器用貧乏は得?それとも損?

 バイト先に入る手前、俺らは恋人同士からバイトの仲間となる。


 あくまで建前であって、恋人同士というのは知っていてもそれをするのは申し訳ない気がした。 


 そして、うちの奥様はその辺の器量はいいので良い悪いはハッキリさせている。


 2人で勝手口に着くと俺らはある人に声を掛けたというかいれば誰も言うと思うけどね。


「「おはようございます」」

「おー、おはよう。今日も仲良く出勤か」

「俺が一緒に居たくてしがみついてるだけです」

「もう~」


 恥ずかしいのか分からないけど、ひとみが俺の腕をポカポカと叩いてくるけどダメージなんてある訳ない。


 それを見ていた人物を俺らにこう言う。


「はは、志村の言いたいことなら理解してるから大丈夫だよ」

「さすが、南さん」


 勝手口=商品入庫口で書類の処理をしているのが、気さくで俺らのことを理解してくれる南さんである。


 50後半だって言うのに滅茶苦茶元気で俺ですら、一瞬尻込みしてしまうほどのパワフルさを持っている。


 この人がいなかったらここにずっといることは不可能だったと思う。


 それくらいに俺は南さんに感謝しかないのと、前の職場でもそうだったけど俺は年配層の方が接しやすいことに気づいた。


 普通は逆で上になればなるほど話しにくくなるのだが、俺にはその方が楽だったのは意外だった。


 因みに、バイトでも出勤時間の30分以上前に着いているのでこの時間で急いで上に上がる必要もないからこうして話す機会が度々あるのだ。


 南さんは分かり切った顔をしながら俺らにこんな質問をぶつけてきた。


「なぁ、2人は卒業したら結婚するのか?」

「したいですね、俺らが大きなミスをしない限りは了解はもらってます」

「志村の行動力なら納得というかって感じだな」

「俺ってそんなに行動力あります?」

「ここ最近だと、色々と動いてるのは志村くらいだな。まぁ、武田や櫛田がいるけどその次に動いてると思うぞ」


 さすが、古株の眼力というか凄い観察眼ではあるのが俺はそこまで動いてる気はしてない。言うなら、動かされているだけの話で武田さんや櫛田さんの次なんて言われてもいたたまれない。


 武田さんは、俺の前のグループの人で簡単いえばスーパーマンのような人で俺は仕事面においてはこの人にいつか追いつきたいと思っていた。


 だが、最後まで追いつくことが出来ずに背中を見続けるだけの存在だった。


 インテリアやDIYの担当の櫛田さんという人は見事なイケメンで、正直言うなら惠よりも格好いいと思ってしまったのだ。


 仕事面に関しても丁寧で大学生なのだが、振る舞い等が殆ど社員みたいで俺は密かに『こんなイケメンになりたかった』って心の中で唸っていた。


 そんな訳で、この2人の次って言われても違和感しかないのだ。


「今は色々と覚えないといけないですからね。いつかは追いつきたいと思ってますし、俺はここで働けて良かったですよ」

「藤木、こんな旦那を手に入れるなんてどんな手を使ったんだ?」

「ふふ、内緒です♪」

「さて、そろそろお互い仕事だからしっかりな。頼むぞ」

「「はい!!」」


 南さんに気合を入れてもらい、俺らは仕事モードにしっかりと切り替える。


「ひとみ、今日もお互いに頑張ろうな」


 恒例の"1日頑張ろう"の儀式であるキスをひとみのおでこに送ると。


「あなた、頑張る私を見ててね……ちゅ♪」


 うちの奥様はこうゆう時だけ猫のように気まぐれなので、キスの場所が毎度変わるのでドキドキが止まらないのだ。


 ってことで今日は、頬にくれました。


『行こう』と言って、ひとみの背中を軽く押してあげる。


 その背中を見て、俺は自分なりの気合を入れてバックヤードを出る。


 品出しだけで午前を消費してしまう中、レジの応援もしているから体力の消費が半端ないところで、鈴本主任からこんな言伝が飛んできたのだ。


「志村君、ちょっといいかい?」

「はい、なにかありましたか?それともやらかしました?」

「いや、ちょっとお願いというか年末限定でスポーツグループに行って貰いたいんだけどいいかな?」


 年末限定とはまた珍しい提案だなって思い、主任の話を黙って聞く。


「お店の決定であれば受け入れますが、理由があれば教えて欲しいです」


 どっちにしても理由は聞いておきたかったので鈴本主任は俺に。


「前にも言ったけど、スポーツグループも君を手放したくなかった。うちも人で不足で志村君の当初の予定を叶えたんだけど、年末年始は自転車の売り上げが凄くて」


 ここに来て、まだ半年も経ってないのと年末年始の売り場を経験したことない俺。だが、頼ってくれているならば。


「それで、自分が前にやってるってことで行ってくれってことなんですね?」

「店長からも志村君の意思はしっかり聞いてくれって言われてね」


 ここで働かせてもらっている身であって、自分の我を通そうなんて全く思っていない。


 上司から行ってくれと言われれば、その場所で俺のやれることをやるだけなのだ。


 ここに入った時、前の職場の延長でいいと思っていたがスポーツグループで働いてからはその意識は変わっていて、色んなことに触れてみたいという気持ちが強くなっていた。


 バイトの身でありながらも俺の意思を確認してくれる店長には、感謝というか尊敬できる。


 だから、俺の答えなんて最初から決まっている。


「分かりました、当面の間はスポーツで頑張ってきます」

「ごめんね、まだ覚えないといけないことだってあるのに」

「いえ、手が空いた時に聞いたりしますので」

「あー、その場合はきっとレジにその時間は奪われるかもね」

「はい?」


 何故にレジが出てくるの?これって、もしかしてもしかすると……


「なんかね、昨日の志村君のレジの応援した時に森川さんが『志村君にもレジ覚えさせていいですか?』って聞かれて、冗談だと思って『いいよー』なんて言っちゃったんだよね、はは……」


 主任……はは、じゃないでしょうよ!?


 これは、終わったらひとみに報告しておかないとやばいパターンだわ。


 っていうか、こればかりは無理しないとさすがにキツイかな?


「まぁ、レジはついでだと思うから来週からはスポーツの方でお願いします」

「はい、精一杯頑張ってきます」

「無理そうだったら早めに言うこと。いいね?」

「この間みたいなことにならないように気をつけます」


 俺は、この先に待ち構えている事情をどうやって収めていくか考える羽目になるんて思いもしなかった。

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