お願い②

 俺とお義母さんの会話が丁度いい感じに切れたところにひとみが戻ってきた。


 顔を見ると、俺に何か言いたそうな顔をしてるので、秀子がひとみに何を言ったのか気になる所だが……この場合、悪い予感しかない。


 とりあえず、俺は冷静を装うことにして声を掛けた。


「秀子はなんだって?」

「あなたの様子を聞かれたのと伝言を受けたの」

「伝言?」

「『週明けに裁判を行うので生徒会室に出廷すること』ですって」

「………了解」


 今回は、後輩にも迷惑を掛けたの事実だからそれくらいの罰はちゃんと受けるとするかな。

 怖いのは美優とアッコだな……秀子とかおりは冷やかし要員だろう。


「あらあら、一彦さんったら本当に後輩に慕われているのね」

「この場合って慕われる方に入るんですかね……」

「お母さん、さっきの話の続きなんだけど」

「それなら、降りてくる前に許可したわよ」

「いいの?一応、一彦の両親からも許可をもらったけど」

「向こうがいいと言ってるなら、私は全然いいわよ。それに、一彦さんのことだからこっちに来た時にはかっちゃんの相手もしてくれるから」


 俺は、ちゃんとした了解をもらえたことにようやく安堵することが出来た。


 ひとみは、先ほどくらいつくつもりは無いと言ったが、実際に断られていたら糾弾していたかもしれない。


 そうなれば、誰も一切の得もないのとひとみの悲しい顔を見ることになる訳で、それだけは絶対に避けなければいけなかったのだ。


「お母さん、ありがとう」

「ひとみもちゃんと旦那様を支えないとダメよ」

「うん、それは今回のことで嫌なくらいに痛感したから」

「分かってるならこれ以上言う気はないから。すぐ行くの?」

「出来たら。今日はちゃんと休んで欲しいから」

「もう一度聞いておくけど、金曜日は一彦さんの所で土曜日はうちでいいのかしら?」

「そうしたい」

「分かりました、一彦さん。ひとみをよろしくお願いします」

「こちらこそ、ひとみを大事にお預かりします」


 全ての了解を終えたひとみは俺に『ちょっと待ってて』と言われてその場で待つことになった。


「多分、持ち合わせが足りないんでしょうね」

「あ、そうゆうことか……」

「どうやら、まだ本調子には遠そうですね」

「今のはそうゆうことではなくて、もしかしたら俺の為にお洒落をしてくるのかと思ってしまって」

「なるほど、先ほどの言葉は訂正しましょう。もう大丈夫ですね」


 言い終えたタイミングでひとみが降りてきて、俺はその姿に見惚れてしまった。


 俺がさっき冗談交じりで言ったことが本当になってしまい、これを言ったら怒られるので直接は言えないが、俺とは釣り合わないくらいに素敵な女の子がそこにいるんだから。


 そんな、素敵な女の子が俺の彼女、後の奥様って思えるとにやけ顔になってしまいそうになるが……


「ふふ、そんな顔をしてくれたならこの服にした甲斐があったね♪」

「あら?見たことない服だけどどうしたのこれ?」

「これね、一彦が誕生日の時にプレゼントしてくれたの。いつ着ようか悩んでたけど、喜ぶ顔が見たかったから今日にしたの」

「これって、ひとみが自分で選んだの?」

「ううん、全部一彦が選んでくれたの♪似合ってる?」


 ひとみが無邪気にくるりと回転すると、お義母さんの目から涙がこぼれた。


「お、お母さん……どうしたの!」

「ごめんね、いきなり泣いたりして。嬉し泣きだから」

「嬉し泣きって?」

「だって、こんなに無邪気な娘の姿を見たのは久しぶりだったから……いえ、初めてかも知れないわね」

「お母さん……お母さん、私はお母さんのおかげでここにいるの。ありがとう」


 俺は、この2人の光景を目の当たりにして感じたこと、思ったことがある。


 お義母さんが、未だあの事に対しての未練を抱えていることを……それは今の会話の中で理解が十分に理解できる。


 そして、思ったことは俺がもっとしっかりしないといけないってこと。


 以前、ひとみは『二人三脚で歩もう』と言ってくれたけど俺が自信がもっとしっかりしていないと、ひとみに迷惑が掛かるのは今回もそうだが前回もそうだった訳で俺はどんなことがあっても、ひとみを信じ抜くことが幸せになる絶対条件なんだと思った。


