ニュースは墓参りと共に

エド

ニュースは墓参りと共に

 天国のユキ姉へ。お久しぶりです、真希(まき)です。

 今日は初めてあなたの墓参りに来たわけですが、一緒に報告したいことがあります。とりあえず花や水を入れ替えたり、御影石を磨く健気なわたしの姿を眺めながら聞いてください。

 あなたの彼女だった美咲ちゃんは、無事にわたしが寝取りました。

 思えば双子の姉妹である故の〝何か〟があるのか、幼い頃からわたしとあなたは好きになるものがほとんど同じでしたね。特に趣味に関してはその傾向が強かったように思います。テレビゲームとか映画とか、本とかスポーツとか、色々と。周りからは微笑ましいねと言われていましたが、正直なところわたしは苛ついていました。

 だってテレビゲームやスポーツ対決ではいつもわたしが負けてばかりだったし、同じ映画を見ても深い考察力で周りをあっと驚かせるのはいつもユキ姉でしたから。学生時代には読書感想文や作文のコンクールなどで大賞を取っていましたね。わたしはかすりもしなかったのに。

 そして高校二年生の頃に、ユキ姉は美咲ちゃんと付き合い始めましたね。

 同性愛にあまり理解のない両親がいないとき、いつもわたしに対してのろけ話をしていたときのユキ姉……その表情は、未だ脳裏にこびりついています。でもそれはユキ姉が嬉しそうで良かったぁ、などというふわふわした想いからではありません。コールタールが喋ったとしたら〝いやこりゃさすがに俺の方がサラサラだわ〟というコメントを述べるのではないかと思うほどの、ドロドロとした嫉妬心に駆られていたからです。

 言ってなかったから知りませんよね。

 美咲ちゃんと最初に出会ったのは、わたしの方なんですよ。

 そして最初に美咲ちゃんに一目惚れしたのも、わたしの方なんです。あの子を本気で好きになったのはわたしが先だったんです。具体的に言うと、中学の頃のクラス替えで出会ったときからです。でも同性愛に理解がない相手だったらどうしようという思いから、告白をしたら〝気持ち悪い〟と思われて縁を切られるのではないか……という恐怖に襲われ続け、アタック出来ませんでした。ただ、どうにかこうにか親友ポジションには立てたので、それで満足しようと必死に妥協していました。

 なのに、しばらく経ったら彼女がユキ姉のものになっていたというのは、一体全体どういうことなんでしょうか。

 ユキ姉みたいに勇気を出して行動に移せなかったわたしが悪いと思ってはいます。加えて、わたしが美咲ちゃんのことを好きだという思いをユキ姉の前ではおくびにも出さなかったのも悪かったと思ってはいます。でも、でも、でも……だからといって、それはないでしょう?

 ねぇ、ユキ姉。どうして、躊躇いなく告白出来たんですか?

 ユキ姉にはブレーキがついてないんですか? 相手に拒絶されたらどうしようとか思わないんですか? 自信の塊ですか? 自己肯定感が服を着て猛ダッシュしてる感じなんですか? あなたの脳には〝もしも失敗したらどうしよう〟と考えるための器官が存在していないんですか?

 あなたが、美咲ちゃんと付き合うことになった……と嬉しそうに報告をしてきた日の夜、わたしはほぞを噛む思いで枕を濡らしました。ユキ姉のことを、これまでの人生の中で最も憎いと思いました。

 けれども声を殺して泣いている内に、その憎しみがただの嫉妬から生まれていることと……そして、美咲ちゃんの親友という立ち位置で妥協した自分の浅はかさや、それ以上踏み込むことが出来なかった自分の臆病さといったものを自覚したことで、どうにかユキ姉に憎しみを超えた負の想い――例えば殺意だとか――を抱かずには済みました。警察沙汰にならなくてよかったです。

 その代わり、自分自身のことをとてつもなく嫌いになりましたけど。

 だって、わたしは情けなくて、自信が無くて、一歩踏み出す勇気が無くて、とてもじゃないけどユキ姉に勝てるような人間ではなかったのだという事実を突きつけられてしまったから。同じ双子でもわたしは陰で、ユキ姉が陽なのだと改めて実感してしまったから。

 でも、だから、だからこそ、今があります。

 高校卒業を目前に控えたあなたが、何やら難しい名前をつけられた病気によって急死してからしばし時が経った頃……わたしは〝陰だからこそ〟倫理を踏みにじることが出来たんです。

 わたしは美咲ちゃんの親友という立場を利用して、あなたを失ってからずっと目を腫らしてばかりいた彼女との距離を縮めていきました。何かあれば「つらいことがあったら何でも言っていいよ」と刷り込みよろしく何度も口にし、彼女がユキ姉との思い出を分かち合った場所――クレープ屋さんとかネイルの専門店とか色々ありました――を見て何とも言えない表情を浮かべたなら、一卵性双生児であることを利用して「わたしをユキ姉だと思っていいよ」と手を引き、実質デートを繰り返しました。

