Ⅱ 十五才① ~引き合うとはお互いに引力があるということ~

「それでね、高津先輩が映画のまねしてクレハに告ってきたんだって」

「それで?」

「クレハ、映画中なのに大笑いしちゃって。それがきっかけでお互いが『面白い奴だ』って付き合い始めたんだって!」


 今日も私は商店街へ足を運び、いつもの辻占い師の前でまくし立てている。

 そして占い師は、いつも姉のように微笑みながら、私の話を聞いてくれる。

 背後を行き来する通行人からは、この口調から占いを受けているようには見えなかったことだろう。ま、確かに占いを受けていたわけじゃないけど。


 占い師は微笑みながら、アメジスト色の瞳で私の顔を覗き込んでいる。

 その髪は紫と見紛うほど艶やかな黒。

 あの時の――五年前、母に忌避された――占い師だ。五年経っているから、だいたい二十五歳くらいになる筈だが、姿は変わっていない。二十歳を超えるとそうそう大きな変化はなくなるのかもしれない。相変わらずの黒いワンピース姿だったからからかもしれない。

 私は彼女のことをよく知らない。

 ユカリという名と、いつもこの、閉店した鞄屋の前に辻占いの机を広げているってことくらい。

 名字も、どこに住んでいるのかも知らない。

 もっと話したい――

 もっと知りたい――

 そんな気持ちにさせる雰囲気。


 ここに通っているのは母には内緒だ。五年前の出来事は今でも脳裏にこびりついていて、とても言えたもんじゃない。

 目の前に置かれた水晶玉に映った私の姿は、あのときの幼い姿ではない。肩より少し下まで伸ばした黒髪は自然なストレートで、その軽さは義務教育からの開放を主張しているかのようだ。


「あーあ。私も彼氏ほしいなー。高校デビュー、失敗したかな」

「ソラ。それ、成就させてあげようか?」


 ユカリの瞳が、一瞬紫に光ったように見えた。

 何だろう。

 綺麗。心が引き寄せられる。

 それはまるで、一度手に入れたら二度と戻ってこられないような――


「えー? ……まだ取っとくよ」


 何かを振り払うように頭を振る。


「何か、一度お願いしたら何か……終わっちゃう気がしてさ」

「何かって?」

「何か……色々」

「ふふっ。それは賢い選択かもしれないわ」


 でも――


「成就なんて、そんなことできるの?」

「できるよ。魔女だから」

「何それー。非現実的!」


 急に、現実離れしたワード。

 心臓が跳ねた拍子に、また近づく――


「お願いって、どうやって叶えるの?」

「家に招待して、まじないをかける」


 家。

 ユカリの家に入る。

 ユカリの、仕事でないところ。

 その誘惑が、甘い毒薬のように私の心に染み込んでくる。


 見たい。

 知りたい。

 ユカリのことを――


「やっぱり私、叶えてほしい」


 みんな付き合ってるから、私も……

 その程度の願い。

 怒るかな? 見透かされるかな?

 本当は――


「いいわよ」


 そんな心配をよそに、ユカリの返事はやけに素っ気なかった。


「お代は、末尾がZの千円札が一枚」


 言いながら、名刺入れのような箱から一枚の黒いカードを差し出す。


「手に入ったら、駅裏にあるクリーム色のアパートへ来て。このカードを忘れずにね」


 もう閉めるから、と呟いたユカリの息づかいは、紅葉を吹き散らす木枯らしのようだった。






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