4.侵略者 -invader-2
「侵略者」
「そう」
思わずおうむ返しに言うと、日織はこくりと頷いた。
「比喩?」
「まぁ、そんなところかな。結果的にそうなる、と言った方がいいかもしれないけれど」
うまく話が飲み込めなかった。指で作った丸穴から異世界が見えるというのが日織の特異性なのだとして、それと侵略行為がいまいち結びつかない。
説明をするように無言で促すと、日織も黙って頷いた。
「細かい理屈は私も知らない。そもそも自分に世界を覗く能力なんてものがあること自体、私には説明のしようがないわけだから、仕方がないと思って欲しい」
そこで一呼吸置いて、
「原理はわからない。けれど、入院中も試してみて確信した。
私はあの丸穴を残せるし、なんならそこからものを持ってくることもできる」
こんな風に、と人差し指と親指を曲げて、その中に指を突っ込んだ。反対側から指が出てくることはなく、そして何かをつかむそぶりを見せると、一気に引き抜いた。
「これは私のものではない。それどころか、この世界のものでもないんだよ」
彼女が引っ張り出したのは、いかにも高級そうな黒いペンだった。手渡されておそるおそるキャップを取ると、それが万年筆だとわかる。日織のそれは、はたから見たら、虚空から突如ペンが出現したのと何も変わらない。
「あの金属片だってそうだ。あれはこの世界のものじゃなかった。爆発で飛んできた、向こう側のものだ」
そうだ、そうだった。向こう側からこちらに来ることができるなら、取り出すことができないはずがない。それを日織は、身をもって体験していた。
「でも待って、それと侵略者だっていうのはどういう関係に……」
「病院で一度固定した穴が、数日のうちに少し大きくなっていた」
もうわかるだろう、と目が言っている。私は、あぁ、と呻いた。
「あちこちで色々な世界の穴を固定し続けたら、いつかこの世界は侵食しつくされる……」
「そういうこと」
加えて、今の言葉を聞く限りでは、日織は既に一つ穴を作っている。侵略は、とっくに始まっているということだ。
「それでね」
そして、私はもう、日織が何をしようとしているかを理解している。
伊庭坂日織という人間のことを考えれば、何も難しいことはない。
Q:伊庭坂日織はどんな存在か?
A:伊庭坂日織は、世界に空いた穴そのものだ。
自分の空虚を埋めるのに必死で、自分以外に穴が開いてもなんとも思わない。足りないものをよそから持ってこようとして失敗する。満たされなくてやめられない。そういうろくでもなさと不器用さを暗い妖艶さの中に閉じ込めたのが、日織という人間だ。
「私は、この世界を侵略することにしたよ」
くすくす、と愉快そうに笑っている。中身を失って昏く沈んだ眼窩も、まだ失われていない美しい黒もを不気味に細めて、くすくすと笑っている。
あの空虚な日織が、今までになく、楽しそうだった。
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