3.侵略者 -invader-1


 メッセージを送ると、すぐに返信が来た。『鍵は開けてあるよ』


 授業を終えてすぐに、私は日織の住むマンションへと向かった。昨日退院して、今日から自宅療養とのことだったから、見舞いでもしようと思ったのだった。日織のいない日々は退屈で、そのことに苛立ってか学校では貧乏ゆすりが絶えなかった。「伊庭坂さんどうしたの?」という質問も鬱陶しかったけれど、日織に関する相談が激減したのは良かったとも思う。日織がいて、相談がなければベストなのだけど。


 日織が入院した日、私は震える手で何度か番号を打ち間違えながら救急車を呼んだ。日織の目にはやっぱり金属片みたいなのが突き刺さっていて、そのことを誤魔化すのは大変だった。必死に考えた挙句ひどいことを言ってしまったから、もしかしたら出会い頭に怒られるかもしれない。


 他の住人が通ったのを見計らって、マンションの中に入り込む。エレベーターを呼び出し、七を押した。

 念のためインターホンを押してからノブに手をかけると、言われたように開いていて、「お邪魔します」と一礼してから後手にドアを閉めた。廊下に面している部屋から、「いらっしゃい」という声が小さく聞こえた。両親は、例の如く不在のようだった。


 日織はベッドの上で上体を起こして本を読んでいたようだった。私を見ると片手を上げて、ハードカバーの本を閉じた。それから目を眇めて、


「目のこと、私が突き刺したって言ったそうじゃないか」

「ごめん、他に思いつかなくて」

「おかげで精神面でも検査されたよ」

「結果は?」

「至って健康だとさ」


 そう言って薄く笑った。彼女の右目には、眼帯が付いていた。

 負傷理由のこじつけに関する話題はそれで終了のようだった。「かけても?」と許可を取ってからベッドの縁に腰掛けた。彼女の開かれた方の目にはあの黒々とした瞳が残っていて、私は胸を撫で下ろす。不幸中の幸いというか、惜しくはあるけれども、全滅よりはマシだった。まだ彼女は、世界を見ることができる。

 しばらくの間、沈黙が降りる。私はその間に言いたいことと聞きたいことを整理して、口火を切った。


「眼は……」

「義眼だよ。今は義眼床っていうのを埋め込んだところで、まだ眼球は入っていないんだけどね。……見る?」

「いや、遠慮しとく。……あぁ、休んでた間の授業は後で送っておくから確認しといて」

「わかった」

「日織がいなかったから相談もなかったよ。誰かからメッセージきた?」

「君からだけだよ。みんな薄情だ」

「あんなこと繰り返してるからでしょ。友達減ってるんじゃないの」

「減ってるね。増えるわけがない」


「あの時何を言いかけたの」

「あぁ」


 私は会話のボールを放り投げて、日織に接近する。


「それが、ずっと気になってた。あの感じだと、つまんないことじゃないんでしょ」


 実は、から続く言葉がくだらない話なわけがなかった。日織は皮肉を言っても駄洒落を言うようなタイプじゃないし、あの前置きのような思考の時間がなんなのかがわからない。それだけが、ずっと引っかかっていた。


「別に面白い話でもないよ」

「いいから言って」


 物理的にも距離を詰めて、一つになった視線に二つを注ぐ。日織は一つ息を吐くと、「病み上がりなのに厳しいな」と言った。


「実のところね、私は侵略者なんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る