 わたしの打算など知るよしもない美咲ちゃんは「ずっとマキちゃんは優しいままだね」と言ってくれました。「出会えて嬉しい」とも言ってくれました。

 そして大学の一年目が終わりに近づいてきた頃には「ずっとずっとユキちゃんの代わりをさせてばかりでごめんね」という言葉をもらいました。更には「ユキちゃんがいない寂しさもつらさも、マキちゃんが埋めてくれたから……もう、大丈夫だよ。本当に本当にありがとう」と、お礼も言われました。そして美咲ちゃんの「これからは、ちゃんと現実を見るから。マキちゃんをマキちゃんとして真っ直ぐ見つめるから」という言葉をきっかけに、恋人にまでは届かなくとも……親友よりも更に親密な仲に発展しました。

 そして初めてあなたの命日を迎えた日、わたしの借りている安アパート――同性愛への偏見がなくならない両親からは離れました――へと美咲ちゃんが駆け込んできました。その日は豪雨に見舞われていたというのに、美咲ちゃんは傘も差さずにやってきたものだから驚きました。

 一周忌を迎えたことでユキ姉の死を再び突きつけられた美咲ちゃんは、それほどまでに錯乱していたのでしょう。彼女は「大丈夫って言ったのにごめん」と、わたしに何度も何度も謝っていました。そんな彼女を部屋に上げたわたしは、風邪を引かせてはいけないとすぐにシャワーと衣服を貸しました。

 それから椅子の代わりにベッドへと座らせたところ、身体が温まったおかげで少し落ち着いたらしい美咲ちゃんは、ぽつりぽつりと口を開きはじめました。けれどそれは自分自身を責める言葉でした。やれ「あんなにマキちゃんを振り回したのに」だの、やれ「結局マキちゃんのことをユキちゃんに重ねる自分は卑怯者だ」だのと、とにかく自分で自分を傷つけていました。

 打算の塊と化した陰たるわたしに比べれば、普通のことだろうに。

 そして〝卑怯者〟なわたしは、遂にとどめとも言うべき行動を起こしました。

 ユキ姉が死んだばかりのときを思い起こさせる、泣きはらした顔の美咲ちゃんの隣へと座ったわたしは、肩を寄せて……優しく優しく手を繋ぐと、すかさず耳元で「ユキ姉のこと……強引に、忘れさせてあげられるかもしれないよ」と呟きました。もちろん即座に「怖かったり、嫌だったらいいんだよ」とフォローします。

 どうするかと問いかけると、美咲ちゃんは「……お願い」と言いました。

 言質を取れたので、彼女をベッドに押し倒すと……パジャマも、下着も、全てはぎ取ってあげました。当然それだけでは不公平なので、わたしも一糸まとわぬ姿になります。お互い下の毛まで見るのは初めてだったので、揃って頬が染まりました。

 シャワーのおかげでほのかに桃色へと染まった美咲ちゃんの身体を、頭のてっぺんから足の先まで貪るわたしに、美咲ちゃんは切なそうに「ユキちゃんっ、ユキちゃんっ」と、もうこの世にはいないあなたの名を連呼してしました。けれども次第にわたしの名前も混じりだしました。そのきっかけは、あなたにはなかったわたしだけの特徴である、左目の泣きぼくろを美咲ちゃんの指がなぞってからでした。

 唇を、首を、耳を、手を、乳房を、へそを、脚を、つま先を、恥丘を、その奥を、後は、ええと……内心とにかく必死だったのでよく覚えていないけれど、とにかくもう色々なところをわたしのものにしていきました。甘い喘ぎ声が満ちる部屋中に、ユキ姉とわたしの名がランダムに繰り返し響きます。けれど、仲良く一緒に絶頂を迎えるためにと互いの動きが激しくなっていた頃には、美咲ちゃんの口からユキ姉の名が飛び出すことは二度とありませんでした。

 そして大学三年生となった今、わたし達は次に進もうとしています。

 就職活動の傍らで、同じ時を二人で過ごすに相応しい部屋を探しているのです。

 精神的に疲れたときには、今もベッドで身体を重ねています。美咲ちゃんの処女はわたしが、わたしの処女は美咲ちゃんが頂きました。今では美咲ちゃんもテクニックが向上しており、時には丸めたタオルを噛みしめなければ声を殺せないほどの指使いや舌使いを披露してきます。

 健全なお付き合いをしていたユキ姉では、こんな美咲ちゃんの姿を知ることなど出来なかったでしょう。

 ……ざまぁみろ。

 わたしは、美咲ちゃんの心を〝わたしで〟満たしてやったぞ。

 やっと、やっとあなたに勝てた。ずうっと前を歩き、先を行っていたあなたに勝ってやった。これからはわたしが歩いて行くんだ。あの子と一緒に歩んでいくんだ。

 だから、うん。いきなり死んで勝ち逃げして、わたしに風穴を開けていったユキ姉の罪は……これでチャラにしてあげます。だからこれからは、ちゃんと墓参りにも来てあげます。勿論〝わたしの美咲ちゃん〟も連れてきてあげますからね。

 さて……お墓の掃除も終わりました。

 報告はここまでにしておきましょう。

 それじゃあユキ姉……また今度、ね。

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