魔女は絶滅するさだめ

近藤銀竹

Ⅰ 十才 ~あるいは母の直感は正しかったのかもしれない~

 お囃子。

 呼び込み。

 喧騒。


 十回目の夏祭り。

 当然、前から三分の一は覚えてないけど。

 この期間、うちは親子で商店街へと繰り出すのが慣例だ。


 私は母さんに手を引かれ、両耳の上から垂れた三つ編みを揺らしながら、濁流のような雑踏の中を歩く。

 父さん? 知らない。


「ソラ、今年は何の出店で遊ぶの?」


 母さんが微笑みながら問いかけてくる。

 これもうちの慣例。

 あまり裕福ではない我が家だけど、この日は特別。

 ひとつだけ、好きな出店で遊ばせてもらえる。記念日でも必要なものでもないのにお金を出してもらえるのは、多分この日くらいだ。


「えーと……」


 七色に林立する出店たちを必死で選ぶ。

 派手な色と極太の文字で主張する出店たち。

 でも、私の目は別な店に吸い寄せられていた。

 極彩色の隙間に、ひっそりと置かれた机。

 天鵞絨の座布団の上に鎮座した水晶玉。

 その隣には、申し訳なさそうに『占』と書かれた行灯が立っている。

 机の向こうには黒づくめの女占い師――なんで女の人だってわかったんだろう。

 魔性、という言葉がしっくり来る美しい顔立ち。

 歳は私よりずっと上、二十歳くらいか。

 紫と見紛うほど深い黒に沈んだ髪だけでなく、アメジストで作られたかのような藤色の瞳すら――なぜかわからないけど――確認できた。

 全く目立たない。

 むしろ人目につかないよう、身を縮ませているような佇まい。

 でもそのときの私は、周囲がブラックアウトしたかのように、寂しい占いの店しか見えなくなっていた。魅入られた、っていうやつだ。

 ゆっくりと腕を持ち上げ、占いの店を指さす。


「私、占いをしてみたい」


 母さんの目がしばし屋台の群れをさ迷い、隙間を見つけ、それを確認した。次の瞬間、母さんの表情は憤怒のそれへと変わった。


「だめよ!」


 私は、母さんの急激な変化を理解できなかった。


「えー、何で? 面白そうじゃん」

「あれは、客からむしり取るような連中だからよ」

「高かったらやめるから!」

「そうじゃないの! 近寄ってはだめ! あれは……平気で奪うの!」

「奪う……?」

「奪……う? 奪わ、れ、る……?」


 いつもハキハキとしていた母親が急に喉に物が詰まったような口ぶりになる。

 顔を見上げ、はっとした。

 夕陽に変わりつつある日光を浴びているにも関わらず、明らかに血の気が引いていたのが分かった。


「とにかくだめ! ……帰るわよ。そ……そうだ、フルーツジュースを……買って……あげるから」


 私は呆気にとられ、うんうん頷くことしかできなかった。

 商店街を後にしつつ、やっぱり名残惜しくて、最後に占いの店の方へ振り返る。


 彼女の目は、まっすぐこちらを見据えていた。まるで知り合いでも見つけたかのように。

 艶やかな唇が開かれ――


「またね」


 彼女の声は、なぜか私の鼓膜を揺らした。

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