後輩の頼もしさ
俺とひとみと美優の3人での食事会の際、俺らが出た後の事を美優がしっかりと教えてくれた。
確実に俺の状態を知ってる奴、即ち松木に状況を確認したらしい。
ある程度話しているうちに色々と理解が出来たらしく、俺の暴挙の手前にひとみの温もりで事なきを得たということだった。
「俺は、教室に出た時からはあまり記憶が無いというか朧気だったんだ。気付いた時にはひとみが目の前にいて」
心配を掛けた以上は何も語らない訳にはいかないと思ったので白状する。
「そうなんですか?」
「ああ、多分忘れたいって気持ちがあったのかも知れない。だから壁を殴ろうとしたのも分かってなかったんだ」
「あれをまたするつもりだったと……」
「あれ?美優、なんで知って……」
「あ……」
確かに美優はあの事件?の主要人物ではあるものの、あの件については事後報告になっていたはず……
その件を知ってるのは2人しかいない。
「秀子がみんなに話したってことか……今回ばかりは仕方ないな」
「す、すいません!他言厳禁って言われたのに……」
完全に事後だから他言厳禁はどうかと思うがあいつなりの気遣いだろうな。
「美優、気にしないで。私はもう大丈夫だから、みんなで一彦の下駄箱を見たってことね」
慌てる美優をひとみが優しく宥める。
「うん、秀子が松木先輩に『志村先輩の下駄箱まで案内お願いします』って」
「それで、みんなは驚愕したのか」
「まさか、あそこでやっていたのは予想外でした」
まぁ、あれを見れば誰だって驚愕はするし、人によっては青ざめるくらいに酷いことになっている。
さすがにあのまま後輩に下駄箱を渡すのは気が引けるので春休みに取り換えていた。
「私は理由は知っていたので驚くことは無かったけど、みんなは驚いてました」
「あれで驚かない方がびっくりだよ。何から何まですまなかったな、辛くなかったか?」
「私は大丈夫です。私よりもひとみの方こそ大丈夫?」
「さっきも言ったけど私は気にしてないの。それでどうしたの?」
その後もみんなで考察するかのように不安定な理由を紐解いていくと、秀子が俺に成りきったということらしい。
「秀子の言葉にアッコなんかは怒号に近い声で驚いていた」
「あいつ、どこまで踏み込んだんだよ……秀子の奴大丈夫だったか?」
「ええ、寒気はしたって言ってましたけど感覚的な問題でしょうから。でも、先輩からしたらそんなことで片付けられないって言ってましたよ?」
全く、でもまさか俺に成りきって状況を判断するとは思わなかった。
少しくらいは推測をして判断するのは分かっていたが、俺になって考えるなんてびっくりもいいところだ。
だが、あいつは知ってしまった……
俺がひとみの手を放してしまったら、俺はどうなってしまうかを。
「そうだな、秀子でそう思うのならあの時の俺は全身の血の気を引くような感じがしたんだ。何を考えてもダメな方向にしか頭がいかなくてな」
「ハッキリ言えば考え過ぎですね、ひとみが先輩以外の隣にいる訳ないです」
「美優……」
「それは、生徒会もとい志村教の女子メンバーの総意です。言っておきますが、先輩の周りの女子を侮らないことですね」
こいつらは、本当にひとみが大事にしてくれているんだなって思うと胸が熱くなるのが分かる。
俺自身、前に松木にも言ったことでもあるが必要な事であれば、言わなければならないこともあって、秀子の言ったことに関しては気にしてないというか感謝の気持ちの方が強い。
その分、聞いた人間の心情を思うと申し訳ない気持ちにもなるのも事実。
けど、美優は俺らにこんなことを言ってくれた。
「私達は、先輩とひとみが苦しんでいたらいつでも力になります。だから、偶にでもいいので私達を頼ってください」
「美優」
「2人は私達の見本なんですから、いつまでも円満でいてもらわないと困るので」
『円満』この言葉は美優が俺には絶対に言いたくない言葉なのに……
俺の苦い顔を感じ取ったのか『甘いですね』って顔をして俺にこう言ってくる。
「前は言いたくなかったです。でも、今はひとみが幸せにしてくれるのは先輩だけって分かったんですよ。私も先輩に変えられた一人なので」
「変えた覚えは一切ないんだがな……あと、お店なんだから言葉の使い方を考えてくれ」
その後は、今日のバイトの出来事を呑気に話していると美優の顔が険しくなったのが分かったが、一体どこで地雷を踏んだのか分からなかった。
「なぁ、なんで険しい顔をしてるんだ?」
「だって、先輩が全部ひとみを独り占めするからいけないです!」
不意に放つ毒舌砲だけはやめて欲しいものだが、彼女なりの精一杯の抗議だと思うので甘んじて受けるとするかな。
「全く、相変わらず高性能な毒舌砲をありがとうな。って今日のはほぼ偶然だぞ」
「あら、察しのいい先輩が気づかないとはしてやったりですね。ひとみ?」
「ふふ、でも美優があんなこと言うなんて思わないわよ?」
おい、ちょってまて……話が全く追いついてこないんだが?察しがいい?
