バイトでも共同作業

 一昨日から昨日にかけての騒動を終えて、俺はようやく平常心を取り戻すことが出来た。


 俺自身も土日のバイトまでには立ち直る必要があったので、ギリギリだがバイトには支障をきたすことがなく安堵していた。


 俺らの土日は朝から夕方までの出勤なのでいつも時間に起きてしまうと大変でアラームをセットするようにしていた。


 そして、アラームが起床時間を知らせると俺はすぐに目を覚ます。


 横には、愛しの奥様が可愛い寝顔をして寝ているので、俺はしばしその寝顔を見ていた。それから数分後に奥様も起きた。


「おはよう~あなた」

「おはよう、いい夢でも見てた?」

「ふぇ?なんで?」

「可愛い寝顔と色々と寝言を言ってたから」


 寝言に関しては当然嘘である。


 寝言って言うか健やかな寝息だったのだが、俺からすれば寝息の方が理性を壊されそうになっていた。


「私、なんか変な事言ってた?」

「『旦那様、愛してる~』って言ってた」

「よかった、全然変な事じゃなくて安心しちゃった♪」


 元々、何も言ってないから嘘ついた俺が悪いんだけどさ……何その返し!?


 当面、先に起きるよりも起こしてもらう方がいいのかも知れないと思い、ひとみにその相談をしたら了解を貰ったのだが、俺はこの時に選択を間違えていた。


 それは、後に起きた2人だけの事件?である。


 以前、俺が働いていたのがスーパーだったからこの時期の忙しさは変わりないのだが、ここは時期によっては忙しさが半端ない。


 その所為でレジ1人では全てを捌き切るのは無理があるらしく、売り場の人間が袋詰めの手伝いに回ることが度々発生する。


 そして、この週はチラシをでかく打ってたみたいでお客様が殺到していた。


『お手付きの従業員はレジ応援お願いします』というアナウンスが流れると鈴本主任が俺にこう言ってくる。


「今日はレジの方が大変そうだから手伝いに回ってくれるかな」

「分かりました」


 俺は、すぐさまレジに向かうと2台の内、1台は既にひとり入っていて、もう片方には俺の奥様が1人で処理していたのですぐに応援に入る。


「藤木さん、やります」

「ありがとうございます。お願いします」


 当然だが、公私混同は許される訳はないので仕事する時は付き合う前の形になる。


 けど、お互いに通じ合ってる所為もあってか変に戸惑うこともなくそつなくこなしていく。


 まるで文化祭の時のように。


「志村君、ごめん。こっちもお願いしてもいいかな?ちょっと呼ばれちゃって」

「はい、なんとかしてみます」

「志村君、大変そうだったら藤木さんの方にいてあげてね」

「……出来たらそうしたいですけど」

「惚気」


 森川さんからの痛恨の一撃が飛んでくる。


 って、さすがに仕事でアホするわけにはいかないので、俺は2台のレジの間に陣取ってとにかく袋詰めに徹していた。


 そして、ある程度ピークが過ぎると森川さんから称賛の言葉が。


「いやー、志村君がいてくれて助かったわ。犬の日と被らないで良かった……」

「毎年、こんなに大変なことしてるんですか?」

「そうね、この時期というか11日と22日は基本的に地獄だもの」

「来週は地獄ってことですね」

「地獄ってもんじゃないわよ、でも志村君が2人を呼んでくれたから大助かりだったし、優秀だから本当にありがとう」

「俺は呼んだだけでひ、藤木さん達を褒めてあげて下さいよ」


 そう、この店では11日がワンワンデー、22日がにゃんにゃんデーとなっていて年末とチラシとこの日が重なると地獄らしい。


「にしても〜『藤木さん』って言いづらそうね~」

「も、森川さん!?」


 突如、森川さんがひとみの呼び方について罠を張ってきて、その罠にしっかりと嵌ってしまい情けない声が出てしまった。


「間違えて『ひとみ』って言ったら面白いのにね~今言いかけたし~」

「そんなこと出来る訳ないじゃないですか」

「冗談よ、でもよく間違えないでいられるわね。辛くない?」


 うーん、仕事してる以上はそんなことを考えてはいけないと思ってるので『藤木さん』は無意識なんだろうと自分の中では認識している。


「バイトの身で迷惑を掛ける訳にはいかないですから。一緒にバイト出来てるだけでも感謝ですから」

