<閑話>名前呼びの理由

 <洋太side>


 秀子が一彦に対して名前で呼んだことに一彦は不思議な顔をして、後ほど俺に聞いてきた。


 当然、理由は聞いたのと、あの話を聞けば自ずとそうするだろうと思っていた。


 俺達は、常に対等という位置合いでいるが秀子は一彦に対して、未だ対等に向き合えなかった。


 それは、畏れ多いと思ってるだけ。


 けど、あの話を聞いて覚悟を決めたのかも知れない。


 一歩踏み込む覚悟を。


 そのことは、登校中に聞くことになる。


「洋太、今日から先輩のこと名前で呼ぶ」


 秀子がいきなりっていうくらいに言ってくるが、俺は案外普通に返す。


「なんで俺に言う?今更だろ」

「もしかしたら嫌がると思ったから」


 一彦と時間を共にするようになって、俺も秀子もあいつの気遣いが移りつつあり、そんな事を気にする俺ではなかったが、秀子なりの気遣いなのだと思った。


 俺達の関係は、十分すぎるほど構築されているから名前呼びなんて今更感が強くて、その理由を確認した。


「きっかけはあの話か?」

「ええ、あの人の味方でいるならば個人として接しないと意味ないから」

「秀子の一彦に対する『先輩』は特別だと思ってたけどな」

「そうね、あの人だけは『色んな意味』で『先輩』だからね。でも、それは今で終わり。今からはあの人の味方になりたい」


 はっきりとした言い方、まるであの時で一緒で俺は、改めて秀子が好きなんだと気付かされる。


「それでいい。俺達はずっとあの2人と一緒に居たいんだから歩み寄ることも必要だしな」

「ありがとう、洋太」

「俺は何もしてないけどな」


 ※


 <秀子side>


 学校に着くなり、生徒会室の鍵を借りて入室すると、続々とメンバーが入って来る。


「今日は、奥田先輩と秀子なのね」

「って言うか、みんなに伝えておきたいことがあったから早めに来たんだけどね。2人がこの時間に来ないってことはなにかありそうだけどね」

「先生からの伝言?その『なにか』については聞かない」


 アッコが私にそう聞いてくるが首を横に振ると秀子はこう切り出す。


『なにか』のことについてはとりあえず隅っこへ。


「急に言うと驚くだろうから先に言うことにしたんだけど、今日から先輩……あ、志村先輩のことを名前で呼ぶことにしたから、それを先に伝えておきたくて」

「「「え?」」」


 それが普通の返しであって、おかしい所は一切ないが不思議に思ったのかアッコが。


「ど、どうしたの急に。え、え」

「週末、私達が先に帰ったのは一彦先輩のおばさまに会う為だったの」

「ごめん、話が全然ついていけないんだけど」

「そうよね、順を追って説明する」


 私は、みんなにこうなった経緯を一部分を伏せた上でメンバーに説明すると。


「なるほどね、言われて見ればそんなこと言ってたわね」

「経過報告みたいなものだけどね。サプライズに向けての」

「そうだったのね。でも、それだけで名前呼びなの?」


 アッコの言い分は尤もというか、この流れだけでは名前呼びになるとは到底思えないのは、私だって理解をしているが。


 これは、あの人の心の問題で私から言えることではないので、少しだけ嘘を付くことにした。


「おばさまからね、対等でいるなら名前で呼んであげて欲しいと言われたの。2人のそばにいるのはあなた達だからって」

「そうなのね、おばさまに言われたのならそうなるもの理解出来るわね」


 ごめん、アッコ……あの時が来たら全部話すから今だけは許してね。


 これを話している時にあの事だけは共有することは必要だと思い。


「あのさ、一彦先輩の不安定だった理由なんだけど」

「あれは解決したでしょ?」

「ううん、解決したはずだった」

「だった?どうゆうこと?」

「秀子、何があった。瞳ちゃんと部屋に行った時に何か知ったのか?」


 そう、あれは言われなければ気付かないことで、当人のひとみですらその時は気づいてなかったんじゃないかって思う。


「今ね、瞳ちゃんはひとみと一緒にジグソーパズルを作っているのよ」

「ひとみの誕生日の時に瞳ちゃんに渡したパズルよね。それがどうして不安定な理由に?」

「簡単よ、負の連鎖が一彦先輩を襲っていた。ひとみが離れる、ひとみに嫌われるという負の流れに囚われていた」

「嫌われる?」


 一彦先輩に成りきってみれば、簡単すぎる答えだった。


 弱ってる状態でひとみの願いを潰せば『嫌い』って言われるかもしれないと思い、自分が我慢すればいいやって思っていた。


 けども、それは自分が思っていたよりも恐怖が出て、自分が出来る最善策を取ったのがあの行動なのだと。


「あの日、ひとみは一彦先輩よりも瞳ちゃんに意識が行き過ぎていたのかも知れないの。それで、一彦先輩がひとみに『行かないで』って言ってひとみに拒否されて『嫌い』って言われるの怖かったってこと」

「ひとみが秀子に電話した時には……」

「ええ、多分だけど自分が加担してるなんて思ってもみないでしょうね」

「そんな……」


 まぁ、私ですらあの部屋に行って気が付いたのだから、みんなの表情は当然と言えば当然で。


「だけど、あの2人なら多分大丈夫だと思うから。後は来てから考えましょう」

「先輩が来るまで待つ?」

「一彦先輩が来る前に始めようか」

「賛成」


 言うことは言った。


 後は、一彦先輩が名前で呼んでどんな顔をするか楽しみであるが、ひとみはどう思うかって考えると、案外と微笑みながら『これで対等だね』とか言いそう。


 洋太も言ってくれたように、私だってずっと一緒にあの2人と居たいのだから。

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