りしめる。必死に勇気を振り絞ったような、女の子の切実な表情があった。
それは色彩豊かな物語の始まりを想起させ、まるで、映画のワンシーンのよう。
「金木君、好きです。――付き合ってください」
もしこれが映画であるならば、恋愛をテーマとした明るい曲がバックグラウンドで流れていること必定だろう。
だが、金木緑朗の脳内には、デスゲーム系のスリル感を溢れる曲が流れていた!
選曲はライ〇ーゲームのあれだった。
脳内で勝手に心理戦が勃発していた。
緑朗は知っている。目の前の少女が、校内の生徒たちが思うような可愛らしい性格ではないことを。
「――――。」
なんの冗談? と出かかった言葉を飲み込んだ。彼は、悪質な
なんのアプローチもかけていないのに、美少女が平凡な男子に告白をすることなど
現実には起きえないと緑朗は即座に分析。
この男、自らの
激しい喜びも無ければ、深い絶望も無い、植物の心のような人生とは、青春という勝負から降りた彼が目指すべき在り方の一つ。
学校生活で起きるこんな
しかし、誰かが隠れて盗み見ている気配はない。
どうやら、美少女に告白されて浮かれて思い上がったり、疑心暗鬼になる哀れな男子を嘲笑う遊びではないらしい。
そのことに内心ほっとしながら、一度飲み込んだ言葉を吐き出す。
「……なんの冗談?」
「いやあんた、女の子の告白にその切り返しは流石にないでしょ。サイテーね」
さきほどまでの、見ていている者の方がきゅんと胸を締め付けられるような切な表情はどこへやら、一転して冷めた表情になる卯月。
それは、幼馴染の彼だけが知る彼女のもう一つの顔。
これが彼女にとって本気も本気な真剣な告白の場であるなら、その相手が緑朗でないなら、同じ答えを受けてもこのような態度はとらないことを、緑朗は確信する。
「嘘の告白なんかするお前の方がサイテーだよ」
「もう少し照れたりしてくれてもいいじゃない、まあ、あんたらしいけど」
ふん、と正直もう少し照れたり慌てたりする少年の姿を拝めるかと期待した卯月は、面白くもない冷めたリアクションに、心外だと腕を組んでそっぽ向く。
「で、何の用だよ」
「今の告白は嘘だけど、嘘じゃないの。だから、今のが用件」
「というと?」
禅問答じみて余人には要領を得ない卯月の言葉に、緑朗は聞き返す。
あーもうなんで伝わんないかなーと、やきもきする卯月。
「まあ、なに。つまりよ……私と付き合ってよ」
視線を交わらせないように顔をずらしたまま、ちらちらと視線を中空と少年とを行き交わせながら、しおらしく告げる卯月。
彼女の顔はらしくもなく微かに朱に染まっていて、さきほどの、気合の入った演出バッチリの告白をする姿よりもよほどカワイイ。
それが緑朗の受けた所感だ。
前後のつながらなくて、どこか現実味の無い、幼馴染からのお願いに立ち尽くす。
「……マジで」
「……マジよ」
「俺とお前が付き合うの? なんで俺?」
ホワイ?と自分に指をさす緑朗。
「聞き返さないでよ、私だってちょっとは恥ずかしいんだから」
こんなかわいい女の子が頼んでるんだから、事情やその他諸々は二の次でいいじゃない。
そう言いたげに視線を斜めに下に、少しいじけたような顔で柔らかそうな唇を尖らせる卯月。
