10章 初心に帰ったつもりで
お願い①
昨日からのひと騒動?も無事落ち着き、俺らはバスで鶴見のバスターミナルまで戻ると、ひとみの家までいつものように歩いていた。
考えたら、鶴見から帰る時に電車を使ったのは俺らの意思とは反してる場合が殆どだったから。
そんな訳で、2人の時間が欲しいが為にいつも通りに俺らは歩いている。
繋がりが欲しいのか、指を絡める恋人つなぎをしてきたので俺は不思議な顔をしてると。
「やっぱり、腕に抱きつく形の方が良かった?」
「なんでこっちなのかなって不思議に思っただけだよ。これはこれで久しぶりだから新鮮でいいかな」
「ちょっと、初心に戻ろうと思って」
「初心に?どうして?」
俺からすれば付き合った当初から今に至るまで大きく変わった変化は正直ないと思っていた。
変わったとすれば呼び名と行動に対する大胆さくらい。
きっと、ひとみの中で何か感じたことがあったんだと思い、この選択をしたんだと感じた。
「さっきも言ったけど、私自身が舞い上がってるのがあったのも事実だから今だけは『夫婦』じゃなくて『恋人』に戻って気持ちを整理しようと思って」
「そっか」
「だから、初心に戻ってあの時……付き合った時の気持ちを思い出したくて」
「なら、俺も同じ頃に戻るだけだな。行こうか、ひとみ」
「うん♪」
絡めていた指先を更に強く絡め、最初の頃を思い出しながら俺らは目的地に向かって歩き出したのだった。
歩きながら、お互いに別々にいた時の事を話しになっていた。
「それで卓ってどのくらい出来るの?」
「ミキ兄ちゃんたちの仕事の内容にもよるけど冬休み前には出来るって」
「そうなんだ、楽しみだね♪」
「あ、再来週の日曜日は俺も手伝うって言うか一つは俺が作ることになった」
「分かった、日曜日に一緒にいれないのは久しぶりだね」
「もし、終わって時間があったら迎えに行ってもいいか?」
「それは嬉しいけど、お願いがあるの」
お願いとは何だろうと、俺はひとみの言葉を待つことにした。
「迎えに来てくれるのはあくまで自分の体調を考えて欲しいの。多分、仕事以上に疲れてると思うから自分のことを最優先にして欲しいの」
そうだな、今の俺らにはまだまだやらないといけないことが沢山ある訳で、今尽き果てる意味は無いと言いたい訳で。
それを聞いた俺は、ひとみのことも考えた上での答えを出すことにした。
「分かった、無理して悲しい顔は見たくないからな。その代わり、迎えに行けなかったら次の日は甘えてもらうよ」
「はーい♪」
「ありがとう」
「本当なら、作ってるのを見たい気もするけど私達の為にしてくれているから、私は私が出来ることをするね」
多分、今日のことが無ければ『私も休んで一緒にいたい』って言ってたかもしれないが、今日のことでずっと一緒にいることが全てじゃないと思ったのかも。
ちょっと寂しい感じもするけど、来年の4月からは少しばかり離れることがある訳だから、予行練習も必要なのかもな。特に俺自身が。
不安がないとは言い切れないので、俺はひとみにこの言葉を送ることにした。
「ひとみ、俺はどんな時でもひとみの事しか思ってない。俺らの心は決して離れることは無いから安心して欲しい。ってさっきまであんな状態だった俺が言うべきではないと思うが」
「ううん、そんなことないよ。その言葉がなによりも嬉しいんだから♪」
そんな話をしてる間に家に到着するとひとみが俺にこんなことを言ってきた。
「お願いの件だけど、私が最初に言いだしたから私が言いたい」
「その顔は俺がいくら言っても引かない顔だな……お願いできるか」
「ありがとう、卑怯かなって思ったけどこれしか思い浮かばなくて」
「分かっててやってたのか……相変わらず、策士だなひとみは」
「あとで、ちゃんとお仕置きを受けるから、ね♪」
『ね♪』って可愛く言われたら何も出来ないのを分かっててやるから小悪魔だよね。
まぁ、自分でも『卑怯』って言葉を使ってるから今更感は否めないけど、そんなひとみも俺は好きなんだって思ってしまった。
俺は、ひとみに厳しく接することが出来るのだろうかと、別な意味で不安になってしまったのは内緒である。
