日常㉘

 俺を取り巻いていた負のスパイラルを週末で払拭することが出来たのは良かったが、俺の闘いはこれから。


 部活・バイト・演奏会・期末テスト・マラソン大会と全てをやり切る。


 これを『無理』って思うのが普通であって、普通の人ならどれかを犠牲にすることもあるだろうが、俺にはその選択肢は存在しない。


 負のスパイラルを払拭できていなかったら、どれか犠牲にするしかなかったかも知れない。これも奥様のおかげ。


 週末が終わり、学生の新たなる1週間が始まる。


 余程のことない限り、ルーティーンが崩れることが無いので、俺らは至っていつも通り。


 ひとみは珍しくずっと俺が向かってくる方向に身体を向けていたので、見えたのが分かると、飼い主を見つけた子犬のように向かってきた。


 勿論、俺だけに見せてくれる最高の笑顔と共に……幸せ過ぎるな俺。


「おはよう、ひとみ。寂しくなかったか?」

「おはよう、あなた♪もう、あなたがそばにいない時はいつも寂しいのは知ってるくせに意地悪」

「冗談だよ、でも本当にどうしたんだ?」

「もしかしたら、まだ不安が残ってるのかなって思ったから」


 まぁ、あれを見ればそうなる気持ちは解らなくはないが、朝から気遣い全開過ぎて大丈夫かなって思うけど、俺がひとみに掛けてあげる言葉はそんな言葉じゃないってことに気づいたので。


「俺なら大丈夫だ。それに俺には絶対的なお守りがあるんだから」


 どこまでちゃんとした顔が出来たか分からないけど、俺はひとみに安心を与え、更にひとみに守られてることをはっきりと伝えた。


 それを聞いたひとみは……少しだけ、不安な顔をしていたが理由がわからないのだが、ひとみがちゃんと説明をしてくれた。


「あのね、昨日は独占欲でお願いしちゃったけど恥ずかしかったら外して」

「恥ずかしい?ひとみ、俺はひとみとお揃いのを付けてるだけで恥ずかしいなんて思ってない」

「それならいいんだけど」


 まぁ、今でもネックレスとかお揃いだがそれはアクセサリーであるから問題ないが、シュシュは完全に女子が使う物であって男子が使う物ではないのは事実。


 けど、それは建前に過ぎない。


 だって、俺らのシュシュはお互いの絆を深めるための大事なアイテムであって、ひとみのポニーテールに付いてるシュシュを見れば、女子や他のカップルはその意味を理解できるはずだから。