とりあえず、今日のことを回想してみたら疑問に思う点がいくつかあったことに気づく。
これってさ……完全に公私混合してんじゃんけ!
「森川さんがいつもよりも緩い理由はそれだったのか」
「森川さんに言ったのは『志村先輩、学校でちょっとやらかして落ち込んでるんで』って言っただけですよ」
「それって、俺が問題児になってる奴じゃんよ……けど、森川さんなりに理解したってことか」
「あなた、私はやっぱり私はどこにいてもあなたと一緒がいい。だから、今日は私の隣にずっといてくれて安心したの♪」
「ひとみの隣は、誰にも譲らないって決めたんだから」
「はいはい、お熱いのは結構ですがここがお店だってことをお忘れなく!」
美優のキレのある声で俺らのいちゃつき?はシャットダウンされてしまったが、助けられた感もあるので喧嘩両成敗ってことで。
……違うか……
食事会も終わり、美優を改札口まで送りホームへと消えるのを確認すると俺らはひとみの家に向かって歩き出した。
金曜日は、俺の家に泊まって土曜日はひとみに家に泊まるということが先日決まったので昨日からさっそく実行に移していた。
歩いていると、ひとみが不意にこんなことを言ってきた。
「また、秀子に借りを作っちゃったね」
「それもあるけど、ひとみは大丈夫なのか?」
「なにが?」
「なにがって、聞かれたくないことだろ……あの事だけは」
「ちゃんとしたこと言うとね、私の頭の中にはあいつと付き合ったと思ってない」
「俺に気を遣ってる訳じゃないよな?」
あの痴漢事件の時もそうだったけど、ひとみは嫌なことは大概無かったことにするようにしているのは分かっていた。
けど、それは俺に気を遣っているんじゃないかっていう邪推をしていた。
「あのね、今から言うことは本心だからあなたにはちゃんと聞いて欲しいの」
「分かった、心して聞くよ」
一瞬、ひとみの意志がとても強く感じて俺は少しだけだじろいだ。
「あいつとは、手を繋いで歩いたわけでもないし触れられてもいない。触れさせなかったのもあるけど、それがあるから付き合った感覚すらないの」
「ひとみ……」
「いつかは分からないけど気づいたらそんなことはどうでもよくなっていたの。だって、気づいた時はあなたのことしか考えてなかったから。言わないのは分かってるけど、もし告白の時に私のことを求めてきたら私は受け入れた。それがどうゆうことか分かる?」
ひとみはあの頃から俺に全てを委ねる気だったとそう言いたい訳で、あいつとのことはしっかりと決別していたようだ。
それに関しては第3者である俺が口を出せる問題でもないので基本的には手出しはしない。
しかし、ひとみに危害が及ぶ場合は文句なしに手も口も出させてもらうつもりではいたが、そんな機会は訪れなかった。
「話してくれてありがとう。そんなことを言われたら俺が落ち込んでる場合じゃないな。でも、告白の後に求めたら本当にくれたのか?」
「そう思ってたけど、今は告白の時じゃなくてあの話をしたあとで良かったって思えるの。それで私達の絆が確固たるものになったから♪」
「ひとみの言う通りで、さすがに告白してすぐに言える訳ない。言われても自慢のヘタレが発動して『意気地なし』って罵倒される運命しかないよ」
「ねぇ、帰ったらそのシチュエーションしてみない?」
なんか、死角からいきなり爆弾が飛んできたんだけど……しかも点火済みのやつが……
それは、煽っていて俺に狼になれってことですよね?
しかも、制服着てる所為かすぐに想像できてしまい、コートが無かったら……ゾッとした。
「今すぐ押し倒したい」
「私はされてもいいんだけどね♪」
「どうして、俺の奥様はこんなにブレないんですかね!?」
「こんなことでブレてたら、あなたの妻に相応しくないでしょ?」
「帰ったら、自分の言ったことを後悔させてやるから覚悟しておけよ?」
ひとみに『壊す』という遠回しの宣戦布告をしつつ、ひとみの肩を抱き寄せて家に向かうのだった。
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