問題さえ無ければ、厳しくする理由すらないんだけどね………出来れば甘やかし、甘えたい。
そう思ってる間にひとみが鍵を開けて中に入り、お義母さんを玄関に呼び出した。
「2人ともおかえりなさい。上がらないの?」
「あのね、お母さん。お願いがあるの、ダメだったら素直に諦めるから話だけでも聞いて欲しいの」
「それなら、中に入ってちゃんと話しましょう」
そう言って、中に入って話をすることにしてお義母さんに言われるままに一度、家に入った。
「それで、話って?」
お義母さんが俺らのお茶を用意してくれて腰を下ろすと要件を聞いてくる。
2人して姿勢を正すとひとみが自分の思いを言い始める。
「あのね、金曜日と土曜日だけお互いの家に泊まりたいの。当然、私達が高校生であってやってることが逸脱してるのは多少は理解してる。けど、一緒にいたいの」
「そう言うってことは何かあったのね?それを話してから決めます」
ひとみは昨日から今日にかけてのことを包み隠さずに全て洗いざらい話すと、お義母さんは少し考えてこう結論を出した。
「一彦さん」
「は、はい」
まさかの俺に来たものだから、呼ばれた瞬間に声が上ずってしまった。
「ひとみの話を聞いてる限りでは、ひとみを愛情を向けすぎて自分を蔑ろにしてましたね」
「はい」
「今後、それを一切しないということであれば許可します」
「今回の件は全て自分の落ち度です。ひとみに言われて気づきました。俺は自分の言いたいことを言ってなかったことに」
「私は別に怒ってる訳ではありません。一彦さんは私達を救ってくれたの事実ですから。私は2人には出来る限りのことをしてあげたいと考えていますが、その前に一彦さんの言葉を聞きたかったの。分かってるなら大丈夫そうね」
「大丈夫って?」
何が大丈夫なんだろうか、俺はこの現状で予測することは不可能と判断して、お義母さんの言葉を聞くことにした時だった。
静かになった部屋に音が響く。
「秀子?ちょっと電話に出てくるね」
「ああ」
秀子からの着信だったらしく、ひとみは上に上がると俺は改めてお義母さんに目線を向ける。
「実は、先ほどアキさんから連絡を頂いていたんです。2人がお願いをしに来るから聞いてくれって」
「そうなんですね」
「理由を聞いたら、納得しましたがアキさんから条件を出されました」
「条件ですか?」
「『今回の件はうちの子がやらかしてるのであの子の態度次第で判断をお願いします』と言われました」
まぁ、今回の件に関しては俺が大層やらかしたのはあるのは事実。
俺がちゃんとしてなかったら断られる可能性が高かったことか……今でも、許可をもらえるか微妙な状態だもんな。
俺の態度を、どう取るかはお義母さん次第なのだ。
正直、ミキ兄ちゃんの所に着く前の俺だったら確実に怒られて断られるのは目に見えている。
だから、俺の心は不安でいっぱいだった。
この流れは断られるのではないかと……思い込みそうになってしまうが、ここは何とかして乗り切らなければならないと自分を鼓舞する。
「お義母さん、ハッキリ言って下さい。先ほども言いましたが食らいつくつもりは一切なので」
「私は、2人には出来る限りのことはすると言いました。その意味は分かりますか?」
「それって?」
「少なくとも私は、一彦さんを信用してます。だから、娘を預けることに躊躇いはありませんが、あの子の為にも少しは我が儘になってください」
俺は、お義母さんの言葉に涙が流れそうになっていた。
そうだ、みんなが俺を信用してくれているのに俺が『人』を信用しなかったら意味がない。
それを諭してくれたお母さんに返す言葉はこれしかなかった。
「今後は、自分の周りに迷惑にならない程度の我が儘を言うと思います」
「ひとみは、迷惑になるくらいに言って欲しいと思ってると思いますけどね」
そんな、ひとみが上でくしゃみをしそうな会話をしてると、秀子との電話を終えたひとみが帰ってくるところだった。
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