<閑話>奥様同士の語らい

 <ひとみside>


 天音さんに連れられて奥の部屋に行くと私を座らせ、天音さんが飲み物とお菓子を置いてくれた。


「いきなりでごめんね。ちょっと色々と聞きたくなったの」

「大丈夫です、私があの場にいても見てるだけしか出来ませんし、本来はいるべきではいないですから」

「ひとみさんって、本当にしっかりしてるのね」

「いえ、私はしっかりなんてしてませんよ。一彦が私を変えてくれたんです」


 天音さん、私だけでこうなった訳ではないんですよ。


 一彦がいてくれて、一彦のそばにいる為にはどうしたらいいかって、考え抜いた結果が今の私なのだ。


 一彦がいなかったら、私は『生きる』という意味を失ったままだったと思うから。


 そのまま、あいつの物になって幸せなんて知らぬままだったかもしれないのだ。


 すると、天音さんが何か聞きたそうな顔をしていたので私から声を発した。


「聞かれて困ることはないので大丈夫ですので、なんでも聞いてください」

「そういえば、さっき『疑似夫婦』って言ってたけどあれって?」

「本当なら、私達は結婚できる年齢ですが両家からは私達が卒業したら、結婚をしても良いって言われたんです」

「え、両家って。もう、顔合わせをしてるの!?」

「はい、一彦の親族の方にもご挨拶は終わってます。というか、一彦の親族の方々が私を見たいってことで集まってくれまして」

「ってことは、外堀は既に埋まっていて用紙を出せば、終わりの状況になってるから疑似って言うかほぼ夫婦でいるってことなのね」


 私達の未来なら既に手に入れているようなもので、自分達が間違えなければいいだけ。


 そうすれば、私達は幸せになれるから。


「一彦は、私には勿体くらいに素晴らしい彼氏であり、未来の旦那様です。そんな一彦の隣にいられるように私が頑張らないといけないんです」

「十分すぎるほど頑張ってると思わよ。私が嫉妬しちゃうくらいに」

「嫉妬?」

「私達、結婚して3年目だけど2人を見てると何故か負けた気分になるの」

「そ、そんな。天音さんみたいに凛と出来てませんよ私は」

「それは自分がそう思ってるだけで私から見たらちゃんと奥様してた」


 そう、自分で自分を判断するのは不可能なので、そう言われてしまえば私は何も言うことは出来ない。


 だから、私が今言える言葉はこれしかなかった。


「ありがとうございます、これからもそう思ってもらえるように頑張りますね」

「それでいいのよ。あ、それとさっき他にも言ってたじゃない?あれの意味は?」


『あれ』とは、ことわざの事だろうと思い私は正直に話すことにした。


「正直、言ってしまうとそのままの意味になるんですけど、私達は恋愛初心者で空気を読んだりするなんてことは出来ません。そこで思ってることはお互いに話すこと、それが『相互理解』なんです」

