訪問と依頼①
俺とひとみは、早めに切り上げて目的の場所に向けて電車で鶴見まで戻ると、駅前のバスターミナルへ移動してバスに乗り込んだ。
ミキ兄ちゃんの家はバスか車でないと無理なのと、必然とバスとなるのだがバスなんて殆ど乗らないので、バスターミナルで一時的にパニックになってしまったのだった。
「バスってなんでこんなに分かりにくいんだろう……行く前に疲れた」
「あなたってあまりバスは使わないの?そうゆう私もあまり使わないけど」
「ああ、出掛ける時は車が多かったのがあるから電車やバスって苦手で」
「そうなんだ、2人でどこか行くときは色々調べておいた方がいいね♪」
「そうだな、でもひとみだけにやらせる気は無いからな」
「ありがとう♪」
嘘偽りのない微笑みが疲れを癒してくれるかのよう。
ひとみは、そう言ってくれるが実際の所は迷惑を掛けるのが嫌だから、事前に調べるんだろうなって思ってしまった。
今回は、いつもは車で行ってたのと地名?が把握できなかったのでパニックになったのだ。
それに、現状は車がある訳で卒業したら車で動くことの方が多くなりそうな気がしたのだ。
俺自身も昔からその感覚が強いので、そうなってしまうのだろうと。
バスが目的地に近づいてくると、ひとみが握っていた俺の手をさらに強く握り、言い放つ。
「大丈夫、私はあなたの隣にずっといるから」
まるで、心の中がバレているかのように。
「今日の俺は、一切の隠し事は出来ないってことか……」
窓に映る自分の顔を見ると普段の顔つきではないのは明白で、誰でもわかる事。
「そうなるね、あなたは私に隠し事はしないのは分かってるから」
「そんなことはしたくないからな」
隠し事か……してると言えばしてるがこればかりは隠し通さなければならない。
って、考えたら別に隠すこともなく『後日、届く物がある』って言えば済むんじゃないかって思ったが、今となっては後の祭りなので諦める。
それの件は、別としても俺は隠し事なんてしてもすぐにバレる訳で意味のないことだし、ほぼ毎日一緒にいるんだから隠しようがない。
そんなことを脳内で思っていると、ひとみからちょっとばかし疑いの目をして俺に聞いてきた。
「ねぇ?もしかして私に何か隠してることでもあるの?」
「どうしてそう思うの?」
「そんな感じがしたの。けどね、不思議と嫌な感じじゃないんだけど違和感っていうのかな?」
「って言ってもな。もうサプライズは出し切ったから俺の手札には何も残ってないぞ」
「そうなんだよね、だから違和感なの」
相変わらず、その辺は敏感なことで……敏感なのは……いや、今言うべきことじゃないな自重しないと。
今のひとみの言い方だと、勘づかれてはいないようで安心した。
だが、ひとみはものすごいことを推測し始めたのだ。
「もしかして、1年記念日の時にディズニーランドでサプライズとか考えてない?」
「さすがに高校生であそこでサプライズは無理があるよ。毎日バイトしても出来るかどうかだな」
「だよね……ふふ♪」
ん?ひとみがいきなり含み笑いしたけど、一体どうしたのだろうか?