彼女とて、この一件は完全に彼女自身の個人的な事情で、緑朗を巻き込んでいるのは理解してるがゆえに、話す態度はどこか心許ないものがある。
「……最近ちょっと困ってるのよ。告白されることが多くて」
「どんなリアクションが俺に求められているんだ、それ。褒めた方がいいところ、同情した方がいいところ?」
「茶化さないでよ、あんたなら分かるでしょロクロー。私が誰かと付き合えない理由」
烏丸卯月が誰かと付き合えない理由。
それは、目の前にある彼女の姿そのものだ。
校内で他の生徒たちに見せる彼女と、今の緑朗に見せる彼女とではそこに明らかなギャップがある。
この様子を見れば少なからず、彼女に対して落胆するものは現れるだろう。
「まあ。分からないでもないけど、そんなの相手の器量次第じゃね? 付き合ってみなきゃ分からない的な」
緑朗からすれば、彼女の悩みは些事に思えた。
そういう他人向けの
それに、卯月くらい、顔が良ければそれも受け入れられるんじゃね。
と他人事の様相である。
だが、それはまさに他人事だからこそ出る感想。
烏丸卯月はそんな風には受け止められない。
うぅ、こいつときたらもう、人の苦労も知らないで。
そう卯月は内心唸る。
彼女自身の生得的な性能もあるが、それだけでは校内でもこの立ち位置には上り詰められなかった。
話し方から、細かい所作、敵を作らない立ち回りと性格、容姿の良さを際立たせるためのナチュラルなメイクや表情づくり、相応の努力を経て、その位置を築いたのである。
敗北者は、成功者の積み上げた努力を知らない。
自らの限界をそうそうに設定して見切って、勝負から降りて青春を諦めた彼には最低限の身なりは整えても自分をよく見せる努力など考えたことも無い。
容姿の中で、髪の毛一つ見ても顕著だ。
髪型にも気を付けて、手入れなどにも十分過ぎるほど時間をかけて行う卯月に対して、緑朗は、長過ぎないように意識して、カットにはいくが、人前に出るからといって整髪料で髪をセットしたりはしない。
やってもせいぜい寝ぐせを濡らして乾かして直す程度である。
そんな緑朗だから、卯月のひそかながらに膨大な努力の集大成としての彼女が映えて見えても、その細やかな努力の数々には一切気が付かないし、想像も及ばない。
学校という箱庭に向き合う姿勢がまるで正反対の彼と彼女である。
故に二人の間の温度差は必然とも言えた。
「それじゃ……それじゃダメなのよ! 卯月は、誰からも好かれる女の子なの! そうデザインされた女の子。でも……本当の私はそうじゃない。誰かと付き合ってそれがバレたら? それを学校中に話されたら? 結局相手はどこまで言っても他人。その場では受け入れてくれても別れることになったら後は? どうなるかなんて保証はない。終わりよ、受けられるわけがない」
「じゃあ全部断っとけばいいじゃん」
「そんなの続けたらお高くとまってるって言われるわよ、そろそろ限界なの。けど他人は誰も信用できない。だけど、あんたなら……」
いい加減立場が危うくなってくる予感を感じ取っていた彼女にとって、新学年で同じクラスになった少年は吉報だった。
「陰キャ寄りだし。立場的に例え周りに私のことを吹聴したって発言の信憑性が低くて、私的にも昔からの
どう? 完璧じゃない?