 そう思うと、俺の背中には3人の想いを背負っているんだって実感するのだった。


「ほら、2人の時間を大切にしなさい」

「うん、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 俺らは、お義母さんに背中を押される形で外に出ると俺はひとみの手荷物を取って、ひとみを俺の腕に抱きつかせた。


「何度見ても似合ってるな。可愛いよ」

「えへへ、これを着た瞬間にドキドキが止まらないの」

「どうして?似合わないと思ってるのか?」

「ううん、あなたがどんな言葉をくれるのかなって想像しちゃって♪」


 昨日からずっとシリアス展開だった分だけ、不意に飛んでくる攻撃の破壊力が脅威で仕方ないのだ。


 それに、普通はドキドキする方なのに……しかも、今の俺の心臓はドキドキではなくてバクバクなのは理解してもらえるだろう。


 因みに、これは俺を煽ってるってことでいいですよね?


 言質を取る為に俺は、ストレートに聞くことにした。


「あのさ、その服装にした理由って俺を煽ってたりするのか?」

「違うって言ったらどうする?」


 口では『否定』の言葉を言ってるものの、表情と仕草が別の意味の『否定』をしていたのだが、俺は勝手に後者を取ることにした。


「分かった、俺の好きなように思うことにするな」

「うん♪」

「やっぱり、煽ってたな。もう大丈夫だから」

「知ってるけど、自分の手で証明したかったの」


 俺の家に着くまでは、ひとみと天音さんの話になっていた。


「2人で一体何を話していたんだ?」

「うーん、疑似夫婦の事やあなたの名言の事かな」

「なんで俺の名言?が出てくる訳?」

「天音さんに聞かれたからそのまま答えただけだよ?」

「それで他の事も色々と話したら過剰摂取したということか」


 まぁ、戻ってきたときの顔を見れば一目瞭然だったけど……やっぱり、うちの奥様は最強だな。


「ミキさんも私達が一緒にいる時間を聞いて凄く驚いてたね」

「あれは俺もびっくりしたけど別に気にはしなかったよ。俺は一秒でも長くひとみと過ごしたいから」

「私もだよ。あなたはミキさんとどんな話をしたの?」

「『勿体ない』って言われたよ。俺自身は大層なことはしてるつもりは無いんだけどね」

「そう言われると、確かに勿体ない気もするけど……今のままでいて欲しいって気持ちもあるの」

「なんで?」


 疑問に思うのも当然。ひとみは少し俯きながら。


「だって、これ以上目立ったりしたら……」

「ひとみ、俺はもう迷わない。どんな人が来ても俺はひとみだけを愛してるってその場で言ってやる。それでも嫌か?」

「あなた……ううん、そうしてくれるなら目立ってもいいかな」

「まぁ、面倒なことにならないように今以上のことはする気はないけどな」

「それでいいの、私は今のあなたが好きだから♪」


 あーあー、ここがあまり人通りが少なくて良かったなって素直に思ってしまった。

 笑顔が最高に可愛くて昼間だったら確実にカメラに収めてベッドの所に飾っていたかもしれない。


 あれ、それってひとみがもうやってないか?


 今になって、そうしたい気持ちが理解できたが女の子だからロマンチックな展開になるけど、男がそんなことしたらどうなんだ?


 とりあえず、自分の疑問をぶつけてみることにした。


「なぁ、ひとみ?」

「なーに?」

「もしさ、俺がひとみの写真をベッドの所に置いたとしたらどう思う?」

「うーん、きっと私のことを思って毎日抱いて寝てくれそう♪」


 斜め上の答えが飛んできて、俺は一瞬だけ意識がぶっ飛んでいた。


 奥様、例え写真が無かったとしても毎日にそう思ってるんですが……ううん、毎日妄想して寝てるよ。前にも言ってるけどね。


 家に近づくごとに俺の頭の中は、ひとみを愛でることしか考えていなかった。

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