「この間のことと言い、志村君ってどうしてそんなに大人びてるの?」

「俺が大人びているなんて……理由なんて一つしかないです」

「藤木さんの為ってことでいいのよね。ちゃんと言ってあげなさい」

「………」


 今はさすがに言えないでしょうが……お客様に変な目って言うか、奥様が大変になるから言いたくないけど、後でちゃんと言うっていうかもう言ってるんだけどね。


 って、きっと今の会話とか全部聞いてるんだろうなー。


 俯いてる時点でバレバレなんだから………


 この日、冗談抜きでレジのそばについていないとままならぬ状態であった。


 だが、何故か応援の人達は森川さんや他のパートさんに行ってしまうので、必然?と俺とひとみがパートナーを組む形になっていた。


 一瞬の隙を見計らいひとみに声を掛ける。


 旦那として妻に対する労いの言葉を。


「ひとみ、俺がそばにいるから大丈夫」


 それを聞いたひとみは『うん♪』って頷いて次々と向かってくるお客様を捌いた。


 束の間の休息ではないが、ひと段落ついた時に森川さんが俺にこんなことを言ってくる。


「やるじゃない」

「なにがですか?」

「少し疲れ気味になってる所に活力剤を入れるなんて」


 どうやら、森川さんには俺のやってることがバレていたが、叱咤を受けることはなかったがバレてないと思ってただけに後悔が。


「まぁ、2人が恋人って分かってるから私達は気にしないっていうか。仕事の時は公私混合してないは分かってるけど、たまには気合を入れてあげて」

「も、森川さん〜」

「藤木さんは忙しい時でも1人で頑張る時があるからね、息抜きも必要なのよ」

「いいんですか?」


 それこそ公私混同になるんじゃないかって思ってしまうのだが、森川さんは話を続ける。


「正直、お客様と店に迷惑が掛からなければいいと思う。それに、誰かの為だけで効率だって上がることもあるから」


 なるほどね、俺らを上手く使う事で効率を上げようなんて思いもしなかった。


 さすがリーダーだな、この店にも背中を見せさせて貰ってるな。


「っていうかさ、本当に息ぴったりっていうか、志村くん袋詰め上手いわね」

「レジの人達の見て、真似してるだけです」

「なら、いずれはレジも覚えてもらうから覚悟してね。私は結構スパルタだから」


 何故か俺の次の異動先が見えてしまった気がするが、いかんせ普通な顔なのでレジにいても意味ないと思うんだが………


 あ、この場合は顔は無関係だな………


 そんなこんなで、今日のバイトを終えたが殆どレジに付きっきりになってしまった。


 普段見れないレジの流れとか見れたのは収穫であり、ひとみのそばにいられたから良しとした。


 土日は美優もバイトに出ているのだが1階でレジをしており、今日に限っては会う機会が全くなかった。


 謝る機会が訪れたのは仕事が終わってからだった。


 俺ら3人は月1回の食事会があって、今日がその日でお店について席に着くなり、俺は美優に謝罪をした。


「昨日は色々と迷惑を掛けてすまなかったな」

「問題は全部解決したみたいですね」

「ああ、もう大丈夫だ。みんなにも週明けに謝るつもりでいる」

「いつもの先輩で安心しましたよ。昨日のままだったら週明けお仕置き確定でしたから」


 お仕置き……あ、そういえば秀子が裁判がどうだかって言ってたな。


 っていうことは、出廷しても有罪は確定してるってことか……


 まぁ、罰は受けるつもりでいたからあまり驚くこともないのだが。


「先輩にも怖いものがあったんですね」


 美優が不意にそんなことを言ってくるもんだから俺は逆に聞いてしまった。


「どうゆうことだ?」

「いつも強気な先輩が弱々しい姿を見たのは初めてだったので」

「あの時よりも?」

「はい、先輩の不安定な理由は秀子が教えてくれたんです」

「秀子が?どうやって」

「先輩の身になって考えたら浮かんだみたいですよ、秀子の答えを聞いた時は全員の背筋が凍りましたからね」


 美優は、俺らが帰った後のことを細かく教えてくれた。

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