「ごめんね、やっといつものあなたが戻ってきたから」
「もしかして、今さっきの話って」
「いつもの会話をしたら戻ってくれるかなって。まぁ、違和感があるのも当然あるけどね♪」
いつまでもイジイジしても意味ないので強気な奥様にしっかりと伝える。
「はぁ~やられたよ。俺の方こそごめんな、いつまでも引きずったりして」
「ねぇ、終わったら色々話したいの」
「ちゃんと話すよ」
それから、数分後に目的に到着した俺らはミキ兄ちゃんの家に向かって歩き出す。
ミキ兄ちゃんの家は、自宅兼作業場にもなっているのでこの時間は作業している音が聞こえてくる。
左はミキ兄ちゃんの家の音で右はゴルフ練習場があるので『シュパーン』って音が頻繁に聞こえる。ここだけ賑やかってどうなのよ全く。
着いてインターホンを鳴らし、俺らの前に出てきた人は。
「かず君、いらっしゃい」
「久しぶりです、ミキ兄ちゃん。これ、つまらない物だけど」
「別にこんなことしなくてもいいのに。でもありがとう」
「紹介するね、俺の彼……妻のひとみです」
「初めまして、一彦の妻の志村ひとみと申します。よろしくお願いします」
彼女の後に妻って言おうとしたが、ひとみが昨日言ってくれたことを無駄にする訳にはいかないので、意を決して最初から『妻』として紹介することに決めた。
ひとみも俺の言葉にそのまま乗せるような形で『志村ひとみ』として自己紹介をしたのだ。
俺ら2人の言葉を聞いたミキ兄ちゃんはというと。
「かず君、もう彼女を奥さんと見てるんだ」
「学校でもそうしてるんだ、俺は卒業したら夫婦になりたいって思ってるんだ」
「なるほどね〜」
「変だって思わないの?」
ミキ兄ちゃんがあまりにも普通に受け止めるもんだから、俺の方が戸惑ってしまっているところに、1人の女性が姿を見せる。
「ミキちゃん、お客さん?」
「ああ、前に家のリフォームした時に良くさせてもらっているところの息子さん。その前からも交流があってね」
「そうなのね、初めまして幹彦の妻の天音といいます」
「初めまして、志村一彦です」
「初めまして、志村ひとみと申します」
この人は、ミキ兄ちゃんの奥さんで天音さんという。
小顔でひとみよりも髪が長く、赤茶のウェーブが掛かっていて美人ってこうゆう人を言うんじゃないかって思ってしまう。スタイルもモデル並みで普通なら目が移る所だが、俺は何とも思わなった。
思ったのは、ひとみがこのウェーブにしたらどんな感じになるのかっていうことしか思っていなかったから。
天音さんは俺らを見るなりこう言う。
「2人とも高校生よね?なんだろ、2人の佇まいがしっかりしてて違和感」
「やっぱり、かず君はあの頃よりも随分と変わったみたいだね」
「そうなの?自分じゃ分からないからさ」
「あの頃は、自分に自信がない顔をしていたけど今は『生きがい』を感じるかな」
やはり、あの頃を知ってる人間は俺が変化してることに気づいてるようで、俺自身も多少は変わったと思っているが『生きがい』まで言われるとは思わなかった。
この瞬間、俺は自分に自信がなかっただけなんだって悟った。
自信が無いから、自分のしてることが正しいのか分からなくて、マラソン大会の件も誠の言う通りだった。
実際、俺が『迷惑』と思っていても口に出す人はいなかったし、この学校の人間がそんなこと言う人間じゃないのは知ってるはずなのに。
拭い切れたと思っていたが、未だに『人』に歩み寄るってことが出来ていなかった所為で、ひとみや洋太達に心配を掛けてしまった。
2人に返す言葉があるとすればこれしかない。
「そうだね、あの頃はなにが生きがいか分からない状態だったけど、今はひとみと一緒にずっといることが生きがいになってる」
「ここに来るまで色々と考えていたみたいだけど解決した?」
「どうしてそれを?もしかして母さんが?」
「顔を見れば分かるよ。ね、天音?」
「そうね、さっきまでは曇った顔してたけど今は晴れ渡った顔してる」
「………」
ぐぅの音も出ないほどに言葉が一切出なかった。
ひとみもそれは感じていたみたいで、今の俺の顔を見て微笑ましい顔をしていたが、ひとみはミキ兄ちゃんたちにこう言い放つ。
「すいません、実は昨日からずっとこの顔だったんです」
「どうして?」
ひとみの言ったことに天音さんが不思議そうに聞いてくる。
「この人、自分に自信が無いから私がミキさんを見たら、私が一彦から離れると思ってみたいなんですよ。そんなことはあり得ないんですが」
「かず君、本当かい?」
「………うん」
「なら、もっと奥さんを信用してあげないとダメだよ。今の2人を見てたらひとみさんがかず君から離れるなんて思いもしないよ。そこだけはまだまだみたいだね」
ひとみが俺の心の底に潜んでいた思いを引きずり出すと、ミキ兄ちゃんは俺に『しっかりしろ!』って言われてるような気がした。
そうだよな、俺がしっかりしなかったら誰がひとみを守るんだって話だ。
その瞬間に、俺にまとわりついていた邪念が取り払われたような感じがして、頭の中や身体全体が軽くなった気分になった。
「さて、これでやっと交渉に移れるかな」
ミキ兄ちゃんは、そう言って俺らに中に入るように言ってきたのだった。
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