第301話 グラムという者 ①

 思えばクソみたいにつまらない人生だった。


 学生時代は馬鹿みたいな事で騒いでいられたが、就職して社会人になってからは毎日働いて、飯食って、寝ての繰り返し。

 周りの奴も同じような事しか言わず、誰もが同じに見えた。


 学生時代からの唯一の趣味であるゲームだけは、なんとなく買ってはダラダラとやってはいたが、心を揺り動かすようなものは無かった。


 しかし、あのゲーム。

 ロストブレイブオンラインに出会うまでは。


 最初はとてつもなく感動したよ。

 現実かと思わせるクオリティの高い景色に、実際に触る事が出来るオブジェクトのリアティのある再現度。

 それは今まで覗いているだけの異世界が、現実にあるかと錯覚させられるくらい完成度の高い物だった。


 しかし、実際にやってみると所詮はゲームの世界。

 折角没頭しているところに、至ると所で現実(リアル)の話をしている莫迦どもを見掛け、何度ゲンナリした事か。


 それでも、あの世界で戦っている間は現実世界を忘れる事が出来たんだ。


 いつの間にか、俺と同じように考える奴らが仲間となり、クランを結成。

 よりリアルに感じるように、対人戦PvPを進んでしていくようになった。


 NPCとは違って、リアルに反応が返ってくる対人戦PvPは俺達の心を躍らせた。

 ステータスを上げても、スキルを揃えても、最後は本人の戦闘センスとその戦術で戦いの決着つくリアリティさがどんどんその世界に俺をのめり込ませる。


 仲間の歓声が、仲間からの称賛が俺の存在意義がここにあるのだと思わせていたんだ。


 だが、それも結局は仮初の世界だけでの話。


 ある時、現実で俺は同僚に嵌められた。

 ある仕事の失敗の責任を俺に擦り付けたのだ。

 さらに悪い事に、その上司が共謀して俺がやった事として会社に報告をしていたのだ。


 当然俺は反論したが、俺の意見など誰も信じてはくれなかった。

 頭に血が上った俺は、その同僚と上司を殴り倒し、そしてクビになったのだった。


 あの日から俺は部屋にこもりっきりになってゲームに没頭していた。

 LBOの世界の中だけでは俺は英雄になれたから。


 もはや現実には自分の居場所などないのだと、外に出る事も無くただひたすらゲームを続ける日々。

 親に無理やりやらされていた武道で鍛えられていた体も、みるみる衰えていったがゲームの中の自分さえ鍛えられていれば関係ない。


 いっそ、このまま死んでも───。


 そう思った時だった。

 いきなり目の前が真っ暗になる。


(あ、俺の体が遂に逝ったか?)


 まともな食事も、ろくな睡眠もとらずにログインしづけていたので、最初はログイン中に死んだのかと思っていた。

 が、暫くしてそうでは無い事に気が付く。


(一応意識ははっきりしているし、移動は出来ないが手足は動くな)


 手の平を開いたり、閉じたりして自分の体を確認する。

 動かすのに問題が無いとなれば、考えられることはひとつだ。


(くっそ、折角いいところだったのに、システムトラブルかよ。ここまで酷いのは初めてかもしれねーなぁ)


 起きてしまったのはどうしようもないし、そのうち復旧するだろうと諦めてその時を待とうと意識を切り替えた。


 体感で10分もしないうちに、突然光が広がる。

 あまりのまぶしさに、瞼が無いのに目を閉じようとして気が付く。


(ん?目を閉じれるのか?)


 おかしさを感じながらも、今まで気にしなかっただけだと思い目を開く。

 そこには、見たことも無い景色が広がっていた。


「やったぞ、成功した!」

「これで我らは救われる!」

「神の啓示は本当だったのだ!」


 聞き慣れない声が周りから聞こえる。

 あたりを見渡すと、自分以外にも一緒にプレイしていた仲間数人が横たわっていたのが確認出来る。

 さらにその周りには、高位の魔導士が着ていそうなローブ姿の者や、NPCの王族とかが着ているような豪華な服装の人物達。


「なんだこりゃ?一体なんだこれは?」


 思わず口走るが、よく見るとここは王都の王宮である事が分かった。

 普段は入れないが、クエストやイベントとかで何度か来たことがある。


 ここは王宮にある、どこかの神殿の最上階だったはずだ。


(とういう事は、何かの強制イベントか?運営め、随分強引な事をするな!ビビっただろうが!)


「突然お招きしてさぞ驚いている事でしょう勇者様方。説明は私(わたくし)が致しますわ。私は──」


 ここで、この国の姫様であるという人物から説明をされる。

 どうやら、国を魔族から救うイベントらしい。


 報酬は大量の金と、そして領地をくれるらしい。

 さらには、一番の成果を上げた者にはこの姫様と結婚が出来るんだと。

 もちろんメンバーには女もいるから、功労者が女だった場合はこの国の王子と結婚できるらしい。


 取り敢えず資金が増えるのは嬉しいし、次の魔族との決戦までは自由に暮らしていいと言っているし悪くはない。

 何より、設定とはいえ俺を勇者扱いなのが心地いい。

 だが、お姫様と結婚だけは勘弁して欲しいな。

 自由に狩りに行けなくなるし、統治ゲームとかやってられない。


 取り敢えず王都にいる間は全て無償らしいから、暫く遊んで暮したら適当にとんずらしてしまおう。

 どうせクエスト失敗しても、ペナルティなんてないんだし。


 ──そう高を括ってから、1時間後に違和感を覚え始めた。

 あまりにもスムーズなNPC達の対応もそうだが、出された食べ物や飲み物に味があるのだ。

 しかも、前と違って食べ物はしっかり食べないと消えないし、飲み物も飲んだ分しかなくならない。


 いや、そもそも喉を通って胃に入る感覚がリアル過ぎる。

 よく考えれば、匂いも感じるし、視界や音響なども前と比べられない程リアルなのだ。


 そして極めつけが…。


「ああんっ?ステータスが表示されていないぞ?」


 思わず口に出してしまう。

 すると、護衛だとかいう男が話しかけてきた。


「グラム殿の右手の甲には、ステータス紋がありますので、そちらで見れるのでは?」


 言われてみると、確かに見慣れないものが自分の右手に浮き上がっていた。

 言われた通りに触れてみると、見慣れたメニューが飛び出してきた。


 まさかUIまで変更するとは思って見なかった。

 ※UI=ユーザーインターフェース。よくゲームで見る、メニュー画面とかステータス画面諸々の事を指す。


 いや、というか変だろこれ。

 ストレージ内の持ち物の大半が消えちまっているし、装備もたりねぇ。

 おまけに金の表示がない上に、金が入ってねーぞ!


 他にも、自分の体も妙にリアルになっている事とか、自分の息子もちゃんと機能しているとか、食べたらトイレに行かないといけないくなったとか。

 どう考えてもゲームの範疇を超えている。


「こりゃあ、マジなのか?」


 そのあと、意識を取り戻した仲間達とも合流し、情報交換をした。

 そして、結論は早かった。


 どう考えてもゲーム世界とは考えられない。

 ただスキルや魔法を使えるも確認し、ステータス表示も前と同じ数値なのも確認したのですぐに困るという事はなさそうだ。


 取り敢えず目下は…。


「よし本当に異世界に来たって言うんなら、みんな楽しもーぜっ!」

「「「おーーー!!」」

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