 大好きな人と一緒の物を付けたいと思うのは、カップルなら普通なことで断るのは単に恥ずかしさがあるから。


 なら、逆に思うのは大好きな人からお願いされて恥ずかしいと思うのはどうかと思う。


 カップルの大概は、片方が好きで後から両想いになるのは殆どなのは理解してるつもりで、俺らのように最初から両想いとは事情が変わるのかも知れない。


 明らかにおかしい状況になるなら俺でも拒否はするかもしれないが、シュシュくらいは至って問題ないっていうか彼女の為にストックしてあると思えばいいだけの話である。


「俺は嬉しかったよ。お揃いを増やしてくれて」

「変な事言ってごめんなさい、あなたが喜んでくれたなら私も嬉しい」

「さて、夫婦仲良く学校へ向かうか」

「はい♪」


 どうやら、機嫌もすっかり直ったようで何よりですね……っていうか、そのままの状態で行ったら恐怖しか待ってない。


 だって、今日は最高裁判所せいとかいしつ出廷よびだしを食らっている日なのだから……まぁ、今回は謝るしか出来ないからな。


 そう思いながら、ひとみと呑気に談笑をしながら電車に乗って学校へ到着して生徒会室に向かうと『一彦先輩が来る前に始めようか』なんて声が聞こえた。


 ん?今、秀子のやつ俺の名前を呼ばなかったか。


 そんな声が聞こえてすぐに入るのはさすがに無粋だと思い、生徒会室のドアから少し離れたところで様子を見ることにした。


「あなた?どうしたの」

「みんなの成長具合を見たくてな、少しだけこのままでもいいか?」

「いいよ、その代わり少しだけでいいから抱きしめていてくれる?」

「お安い御用だよ、おいで」


 ひとみが笑顔で俺の胸に飛び込んでくると、髪を撫でて大事に包み込みながら教室の中を確認していた。


 ある程度見てると、ひとみが『そろそろ入ろ?』って言ってきたので、俺もうなずいて入室することに決めた。


「おはよう、みんな早いな」

「あ、一彦先輩。おはようございます、一彦先輩こそ遅いですね」

「その言い方だと私達がいたことに気づいてないみたいね」

「え?いつから……いえ、見てました?」

「『一彦先輩が来る前に始めようか』って所だな」


 俺は、珍しく口角を上げて秀子に告げると……


「……ってことは、さっきまでの会話とかを?」

「ああ、奥様を愛でながらしっかり聞いてたぞ。とことん、鍛えてやる」

「奥様、旦那が苛める~」

「悪い子にはお仕置きが必要みたい♪」

「なんてな、それくらいの気持ちでいてくれた方が助かるよ」


 秀子にはかなりの迷惑を掛けているから俺の完全復活を告げるには最適だった訳だが、卓上で1人だけ俺の思惑に気づいてるのがいた。


「一彦、どうやら完全復活したみたいだな」

「ああ、みんなには本当に迷惑かけたよ。けど、俺はもう迷ったり卑下したりしない」

「これならお仕置きは一旦保留かな……あれ、一彦先輩?」

「なんだ」

「手首に付けてるのってシュシュですよね?なして?」


 お仕置きって?この流れだったから裁判のことをすっかりと忘れていたけど保留なら後々にありそうだから頭の片隅に置いておこう。って聞き方が雑過ぎる……


 そして、やっぱり聞き間違いじゃなかった。俺が言いたい……なして?


「これか?奥様とのお揃いを増やしただけのことだが?」

「奥様の?あ、ひとみのシュシュが変わってる!」

「ええ、昨日一彦に選んでもらったの♪それで一彦にも同じ物を付けて欲しいってお願いしたら付けてくれたの♪」

「まぁ、いい笑顔しちゃって~ってその色の理由は?」

「ひとみの髪は、綺麗な黒色だから赤や黒は紛れてしまうのと青や黄色は夏のイメージだから、敢えての明るい緑にしてみたんだけど変か?」

「いいえ、聞いてみただけですから。2人がいいならいいと思いますよ~」


 ひとみは、秀子の言葉に素直に喜びを表していたが、俺は違っていたっていうのは多分だが俺の思惑に気づいてるはずだ。


 あの時も簡単にバレてる訳で、秀子には意外と俺の手は通用しないのかもって思ってしまう。


「俺らは、ゆっくり見てるから気にしないで打っててくれ。分からないことがあれば聞くから」

「はい、それじゃ行ってきますね」

「「いってらっしゃい」」


 2人で、秀子を送り出すとひとみが含み笑いをしていた。


「ひとみ?含み笑いなんてして」

「あの子が、私達の子みたいに思えてね」

「そうゆうことか。まぁ、後輩はひとみ以外は子供だと思ってるからな」

「そうだったね。誰が勝つか見守ろう♪」

「ああ」


 俺は、奥様を抱きしめながら卓上をバトルしてる4人を見ながらこの日々がずっと続いて欲しいと心の底から願うばかりであった。


 因みに、卓上の4人の会話というと……


「多分、私達に聞こえないように言ってるんだと思うけど聞こえてるし」

「にしても、2人の子供って聞いても違和感がないのは何故だろうな」

「だって、あの2人よ?出ない方がおかしいわよ」

「志村が幸せなら俺は構わないけどな」

「ま、松木?どうしたんだ」

「なにが?」

「いや、お前から『幸せ』って言葉出るなんて思わなかった」

「洋太、俺の扱いが志村より酷くなってないか?」

「うーん、慣れてくると言いやすくなると言いうか、言葉が簡単出てくるんだよなこれが……不思議だ」

「やっぱり、志村より酷いって言うか志村の影響だよなこれ!」


 白い豚さんが、今日も朝を告げる咆哮を上げていたのだったが。あれ、朝の知らせを告げるのってニワトリじゃなかったか?


 言っておくけど、お前らの会話も俺にはしっかり聞こえてるからな!!!


 さて、俺は俺であいつに聞きたいことが出来てしまったが、一体何故なんだ?急に名前で呼ぶなんて。

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