<閑話>メールの相手は?②

 先輩の家で、おばさまの衝撃的な言葉を聞いた私は、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えていた。


 だって、あんなに私達の為にやってくれる人が『人』を信用し切れないなんて思えなかったから。


 そして、次におばさまから発せられた言葉はもっと衝撃的、絶望的な言葉を放った。


「あの子は、あの学校に入るまで『友達』は殆どいません。そして、あの学校に入るまで『いじめ』というものに苛まれていたの。同級生は勿論、先生すら味方をしなかった」

「……嘘ですよね?あの先輩がいじめに遭っていたなんて……」


 私は、声を絞り出すように。洋太がおばさまの言葉に違和感を感じたようで。


「『まで』って言いましたが、それって小学校からずっとってことですか?」

「ええ、買ったばかりのランドセルに切り目を入れられたり、物が無くなったりと色々ありました。家族だけがあの子を守れた」


 聴き終えた瞬間に奈落の底へ落とされたような感じがして、ふらついた私を洋太が支えてくれると不意に涙が出てしまった。


 私は、あの時の事を思い出していた。


 それは、ひとみの過去の事であれは同性から聞いても相当深い闇だというのは理解出来るし、それを抱えてここまで来たことには尊敬すら覚える。


 先輩の闇はそれ以上だった。


 だから、ひとみのあの闇を取り払うことが出来たのだと。

 だが、先輩の闇は誰にも消せるものではない。


 先輩の背中が、ものすごく遠くになってしまった気がするとおばさまが。


「ごめんなさいね、こんな暗い話をしてしまって」

「い、いえ。こちらこそいきなり泣いてしまってすいません」

「あの子の為に泣いてくれてありがとう」

「先輩は私達の為に色々な事を教えてくれましたので、私はなにがあっても先輩の味方です!」

「秀子、そう思ってるのはお前だけじゃないからな。俺だってそうなんだ」


 ううん、私達だけじゃない。


 今の生徒会にいるメンバーは、全員先輩の味方で先輩達に危害を加えるやつらは生徒会もとい志村教が許さない、それくらいに先輩を慕っている。


 おばさまは私達にこんなお願いをしてきた。


「今後もあの子が今日みたいなことになれば容赦なく叱ってください」

「はい」

「今話したのは、あくまで高校に入るまでの話であって、今のあの子のことは貴女方が知ってると思うので」


 さっきまで険しい顔をしていたのが、いつの間にか穏やかな顔になっていた。


「おばさまのおかげで先輩の自己評価の低さの理由が分かりました。褒められることに慣れていないということなんですね?」

「まだ、感覚が追いついていないのでしょう。でも、理由だけでも分かれば、貴女方だけでも理解してくれればあの子は大丈夫なはずです」

「そうですね、2人には幸せになってもらわないと困るので。私達の目標ですからあの2人の関係は」


 あの2人の幸せを守る為なら、私は出来る限りの手を貸すつもりでいるのだから。


 おばさまがこの機に先輩の功績を色々と見せてくれる。中には意外な賞状まで入っていた。書道までやってたのねあの人。


 ほんとに英語以外、なんでもありじゃんよあの人は………


「そろそろ、本題に入りましょうか」

「こっちが本題だったんですね、てっきり向こうが本題かと」

「まぁ、どっちも本題ではありますが優先度はこっちですね」


 そう言って、おばさまはあの日に向けて計画を教えてくれたので、私も現在考えていることを伝えることにした。


「あの、私達もあるサプライズを考えているんですよ」

「どんなサプライズ?」

「体育館で、一度誓いを立ててもらおうと考えているんです」

「どうして?」

「事情を知らないとはいえ、伝えたい人は沢山いるはずなんです。だから、あの場に来れない人、祝福してくれる人に2人の誓いを見てもらいたいのです」

「そうね、それは言い考えね。荒本さんは機転が利くのね」


 私をこんなにしたのは、おばさまの大切な息子さんですよ。


 言い方悪いけどね、先輩がいなかったら今の私はいないっていうか、こんな言葉は一生浮かんでこないのだから。


「私を褒めてくれるのは嬉しいのですが、私はただ先輩の背中を見てここにいるだけで、私自身は普通なんです」

「秀子、言ってることがほとんど一彦みたいになってるぞ」

「だって、私は志村教ですからね」

「志村教?」