「なるほどね、じゃ『切磋琢磨』ってお互いに競ってることよね?何を競ってるの?」

「それは気持ちですね。私が一彦がしてくれたことに対して、私はそれ以上のことで返す、そして一彦がまたそれを上回ることをしてくれるんです」

「………なにそれ」

「同級生にも同じような顔をされました。でも、これが私達の恋愛のスタイルだと思っているので」


 天音さんに話せることを話すと、どんな顔をしていいのか悩みながらも、私に更に質問をしてきた。


「今の話を聞いてると、2人って喧嘩とかってまだしてなかったりする?」

「実を言うと、どこが喧嘩なのか分かってないんです。この間も私の誕生日の時に親友に『喧嘩した?』って聞かれた時に、したかもって言ったんです」

「その親友の子は、なんて言ったの?」

「『全く、あんたには惚気と喧嘩の線引きがないの!?』って言われました」

「その……喧嘩の内容って聞いてもいいのかしら?」

「……はい。えっと私が一彦の誕生日の時に抱いてもらう予定だったんですけど、一彦が楽しい思い出にしたいってことで無しになったんです」

「……それで?」


 話を続けるようとする前に天音さんの顔を見ると『聞かなきゃよかった』って顔をしてるが、ここまで来てしまっているので話を続けることに。


「それで、私が『なんで抱いてくれないの』って言ってしまったんですよ。それが初めての喧嘩かもって言ったら一蹴されました」

「それは……完全に惚気ね。って、ひとみさん、意外と大胆なのね」

「私は一彦が求めてくれるならそれだけで嬉しいので」

「それじゃ、2人は喧嘩をしたことが無いということね」

「みたいです」


 どうやら、私達が思ってることはみんなからしたら色々とぶっ飛んでるらしい。


 私達を全然知らない天音さんですら『惚気』って言われてしまっては喧嘩というのがどんなものか想像が出来ないのだ。


 だから、私は天音さんにこんな質問をしてみることにした。


「あの、ずっと喧嘩をしないでいることって可能なんですか?」

「難しい相談ね、私達も偶に喧嘩をするのはあるからね。喧嘩しないに越したことは無いと思うけど」

「けど?」

「これは、私個人の見解だけどカップルや夫婦でいる以上は喧嘩はあってもいいと思うの。それはお互いを知る為でもあるから」

「なるほど」

「でも、あなた達の場合は『相互理解』があるから喧嘩になる前に収束できるのがあるのかもね。それって喧嘩を避ける為でもあるんでしょ?」

「はい『十人十色』『切磋琢磨』『相互理解』は私達が円満に過ごすために必要な事だと思っているので」

「なんか、単語が増えてない?」

「一彦は、色々と名言を言ってくれますから。これ以外にも言ってるのでこれは一部って言った方がいいかもしれません」


 旦那様の言動は、ここでは伝えきれないほどたくさんあるのと実際にその場にいなければ、その意味を感じ取ることは出来ないだろう。


 そんな訳で私は、それで何度心を打ち抜かれたことかと……それどころか私以外も打ち抜いちゃうしね。


 本当に、意地悪というか女泣かせの旦那様だから♪


「さっき、消えたはずの胸やけがまた再発しそう。同級生は良く平気でいられるわね」

「最初の頃は『糖分過剰摂取』って騒いでましたが今は慣れたみたいですよ」

「その同級生は、私以上に胸やけを起こしていそうね……そうなるとあなた達はかなりの噂になってるんじゃないの?」

「先生方にも、疑似夫婦の件は認知されてますね」

「2人って、学校でどんな感じでいるの?」

「至って普通だと思います。2人で朝早く登校してお昼にご飯食べて2人でバイトに行って一緒に帰るって言う感じです」

「もしかしてバイト先まで一緒なの!?」

「はい、一彦の役に立ちたいのと一緒にいたいのがありまして。その時、一彦が店長からレジの募集をお願いされていたので私が引き受けたんです」


 私は、今の状態をごまかすことなく言うと心が清々しい気持ちになっていた。


 ※

 <天音side>


 ひとみさんの話を聞いて、胸焼け感が半端なかった。ううん、帰ったら寝込むほどで。


 この2人の恋愛は普通の高校生のレベルではなくて……高校生じゃなくてもかなり逸脱してるレベルだと思ってしまう。


 なんせ、朝から夜まで一緒にいるってことが『普通』ではない。


 でも、何故か分からないけどそれを聞いていて嫌という感じが一切しないのだ。


 この時に感じることは暑苦しいだったり、ベタベタし過ぎって言われてもおかしくないのに、そんなイメージが湧かない。


 そう考えると、彼氏もとい旦那のあの時の顔の意味というか思っていたことがなんとなくだが理解できてしまった。


 愛情が深いとここまでなるかと……もし、彼女になにかあったら彼は一体どうなってしまうのだろうと。


 でも、それは彼女から見ても同じで彼が消えてしまった日には、彼女は壊れてしまうかもしれないと……そんな感じすら思えてしまう。


 この2人を引き離す者がいれば、その者の運命は分かり切っていて『一寸先は闇』だってことは嫌でも想像できるのだ。


 あれ?ことわざってこんなに簡単に言葉に出るもんだっけ?


 これ以上聞いても胸焼けが確実に悪化するだけと思い、彼女を彼氏………旦那の下へ返すことを決めたのだった。


 でないと、私が確実に耐えられなくて寝込むことになりそうだからという情けない理由なのだ。

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