王都の強襲編
第214話 王都強襲
それは突然訪れた。
虚無の表情をした顔だけのバケモノが、王都ハイセリアの上空に突如現れた。
城下町の人々は、いきなり影をさした空を見上げると、その異様なものを見つけると悲鳴を上げる。
悲鳴を聞いた隣人の見上げる先を見て、ひとりまた一人と悲鳴を上げていき瞬く間にパニックとなる。
「うあああっ、な、なんだあれ!なんなんだあれは!?」
「きゃー!?化け物よ!街に化け物が現れたわっ!」
「うげえ、なんだあれ?!おい、こっち見たぞ、うあああに、にげろおおお!」
逃げようにも何処に逃げたらいいか分からない人々は、ただ右往左往するだけだった。
警備兵も異変に気が付き、異様な化け物に果敢に挑もうとするも、遥か上空にいるため攻撃が届かない。
「おい!急いで王城の聖騎士様にお知らせするんだ!お前たちは、住民を避難させろ!」
素早く頭を切り替えて、警備兵長が指示と飛ばす。
…だが、彼の意識もそこで途絶えた。
いや、正確には彼の体からその頭は失われていたのだ。
それを見た住民が更にパニックを起こし、もはや収拾がつかない状況になっていった。
「あー、あれはヤバイですねぇ…。こりゃあ、さっさと逃げるのが一番だ」
酒場から出てきたある一人の冒険者はそう呟くと、待っていた仲間達と合流すると、すぐに城下町から防壁の方へ駆け出していくのだった。
彼と、彼の仲間は一目見ただけでソレは人が敵う相手では無いと悟り、王都ハイセリアから脱出を試みる。
しかし…
「おいおい、マジかよ。いつの間に攻められたんだよ王国は。はぁ、今日が命日かもなぁ」
「リーダー、戦う前から諦めないでください」
「いやー、あの数はムリだろう…?」
街を守る防壁の裏口から抜け出し、やっと死地から抜け出したと安堵した彼らの眼前には、幾千もの魔物達が待ち構えていた。
その先頭には、当然のごとく魔族の首領が指揮を執っている。
「はっはっはー!ニンゲンどもよ、我が王がお前達を滅ぼして良いとおっしゃったのだ。有難く、その命を差し出すのだ!」
その魔族が剣を前に突き出すと、一斉に魔物達が冒険者達に襲い掛かってくるのだった。
ウヲオオオオオオオオオ!!
彼等が魔物の大群に飲み込まれた丁度その時、街の方ではカーンカーンカーンと警鐘が鳴り響いていた。
───
「これは、マズイことになりましたな。このままここにいては我らの命も危ないでしょうな」
ゼフ達はいち早く状況を察知したが、逃げずに先に各々の仕事を全うしていた。
いくら緊急事態とはいえ、仕事を放り出すのは彼らのプライドが許さなかったようだ。
「皆よ、主の留守を守れないのは使用人として痛恨の極みではあるが、あの旦那様は我らがここで命を落とすことをよしとしないだろう。各自、最低限の物を持ってサニアに戻るのです。自己の命を最優先としなさい!」
「はい、分かりましたゼフ様。皆いつでも出れます」
「ゼフ様、全員揃いました。高級家具等は持っていけないので、地下室に押し込めてきました。それと旦那様が用意してくれた護身用の武器防具は皆装備済です」
「よし、行きましょう!ここにもすぐ魔物達がやってくる筈です。大教会の辺りに、冒険者が集まっているらしいのでそこを経由し、なるべく戦闘を避ける。皆いいですね?」
「「はい!」」
「おう!」
ゼフ、ヴァイ、ドーラ、フィー、ヒュン、ルガーの6人は移動用の馬に乗ると、すぐに移動を始めた。
騒動から既に1時間は経っているが、まだ街の中にいる魔物はそれほど多くなかった。
ゼフは右腕だけ鬼化させて、近づく魔物を剛腕で殴り飛ばし最低限の戦闘に収めた。
メイド達も包丁を大きくしたような片刃の剣で、魔物達を捌くように器用に解体しつつ馬を走らせている。
自分たちの主人のおかげで、そこら辺にいる冒険者よりはランクは高いが、いかんせん戦闘経験が少ない。
まともにやれば怪我では済まないだろうと皆自覚していた。
なるべく普段の家事に倣った行動を戦闘に活かすように意識していた。
「これも、旦那様の厳命があればこそ。…絶対に生き抜かねば」
実はユートから、前の様な夜襲などに遭い命の危険にさらされた場合は、命を最優先せよと言われていた。
その際には、屋敷にあるすべての物を放棄しても構わないとまで。
『もうお前たちも俺の家族だ。人間ではなくなったとはいえ、せっかくまた手に入れた命なんだ。それを無駄にするのは許さないからな?』
慈悲深い主人にそんな事を言われたら、なんとしても生き延びなければならない。
着かず離れずに、なるべく陰に入る様にしながらやっと街の中心地までやって来た。
目的のギルド本部や大教会のある場所だ。
目論見通り、冒険者たちが沢山いた。
居たのだが…既に殆どが戦闘状態だった。
しかも、巨大な黒い犬のような魔獣に乗った魔族達相手に防戦一方のようだ。
相手の攻撃をなんとか凌いでいるという印象を受ける。
見ると彼らは、誰かを守るために戦っているようだ。
「ドルガーさんはまだこないのか!?俺らじゃ、もうそんなにもたないぞ!」
「もうすぐ来る筈だ、もうすこし踏ん張れ!」
彼らはギルド長が応援に来るのを待っているみたいだ。
しかし、巻き込まれて自分達の命を危険に晒すわけにはいかない。
魔族の目が彼らにいっている間に、外へ通じる通路へ抜けようとした時だった。
「お前ら、死んでも聖女様を守るんだ!聖女様を奪われたらこの国は終わりだぞ!」
一人の騎士風の冒険者が、そう言ったのだ。
なんと、守られているのはこの国の王女でもある聖女アリアネルのようだ。
ゼフは、それを聞いて一瞬躊躇った。
流石にこの国の要を見殺しにしてまで逃げるべきなのかと。
この場合、自分たちの主人ならどうするだろうかと…。
「ゼフ様、援護します!」
「全員で掛かれば、あのくらいの敵なら!」
「ほおー、あの犬っころ。いい肉しているな、捌いたらどのくらいの量がとれるんだろうな?」
彼の部下のメイド達だけでなく、コック長のルガーまで既に助ける為に戦う気になっていた。
自分の部下達が、同僚がやる気になっているのだ。
自分だけ逃げ腰になるわけにもいかない…。
「それに我らの主人なら、ここで見過ごすわけが無いですね。さて、いきましょうか」
ゼフ達は、王女を守る様に魔族の前に立ちはだかるのだった。
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