 おばさまは、私の言葉に不思議に思ったようなので私はしっかりと伝える。


「今の生徒会は先輩を慕ってます。この間、吹奏楽部の演奏を聞いた時にそこの部長さんと話してたら、そんな話になりまして」

「そうなのね、これからもあの子達をよろしくお願いします」

「おばさまからしたら、ひとみはもう家族なんですね」

「ええ、今日もそんな感じの会話を朝からしてましたから」


 すると、下の階段からバタバタと爽快な足音が聞こえてきて……


「お姉ちゃん……じゃなくて秀子さん!?」

「瞳ちゃん、お邪魔してます」

「な、なんで?」

「私が話があるから呼んだのよ。あ、この事は2人には内緒ね」

「分かった、改めていらっしゃい。秀子さんに奥田?さんでしたよね?」

「ああ。俺の名前は洋太って言うんだ。だから、名前でいいよ」

「では、洋太さん。いらっしゃい」

「お邪魔してます」

「秀子さん達、もう帰るの?」


 私は、瞳ちゃんが『もう帰るの?』って聞いてくるのだから、意図が全然読めなかった。


 まるで、先輩を女子にしたような感じ……いや、いまのひとみを見てるようだった。


「そのつもりでいたけど」

「2人とも、愛の巣を見る気ない?」

「「見たい」」

「瞳、あんたはどこでそんな言葉を覚えてきたのよ」


 おばさまは『愛の巣』って言葉に驚愕してる中、私達は瞳ちゃんに引っ張られるように先輩の部屋に突入した。


「先輩……どれだけサッカー好きなのよ。洋太の部屋でも1枚か2枚よね?」

「壁がポスターだらけって初めて見たよ。漫画の世界かって思った」

「っていうか、ここだけ1人暮らし感が凄いんだけど……」

「あいつ、本当に高校生なのか?本気で分からなくなってきた」


 先輩の部屋は、1人暮らしに必要な家電製品が揃っていていつでも準備万端のような感じであった。


 これなら、瞳ちゃんが『愛の巣』って言いたくなるのも分かる気がする。


「ねぇねぇ、秀子さんだけちょっと来て」

「はいはい~洋太ちょっと待ってて」

「ああ、気にしないで行ってこい」


 瞳ちゃんは、私だけを連れて瞳ちゃんの部屋と連れ込まれた。


「これ、この間私の誕生日プレゼントにお姉ちゃんがくれたの」

「そういえば、プレゼントしたいって言ってたね~。綺麗ね」

「でしょ、あとこれが今作ってるやつなの。お姉ちゃんと一緒に」

「そうなんだ、あと少しで出来そうな感じね」


 そう言った途端に、私の脳裏によぎったあること。


 ああ、そうか………そうゆうことか。


 先輩の不安定の理由は、もう一つあったんだ。知らぬうちにひとみまで加担してしまっていることに私は気づいた。


 そして、そんなこと言えるわけもない……不安定にもなるよね。


 しかも、一番身近にあるなんて思いたくもないし、言ってしまえばひとみが悲しい顔をするのが分かっているから。


 バカだ、あの人は本当にバカすぎるよ……なんで、そこまでして他人を優先するの?


 確かに、あの事を聞けば理解はできるけど、ひとみは先輩の物なのに。


 何故、それをちゃんと主張しないのか……やっぱり、お仕置きは必要だなって思った。


「全く、仕方ない人なんだから」

「秀子さん?何が仕方ないの?」

「ごめんごめん、こっちの話。案内してくれてありがとうね」

「自慢したかっただけだから」

「2人して好き好きなんだから」


 2人が幸せになるなら『ひとみ』と『瞳』が幸せになれる。


 陽も落ち、私達が『帰ります』って伝えるとおじさまが車のキーを持って私達よりも先に出た。


「今日は、私達が呼び出したからね。近くまで送らせてくれないか?」


 おじさまが善意で言ってくれているのに、頑なに断るのは申し訳ないので。


「すいません、お言葉に甘えてさせていただきます。ありがとうございます」


 洋太が、男らしく言ってくれて私の胸がときめいてしまったのは内緒で。


 そんな訳で、最初に私を送り届けてから洋太を送ることになり、私は家の近くで下ろしてもらうと。


「ここまでありがとうございました。おじさまもお気をつけて帰ってください」

「お気遣いありがとう。彼氏は責任もって送り届けるから」

「すいません、お願いします。秀子、また来週」

「おじさま、洋太、おやすみなさい」


 私は、車が見えなくなるのを確認してから家に帰ってたが、寝る前に私はある決意をする。それは………

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