第220話 絶望の中の希望

 ギルドの中に入ると、ロビーには負傷者で溢れかえっていた。

 そこには冒険者だけではなく、街の人から兵士まであらゆる人がここに逃げ込んできたようだ。


「くそっ!王宮とまだ連絡が取れないのか! 陛下の無事は確認出来んのかっ!?」


 ロビーの奥の方で、野太い声で騒いでいる人物がいた。

 遠目でも分かるその人は、俺も知っている人物だ。


「ん?おお、お前はユートじゃないか!亡霊じゃないよな?…よしよし、ちゃんと実体はありそうだな。おや、その隣の…!!?アリアネル様!!ご無事でしたか!!」


「声がでかいし、うるさいぞドルガー」


 豪快なドワーフみたいな顔のドルガーが、大きな声で話しかけてきた。


「なんでお前と一緒にいるんだ?お前は南大陸に向かっていたと聞いたが…」


「王都が襲撃されたと聞いて急いで帰って来たんだ。アリアネル様が一緒にいるのは、俺のところの使用人が偶然彼女を助けて保護していたんだ。だから一緒にいるのは本当に偶然だよ」


 ドルガーが驚いた顔のまま、頭をガシガシしていた。

 まぁ、そんな偶然そうそう起こる事じゃないから、気持ちは分かるよ。


「なるほど、そういう事もあるんだな。だが助かったぞ、まだ俺らには運が残っているようだ」


「というと?」


「王族でもあり、聖女でもあられるアリアネル様が健在であれば、まだ士気を保てる。王宮と連絡が取れない以上は最悪を想定する必要があるんだが、それでも聖女様が生きているという事実は希望につながるのだ」


「なるほど。今は聖女様が人類の希望というわけか」


「そういう事だ。それに先日SSランクになったお前が王都へ戻って来た。この事実は冒険者達にとってかなりの助けになるだろう。正直、みな心が折れかかっていた。だが、お前が来たことにより、まだ持ち直せるという期待を持てるだろう」


 もはや、これは魔王軍との戦争だ。

 その中で圧倒的に不利な状況では、こういうアイコンになりやすい人物がいるかどうかでモチベーションがかなり違ってくる。


 この絶望的な状況では、彼らも何かに縋りたいという事だろう。

 皆、かなり追い込まれているみたいだ。


 ドルガーは、地べたに座り込んでいた人々がいる方に向けて、より声を張り上げて叫んだ。


「皆、良く聴け!SSランク冒険者のユートと、聖女アリアネル様が帰還された!

 ここからだ、ここから奪い返していくぞ!」


 すると、さっきまで皆死人の様な顔をしていた冒険者が俺らの姿を見つけるとすくっと立ち上がる。

 そして、一斉におおー!と鬨の声を上げた。


 その変わりように俺は苦笑いしながらも、疲労を回復すために神聖術セイクリッドスキルを実行する。


「全てを癒やす光よ、この者達を照らせ…〈祝光〉!」


 疲労困憊の体をポーション無しで回復するこのスキルは本来聖職者のスキルだが、本業の聖女を差し置いて回復を施した。


 おお、流石聖女をお守りした英雄だ!とか聞こえてきたが、スルーしておいた。

 そもそも英雄になったつもりもない。


 そういう大仰な役目はカイト達に任せる押し付けるつもりなのに、勝手に思わないで欲しい。


「ユートさんは、神聖術セイクリッドも操るんですね。効果範囲だけで言えば私を越えていますよ」


「まー、最近良く使うからスキル熟練度が上がったせいだろうな。使ってみると色々と便利だよなぁ」


「神の御業を、便利道具扱いにしないでください」


 聖職者にとって、神聖術セイクリッドは神の御業という事らしい。

 聖職者とは、神の代行者なのだという。


「へぇ、そういう教義で育ったんだ?お堅い考えだなぁ。でも、使えるものは何でも使う、それが冒険者ってもんさ」


「はぁ、そんな自由な発想出来るだなんて本当に羨ましいですよ。私達王族は嫌になるほど制限がありますから」


「なるほど、それは大変そうだな」


 根っからの庶民の俺には分からない苦労があるんだろう。

 若いのに大変な気苦労をしているみたいだ。


 そんな事を思いつつ、ドルガーに気になったことを聞いてみた。


「なぁ、ドルガー。上空から見渡したが、街の人が見当たらなかったがどうしたんだ?…まさかもう?」


「ああ、かなりの数が殺されてしまった。が、今は各地で冒険者達が誘導して地下に逃げ込んでいる筈だ。あそこなら滅多なことでは魔族に見つからないからな」


「地下?そんな逃げ場が無さそうな所だと、つけられてたら攻め込まれるんじゃないか?」


「それは大丈夫だ。強力な結界が発動していて、入り口は人間以外が通れないようになっている。無理に入ろうとすれば、いかに強靭な魔族でも黒焦げだよ」


 ほう、王都の地下にそんなものがあったとは。

 さすが王都というべきか。


 話を聞いてみると、王都であるこの街の地下には前線が近いこともあり、いざという時のために地下には避難場所が数か所作られているらしい。

 そこではある一定の生活が出来るように、最低限の物資が用意されているということだ。


 しかし、その結界はもってあと3日くらいだという。

 それに備蓄があると言っても最低限しか用意していない為に食料の問題もあるし、早く街を奪還しないと攻め込まれなくても餓死するかもしれない。

 

「緊急時にしか使えないが、今回発動してくれて良かった。そうじゃ無ければ今頃もっと多くの国民が死んでいたかもしれない」


「そうか、一先ず無事なのを聞いてホッとしたよ。早く戻って来れるように街の魔族と魔物を一掃しないとだな」


「…頼めるか?だが気を付けろよ、街の中心には得体の知れない顔だけの魔物がいる。正直アレはかなりヤバいな。街の冒険者では手も足も出なかったからな。俺にもどうにも出来ん。もしも、お前らがなんとか出来ないなら詰んだも同然だ」


「一応索敵はさせているが、なんとかなるだろうさ。ああ、それとな…」


 ドルガーやギルド職員に、他にもユニオンメンバーが救援のため向かってきている事と、南大陸の冒険者ギルドから援軍が来ることを忘れずに伝えておいた。


 ただ、港もかなりの魔物がいるらしいので、そこも何とかしないと上陸が難しくなると教えて貰う。


「まぁ、任せておけ。そんじゃぁ、まぁ行ってくるわ」


 買い物でも行くかの気安さで出ていく俺らを、希望と不安の眼差しで見送る冒険者達。

 しかし、それを気に留めずに俺達はギルドを後にした。

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