第219話 聖女の責任

「そうまでして戻らないといけない理由って一体何なんだ?」


 最初は初めて体験する空の旅と、高速で切り替わる景色に感嘆して感動を顕わにしていたが、次第に慣れてきたようなので一緒に来た理由を尋ねた。


 危険を冒してまで戻らなくても、安全になったことを確認してからでも問題無いはずだ。

 それなのに戻るという事は、王都に余程大事なものがあるのだろうか?


「聖女である以上、民を見捨てる事は出来ません…と言っても、今更だと建前にしか聞こえないですよね」


 既に一度サニアまで退避してきたので、それでは理由には薄いと自ら告白するアリアネル。

 そんな自分に苦笑いする。

 

 しかし、すぐに真剣な顔に戻すとアリアネルは話を続けた。


「…実は、あの大教会にある祭壇には光の女神の遺物があるのです。もしそれを失ってしまうと、王都でSSランクの冒険者を輩出することが不可能になります。だからなんとしても、それだけは回避しなくてはいけないのです」


 そういや、なんでわざわざ王都で儀式をやるのかと思っていたが、政治的理由以外にも、ちゃんとした理由があったんだな。

 神の遺物、つまり"オーパーツ"というやつだ。


 オーパーツとは、現在の技術では作成出来ない高度な技術を用いられた物を言うが、この世界にもその概念はあるようだな。


「あの大きな教会にそんな大事なものがあったのか。…しかし、こう言っちゃなんだが手遅れなんじゃないのか?」


 もう襲撃されて丸1日以上経っている。

 とっくに街は占拠されているだろうし、気が付かれていないとは思えない。

 そもそも、それが目的だった場合にはそのオーパーツが真っ先に狙われているだろう。


「いいえ、そうとも言えません。王都の大教会にあるオーパーツは、光の加護を受けた者でないと触れる事すら出来ないのです。もしも魔族の者たちが触れば、たちまち灰と化す事でしょう」


 一瞬で灰になるとかマジか?

 思ってたよりも、危険な物なんだな。


 幸いなことに大教会の天井部分に取り付けられているため、一般人が触ることは出来ないらしい。

 また、外からでは触れる事は出来ないし、見えない場所に設置されているということだ。

 街の人々にもご神体として知られているらしく、特殊な神官しか触れてはいけないと教えられているのだとか。

 もちろん、一般人は見る事すら出来ないのであるが。


「それなら戻らなくても、そう簡単に奪われないんじゃないか?だいたい光の加護を受けていないと触れないんだろ…そんな魔族いるのか?」


「いない…とは言えないですね。例えば天使族とかは光の精霊の眷属でもあるので、彼らの上位種族が奪いに来た場合なら持っていく事が可能でしょうね。ただ、天使の塔にしか生息を確認しておりませんし、魔王軍の魔族とはとても仲が悪いらしいので、天使族の魔族…まして上位種なんて、確認されたことがないんです」


 可能性がゼロではないが、確率は低いって事か。

 そもそもそんなものを奪っていっても、あまり魔族には恩恵をもたらさないので破壊する事はあっても、奪っていく可能性は低いという。


「じゃあ、一番の懸念は破壊される事か…」


「そうですね、簡単に破壊する事が出来るようなものではないらしいですが、SSランクの魔物が出てきている時点で、その心配の方が大きいのです」


 なんにせよ早く向かって状況を確認しないとだな。


『マスター!そろそろ王都に着くよ~』

『マスター見てください、遠目で見てもかなり酷い状況ですよ…』


 ヘカティアとディアナに促されて外を見てみると、街のあちこちから火が上がり王宮にも火の手が上がっていた。

 見たところ冒険者らしき者達が応戦しているが、住民の姿は見当たらない。

 やはりもう…?


「・・・」


「いや、まだ生存者はいるはずだ。まずはギルド本部に向かい、ギルド職員たちがどれだけ生き残っているか確認してみよう」


「そう、ですね…。大教会の近くでもありますし、ギルド本部へ向かいましょう」


 少なくないショックを隠し切れずに、それでも気丈に振舞おうとする姿はさすが聖女様だ。


 ニケに指示を出してギルド本部の近まで飛んでもらう。


 途中で数匹の魔物がこちらに気が付いて襲ってきたが、先行したヘカティアとディアナに返り討ちに遭っていた。

 光のビームみたいな強烈なブレスで一撃だ。


「あの二匹のドラゴン…とても強いんですね」


「ああ、SSランクだからな。今日連れてきた4人ともSSランクだから、そこら辺の魔獣や魔物じゃ傷の一つも付けれないだろうな」


「そ、そんなに凄いんですか…。さすがユートさんですね。いざ味方になると、これほど心強い方はいないかも知れないです」


「そういうお世辞は全て終わってから言ってくれ。これからどうなるかなんて、分からないからな」


 天使の塔の事がふと頭をよぎった。

 あんな事は二度と御免だ。

 気を抜かずに当たらなければ足元を掬われかねない。


 ギルド本部前は、まだ魔物と人間の戦闘が続いているようだった。

 アリアネルが逃げるときも戦ってたらしいから、ずっと交戦しているのだろうか?

 よく見ると交代しながら戦っているようだが、魔族側の方は疲れを全く見せていない。

 人間側の冒険者達は、既に疲労困憊のようだった。


「お前たち!そこにいたら邪魔だ、建物内に逃げ込め。ここのやつは俺らが片付ける!」


「おおおっ!あれはユートだ!おい、ユートが帰って来たぞ!すまん、俺らでは歯が立たないんだ!任せるぞ!」


 熟練の冒険者達らしく技量だけでなんとか防衛していたようだが、既に体力も尽きかけていたようだ。

 俺の姿を見るなり頼んだというと、俺が言ったとおりに建物内に逃げ込んだ。


「カルマ!ここらの魔物を一掃しろ!」


「承知しまた、すぐに終わらせましょう…グラビティフィールド!…<ソウルドレイン>!」


 カルマが魔法とスキルを発動するだけで、辺りにいた魔物達は為す術なく地べたに這いつくばる形で動けなくなる。

 みるみる生命力を奪い取り、その体から生気が失われていった。


 攻撃された魔物達は、そのまま力尽きて


 体が消えるなんて、あれらは悪魔系の魔物だったのかな?

 どちらにしろ、Bランク以下の雑魚ばかりだったから素材も期待は出来ないけど少しだけ勿体なく感じる。


「主よ、我はここらの雑魚どもを一掃してきます。主はギルド内の様子を見てくるといいでしょう」


「分かった、頼んだぞ!ニケ、下に降りてくれ」


『承知しました主様』


 クイー!と鳴くと、急滑空して地上へ降りていく。


 あまりの急角度に一瞬アリアネルが悲鳴を上げたが、聞かなかった事にしておいてあげたのだった。

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