とでも言いたげな表情を浮かべる卯月。
あらゆる人に好かれるなんていう、とんでもない高みを目指す彼女にとって、彼氏に置く相手として、緑朗は大変都合の良い存在だった。
探りを入れられたとき、幼馴染というのは好きになる理由をいくらでもこじつけやすく過去も口裏合わせれば捏造できる、今まで一切の告白を受けなかった理由にもなり、余人の
ここにきてクラスが一緒になったこともそれを後押ししており、内心、けっけっけと凶悪な笑みを浮かべる卯月。
この女の計算高さと運の良さは、今、校内でもトップカーストについているという事実からして明らかである。
「どうって……お断りします」
そんな彼女の計算の外にあるのがこの男、金木緑朗である。なにせ手札ごと青春を投げ捨てた少年である。
上手くいかなかったからではなく、上手くいかなそうだからやめておく。
己が身を守ること最優先の彼にとってはなんの魅力も無い提案だった。
今すぐにでも、綾峰のようなハイスペック男子に成り代われるものなら受けるのも吝かではないが、この身に烏丸卯月の相手は手に余る。
関わることで被る面倒を思えば、NO一択。
あっ……そう。
と、烏丸卯月の渾身の
「え? え? なんでよ? 最高の条件じゃない」
「お前にとってはな。その話には俺にメリットが全くない」
「この
二人ともぽかんとする。
なに分かりきったこといってんだこいつ。なんで俺の(私の)言っていることが分からないんだよ。
とは互いの心仲。
彼女の提案するそれは、充分にメリットになるし、箔がつくの間違いない。
仮にそれを差し置いてもだ。
この校内で私に告白されて断る人間なんてそうそういるわけないじゃない。
というのが、烏丸卯月という少女を客観的に見た、彼女自身含め誰でも思うであろう所感だった。
「俺は目立ちたくないんだよ、普通に嫌だよ。てかどんだけ自分に自信あんだよ」
「そう、そうね……」
その言葉に緑朗の確固たる意志を感じ取る卯月。
顎に手をあてて、さながら探偵のような思案顔で、渋々といった様子に言葉を続ける。
「そういうこと。……じゃあ、最終手段を出すしかないようね。あくまでお互い納得のうえでの合意ってカタチにしたかったけど、仕方ないわ」
「ほーん……なによ」
ま、なにを言われても断るけどな。と脳内吹き出しの中で腕を組みながら仁王立ちで彼女を見下ろす緑朗。
学校内の立場上、こんな時くらいしか、人を見下せない小さな男である。それが現実の姿勢には現れないあたりがこの男の器の小ささの証左を更に補う。
対峙する卯月は、意地の悪い顔をして、狙いを定める狙撃手のように次の言葉を述べた。
「あんた……陽菜のこと好きでしょ」
致命の一撃だった。
「ぶっ。なななななにを言ってるのかな、なんのことか全くワカラナイナー、うん」
先ほどの余裕はどこへやら。
脳内で出来上がっていた仁王立ちの金木君は胸を大きな槍で突き刺されて、地面に伏した。
「やっぱり。いや、バレバレだから。あんた一人の時いっつもこっち見てるし、一応言っとくとすっごいキモイ」
「なに気づいてんだよ。なに見てんだよ、ていうかそう思うなら教えてくれよ」
「いやよ、だって気持ち悪いもん」
「……ぐぬぬ。お前今、形の上じゃその気持ち悪い男に告白してんだからな。……で、だからどうってんだよ」
「ばらすわよ」
チェックメイトだった。
「告白の件、謹んでお受け致します」
ぺこり、と恭しく一礼する。社会人になっても即通用する一礼だった。
「よろしい。ふーん、あんた、ああいう子が好みなんだ。まあ陽菜カワイイしね」
勝った、と言わんばかりに腕を組んで、片目を瞑って緑朗を見下ろす卯月。
「なんだよ……悪いかよ、言葉にしたら戦争だけど、想うだけなら自由だろ」
緑朗自身、正直この感情を持て余していた。
どちらにせよ明らかにするつもりのない想いだ。成人した頃にはきっと忘れているであろうし、叶うことも無いしょうもない想い。
友人が言っていたように遠くから眺める、それが勝負を捨てた自分には相応しい。
はたして彼女が好きなのかどうかすら、俺には分からない。
ただ、気になっている。
それだけは、緑朗の中にある行動にも出てしまっているように事実だった。
そんな緑朗の心内を知ってか知らずか、不服な面持ちの彼を見て、卯月は妙案を得たりと、その頭上に電球を光らせる。
