校内一の不均整カップル誕生! 2

 公立中環高校、二年一組。そこに在籍する少年、金木緑朗は教室の一角を見やる。


 彼の視線の先には、各々がそれぞれの青春を謳歌する教室という舞台の最中にあって、他を圧倒して一際輝かしいオーラを放つ二人へと向かっていた。


 二人は、一つのスマホの画面を並んで覗いている。その画面に表示されたスイーツの画像を見て、片方が唸る。


「わー、これすっごいカワイイー。もしかして最近できた駅前のお店のやつ?」


 そんな反応を示す、可愛いもの好きを公表する少女の名前は、烏丸卯月。


 黒い長い髪が特徴の彼女は、校内の有名人であり、トップカーストに所属する、清楚系の美少女の化身のような女子だ。


 食べ物にカワイイってどういう事だよ、味が良いかどうかじゃねーの。


 そんなことを口には出さないながらも思う十六歳、年齢イコール彼女いない歴の金木君。そんな彼の視線は、烏丸卯月ではなく、彼女の前に立つもう一人の方へと向かっていた。


「そうそう、今度行こーよ」


 そう、彼女のリアクションに返す少女の名前を、鶴見陽菜つるみひな


 明るく染めた長髪と、制服の着こなしから今どき感あるギャルっぽい雰囲気の少女。


 天真爛漫な彼女は、トップカーストにいながら誰とでも分け隔てなく気安い感じに接するタイプで、烏丸卯月とはまた違った意味で、男子キラーな美少女だ。


 クラス内での男子人気は、卯月と陽菜とで二分されていると言っていい。


 現在、彼が視線で追っているのは陽菜の方である。


 当人はなるべく人目につかないようひっそりと、さりげなく視線を向けているつもりである。


 が。


 この男、誰かに注視されれば、誰を見ているか丸わかりなほど露骨に見ていた。一見すれば客観的には割とバレバレである。


 それが露見しないのは、ひとえに彼をわざわざ意識して目にとめるような生徒が居ないからだろう――。


「よう」


 彼の友人を除いては。


 机に突っ伏して頭を横に寝かして教室を全体をぼんやり見ているという体で彼女らの会話をぼんやりと見ていた緑朗。


 その頭上から言葉が降りかかり、机の空いたスペースを扉をノックするように、コンコンと指で叩かれる。


「なーにクラスの二大美少女の女子を視姦してんだよ、やらしいなあロクローくんよお、通報しちゃうぞ」


「見てねーし、仮に見てたしても視姦じゃねーし観察だし」


「いやどっちでもやべーよ。まあ、思わず目で追ってしまうその気持ちは分からんでもないがな、俺らのような庶民には話しかけることも憚れる方々よ」


「おい、見てねーって言ってんだろ、耳腐ってんのかこのヤロー」


「いや、真面目な話、割とバレバレだから、誰が見ても分かる程度にはガン見だったって」


「……マジで?」


「マジで」


 からかい半分優しさ半分で指摘した、人の良さそうな雰囲気を発する天パ少年。彼の名前を樫本直也。緑朗の気が許せる、ゲームや漫画など趣味などでも気の合う、数少ない友人の中でオタク寄りのタイプの一人である。


「どっちが目当てなんかは知らんけど、早まるなよ。俺はダチが学校の晒し物になるなんざ嫌だぜ。非モテ組の陰キャ男子の俺らには、こうやって同じクラスで眺められてるだけでも有難い存在なんだしよ」


「……まあ、そうね、分かってるよ」


「そういえばさ、先週発売したアレ、買ったんだろ、どこまでいったよ? 俺は――――」


「……」


 人には分相応ってものがある。


 樫本の言うように、彼女らは俺達のような所謂イケてない男子が手の届くような存在ではない。それを夢に見るように願うだけなら、妄想で楽しむ分にはともかく、行動に移すなどあまりにもリスキーで分不相応だ。


 思わず、緑朗はため息が出そうになる。


 こんな考えだから俺の人生はどこまで行っても灰色で、色づかないんだろうなー。


 そう思う。


 その原因は、分かり切っていた。


 格好つけた言葉で飾れば、彼の人生の哲学とでもいうべきもの。


 薄く張って小さく勝つ、不利な勝負は傷の浅いうちに降りる。


 そうやって彼は、栄光とも遠いが、屈辱とも縁遠い、しかし平穏で安定した生活を勝ち取った。


 今の彼の学校内での立場は、まさしくそうやって形成された。


 結果として、ぼっちで話す相手も居ないというほど悲惨でもないが、彼が先ほどまで見ていた二人が日々送るようなリア充極まれりな華やかな生活には届かない、ほとんどの人が大なり小なり成功と失敗を繰り返して辿る、大したイベントも起きない平凡と言う名の道を順当に歩いている。


 物語で言えば、まさに脇役の在り方である。


 十代の若者としては少々諦めが良すぎる点を除けば至って、平凡。


 別に不満があるわけではない。


 友人には恵まれた方だろう。


 何か満たされないものを抱えながら、あるいは、人生が一転するような出来事を夢見ながら、毎日、平凡な人間なりに楽しめることをやっている。


 欲をかいても俺の手札じゃ高が知れている。――――それでも、一度くらい。


『なーに見てんの、二人とも』『あ、綾峰くん。これ見てー。可愛いでしょー』


『駅前に出来た新しいお店なんだけど、今度行こうねって二人で言ってたの』


『はえー、なんか食いづらそうだべ』『いやお前、その感想はなんかずれてるだろ』


 目の前の友人と最新作のゲームの話題をかわしながら、彼の視界の端には、二人の運動部で顔も良い男子生徒が烏丸卯月と鶴見陽菜の会話に入っていくのを捉えていた。


 その様はあまりにも自然で、とても自分たちと同じ年の頃の男とは思えない。なんなら同じヒト科の生物とも思えない。


 二年でありながらサッカー部で三年生に混じって試合にもレギュラーとして出場し活躍する、綾峰翔人というイケメンの男子生徒。


 クラス内でも、特に彼は別格の雰囲気を放っていた。立ち振る舞いには自信があふれていながら嫌味は無く、爽やか。やることなすこと垢ぬけていて顔も良く清潔感もある。


 彼を前にしてはほとんどの男子生徒が霞むのも止む無し。


 そんな綾峰が何か気の利いた言葉を放ったのだろう。


 小学生の頃くらいの昔はよろしくやっていた幼馴染が笑った、同じクラスになって、少し気になる女の子が笑った。


 脇役な生き方の染みついた緑朗とは、反対に位置する、物語の主役のような男子だ。



――――あんな風な輪の中に入れる人間になってみたいものだ。


 そんな羨望を、自分に配られた手札カードを見つめなおして、有り得ないし、目立つことが嫌いな己の性に合わない生き方だと彼は切り捨てた。


 そんな休み時間の終わりに、緑朗の携帯が震えた。


 なんの通知かと思って画面を確認すると、みなが良く知る人物からメッセージが送られてきていた。


 うづき。


 そう画面には表示されていた。


 緑朗は察した。


 ――――問題発生である。


 うげ、と声を出さなかったのを褒めてほしい。


 この学校の男子ならおそらく喉から手が出るほど欲しがる者もいるだろう、烏丸卯月のその連絡先。


 幼馴染である彼は、中学卒業時の親の付き合いで不可抗力的に手にしていた。


 普段からして関わるの事ない彼女からメッセージが送られてきたのは、実に交換以来、高校二年目の春にしてはじめてのことだった。


 幼馴染。


 それも異性となると、ただならぬ仲を想像しそうになるが、そんなものは幻想であると緑朗は断言する。


 現実に、別に彼と彼女は仲は良くない。


 家も近所で知り合いで親同士の付き合いもあり、幼稚園、小学校、中学校と来て、偶然にも高校までも一緒になってしまったが、それだけである、


 幼馴染と言う関係は、仲の良さを保障するものではない。


 これで、毎朝起こしに来たりするような関係性であったならば、緑朗はラブコメ主人公的立ち位置にあったのに、と益体の無い妄想をしたりすることも……なくもな

い。


 だが、現実にはそんなことは起こらないのだ。


 実際の二人は、同じクラスになってもなにか要件が無ければ話さない。言葉を交わしても会話とも言えない業務連絡程度にしか話さない程度には冷え切っていた。


 もはや友人ともいえない。


『放課後、屋上に来て』


 メッセージとして表示される吹き出しの中に書かれた文字は短く、イマイチ何の用か掴めない内容だった。


 普段使わない連絡網が使用されるということは、相応の“何か”がついて回るのが常である。


 文面からもやんごとなき事情であることをひしひしと感じる。


 そも、人気の無い屋上に放課後にわざわざ呼び出す時点で怪しいのだ。


 本能的に面倒くさそうと感じた緑朗は、既読をつけてしまったことに内心、ぬかったああ、と叫ぶ。


 彼には、帰宅後に発売したばかりの忍殺なアクションゲーム『独狼―ドクロ―』がスタンバイモードで待っている。御子様が待っている。


 今日も、青春への葛藤云々はとりあえず置いておいて、これに興じようと陰キャらしい彼なりの予定があった。


 この用件は、それを妨害しかねない。


 このメッセージアプリ『LINE』便利でありながら、この既読という機能から、悪魔のアプリケーションと評する金木緑朗である。


 これで拗れる人間関係の存在を確信する緑朗にとって、面倒そうな案件は熟考の為にと、とりあえずは通知で確認するだけにとどめるようセコイ手段を常用していたが、普段見ることのないメッセージの送り主に、誤って今回は画面を開いてしまった。


 緑朗は頭の中で、きゃああと悲鳴をあげながら、顔をあげて、教室の窓際一番後方の席という、自称ベストプレイスから右に一つ、前に三つと右斜め前方の席に座る烏丸卯月を、ちらりと窺う。


 同時刻、既読がついたことを確認した卯月は、その行動を見透かしたように顔だけを動かして、緑朗の方を見る。


 必然、二人の視線がぶつかる。


 誰も他にこちらを見ていないことに気づいた卯月は、教室内では本来見せることのない勝ち誇ったような笑みを浮かる。


 その綺麗な形のいい唇が、声に出さずとも、こう言葉を紡いだのが緑朗には見えた。


 逃げんなよ、と。


 緑朗は、嫌な予感が確信へと変わるのを感じた、もう春も終わろうかという四月も下旬の出来事である。

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