第215話 聖女を助ける執事
アリアネルは、使用人服の上に防具を纏った不思議な6人が魔族に向かっていくのを目にした。
どこからどう見ても一般人が、自分を助けるために戦おうとして魔族に飛び掛かっていく。
『ああ、ダメ!そんな装備ではあの魔族達には勝てるはずがないわ!』と心の中で叫ぶ。
そんな無謀な様子を、ただ見ている事しか出来ない自分を恥じる気持ちでいっぱいだった。
しかし、まわり重鎮たちがやれ危険だの、御身が一番大事なのですとか言って戦うことすら許されない。
悔しさのあまり、いつの間にか唇を噛み切ってしまい、知らぬうちに血が流れている。
しかし、次に目を疑う光景を目にした。
革防具を付けた執事が空を舞うように飛び、手に持っていたレイピアで魔獣の急所を突いたのだ。
さらにメイド達が両足の腱を斬り、コックのような男が魔獣に乗っていた魔族の男を吹き飛ばしていた。
「え、ええ!?な、なんなのあの人たち。Bランク魔獣に乗った魔族を一瞬で…」
呆気にとられたアリアネルは、ぽかんと口を開けて少し間抜けな顔になっていた。
見ていた他の冒険者たち、倒された魔族をみて『わああぁっ!』と歓声を上げていた。
しかし、喜ぶのも束の間。
その魔族が吹っ飛んでいった先の方から入れ替わる様に、真っ黒な鎧を着た巨大な騎士がのっしのっしと歩いてやってくる。
「ふん、所詮は雑魚か。あんなニンゲンにやられるなど恥を知れ。さて、聖女アリアネル。お遊びはここまでだ。貴様をここで死ぬのだ。我にこの場で切り刻まれてな!」
黒騎士は、その手に持った黒い大剣を一振りする。
強烈な衝撃波が起こり、それだけで周りの冒険者達や護衛の者が吹き飛んでいった。
中にはこのたった一撃で命を落としたものもいるようだ。
当の聖女も今の一撃で吹き飛び衣服はボロボロになり、頭から流血してフラフラしている。
「あのままではマズイですね。しかし、我らではあの者には勝てない」
「いっそ鬼の力を解放して、魔族のフリでもして逃げた方がいいんじゃないのか?」
「ルガー、冗談でもそういう事は…。いえ、悪くはないですね。いいでしょう、やってみましょうか」
そういうと、ゼフは防具を外し力を解放していく。
見る見るうちに、筋肉が盛り上がり髪が逆立っていく。
「んー?なんだお前は?見かけない顔だな。潜入していたヤツらだったのかよ。こいつは俺の獲物だ、横取りは許さんぞ?」
「…そうではない。オレはお前をコロス!」
ゼフはわざと目立つようにして、黒騎士の目を奪う。
そして、聖女が見えにくい様に対角線上に位置取りしてから攻撃を仕掛けた。
「ふん、力の差も理解出来ていない雑魚がでしゃばるんじゃねェ!!」
大剣を軽々と振り回し、鬼と化したゼフを狙いつける。
ゼフはというと、激情化している演技をしながら、冷静に回避に専念していた。
「ちょこまかと!うざいんだよっ!」
思う様に攻撃を当てれずに苛立つ黒騎士は、一瞬聖女の事を忘れていた。
そう、忘れていたのだ。
「はっ!聖女はどこに消えた!?おい、貴様~!まさか、これを狙っていたのか!小癪な野郎だ。まずは貴様を殺して、すぐに聖女を探しだして殺す!」
「そんな血が上った頭で、オレに攻撃を当てれると思っているのか?」
どんどんスピードを上げていくように見える、ゼフ。
しかし実際は、緩急差をつけることによりそう錯覚させているだけだった。
黒騎士はゼフの仕掛けた罠に、まんまと引っかかっていた。
「そろそろ限界だな…。さてと、お前には付き合っていられないのだ。では、さらばだ」
ゼフはそういうと、手に隠し持っていたあるものを取り出し、地面に叩きつけた。
「ぐああっ!閃光玉だと!?卑怯な真似を!!」
怒りで地団太を踏む黒騎士を尻目に、ゼフも急いでその場を離脱したのだった。
───
ゼフ達は街の外に出ていた。
なんとか馬を殺されずに済み、魔族の少ない場所に隠れている。
「あの、ありがとう?でいいのかしら。それともあなた達も魔族?」
ゼフが戦っている間に、メイド達が隠蔽スキルで影を作りつつ外まで逃がしたのだった。
そのあと黒騎士を振り切ったゼフは、今合流してここにいる。
アリアネルの治療は、既に済んでいる。
頭が切れてしまい流血していたが、傷は浅く思っていたよりも怪我の程度は軽かった。
「聖女アリアネル様。私達は、サニアの人間です。訳あってこんな体になっていますが、元は人間だったので安心してください。それに、貴女にはお会いしているはずですが?」
「え…?あ!貴方は、ユート殿の屋敷にいた執事ですか?」
「ええ、その通りです。私達は旦那様の命に従い、サニアの町に帰るつもりです。もうここはダメでしょう…。そこでアリアネル様、貴女も私達と共にサニアに来ませんか?向こうならまだ侵攻されていないと思いますし、ここよりは安全でしょう」
王家の王女でもあるアリアネルに、王都を捨てろとは残酷な事を言っている自覚はあった。
だが、命が無くなってしまえば威厳も後悔も意味は無い。
それを体験したからこそ、ゼフはなんとしても生きて欲しいと思っていた。
「王城からはもう火の手が上がっていたわ。きっとお父様も、もう…。それに今は聖女である私がここで命を落とすわけにはいかないわ。なので、願ってもいない申し出です。どうせ残ってても殺されるか捕らえられるかだわ。お願い、私をサニアまで連れて行ってください」
アリアネルの返事を聞いて、満面の笑顔を浮かべるゼフ。
そうと決まれば、じっとしてる場合では無いのだ。
「承知しました。我々が出来る限りを尽くしてお連れしましょう。ただ、私達は旦那様程強くはないですから、防衛の際はお力をお貸し願いたい」
「もちろんよ、この状況で何もしないなんて馬鹿な事は言わないわ。一緒に力を合わせていきましょう」
「では、すぐに発ちます。じっとして見つかっては厄介ですから」
「そうね。夜目は向こうの方が得意でしょうし、明るいうちに移動しましょう」
そうして、アリアネルとゼフ達はサニアに向けて馬を走らせるのであった。
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