「……良いことを思いついたわロクロー。物は考えようってやつよ、これは取引よ! 私はあんたを使って自分の青春を守る。この高校生活で勝ち続ける。代わりにあんたには、私を使って青春ってやつを体験させてあげる。私を“女の子”を知る教材にすればいいわ!」
「はあ?」
「どうせあんたのことだから、今誰かと付き合ったり告白したりする気なんてないんでしょ」
めちゃくちゃ、めちゃくちゃだこの女。
自分の言っている意味が分かっているのかこいつは。
――トクン、と心臓が強く脈動したのが分かった。
幼稚園からの幼馴染。
中学の頃には話もしなくなった、とっくに切れたと思われた縁。
学校じゃ可憐な振る舞いと容姿で評判の、清楚でおしとやかな優等生、完璧な美少女。
トップカーストに君臨する、リア充の中のリア充。
「三年になって残りの高校生活が少なくなったらお互い気に入らなければ別れればいい。その時に、あんたはこのままじゃ在学中には経験できない女の子との付き合い方と、私と付き合っていたっていう
その正体は少しきつめな性格で高飛車で、自分が一番じゃなきゃ気に入らない程の負けず嫌いで。
――――トクン。
自分の本当の趣味から好きなものまで何もかもを偽って、人気者を演じる計算高い女で。
――――トクン、トクン。
その真の姿を知る俺への要求は、横暴もいいところだ。
――――トクン、トクン、トクン。
彼女が提示するメリットなんて全然俺にとっちゃメリットになっていない。
久々の幼馴染との会話がこんなとか、冗談にしても笑えない。
なんだよそれ、結局は俺の努力次第じゃないか。
失敗しても恥かくの俺だけだし。
――――トクントクントクン。
だけど、面白い。
このうるさいくらいに高鳴る心臓が、総毛だつ身体が、そう伝えている。
「はは……」
負けるのが分かり切ってる勝負なんて、分が悪い勝負なんてやりたくもない。
だから、ほどほどで満足することにした。
最初から勝負を捨てていれば、ダメージは少ない。
でも、面白いと思ってしまったのだ。
まるで自分が手を貸すなら成功が約束されているとでも言いたげに啖呵を切る彼女に、心を震わされたのだ。
本当にめちゃくちゃだ。意味不明だ。本当の自分は受け入れられないなんてビビってるくせに、その自信はどこから湧いてくるんだ。
けれど。
めちゃくちゃだけど、面白いってのは重要だ。
旅の恥はかきすて。
何も期待しなきゃ、何も得られないとは、俺の好きな白い犬畜生の言葉。
配られたカードで勝負するしかない、その言葉の意味を諦念ととらえる俺の人生
を、力強い少女の言葉が塗り替えていくような錯覚。
やってみるか、と。そう思った。
「だから、金木緑朗――好きじゃないけど私と付き合いなさい」
まるで彼女の宣言に世界が応えるように屋上に一際強い風が吹きつけた。
不敵な笑みを浮かべ、黒髪をはためかせる彼女は、俺が普段学校で見かける烏丸卯
月より、ずっとかっこよくてかわいくて、素敵だ。
自分に自信が無いから戦い続ける少女から―――。
元来、告白とはするものが乞うように執り行われるもの。
だというのに、目の前の少女は偉そうにも付き合えと命令する。
世界一おかしな告白だった。
色気なんて全くない話だった。
真っ当な高校生のカップルの誕生の瞬間とは程遠い、お互いがお互いの為に利用し合う、拗れて捻くれた関係。
でも、それは発売を待ちわびたゲームを起動する瞬間より、好きな漫画のアニメが放送される瞬間よりも、ずっとワクワクして、はるかに胸が高鳴って。
なにも起きなかった人生で、なにかがはじまりそうで。
止まっているように変化のない毎日の、なにかが動き出しそうで。
色の無いモノトーンの世界が、一転して色づいていくような。
そんな予感。
ああ、きっとこの予感のことを人は――青春と呼ぶのだ。
――――自分に自信が無いから諦めた少年への挑戦状。
だから、少年の答えは決まっていた。
「分かったよ、烏丸卯月――好きじゃないけどお前と付き合ってやるよ」
無名の冴えない平凡な男子生徒と、学校の有名人で人気者の美少女な女子生徒。
校内一の不均整カップル誕生の瞬間である。
金木緑朗。六月六日生まれ。ふたご座。
自らの手札を鑑みて、一度は青春を諦めた彼に。
高校は二年目。四月も下旬で桜が散り、春も過ぎようというその季節に。
――――どこかおかしな青春が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます